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3章‐4

 霞むような星々が散りばめられた深い闇の宇宙。その静寂を切り裂くように、幾重にも連なる艦隊がゆっくりと陣形を組み上げていた。その中心に鎮座するのは、再建造されたばかりのイザナミ級宇宙戦艦──イザナミ。幾度もの爆散を経てもなお、不死鳥のように蘇り続けるこの戦艦は、先月再建したばかりとは思えないほどの凜とした姿を湛えている。


 全長一四五〇メートルに及ぶその巨体は、艦首に向かって鋭く絞り込まれた硬質なフォルムを持ち、周囲には同型艦のクシナダをはじめ、多くの巡洋艦や駆逐艦が整然と列を成していた。青を基調としたつや消しの装甲は、星の光を受けて鈍く輝き、連邦軍の旗艦にふさわしい威容を一帯に漂わせている。


 艦橋内では、艦長アレックス・山本が透き通るホログラム・ディスプレイを前に、出撃前の最終チェックを行っていた。背筋を伸ばした精悍な立ち姿は、一見するとまったく疲労を感じさせない。だが実際には、イザナミの艦長として着任してからこちら、息もつかせぬような怒涛の日々を送っている。苦笑をこぼしそうになる瞬間、彼は意識して背筋を張り直し、副長エリザベス・カーターへ視線を向ける。


「副長。再建造後の慣熟訓練は順調だな。各セクションのダメージ報告も見当たらない」


 淡々とした彼の声に、エリザベスは顔を上げ、凛とした声で応じた。


「はい、艦長。再建造されたイザナミの各部システムも今のところ安定しています。全自動工房の最新ラインによる組み立ては伊達ではありませんね」

「そうだな」


 アレックスはエリザベスの言葉に小さくうなずき、ひとつ息を吐いた。そのまま視線をホログラム・ディスプレイの端へ向けると、そこには、戦艦イザナミの制御AIであるアリスのアバターが、小柄な少女の姿でちょこんと映し出されている。大きな瞳をきらきらさせ、こちらを見上げているのが、どうにも人間の少女のように見えてくる。しかし、このアリスはイザナミの快進撃を支える極めて高性能なAIである一方、そのあまりに人間らしい振る舞いによって、しばしば厄介なトラブルの火種を生み出す存在でもあった。


「艦長、お呼びですか? えへへ、再建造後の身体……私としてはバッチリですよ! まーた元気に蘇っちゃいました!」


 ハイテンションな声がブリッジに響き渡り、思わず周囲のクルーたちが微笑する。その様子を見て、アレックスはごくかすかに口元を緩めた。


「油断するなよ、アリス。慣熟訓練期間だからといって、何があるか分からんからな。特に今回は要人護衛だ。無茶な突撃は御法度だぞ」

「わかってますって! 私だって、また爆発オチは勘弁ですからね! もう痛いのはイヤだし!」


 叫ぶアリスに、クルーたちが今度は苦笑いを浮かべた。その直後、副長エリザベスが咳払いをして場を締めるように言葉を挟む。


「本日はグリムブリッジ一六一八星系──つまりグリムブリア王国から訪れた要人を、地球連邦側の国境ゲートへ送り届ける重要な任務。飛び入りの脅威が万一あったとしても、迅速に対応する態勢が求められます。……でもアリス、お願いしますよ? 戦果を上げたいからってむやみに突っ込まないように」

「ふ、二人揃ってそんな……そんなことしませんよー!」


 アリスがわざとらしく拗ねた声を出し、ケラケラと笑いながらモニターの端からこちらを覗き込む。近頃の彼女は、痛みにはわずかばかり慣れたようにも見えるが、その一方で喜怒哀楽はますます表に出やすくなっている。人間らしいというか、子供っぽいというか。副長の言葉を受けて頬を膨らませる様子には、どうしても愛嬌を感じざるを得ない。


 そして、その彼女の後ろに浮かんでいる戦況表示、それこそがホログラム・ディスプレイの本来の使い方なのだが、そこに映し出されているのは、大規模艦隊が並ぶ出撃準備の光景だ。イザナミと同型艦クシナダ、それに加え複数の巡洋艦や駆逐艦が、整然とイザナミの前後左右、そして上下に展開している。さらに目を引くのがフェンリル級無人巡洋艦の群れだ。名前のとおり灰色をした狼の群れのようなそれは、イザナミとクシナダ、それぞれに三隻ずつ随伴しており、全体で六隻が守りを固めている。フェンリル級は高い機動力とAI制御による超高速の火器管制が強みであり、艦隊戦を支える重要な戦力として、今日の任務で大いに活躍するはずだ。


 ホログラム・ディスプレイには艦隊とともに、護るべき船団の配置も克明に映し出されている。イザナミとクシナダを中心にしながら、まるで円弧を描くように巡洋艦が展開し、駆逐艦は後背を補完するかたちでぐるりと守りを固めている。イザナミらのやや後方、艦隊の中央あたりに位置するのが訪問団の乗る民間船だ。いかにも貴人が乗船しています、と主張するような優美な曲線の白い船体が、軍の殺伐とした兵装艦に囲まれているのが実に対照的だ。


 アレックスはかるく息を整え、マイクのスイッチを押した。


「全艦に告ぐ。これより太陽系外縁部の国境ゲートに向けて出発する。任務はグリムブリア王国訪問団の護衛である。フォーメーションを維持し、通信回線を常に三秒以内に応答できる態勢を確保。何か不穏な兆候があれば、直ちにイザナミのブリッジへ報告せよ」


 すると艦橋のスピーカーから、様々な応答が聞こえてきた。人間の乗組員を擁する巡洋艦や駆逐艦の艦長たちが「了解」と次々に短い返答を送るのが耳に届いた。無人艦であるフェンリルはアリスの指揮下にあり、ホログラム上では整然と隊列を組み直している様子が確認できる。


「よーし、それじゃあ出発ですね。あっ、クシナダヒメもこちらに通信くれるって言ってましたよ。……ちょっと気まずいです」

「なぜだ?」

「んー、前に一緒に試験したときに、わたしが感情を持つことを〝非合理〟って断じてたじゃないですか。いまでもそう思ってるのかなあ。そうでもないのかなあ」


 アリスは、ほんの少しだけ寂しそうに口をとがらせる。先日行われたAI同士の対話実験で、アリスとクシナダヒメは意思疎通を図ったものの、クシナダヒメは感情を不要なものとしか認識しない姿勢を見せていた。その後は不可解な暴走事件もあったことで、試験はうやむやのまま終わっていた。とはいえ同じイザナミ級戦艦同士、今後は姉妹艦として協力する機会が増えるだろう。アリスは複雑な気持ちだったが、その姉妹という響きは存外に悪くないとも思っていた。


 副長エリザベスはそんなアリスを見て、小さく微笑を浮かべると、彼女のホログラムに声をかけた。


「今は任務中ですから、仲良くなれなくても構いません。何よりあなたたちは、戦闘の要。それさえしっかりやってもらえれば十分」

「はーい、がんばりますっ」


 アリスが頷いたのを合図に、ブリッジのメイン・ディスプレイには星図上のルートが大きく投影された。太陽系外縁部に設置された国境ゲートまでは星系内を航行し、必然的に地球圏の辺境領域を通過することになる。


 いまのところ、地球連邦と帝国の軋轢はやや沈静化しているものの、いつ再燃しても不思議ではない。そんな中、グリムブリッジ星系に属するグリムブリア王国は独自の中立政策を堅持しており、今回は両国の外交を仲介する一環として、地球連邦の大使館で協議を行うために要人を派遣してきた。その訪問団を無事に送り届けることこそが、今回の護衛艦隊の使命である。


 こうして、イザナミを中心とする大型艦隊はゆっくりと出発を開始した。周囲にはただ、深く静かな蒼黒色の空間が広がるばかり。艦隊は整然と航行を続け、やがて闇へと溶け込むように、地球から遠ざかっていった。


 ◇ ◇ ◇


 船団が順調に速度を上げる中、イザナミ艦内では護衛任務の詳細再確認と、交信のチェックが同時進行していた。広いブリッジの巨大スクリーンには、艦内外の各部署が映し出すステータス──兵装の稼働状況やシールド残量、エンジン出力などがぎっしりと並ぶ。それをバックに、副長エリザベスが淡々と報告を読み上げる。


「現時点での艦隊数は合計二十四隻。主力戦艦イザナミ、姉妹艦クシナダ。有人の巡洋艦が三、無人の巡洋艦が五、駆逐艦が八、それらとは別に無人艦フェンリルが六。民間船はグリムブリア王国要人のVIP客船二隻と随行支援船一隻の計三隻。合計二十七隻で移動中。あちらの民間船はそれぞれ自律航行が可能ですが、あくまで護衛を受ける立場なので、基本は隊列中央を動きません」

「順調だな。イザナミの稼働状況は?」

「各兵装は平常稼働。AI統制モードの移行テストは完了しています。フェンリル級も問題なし。……ただし、再建造直後であることから、実戦で大火力を連打する際の安定性が未知数です。注意は必要かと」


 エリザベスはタブレットを操作しながら首を微かに振った。前回の大爆発によってイザナミの戦闘区画は丸ごと作り直しへ追い込まれ、兵装の配置や構造も一部変わっている。試験では好成績を収めたとはいえ、いざ実戦になってみないと分からないという不安要素はある。


 艦長アレックスはエリザベスの報告を聞き終えると、視線を遠くへ遊ばせながら静かに呟く。


「いいだろう。とはいえ、これだけの艦隊だ。よほどのことがなければ無事に終わるはず……」

「艦長、そんなフラグみたいなこと言わないでくださいよー」


 ホログラムのアリスが慌てた声を上げるが、アレックスはまるで聞こえないふりをして背を向けた。副長エリザベスはやれやれと小さく笑みをこぼした。


 本作戦の要点は「護衛対象への不測の事態を警戒する」という点に尽きる。帝国との紛争こそ小康状態だが、銀河中探せば火種はいくらでもある。宙賊や反連邦組織など、危険因子はいくらでも潜んでいる。グリムブリア王国の訪問団には王族や高位貴族にあたる要人が含まれ、護衛に失敗すれば国際問題になる。もちろん、このタイミングで帝国から何らかの妨害工作がある可能性も否定できない。


 だからこそ、イザナミとクシナダが同時に護衛任務へ就くという豪勢な布陣を敷いているわけだ。アリスはホログラム画面の一角を指差しながら、クシナダの動きがどうなっているかを楽しそうにチェックする。そこにはクシナダの位置情報が淡々と表示されていたが、特筆すべき動きがあるわけではなさそうだ。


「ん……淡々と航行してますね。クシナダヒメから特に連絡もナシ。まぁ、こんなものかな」


 そんなアリスの言葉に、技術士官のヘンリー・小嶋が控えめに口を挟む。


「今回の護衛任務、僕らの慣熟訓練にもなるって話でしたよね。実戦にならないのが一番だけど……アリスとしては、戦わないほうが嬉しいですか?」

「そりゃそうですよ! 痛いのは嫌ですもん!」


 速攻で力強い返答が返り、ヘンリーは苦笑い。ブリッジクルーの何人かも肩を揺らす。直後に副長エリザベスが咳払いをして、やや厳しげな声を出した。


「まあ何も起こらないなら何より。ただし、敵が出る場合も含めて、あらゆる事態を想定して動きましょう。特に今回は民間船の護衛が最優先。イザナミは火力を発揮するよりもまず先に、速やかに民間船の盾となることを意識してください」

「りょーかいですっ。……んー、艦長、私が無茶しそうになったら止めてくださいね?」


 アリスの声に、アレックスが静かに頷く。


「君を突っ走らせないのも私の役目だ。……さて、状況は整った。後は無事故を祈りつつ行くだけだな」

「だからそれフラグー!」


 こうして、護衛艦隊は穏やかな航海を続けることとなった。

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