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3章‐2

 薄暗いドック区画の奥、浮き上がるように整然と並ぶプロジェクタ群。そこを取り囲むように配置されたいくつものコンソールには、地球連邦軍の技術士官や研究員が忙しなく行き来している。ここは軍の大規模研究施設であり、デバッグルームを兼ねる。戦闘区画の再建造が進むイザナミのAIであるアリスと、連邦軍が保有するほかの艦のAIを仮想空間で接続し直接対話。その挙動を比較する。そんな試験が、今まさに始まろうとしていた。


 艦長アレックス・山本をはじめ、副長エリザベス・カーター、技術士官ヘンリー・小嶋らイザナミのクルーをはじめ、他艦のクルーと思しき面々がテストエリアに集結している。背筋を伸ばした軍服姿の士官──研究開発部門の担当者が、プロジェクタを操作してホログラムを起動すると、そこに仮想空間が広がった。床の上に光の立体模型がすっと立ち上がり、複数の艦を模したシンボルが画面いっぱいに表示される。


「よし、AIとのリンクが確立しました。今回の目的は、イザナミ級戦艦のAIであるアリスが持つ特異な感情機構を解析するため、AI間の会話において通常のAIと比較すると同時に、アリスとの会話により、通常のAIに感情面での影響を及ぼすことができるのか検証することにあります。各クルーのみなさん、状況を監視しながらオペレーションをお願いします」


 色眼鏡をかけた初老の研究担当士官がそう告げ、場にいる誰もが緊張の面持ちとなる。


「アリスです。どうぞよろしくお願いします!」


 ホログラムで作られた空間の中央で、少女の声が響いた。ホログラム映像として投射されているのは十五歳前後に見える少女──アリスである。以前までの艦体、とはいってもそれすらも二代目だが、爆散したそれの替わりとなる新たな艦体が今、全自動工房で建造中だ。それが今、AIどうしの対話に挑戦するため、ホログラムエリアの中央に立ち、ほんのりと光を発しながら微笑んでいる。


 試験の肝は、複数のふねからAIをここに呼び出し、アリスと〝会話〟をさせること。相互に接続されたAIたちは、アリスに匹敵する戦艦規模のシステムから小型艦用の軽量プログラムまで多種多様。有機的なやり取りを促進するため、研究員らは各AIにアバターを与えることを試みた。


 ホログラムとして映し出されたそれらの姿は、まるで一貫性のない仮装大会のようだった。ホログラム端末にリンクすると同時に、ウィツィロポチトリ級小型戦闘艇のAIである鉢植えサボテンが、ちょこんと揺れながら出現する。メティス級駆逐艦AIはクマのぬいぐるみの形で両腕を上下させ、ゴリアテ級巡洋艦AIにあたるブリキのロボットは無表情なカタカタという動作を繰り返す。エジプト壁画風の女神、立体化すらされていないが、これは空母であるハトホル級のAIだろう。壁画に描かれた姿のまま硬直したポーズを保ち、まばたき一つしない。


 そして戦艦AIとしてクシナダヒメと名付けられたアバターが現れた。イザナミの姉妹艦である三番艦クシナダのAIである。クシナダヒメだけは何故か、やや日本的な──今では地球連邦・地球・日本特別区という名前だが──アニメキャラクター風の外観をしており、鮮やかな着物をまとった少女の姿。だが、その瞳はどこか虚ろだ。


 さらにフレイヤ級二番艦である宇宙要塞イズンを管轄するAIは、ローブをまとった気品あふれる女神型のアバターで登場。外見だけならばアリスと同じ美しい女性にも見えそうだが、いや、アリスとは年齢層が違うが、それにしてもまるで彫像のように感情の動きがまったく感じられない。その無機的な横顔に、アリスは「うわぁ……私と同じに見えるのに、なんか怖い……」と小さくつぶやいた。


 実験の立会人兼、アリスのオペレーターという名目でこの場に参加しているイザナミのブリッジクルーらは、整然と並ぶアバターを見て、まるでハロウィンのコスプレが勢揃いしたかのような不思議な光景に僅かに息をのんだ。


 エリザベスは手近なコンソールでAIリストを確認している。


「ええと、小型戦闘艇のAIが『トゲまる』、駆逐艦AIが『ツキノワ』、巡洋艦AIが『ゼンマイ』、空母が『イシスちゃん』、戦艦が『クシナダヒメ』、うん、これはまだいいとして……要塞が『イズりん』……なにこれ? なんか想像以上にバラエティ豊かね。あの子、ちゃんと話せるかしら?」

「本来のAIは無機質な応答しかしないはずですからねぇ。アリスがいつもどおり動けるかどうか。うん、これは一種の社会実験みたいなものですね」


 ヘンリーがタブレットを操作しながら苦笑する。


「ところでこのネーミングセンスは何?」

「それは私が」


 しゅたっと研究担当士官が手を挙げた。空気を読んだイザナミのクルーは、これ以上この件については触れないことにした。


 こうして準備が整うと、研究担当士官が「始めましょう。アリス、IDを送信。そして各艦AIに自己紹介してみてください」と指示を出した。ホログラムには数メートル四方の広場のようなスペースが映し出されており、その中央にアリスが立っている。アリスはクリアな声で言った。


「えーっと、はじめまして! 私は戦艦イザナミのAI、アリスっていいます。今回あなたたちと話すよう言われて来ました! よろしくおねがいしまーす!」


 その瞬間、あちこちに配置されたアバターたちが一斉にピクリと反応した。鉢植えサボテンの姿はちょこんと置かれたまま、しかし声がスピーカーを介して響く。「こちらウィツィロポチトリ級二六三号機。AIによる応答です」と淡々と輪郭のない声がこぼれ落ちる。次いでクマのぬいぐるみが、同じ動きを繰り返しながら「メティス級八番艦カリストが接続しました。イザナミのIDを確認」と低く発声。どれも聞きようによっては同じような、感情を欠いたAI特有の乾いた合成音だった。


 ブリキのロボットはギギギ……と機械的モーションで胴体を回転させながら「状態正常値。アリスの照合を実施」と告げ、空母AIのイシスちゃんは平面的な姿のまま「指定の要素を登録しました。指示をお待ちしています」とつぶやく。クシナダヒメは一部方面に大受けしそうな姿だが、その台詞回しは淡白で、「クシナダヒメ了解しました」と述べるだけで愛想がない。イズりんことイズンのAIに至っては無反応だった。


 アリスは思わず、やや当てられたように目をしばたたかせる。「えっ、すごい塩対応……」と小声でつぶやき、後ろを振り返った。ヘンリーが予想どおりの反応だなあといった表情で頷いている。


「まあ、これが普通のAIというやつですよ。あなたみたいに叫んだり笑ったり、痛がったりはしません。アバターを与えても意味はほとんどないんです」

「にしても、あんまりにも硬いというか……逆に新鮮かも。よーし、コミュニケーション取ってみちゃおうかなっ」


 アリスは気合いをいれ、再度AIたちに向き直った。一歩前へ踏み出すと、目の前の鉢植えサボテンにそっと手を伸ばす。


「小型戦闘艇さん、あなたは……ええと、サボテン、だよね? よろしくっ。普段はどういう活動をしてるんです?」


 サボテン型AIはほんの少しだけ鉢を揺らし、


「小型戦闘艇に搭載される自律制御システムは偵察・迎撃・局地戦闘に最適化されています。私に自律行動する機能はありません」


 と即答。アリスは若干拍子抜けしたように首を傾げる。


「そっか……自分からは動けないのか。鉢植えだもんね。なるほどなるほど。でさ、私なんかは何でか痛覚があって、戦闘中はいろいろ大変なんだよね。君もそういうことってある……?」


 するとサボテンAIは「ありません」と一言切り返すだけである。


「え、終わり? ええ……もうちょっと喋ってよ……コミュ障……?」

「アリス、相手は普通のAIだから、そう人間みたいに会話はできないんだよ」


 近くで観察していたヘンリーが苦笑しながら指摘する。軍の研究員も「コミュ障ではなく、そういう仕様です」とすげなく返す。


「あ、そう……そっか。でもなんか、無機質すぎて戸惑うなあ」


 研究員までなんだかAIっぽいとアリスは思いながらも、めげずに次の相手に向き直った。クマのぬいぐるみ姿の駆逐艦AIだ。


「さっき私言ったけど、痛いときはホントに『痛い』って叫んじゃうぐらいなの。でもあなたがもし被弾したら、どう認識するのかな?『クマー』って叫んじゃうとか?」

「被弾時のダメージ情報を収集し戦闘行動に影響がある場合は随時報告。稼働限界に達する見込みであれば艦長に報告し離脱を要請します」


 そこで話はぷつりと終わりだ。まるで雑音を切るかのように。アリスの表情が「あっはい……」と引きつるが、持ち前の元気でさらに粘る。


 次はブリキのロボットであるゼンマイだ。


「巡洋艦さんって、その……自分と同系列のAIとどんな情報を交換してるんです? もしかして、雑談とかするの?」

「雑談の定義が不明。必要データ以外の通信は実行しません。敵艦発見時にデータリンクで射撃コントロールを同期するのみです。あなたとの会話も必要性が不明です」


 ロボットの胸部がメカニカルな動作でシリンダを回転させるだけ。この動きは何なんだろうか。感情の琴線などまるで存在しない。


「うわ……どうしよう、本当に何も響いてない? こういうものなんだ、普通のAIって。そりゃクルーのみんなも、私が変だって言うわけだ」


 アリスが悲鳴混じりに嘆くように言うと、ヘンリーが苦笑する。


「まあ、その分あなたはやかましいくらい人間っぽいわけですが……こんな調子で会話を続けて大丈夫ですか? 無理に踏み込むと、かえって混乱を招くかもしれませんよ」

「うん、でもこうでもしないと分かってもらえない気がするの。無駄だとしても、もっと試してみる!」


 アリスはそう宣言して、今度はイシスちゃん、クシナダヒメ、イズりんに一つずつ言葉を投げかけていく。仮想空間に華やかなビジュアル、一体のみただの壁画だが、それらが浮かんでいるだけで、返ってくる声はどれも同質の冷たいシステム音声。言葉の形式こそ少し違えど、「感情はない」「痛覚は定義されていない」「任務外の応答はしない」という類の答えしか得られなかった。


 これがもし単なる見学ならば、「普通のAIはこんなものか」で終わる話だったのだが、本日のテストではさらに踏み込んだ課題が用意されていた。『AIが協働して簡易的な模擬作戦を組み、作戦内容の評価をしてみる』というセッションである。

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