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2章‐3

 星々の海に浮かぶ二つの大艦隊。連邦の青と帝国の黒が、無言のまま対峙している。数百隻の艦艇が整然と隊列を組み、互いの死角を突こうとするように、ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めていた。帝国は事実上の奇襲をもって、国境ゲートを占拠した。そのゲートを使って次々と戦力を送り込む帝国艦隊に対し、態勢が整う前に叩こうと、数で劣る地球連邦艦隊が反撃に踏み切ったのだった。


 ただゲートを挟んだ攻防とは異なり、宇宙空間──いわゆる通常空間においては、相手に気づかれずに艦隊が接近するのは容易ではない。そうであるならば、まるで、はるか古代の戦いで武将が名乗りを上げるように、両陣営は互いの姿を堂々と晒し至近距離でにらみ合いながら、火蓋が切られるそのときを待っていた。


 その地球連邦艦隊の中央やや後方。戦艦イザナミは、その随伴艦であるフェンリル級無人巡洋艦三隻をドッキングさせた状態で待機していた。その艦長アレックス・山本はブリッジの中央席で、いくつものディスプレイと戦況表示ホログラムを睨んでいる。その真横では戦艦AIであるアリスのホログラムがふわりと浮かび、ミニマップを指先で拡大したり縮小したりと、まるで子どものように遊ぶそぶりを見せていた。


「艦長、バジリスクⅣ級巡洋艦らしき艦隊がこちらに向けて広がってきてます。多分あれは牽制担当ですね。主力は別方向にいる方です。帝国もなかなかに考えてきます」

「分かった。こっちが行動を開始する前に、予定通り陽動を仕掛ける。空母イシスへの指示を頼むぞ」

「了解でーす」


 呑気そうなアリスの声のあと、通信リンクが複数本同時に開き、ブリッジに音声が混ざり合う。空母への指示と同時に、陽動攻撃を担当する艦隊の戦艦から陣形変更要請が来た。副長エリザベスが「はい、許可します。座標の送信を」と答え、続けて艦長が「アリス、戦術リンクの再設定を急げ。ワープタイミングを合わせるのを忘れるな」と指示する。


「はーい、やってまーす!」


 こうした大規模艦隊戦で、一度に全ユニットを指揮統制するのはAIの得意分野だ。一方で苦しむのはいつもクルーたちである。息つく暇もなく砲撃や機動指示が飛び交い、少しでも遅れれば命取りになりかねないからだ。本来なら艦艇同士の意思疎通だけで相当の通信業務が発生する。いまはそれをアリスが代行しているが、無人機に対するもの以外の「最終判断」は艦長や副長、ほかのブリッジクルー達、つまり人間が下している。当然、すさまじい速さの情報ラッシュに追い立てられる。まさにひりつくような緊張感がイザナミのブリッジを支配していた。


 やがて、陽動作戦の火蓋を切るべく、連邦側の空母から艦載機群が大量に発進。帝国艦隊の外縁部へ攻撃を開始した。巡洋艦のミサイルランチャーも盛んに火を噴き、レーザーの閃光が虚空を裂く。最初は数で勝る帝国艦隊が余裕で迎撃姿勢を取っていたが、やがて味方艦隊の包囲陣が変化し、帝国側にとってはやりづらい展開になっていく。というのも、連邦軍の目的は撃ち合いではなく、牽制を重ねつつじわじわと戦闘を遅滞させることが狙いだからだ。時間を稼ぎ、帝国艦隊を固定化した布陣のままつなぎとめることができれば、ゲートへの突入ルートが開ける。


「よし、予定どおりだ。次はこちらの番だな。アリス、準備はいいか?」

『はいはい、ワープドライブいつでも起動できますよ。ワープアウト予定位置まで、誤差三マイクロ光秒以内に圧縮してみせまーす』

「気楽に言うな、それが生死を分けるんだぞ」

『分かってますってば。信じてくださいよぉ』


 ホログラムからAIインジケータに戻ったアリスが答え、艦長は無言でコンソールに視線を落とす。アリスの軽口を許せるのは、このAIがこれまで明確な実績を積んできた事実があるからだ。人間にあてはめるならば精神的に未熟に感じる部分もあるものの、彼女の判断精度と柔軟性は確かな戦力になっている。


 そして一方、イザナミの格納庫では、ローガン・〝ホーク〟・バレット少佐率いる特殊部隊員たちが最終チェックを済ませようとしていた。彼らはゲート管理施設に突入し、帝国の手から施設の管理権限を奪取したのちに、ゲートの星系出口側を封鎖する役目を担う。その成否が、アリスが立案した作戦の鍵を握っていた。


 ◇ ◇ ◇


 陽動攻撃の開始から数分後、アレックス艦長は短く「発進」と呟いた。アリスのAIインジケータがメイン・ディスプレイ上で一瞬だけ点滅し、


『了解、艦隊に同期信号送信。ワープドライブ稼働。三……二……一……ゼロ!』


 ──次の瞬間、イザナミの巨体が亜空間へと滑り込む。本来であれば、敵のセンサー群がこの瞬間を見逃すはずがない。だが、同タイミングで陽動部隊が帝国艦隊を一気にレーザー斉射でたたき、強烈な光量と爆発が敵の観測を阻害した。


 視界がぐにゃりと歪み、ブリッジのメイン・ディスプレイに映し出される星々が一斉に流れる。内部重力制御が一瞬ふらつき、クルーがぐっと踏ん張る感覚を覚える。しかし、アリスの演算は正確で、イザナミは望みどおりの座標へワープアウトすることに成功した。ここはゲートのすぐ近傍、帝国艦隊が厳重な警戒態勢を敷くであろう死地である。


「索敵状況!」

『はい……えーっと、帝国艦多数確認。おそらくイザナミはすぐに発見されます。ゲート周辺であらかじめ警告ラインを張ってたみたいですね。偶然じゃなく、やっぱり読まれてたかも』

「構わん、短期決戦で行くしかない。予定通り、指揮系統を潰すんだ」


 艦長の言葉とともに副長エリザベスがブリッジクルーへ号令する。


「フェンリルを分離! 右舷・左舷の副砲準備、主砲ソーラランス砲のターゲットロックを最速で実施!」


 ワープ前からイザナミのシステムはフル稼働しており、内部モニタが警告色のオレンジに変わる。


『じゃあ、私も大火力いっちゃいますね! 艦長、許可をください!』

「よろしい。発射許可を出す。だが一気に撃ちすぎて炉をオーバーヒートさせるなよ」

『大丈夫……たぶん!』


 その楽観的な返事を背に、艦長は苦々しく息を吐く。アリスの「たぶん」があまり信用ならないことは、前回の大爆発が物語っている。しかし、今はそれに賭けるしか道はない。


 副長の細やかな射撃管制サポートもあって、イザナミの主砲群が帝国の艦列へ一斉に光を放つ。レーザーと粒子ビームが青白く煌めき、敵のシールドに激突する映像がメイン・ディスプレイに映し出された。


「敵の防御が厚いわ。……でも今の一撃でシールドが部分的に飽和した可能性大。次の斉射で何隻かは確実に沈められる」


 副長がディスプレイを確認してそう告げると、舞い上がった様子のアリスが次の攻撃許可を求めてくる。


『もう一発! 艦長、もう一発いきましょう!』

「よし、撃て!」


 ソーラランス砲が閃光を放ち、今度はチャージ状態にあった帝国の戦艦を貫通した。その戦艦の側面装甲が一気に焼け焦げ、高密度エネルギーによる内部爆発が連鎖し、一瞬のうちに火球へ変わる。


 周囲の帝国艦が動揺して陣形を崩した、その刹那が狙い目だ。アリスは一瞬で解析する。


『指揮系統上位と推定される戦艦がやや後方にいます! 事前の分析結果と一致! 優先攻撃目標です!』

「あいつか……位置が悪いな。出来るか?」

『もちろん! 射線の確保には多少強引な機動が必要ですけど、私にお任せを!』


 高度な機動制御によって、艦体が巨体とは思えぬ加速度をもって右下方へ一気に転舵した。重力キャンセラーの能力を超える激烈なGがクルーを襲い、ブリッジでは思わず「ぐっ……」とうめく声が上がる。だがアリスは平然としている。というより何やら妖しい独り言をはじめた。


『イヒ、この軋む感じ……クセになってきちゃうかも……』


 ブリッジクルーが全力で引いた。


『……あ、よし、狙えますよ!』


 次の瞬間、テンペストMk.Ⅳ高速荷電粒子ビーム砲とレールガンの合わせ技で、帝国艦隊の指揮艦と思しき戦艦を急襲。シールドが反応しきれず部分的に突き破られ、艦首部が大きく破損した。指揮に重要な通信タワーにも直撃を与えたことで、敵艦の連携が明らかに滞り始める。


『やった! あっちが混乱してますね! 今のうちにゲートに接近しましょう!』

「全艦、ゲートへ突入態勢!」


 艦長の号令に呼応し、イザナミ随伴の小型艦隊──フェンリル級無人巡洋艦や小型戦闘艇も機敏に隊形を整える。とはいえ敵も簡単には止まらない。指揮艦を失っても代行艦が割り込んできて命令系統を復旧させるはずだ。時間の余裕は少ない。


 ◇ ◇ ◇


 ゲート管理施設が目視できる距離に近づいたころ、ブリッジクルーたちは苦い表情を見せ始める。視線すら遮ろうとするかのごとく、帝国の空母から放たれた無数の小型艦載機が迎撃に出てきたのだ。一斉に襲撃されれば、いくらイザナミといえど無傷ではすまない。


 そこへ通信が入る。


「こちらホーク。艦長、いつでも出撃可能です」

「分かった。だがゲート付近に配置された火線をくぐり抜けながら、接舷する必要がある。危険だぞ」

「承知のうえです。それが任務だ」


 艦長は覚悟を決め、特殊部隊出撃タイミングを調整すると告げる。そして副長エリザベスが、前方に散らばる帝国艦は合計で十数隻、そのうち大型艦は四隻もいると報告。多勢に無勢だ。


「アリス、周囲の艦で支援攻撃。うちの無人巡洋艦で迎撃ラインを構築しつつ、特殊部隊がゲートで仕事を終えるまで防衛しなくてはならん」

『はい! えっと、でも帝国の艦載機が思ったより多いし速いですね。これはボーッと突っ込むと痛い目みますよ』

「構わない。『痛い目』で済むならまだいい。それより、ゲートへ移乗させる段取りを急げ」


 イザナミは味方のフェンリル級無人艦を前衛に配置しつつ、自艦の砲を点射しながらゲート方向へ一気に進む。だが、帝国艦隊も先ほどの混乱から立ち直りつつあるらしい。ブリッジに投影されたホログラムには敵艦の航路予測が複数示され、上下左右からイザナミを挟撃しようとする陣形が浮かび上がっていた。四方への迎撃態勢を強いられれば防御の分散は避けられず、実に厄介だ。


 そんな中、砲火が激しさを増していくと同時に、アリスから矢継ぎ早に短い報告が入る。


『敵巡洋艦群が左斜め前方からミサイル一斉射! 計十六発!』

「ミサイル対処は副砲とCIWSに任せろ! 迎撃システムを全面起動!」


 艦長が吠える。続けざまにいくつもの艦体を揺らす音が響き、複数のスペクターMk.Ⅲミサイルが発射される。それらは帝国巡洋艦群との中間地点で交錯し、いくつもの爆発を残す。だが数発は迎撃をくぐり抜け、シールドを削りにかかる。


『左舷前面シールドが局所破壊されてます! 急いで移動シールドを再展開……あいたたた! ちょ、今ガツンと喰らった!?』


 アリスの叫びと同時にブリッジ床下から鈍い振動が響き渡った。


「被害状況、早く!」

『第三装甲層が削られました。損傷軽度。戦闘続行に支障はありません!……ぐ』


 副長が叫ぶ中、アリスのAIインジケータも艦体に入ったダメージを伝えるように点滅する。というより、実際に痛がっていた。


『痛たた……ぐぅ……左脇腹から血が出る感じ……って、いや、そういうイメージ、なのはわかってますけど! うう、痛い……もう!』

「アリス、痛いからといって手を止めるな。自分の仕事を思い出せ」


 艦長の叱咤は厳しいものの、どこか娘を諭す父親のような響きも帯びている。


(……そうだ、痛がってるだけじゃダメだ。私がこの艦を動かして、みんなを守らなくちゃ。ここで踏ん張らなきゃ、私が存在する意味なんてない!)


『ごめんなさい……大丈夫です。やれます!』


 その決意を示すかのように、アリスは意識を艦の各区画へ走らせた。だが、帝国艦隊は容赦なく追撃をかけてくる。ゲートに辿り着く前にイザナミが沈む可能性すらある──。そんな焦りがブリッジを覆いかけたとき、無線から力強い声が響いた。


「こちらホーク。ゲート付近で接舷のタイミングをとる。よろしく頼むぞ!」


 特殊部隊のホーク隊長が力強く音声通信を送ってきた。硬直しかけていた空気が、一瞬で払拭された。


 アリスは敵の火線に空いたわずかな隙を捉え、突貫機動を仕掛ける。艦長や副長をはじめとするクルーも、その意図を汲んで火力を集中し、前方の通路をこじ開けた。移乗可能な距離を確保できるよう姿勢を最適化する。連邦の艦隊も陽動に徹し、目論見どおり帝国側の主力艦が分散している好機が訪れた。

ホーク少佐は普段からイザナミに乗っているわけではなく、今回の作戦のために派遣されました。

帝国の作戦を分析する際に〝たまたま〟拾った『連邦軍将校の顔面偏差値マップ』に載っていたのを見て、アリスが指名したとかしないとか……

特殊部隊員が顔バレしているのもどうかと思いますが。

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