2章‐5
混乱の中、特殊部隊員たちが小型シャトルで離艦し、ゲート施設へ突入を図る。イザナミが体を張って火線を抑えているため、かろうじて接舷に成功する。部隊長から、これより管理施設内部に侵入する、と報告が入った。
『残り一隻のフェンリルも損傷深刻……余裕はほとんどありません』
「耐えろ、アリス。兵装はまだ死んでいない。主砲・副砲すべて駆使して応射を続けろ」
『了解です艦長! ソーラランス発射準備……ん。あれ。ちょ、熱いぃ!』
艦体内部のエネルギー配分が限界に近づいたらしい。あちらこちらでアラームが鳴り響き、炉やその周辺システムから深刻な警告が出始めた。それでもアリスは熱さに耐え、全武装をぎりぎりまで稼働させ、目の前の帝国艦隊を押し返す。猛烈な近接戦が始まり、艦体周囲に爆炎が咲き乱れた。
その後、数分が経過。ゲートに突入した特殊部隊から直接報告がもたらされる。
「こちらカステロ。制御室の制圧完了! ですが、追加のセキュリティが何重にも施されていて、解除に時間がかかります! 事前の想定を超えています!」
「く。こっちも長くはもたん。急がせろ」
艦長は歯噛みする。
シールドを前面に集中したイザナミは、その分、艦体後部の守りが薄くなる。そこを狙いすましたように帝国の小型戦闘艇が回り込み、機銃掃射や小口径レーザーを浴びせに来た。残ったフェンリル級無人巡洋艦がそれを迎撃するが、敵数が多いせいで防ぎきれない。イザナミにも数発が刺さり、後方から炎を吹き上げた。
「突入部隊より報告。最後のセキュリティ解除に手こずっている。最深部に正体不明のプロテクトが施されている模様」
ホーク隊長の報告に、アリスがホログラム姿で出現し、艦長に訴える。
「私がセキュリティ突破をサポートします! でも……それには、艦の制御リソースをかなり回さないとだめです。兵装システムと随伴艦操作の一部を止めれば、すぐに突破できるはずです」
「なに? それだと防御も迎撃も制限されるぞ」
「はい……でもこのままではゲートを封鎖できません。やらせてください!」
一瞬逡巡し、アレックスが決断の声を上げる。
「やれ。制御を一部オフラインにし、アリスはゲート封鎖に集中しろ。あとは俺たちがマニュアルで何とかする!」
この言葉を受けて、副長もすぐに操作パネルを切り替え、兵装の制御を人間側に戻す。ブリッジのクルーが散り散りに配置されコンソールを必死に操る姿は、まさに昔の宇宙戦艦そのものだ。
アリスは意識の大半をセキュリティ突破アルゴリズムへ割き、有線接続されたゲート制御システムとフルリンクした。彼女の姿はホログラムからもAIインジケータすらも消え、代わりにメイン・ディスプレイが不規則な数列の嵐に変わる。人間の目には何が行われているかさっぱり分からないが、要は帝国の暗号を無理矢理こじ開けているのだ。
「総員、マニュアル制御で砲撃を続行! テンペストMk.Ⅳ、発射タイミングは射撃士官が合わせろ!」
「RG−二一スターバーストも手動で狙わないと当てられません! こんなの模擬訓練以来ですよ!」
それぞれのブースから悲鳴に近い声が上がるが、それでもプロフェッショナルである軍人たちは動き出す。十二分に訓練を受けたクルーたちが必死に調整を続け、辛うじてイザナミの火力を保ち続ける。
しかしそれに応じるように、帝国艦隊は苛烈な砲撃を崩さない。シールド残量がみるみる減っていくのがスクリーンに映り、炸裂する衝撃が容赦なく艦体を揺さぶる。
「シールドが限界! あと三分もたない!」
「姫さんなしでもやってやらぁ!」
「くそっ……アリス、急いでくれ」
一方アリスは、別の次元で悪戦苦闘を繰り広げている。プロテクトをクラッキングしようとするたびに、帝国製のAI防壁が逆探知をかけ反撃してくる。艦体に対するものとは別種の痛みを知覚しながら、それに耐え、アクセス検知をかいくぐり、大量の攻撃パターンを投げつけ押し切ろうとする。
『うぁ、また艦体がビリビリ……。こっちの演算が阻害される……でも、諦めない……! ドM戦艦魂で──』
「ばかー!」
副長が無意識にツッコミを入れ、アリスは荒い息(?)をつきながら必死に作業継続。やがて終着点が見えてきた。
『あと少し! 最後のバイパスルートを確立すれば……ロックが解けます! アリス、完了まで三十秒』
「三十秒……。それまで耐えねばならんか」
後部区画が大きく揺れる。後方でイザナミを護るフェンリルを躱した帝国巡洋艦が、しかしイザナミから火力の集中を受け爆散、その艦首部分がイザナミ後部に激突したのだった。
『ひゃあっ! ちょ、おしりに変なの突っ込まれたああ! 刺さってる!! ア*ル◯女喪失!!!』
「その表現はやめろ!!!!」
艦長がキレた。
『ヒッ……後部推進機関にダメージ! ヒヒッ……稼働率、推進力で三割未満まで低下と推測』
帝国艦の破片は尾部に深く食い込んでおり、なおも火花をあげている。このまま尾部で爆発が起きれば推進系統が完全崩壊し、離脱は不可能になる。乗員たちは蒼白の面持ちで、副長が絶叫するように指示する。
「後部の全隔壁を閉じなさい! このタイミングで動力炉まで誘爆すればゲート管理施設を巻き込む。そうすればゲートを封鎖する手段がなくなってしまうわ!」
だが、帝国艦がここぞとばかりに猛攻を仕掛ける。既にイザナミのシールドはぼろぼろ、艦体も油漏れのようにエネルギー放出を起こして火花を散らす状態だ。ビームが船体を削り取り、レールガンの金属弾が装甲を砕く。衝撃が連続し艦体が悲鳴をあげる。
そのとき、ブリッジのスピーカーがガリガリとノイズ交じりに響いた。
「──こちらカステロ! ゲート封鎖に成功! 制御室を封印し帰還する」
「やったか……! アリス、兵装制御に戻れ! 離脱準備!」
『はいっ!』
アリスが瞬時に意識を艦の制御に戻し、兵装の全てを開放する。敵艦に精密に照準を合わせ、迎撃弾幕を敷き、シャトルがゲート施設から脱出できるコースを無理やり作り出していく。ゲート封鎖が成ったことで帝国の侵攻作戦が大きく遅れることは確かだが、それでもなお、この宙域は帝国艦で埋め尽くされている。
『シャトル回収完了。けど、推進機関が作動しません。艦長、このままでは離脱できないかも』
「やむを得ん。脱出する! 全員を脱出区画に移動させろ。動力炉の自爆シーケンスをセット」
『動力炉は放っておいても爆発しちゃいそうです! ギリギリまで制御しますね!』
脱出して自爆が一度目ではないからか、艦長もアリスもあっさりしたものだった。警告放送が流れ、乗員の脱出準備で艦内が慌ただしくなる。アリスは迎撃に炉の制御、脱出準備やシステム停止作業やらを並列でこなしつつ、他にできることはないかと考えを巡らせる。
『艦長、あっちに大型艦が集結しています。最後に一撃加えて去るっていうのはどうですか?』
「かまわんが、イザナミはもう動かないだろう。ここからだと一部しか攻撃が届かん」
『フェンリルで後ろからこう、……ゴンって』
「……」
ゲート管理施設が吹き飛んでしまったとしても、ゲートはその時点の状態、つまり封鎖された状態を保つため問題はない。だから今この場所で自爆させても問題はない。だが施設が健在であるほうが、その後の復旧が早いこともまた事実だった。
「一石二鳥というわけか。いいだろう。やってくれ」
アリスはわずかに思考を巡らせ、イザナミを帝国艦の群れに突撃させるためのコース選定、途中で落とされないために必要な速度、それらを達成するために最適なフェンリルの突入設定と加速パターンを計算し、瞬時に準備を整えた。イザナミはすでに満身創痍で、フェンリルの突入により崩壊しないかどうかだけが気がかりだった。
『フェンリルにコマンドを送信します』
「総員、衝撃に備えて」
副長が警告放送で注意を促す。
最後に残ったただ一隻のフェンリル級無人巡洋艦が推進機関を全開にし、イザナミへの突撃コースをとる。フェンリルも負けず劣らずボロボロだったが、帝国からみれば優先目標ではなかったので、まだ少しだけ元気が残っているようだ。
フェンリルがスラスターで姿勢を細かく制御しつつ速度を上げ、イザナミへの突入コースに乗る。ちょうど尾部に刺さった帝国艦の破片に覆いかぶさる形でイザナミを押し込んだ。
『ぉぴょっ!?』
アリスが不思議な声を上げる中、計算違わずイザナミを動かすことに成功したフェンリルは、更に推進機関をふかしイザナミごと加速する。それに気づいた帝国艦が猛攻を再開するが、アリスが兵装を再度フル稼働させ応戦する。レーザー、荷電粒子ビーム、ミサイル、レールガン、近接防御火器、あらゆる残存兵器を稼働させ、帝国の艦船や戦闘艇を葬りつつ最後の砲撃を加えていく。
フェンリルの主砲が帝国巡洋艦を横腹から貫くと、派手な閃光が生まれ、その混乱で周辺の攻勢が一瞬ゆるんだ。イザナミの周囲には数秒ほどだけ〝空白〟ができる。脱出の好機だ。
艦長は緊急ワープ装置のスイッチに指をかけた。
「ワープに入る。衝撃に備えろ。アリス、準備はいいな」
『はい! エンジン自爆シーケンスセット、兵装はフルオートで応戦継続! 脱出艇はできるだけ恒星方向へのワープを狙います。いつでもどうぞ!』
一瞬、ブリッジ全体が微かな青白い光に包まれる。激しい発光と同時に空間が揺れ、視界が一気に歪むように感じられた。緊急ワープ装置の激しい衝撃がクルーの身体を座席へたたきつけるが、その加速感はほんの刹那。次の瞬間には、メイン・ディスプレイが別の星空を映し出していた。




