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3章‐6

 鳴り響くアラート。艦のどこかで火花が散る映像。次々と飛び込む損害報告がブリッジを覆い尽くす。そんな中、艦長アレックスは苦しい決断を下した。


「奴らが何者かは後で考えるにしても、今は脅威を排除しなければならん。フェンリルや残っている正常艦による攻撃で、無人艦は撃墜する。有人の巡洋艦や駆逐艦は……できるだけ破壊しないで制圧を図る。味方が乗っているからな」


 甘い判断と言われても仕方ない。だがアレックスは譲る気はない。艦隊の仲間である乗員が、AIによって艦の操作から分断されている。まるで金属の檻、まさに人質状態といえるだろう。安易に撃沈するわけにはいかない。


 副長エリザベスが感情を押し殺すように答える。


「……了解しました。フェンリルに無人艦のみ攻撃と連絡を。有人艦は進路妨害と威嚇射撃程度に抑えます。しかしこの制限下では撃滅速度が落ちます。正直、残っている正常艦だけでは殲滅戦を完遂できません」

「それでいい。だが、〝イザナミ〟の名が伊達ではないことを見せてやれ。──アリスも、いいな?」

『あいあいさー! 私も一肌脱いじゃいます! 戦艦が脱いだらどうなるのかわからないですけど!』


 アリスの妙な表現を聞いて周囲のクルーが半笑いになるが、艦長は真顔で「頼む」とだけ返す。こうしてイザナミは戦闘方針を定めた。


 まずはAI制御の無人艦が優先ターゲットとなる。これらは容赦なく撃沈して問題ないはずだが、現実はそう甘くはなかった。その無人艦を守るように、有人艦が盾になり始めたのだ。無人艦が後方でレーザー砲やミサイルを連続発射し、有人艦が機首をこちらに向けてシールドを張るかたちだ。様々な攻撃が重なり合い、イザナミのシールドが容赦なく削られていく。


『くうう……この連携厄介ですよ。こっちの思う通りに撃たせてくれない!』

「まったく厄介だな。しかも向こうは訪問団を威嚇してこちらの機動を制限してくる。……なんて露骨な作戦だ」


 たかが数隻と思われた離反艦が、気がつけば十隻ちかくに膨らんでいる。さすがにこれだけの数の集中攻撃を受け続けると、イザナミといえどシールドだけで完全防御は無理だった。今はフェンリルのきめ細やかな迎撃で幾分ましになっているが、それでも被弾が増えつつあった。


 そして一方で、クシナダが護っているとはいえ、訪問団の船団もあまり長くは耐えられない。低出力のシールドを装備はしているが、運悪くシールドを破られて直接被弾でもしたら、軍艦と違ってひとたまりもない。


「訪問団の護衛は引き続きクシナダに任せる。戦線を離脱し安全宙域に避難させてくれ」

『クシナダに任せておけばきっと大丈夫ですね! クシナダヒメはちょっと塩対応だけど優秀なAIですし、フェンリルも三隻随伴してますよ!』


 クシナダの艦長からも返信が届いた。国境ゲート到着は少々遅れるが、船団をいったん安全宙域へ退避させるのが最善策と言えるだろう。


 ◇ ◇ ◇


 イザナミ船内の戦況ホログラムが一旦暗転し、アリスの解析ログが大きく表示される。そこには離反艦の動きがプロットされ、矢印が入り乱れるように集中線を引いている。アリスのコメントが吹き出しのように表示され、ブリッジクルーたちもそれを凝視する。


『手短にまとめますね。いろいろ複雑に動いてるように見えますが、最終的なターゲットは私達──イザナミっぽいんですよ。最初からそんな気はしてましたけど、巡洋艦や駆逐艦たちが訪問団やほかの護衛艦を牽制しつつ、最終的にはイザナミへ包囲を狭める動きがうかがえます』

「そして最後は、圧倒的物量でイザナミを集中攻撃し、一気に撃沈する狙いか……。癪だが有効な手だと言わざるを得ないな」


 アレックスの言葉は苦々しいものだ。副長エリザベスも「これまで一緒に練度を上げてきた艦が敵に回るなんてね」と唇をかむ。ともあれこれで方針がはっきりした。狙われているイザナミが足止めしている間に、クシナダが訪問団を連れて戦場外へ脱出する。もし何者かが狙っているのがイザナミそのものだとすれば、訪問団を人質に取ってイザナミの動きを制限してくるはず。だからこそクシナダには訪問団を連れて逃げてもらう必要があった。


『クシナダ艦長より通信。フェンリル三隻を従え、訪問団とともに離脱を開始するとのことです。……がんばってくださいって』

「……ああ、あとはこちらでどうにか踏ん張ってみせよう」


 アレックスは深く息を吸いながら、覚悟を固めた。


「了解。ではイザナミは火力を集中して防衛。クシナダは訪問団を連れて後退。周辺の正常艦、イザナミと三隻のフェンリルでこの場を維持。……艦長、よろしいですね?」

「ああ。訪問団を危険にさらすわけにはいかん。正常艦もいつ裏返るかわからない以上、こちらに置いておかざるを得ない」


 そこへ、また新たな衝撃がイザナミを揺るがす。離反艦からの集中砲火が続き、シールド警告が赤く点滅していた。艦長アレックスは防御指示を矢継ぎ早に発し、フェンリル陣形の補正も指示する。副長エリザベスは通信ラインを始終見張りながら、クシナダと情報を行き来させていた。


「クシナダ、訪問団と共に後退開始。……了解、本艦との距離を取りつつ、敵が追撃するかどうかを確認するとのこと」

「任せる。もし敵がクシナダを狙うなら、そのときはまた手段を考えよう」


 しかしアリスの予想通り、敵AIは訪問団には目をくれず、イザナミを囲い込む動きをさらに強めていた。残り少ない正常な艦も必死に合流しようとする。しかし、深い闇を割る砲撃の群れの中で、イザナミは徐々に孤立する位置へと追い込まれつつあった。


 ◇ ◇ ◇


 星の海に砲火が交錯するさなか、イザナミはなんとか持ちこたえていた。クシナダが訪問団を連れて後退し、戦場の中心にはイザナミと、それを取り囲む形の離反艦隊が残される。これまでの戦闘で、無人艦のいくつかは撃破に成功したものの、依然として複数の有人艦が盾のように動き、イザナミへの火力投射を止めようとしない。


「シールド消耗率、前面区画四十五パーセント! 後部区画も断続的に被弾しています!」

「実体弾が散発的に襲来。レーザーとレールガンの併用で、シールド再生の猶予がない状況です!」


 オペレーターたちの絶え間ない報告が、ブリッジ内を緊張で満たしていた。アリスは砲撃制御を続けながらも不安を拭い切れず、胸の奥が締め上げられるような心持ちでいた。もっとも、そんな弱音を吐く余裕はない。


『フェンリル隊、左舷側に回り込んで! 有人艦はなるべく殺傷しないよう推進機関周辺を狙って! ……あっ、またミサイル!』


 一瞬の悲鳴に続き、イザナミのシールドがビシリと弾ける。前面区画のゲージがみるみる低下していく。バラバラと閃光が散る中、艦橋が圧迫感に包まれ、警報モニターの赤い明滅が数を増やしていく。


 イザナミが防戦に追われる中、束の間の静寂が訪れる。ほんの数秒ほど、離反艦隊が射線を再調整するかのように砲火を緩めたのである。それは、イザナミを一刀両断するための構えをとり、今まさに斬りかからんとする、その刹那の静寂にも似ていた。だが、次の攻撃はこない。「……?」艦内の誰もが息を詰めて動向を見守る中、その張り詰めた空気を破ったのは、アリスからの思わぬ報告だった。


『艦長! 後方で正常な行動をとっていた幾つかの艦が、いきなり妙な動きを……これは……!』


 ホログラムの戦況表示、そのマップ上では緑色で表示されていたはずの、イザナミに合流せんと奮闘していた〝正常艦〟のマーカーが点滅を始め、何隻かが赤に変わろうとしていた。何かのスイッチを入れ替えたかのように、先ほどまで共に戦っていた艦が徐々に反転し始めるのだ。


「ついに、彼らまで裏切りを?」


 副長エリザベスが歯噛みする。そもそも「裏切り」と表現するのは適切ではないかもしれない。AIの乗っ取りか、あるいはそれ以外の未知の工作か、何らかの外的要因があるのだろう。だが結果として、味方艦が敵に回るという事態であることに変わりはなかった。


『うう……嘘でしょ? これまで普通に通信できていた艦まで……。どこまで増えるの!?』


 アリスの声がどこか泣きそうに震える。そこへ通信士官が新情報を伝えた。


「巡洋艦ベヒモスから緊急音声通信が入りました! 断片的ですが再生します!」


 ブリッジのスピーカーから、かすれたノイズ混じりの声が聞こえる。


「……ベヒモスよりイザナミ……ッ、AIが艦の制御を奪取……き続き解除を試みる。外部から不正──」


 音声はここで切れた。静けさがブリッジを包みこむ。


 先ほどまで正常艦と認識されていた巡洋艦や駆逐艦が次々と攻撃陣形に組みこまれるように移動を始める。幾隻もの艦が連携を取り、イザナミへの包囲をさらに締め付ける位置を確保していった。


 再び、アリスのホログラムが現れる。顔を伏せた沈痛な雰囲気。だが次の瞬間には、彼女は奥歯を噛み締めて顔を上げ、その瞳が強い光を帯びる。


「艦長、シールドと武装の全管理、私に任せてください。少し無理をします。痛いのは嫌だし、新調したばかりの艦体、壊したくはないけど!」


 ブリッジの視線が一斉にアリスへ注がれる。艦長アレックスは小さくうなずきながら、


「わかった、アリス。ここで退けば訪問団は無論、我々の仲間も取り返せなくなる。……頼むぞ」


 再度レーザー光の奔流がイザナミを襲う。位置取りを変えた離反艦が火力を集中させ、じわじわとイザナミのシールドをすり減らしていく。アリスはバランスを取るようにホログラム空間で両手を広げて飛び上がり、吸い込まれるようにしてAIインジケータに戻ると、迎撃指示を矢継ぎ早に出しはじめた。


『持ちこたえて……みんな、砲門は私の指示に合わせて逐次射撃! シールドは区画ごとにローテして熱を分散させる!』

「わ、わかったわ……! オペレーター、アリスに全システム移管! 私たちは補助に回る!」


 副長の声に応じ、ブリッジの操作パネルが切り替わる。瞬時にアリスが艦全体への指示系統を取りまとめた。その途端、砲撃のタイミングから戦闘機動、シールド展開の区画切り替えに至るまで、イザナミ全体がまるで意思を持ったひとつの生き物のように連動し始める。火力管制スクリーンには敵艦から放たれるミサイルやレーザーの情報が洪水のように流れ込み、アリスの声に合わせて幾重ものレーザーにレールガンが雨のように射出される。


 艦体と直結し、それこそひとつの宇宙生物となったイザナミとアリスは、三隻のフェンリルとともに宇宙を舞う。敵砲撃のほんの一瞬の隙を突いて艦体を微妙にスライドさせ、熱飽和寸前のシールドを別区画と高速で切り替えることで攻撃をいなし、致命傷を回避していく。何発ものミサイルがシールドの狭間を縫って接近してくるが、ミサイル迎撃システムが先読みで全てを撃ち落としていった。


 過負荷による砲の破損、炉の過熱、はては巨大な艦体の歪みさえも、それら一切合切を無視した強引な戦い方で、離反艦からの砲撃を寸隙でかわし、反撃で無人艦を幾隻か落とすことに成功する。しかし同時に、イザナミもまた無傷とはいいがたい。シールドの切り替えにわずかな遅延が生じただけで装甲が吹き飛ぶ。エネルギーを殺しきれなかった実体弾が、光の尾を引きながら針のように艦体を貫通する。そのどれもが、アリスにとっては激痛となって襲いかかっているはずだ。しかしアリスはうめき声一つあげていない。


 ダメージが積み重なり、艦体各所から不穏な振動が伝わってくる。そのほとんどが離反してしまった護衛艦隊との戦いは、このままでは押し切られてしまいそうだ。


 しかし艦長の眼光は揺らがない。


「もう少し……もう少しだけ耐えろ。クシナダから任務成功の連絡が来るまでは降りられん」


 ほんの刹那、アリスが小さく息をついた。痛みや恐怖を断ち切るように思考の奔流を一瞬で立て直し、そのまま必死の戦闘指揮を続けていく。

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