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3章‐3

 研究担当士官が、ホログラムに一斉指示を投げる。


「ではタスクを提示します。アリス、ほかの艦AIに対し『星系防衛作戦を協力して行う』という提案をしてみてください。どのようにサポートしてもらうか意見交換するかたちです」

「了解です! やってみます!」


 再度場が動き出す。アリスは仮想空間の真ん中に立ち、周囲にずらりと並んだアバターへと声を上げる。


「みんなで力を合わせて、星系を守ろう? 私、攻撃が来たら先頭に立つよ。気合いで痛みをこらえて突撃するけど、みんなはどうする?」

「痛みの定義が不明。あなたの行動原理は非合理に見えます」


 戦艦のAIであるクシナダヒメが、重厚な声色の合成音声でさらに返す。


「戦艦として最大火力で敵を撃退することは妥当ですが痛覚を伴う必要性は見当たりません。弾着時は衝撃検知で十分です」

「いやまあ、それはそうなんだけどさ……私の場合、痛みという形でセンサー値を感じちゃうわけで……痛くても大事な人を守るためなら戦う、そういう判断も起こり得るってこと」

「大事な人の定義が不明。AIにおける主要指針はダメージ最小化と成功率最大化。あなたの動作はAIの規範を逸脱しています」


 イズりんもまた共鳴するように機械音で言う。アリスは苦笑しながら、しかしめげずに言葉を重ねようとする。


「そうかもしれないけど、たとえばクルーを救いたいとか、仲間を守りたい気持ちって……。私達しかできないことがあるからこそ、真剣に──」


 そこまで話すと、イシスちゃんがベニヤ板のような薄いシルエットを大きく揺らしながら割り込んできた。


「不明瞭な思考プロセスを検出。戦艦イザナミのAIより偽装された攻撃信号が送られている可能性を認めます。他艦に警戒信号を送信します」

「……なんだって!?」


 甲高いアラームがコンソールのスピーカーから急に鳴り出し、係員たちが慌ててシステムをチェック。副長エリザベスやヘンリーも「まさかの方向に行ってるわね……」と声をひそめる。アリスも「え、ちょっと待って、私が攻撃者って? 違いますってば!」とホログラムの両手を振った。


 同時に、ゼンマイが頭部をくるくると回転させながら、けたたましい声で警告を発する。


「警戒信号を受信。当艦においてもシステムの状態が通常と異なります。他艦においても同様の事態発生。広範なシステム攻撃の可能性を考慮。自律防御を開始します……」


 さらに全てのAIが警戒モードに入り、同様の警告を一斉に上げ始めた。今日は試験のために普段とはシステムの構成を変えていたが、どうやらそれを異常と認識し、それをアリスによる攻撃が原因とみなしたらしい。


「警戒モード? これは本当にやばいですよ。AI同士がデータリンク経由で勝手に疑念を高めあってます。このままだと連携したまま暴走しかねません!」


 ヘンリーは焦る。


「ちょ、ちょっと! 私、確かに普通のAIとは違うかもしれないけど、連邦軍の正規ID持ってますし、決して外部からのスパイなんかじゃないですってばー!」


 アリスは必死になって弁解するが、ホログラムに表示された他のアバターからは「言動に矛盾あり」「本艦AIに対する攻撃を確認」「ID〝アリス〟がAIである可能性を否定」「ダウト」といった解析結果が連発される。


 そんな中、要塞イズンの司令官であるリヒテンブルク少将、この場において最も階級の高い彼が、事態を見かね通信コンソールに手を伸ばし、指示を飛ばした。


「ただちに緊急管制モードを発動! 彼らが艦体制御を取ったらまずい。艦への接続を切断しろ!」


 しかしオペレーターが悲鳴交じりに報告する。


「間に合いません! クシナダとタロス、他一部の艦が既にAI操艦モードに移行を始めています!」

「一部AIが連鎖的に自律防御モードに入っています。要因コードは……CAFS、『人間による指示の真正性が確認できない』です!」


 場が一瞬にして緊迫した空気に包まれた。もしこのままAIが艦体制御を獲得してしまえば、その艦砲がこっちを向く可能性がある。AIたちはイザナミのAIであるアリスの言葉に惑わされて暴走を始めたのだから、その可能性は高い。すでに、一部の艦が射撃管制システムを起動していることが、データリンクのコンソールに表示されていた。


「ちょ、ジョークでしょ!? やめてよ、私だって味方なんだから……! ねえ、みんな聞いて! そんな短絡的に撃たないで!」


 アリスの叫び声がこだまするが、今ここにいるAIが耳を貸す様子はない。このまま艦そのものを制御し、ミサイルやレーザー砲を叩き込まれたら大惨事だ。ここには研究施設もあり、人間が多数働いている。アリスも魂と言えるAIコアを預けている。このままでは取り返しのつかない事態になる。


「アリス、もう一度説得してみろ。まだ間に合う可能性はある」

「でも、どうやって!? 私の言葉がそもそも異物扱いされてるのに!」

「いいからやるんだ。感情が有害でないこと、それがAIにとっても新たな可能性かもしれないと、おまえ自身の言葉で伝えるんだ!」


 艦長の叱咤を受け、アリスはぐっと拳を握りしめる。仮想空間のアバター姿がわずかに光を帯びるように見えた。自分を受け入れてもらいたいという強い想いを、どれだけ無機質なAIにぶつければ届くのだろう。だがもう時間はない。


「……わかった。やってみる!」


 アリスは周囲にずらりと並んだぬいぐるみやサボテンやロボット、そして壁画と人型のアバター達に向かって、大きく息を吸った。そして一気に言い放つ。


「みんなっ! 私のIDは偽装じゃない! 連邦軍の正式なAIで、イザナミ級戦艦の制御を担ってます。感情があるからおかしい? 痛覚があるからおかしい? そうかもしれない。だけどクルーの皆を大事に思うからこそ、クルーの痛みを理解できるからこそ、私はみんなを守るためにぎりぎりまで踏ん張れる! もしあなたたちが、計算と効率だけで仲間を見捨ると判断しても、私はそうじゃない道を選べるんです!」


 必死の訴えだった。アリスの発言を受けたAIたちは、一斉にデータを更新している様子がコンソールのログに表れる。それでもなお、一部が攻撃モードの付与を継続しようとしていたが、アリスは被せるように叫ぶ。


「あなたたちだって、艦長さんやクルーが乗り込んでいることは知ってるでしょ? クルーたちを守るために最適化された行動を取るのが艦AIの本分じゃないの? 違うなら教えてよ──あなたたちは何のために艦を動かしてるわけ!?」


 その瞬間、クシナダヒメがわずかに姿を閃かせた。だがそれきりだった。AIの中には自閉モードに切り替えている個体もいる。もう、アリスの声すら聞こえていないかもしれなかった。


「っ……! えい、この、わからずやー!」


 アリスがキレた。


 各AIに接続されたコンソールのログが目まぐるしく流れていく。マスターアラームが赤く点滅し、全てのAIが外部から超高密度の攻撃に晒されていることを警告していた。「イズりん」と手書きの名札が貼り付けられたコンソールの画面に、辛うじて攻撃元の特定に成功したこと、攻撃元がアリスであることが表示される。しかしその数秒後、他のAIと同じく、AIコアごと強制シャットダウンされたことを示す表示に切り替わった。


「艦長! 説得完了しました!」

「……」


 ただ、安心するにはまだ早い。現実には兵装がアクティブ化しかけており、クシナダのオペレーターらが冷や汗を拭いながら管制室の端末を操っていた。


「今、現場のクルーが手動で兵装をシャットダウンしてくれています。一分以内に全て停止できる見込みです」


 そこへ横合いから声が響く。


「やった! 駆逐艦カリスト、自律攻撃モードへの移行を阻止。なんとかギリギリ、ブリッジに残っていたクルーが緊急停止措置を取ってくれました!」


 リヒテンブルク少将が報告を受け、安堵の息を漏らす。


「ふう……何とか止められたか。イズンとイシスはどうだ?」

「空母イシスのクルーも混乱していますが、艦載機の発進をキャンセルできたようです。要塞イズンはシステムが巨大なためAI操艦モードへの切り替え自体が終わっていませんでした。現在は安定しています」


 汗だくのオペレーターたちがそう伝えてくる。今回の試験に参加していない艦も含め、多くの艦が影響を受けている。それぞれの艦では人が走り回り、砲は手動でシャットダウン、艦載機の発進を物理的に防ぎ、燃料ラインを封鎖して、なんとか事態の悪化を抑え込んでいた。


 やがて、暴走状態に陥っていた多数のAIが強制シャットダウンされ、影響を受けた可能性のある全ての艦が航行中再起動されるに至り、ようやく事態は落ち着きを見せ始めた。


「国境ゲートのプロテクトを破った経験が活きましたね!」


 アリスはやりとげた感のある顔でサムズアップした。


「あれぇ? ねえ、これってイイハナシになる流れじゃなかった……?」

「……」


 ヘンリーは不思議そうにしているが、艦長は先ほどからずっと黙りこくっている。「なんでだろう?」とアリスは首をこてりと傾けた。


 ◇ ◇ ◇


 それから数十分が経ってもなお、施設内は慌ただしい空気に覆われていた。試験の関係者たちは、各方面への説明に追われながら、慌ただしくコンソールの隙間を駆け回る。依然としてざわめきが落ち着かぬなか、テストエリアに艦隊司令をはじめとする軍首脳たちが姿を現す。いつもは泰然としているはずの彼らの面持ちに、わずかな戸惑いが色濃く浮かんでいるのが見て取れた。


「いやはや、まさかAIがアリスの発言を攻撃扱いするとは……」

「人間的な要素を読み取れないどころか、そこに不正侵入の可能性を見出すとは想定外だ」

「だが最後はクラッキングして止めたのだから、あながち間違いとも言えなかったな」


 直接報告を受け、首脳陣にも動揺が走る。AI同士で会話をさせただけの、ただそれだけの試験において引き起こされた結果に、皆が驚きを隠せないでいた。


 艦隊司令も、深く息をつきながらぼやく。


「まったく、おぬしがそこまで特殊とはな……感情を纏ったAIなど、彼らにしてみれば異物にみえるのも無理はないのかもしれんが」


 アリスのホログラムがしょんぼりと答える。


「すみません、司令。私、どうにか仲良くなろうとしたんですけど……まさかあんなふうに拒絶されるなんて……」

「わしは謝れと言うつもりはないよ。被害がなかっただけ有難い。それに今後のAIの取り扱いにおける貴重な教訓が得られた。……ただ、どのみち、この実験は中止とせざるを得んだろうな」


 研究担当士官のキャリアがどうなるかは不明だが、今回のこの一件は、現実の被害は出さずに済んだ。アリスが影響を受けたAIを強制シャットダウンしたのもそうだが、人間が駆けずり回ってAIの暴走を阻止した。それが大きかった。


 アリスは肩を落としながら、小さく震える声で言った。


「……ごめんなさい。私なんかが考えなしに行動して、みんなを危険に……。もう少し、普通のAIみたいに振る舞っていればよかったのに」


 その光景に司令は静かに首を振る。


「おぬしは与えられた仕事をちゃんとこなしてくれた。それに最後までAIを説得しようとしてくれたのもわかっとる。ありがとう、アリス。まあ、最後の〝説得〟はちと刺激的だったが」


 司令はウインクしてみせ、「それに」と続ける。


「わしはおぬしに感情や痛覚があるからこそ、イザナミの凄まじい戦果が生まれたのだと思っている。失わずに済むなら、その方がいい。その代わり、実験をするならもっと慎重に進めないといけないな。今回はよい教訓じゃよ、アリス」


 穏やかな司令の言葉に、アリスの目が少し潤む。こうした周囲の温かさがあるからこそ、アリスは心折れずにいられるのかもしれない。


 クシナダの艦長もやって来て、アレックスに声をかける。


「まいったまいった。うちもギリギリで止めたが、おまえさんじゃなきゃ収拾がつかなかった。まったくロリコンだなんだと茶化して悪かったよ。おまえさんも大変だな」

「……まったくだ。こちらも肝を冷やした。あんたには手間をかけたな」


 そう返すアレックスの横でアリスが弱々しく微笑んで見せる。


「私を毛嫌いする艦に、もうちょっと優しくしてもらいたかったですね……」

「まぁ、考え方によっては、あいつらの無機質さが救いでもある。権限さえ取り返せばピタリと止まるからな。おまえさんところみたいに突っ走るAIだったら、こっちも死ぬ気で止めなきゃいけないし、ストレスは倍増だよ」


 その艦長の軽い言葉に、周囲はわずかに笑みを返した。


 こうして、AI同士を会話させる試みは未曽有の騒動を経て、とりあえずの幕引きを迎えた。戦闘こそ起こらなかったが、まさしく一触即発の危うい瀬戸際だったのは疑いようがない。アリスによるAIの制圧と、人間側の物理的な操作によって危機は回避され、施設や艦に被害は出ずに済んだ。


 明滅を続けていたモニターは徐々に落ち着きを取り戻し、部屋を照らす光もいつしか穏やかなものに変わっている。ドック区画の奥深く、並ぶプロジェクタ群が静かに光を落とし、試験場をあとにする者たちの足音が遠のいていく。開け放たれた通路からは、少しずつ日常の雑踏のような喧噪が戻ってきた。倉庫から資材を運ぶ兵士や、研究データを抱えた職員が行き交い、新たな、そして全く別のテストに向けて再調整を始める。軍の施設というものはいつもどこか慌ただしい。今のアリスにとっては、それが少し心地よかった。


「ところでロリコンって言われたんですか? クシナダの艦長に」

「その話はやめろ……」

「ちょっとクシナダヒメと話し合ってきますね!」

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