2章‐2
地球連邦と帝国(シグマ・ドラコニス=シグニ連合帝国)の争いにおいて、星系間ワープゲートの占拠・破壊は戦局を決定しうる手段となる。ゲートを押さえられれば、戦艦サイズ未満の船は星系間を移動できないし、ワープシステムを搭載する巨大船舶であっても、エネルギー消費量が大きすぎて経済的には成り立たなくなる。物資の移動ルートを事実上封鎖でき、一方的な侵略態勢を敷くことすら可能だ。
長らく平和を保ってきた地球連邦と帝国の関係が、静かに、しかし確実に悪化し始めたのは半年ほど前のことだった。最初は外交官レベルの小さな軋轢や貿易摩擦といったありふれた問題だったが、それらはすぐに深刻な経済制裁や互いの領域への渡航制限へとエスカレートしていった。しかしそれでもなお、連邦政府における危機感はうすく、その対応は後手に回ったと言わざるを得なかった。
事態が決定的に悪化したことを連邦側が認識したのは、帝国が突如として、星系間を結ぶ重要な交通路・通信路である国境ワープゲートを「安全上の理由」で封鎖してからだった。公式には一時的措置と発表されたが、明らかに地球連邦に対する圧力であり、両国間の交易や通信は大混乱に陥った。
しかも帝国は、ゲートの向こう側に大規模な艦隊を集結させていた。その規模や進め方を見る限り、帝国が周到な計画のもと複数の国境ゲートを同時に占拠しようとしているのは明白だった。連邦軍はある程度その兆候をつかんでいたにも関わらず、文民統制という名分のもとで十分な備えを講じていなかったのもまた事実である。
帝国が国境ゲートの帝国側出口を一方的に封鎖してから数時間後。イザナミのブリッジには艦長以下ブリッジクルーと、主だった士官らが集められていた。
「これはただ事じゃない」
アレックス艦長がブリッジのホログラム・マップを示しつつ呟く。空間上に浮かぶ幾つものゲートが赤くマーキングされ、ゲートの向こう側に侵攻部隊が展開している可能性を表していた。
「われわれが到着する前にゲートが掌握されれば、敵の艦隊が押し寄せてくる。短時間でゲートを消去するのは物理的に不可能だ。早急に防衛ラインを築き、ゲートの封鎖を試みるしかない」
艦長が短く指示を発し、イザナミを含めた地球連邦の艦隊は高速航行で目標宙域へ急行する。
帝国の大規模攻勢を予期し、連邦軍はあらかじめ各星系に多層防衛網を敷いていた。これは国境ゲートを囲む半球である第一防衛面、ゲートが安定設置可能な最小距離よりやや内側の球面である第二防衛面、そして居住惑星やコロニー近傍の最終防衛面の三層からなる。イザナミが向かっているのは、突破された可能性もあるTCEEゲート(くじら座タウ星:地球連邦⇔エリダヌス座イプシロン星:帝国)に最も近接する、くじら座タウ星・第二防衛面上の宙域だ。つまり現時点において、運が良ければ第一防衛面駐留部隊と合流するための通過点、運が悪ければ最前線であり、この場合は第一防衛面残存部隊と合流または挟撃して侵攻部隊を押し返すことが目標となる。
航行中、イザナミのブリッジには艦隊司令部から次々と状況報告が入る。既に第一防衛面に攻撃を受けており、帝国の無人艦部隊が先行してゲートを超えてきているらしい。まだ連邦艦隊との大規模交戦は起きていないが、時間の問題だろう。
「いつでも戦闘態勢を取れるように。アリス、兵装のチェックを怠るな」
『イエッサー! 今度こそ正常稼動を維持します。……たぶん、炉も……きっと』
「そこを『たぶん』や『きっと』で済ませるな。副長、念のために反応炉にセーフティを重ねて設定しておけ」
「はい、艦長。アリスが勝手に封印を解放できないよう設定します」
『……』
アリスは小声でブツクサ言っているようだが、反対を唱えることはしなかった。前回のこともあって、アリス自身もまだ自分を信頼できていないのかもしれない。
◇ ◇ ◇
高速航行を続けたイザナミを含む任務部隊は、急派ゆえの若干のトラブルに見舞われながらも想定時刻通りに到着した。そこには元々配置されていた第十六艦隊が展開するとともに、ゲートに駐留し、帝国の攻勢に対し遅滞戦闘をしながら後退してきたはずのTCEEゲート防衛艦隊がいるはずだった。だが、その数のあまりの少なさは、ゲートで何が起きたのかを如実に物語っていた。残存艦艇は傷つき、艦影はまばらで、本来の戦列を保つことさえ困難なほどに疲弊している。
第一防衛面の部隊、つまりゲート前にいた防衛艦隊は壊滅に近い状態──そう報告を受け、ブリッジの空気は冷え込む。データリンクを通じて届く断片的な戦闘記録から、帝国艦隊の圧倒的物量と絶対の意思が見え隠れしていた。副長エリザベスが眉をひそめ、艦長アレックス・山本は姿勢を正す。
辺境宙域特有の淡く横たわるガスと塵のヴェールを透かして、はるか遠方にちらつく無数の光点。その一帯をスクリーン表示の拡大図が映し出すと、巡洋艦らしき艦影が幾つも連なっている様子が分かる。そして、その背後に大型空母や戦艦──おそらく帝国の主力ベヒーモスⅢ級と思しき艦影までもが揃っているように見えた。
どうやら帝国は、この星系に大艦隊を直接送り込む段取りを着々と進めているようだ。すでにゲートは帝国の手に落ち、そこから戦力を続々と流しこんでいるらしい。
「まさか……こんな短時間でゲートの守りが崩されるとは」
スクリーンを見つめたエリザベスが、若干震える声で言う。
「油断していたわけではないとは思うけど、それでも帝国の動きが早すぎますね。最初からゲートを突破するつもりだったのでしょう」
険しい表情でうなずく艦長アレックスは、義手をカツンと椅子の肘掛に当てながら答えた。
「司令部も警戒していたはずだが……帝国がどれほどの準備を整えているか事前に察知できなかったのか。これだけの戦力が送り込まれている以上、ゲートを占拠して終わりということはあるまい」
副長はコンソールに目を落とし、イザナミが所属する連合艦隊の配置図を確認する。艦隊司令部の命令により、ここに集結した艦隊は数十隻という規模だが、相手はその倍を優に超えると観測されている。
「艦長、我々だけではなく、第十六艦隊とTCEEゲート防衛艦隊の残存部隊、それに他星系からの応援も集結しています。でも……あちらも空母と戦艦を中心にかなりの数を送り込んできています。防衛どころか、逆にここで一気に押し切られる可能性もあります」
そんな会話を、いまはメイン・スクリーンに表示されたAIインジケータだけになっているアリスが聞いていた。最近はホログラム状態で艦内を気まぐれに歩き回っているアリスだが、さすがに作戦行動となると自重するらしい。
『ねえ副長、現状、これ以上の支援はほぼ期待できない感じ……だよね?』
「ええ。数字上、残存部隊はわずかで、再編成に時間がかかるでしょう。現状は第十六艦隊と我々──イザナミを含む任務部隊が中心となるしかないわ」
アリスは「うーん」と唸り、さらに画面の横に細かい帝国側の艦種リストらしきデータを幾つも表示した。
『帝国は空母リヴァイアサンⅣ級とⅤ級を複数、そして巡洋艦バジリスク群、複数の戦艦ベヒーモスⅢ級……補給線の様子はどうかな……』
その声を耳にした艦長が尋ねる。
「アリス、お前はどう見る? 帝国の最終的な狙いは居住惑星の直接占拠か。それともゲートを封鎖して長期的にここを干上がらせる目的か」
『どっちの可能性もありそうですね……うーん、ちょっと待ってくださいね……』
アリスのAIインジケータが活発に点滅をはじめた。
『帝国艦隊の構成は……どちらの方針に対しても艦船数は過剰ですね。おおむね所要数の一二〇%と推定しますが、なおも増加中。艦艇の種類と数、推定配備兵器のデータを取得。燃料消費曲線、補給線の運行スケジュールを推定。装備も拡張されているように見えます。補給スケジュールの異常加速を確認。通常の遠征ペースを上回る補給サイクルが検知されています』
『通信ログ解析。中身は……さすがに暗号は解けないですね。複数のプロトコル傾向を確認。保護レベルからすると、こっちが司令部との通信かな……? 通信量の増大を確認。なにか急いでいる? サイドチャネル攻撃を試みます。でも、司令部への報告と仮定すればパターンの辻褄が合う気も』
『これは個人通信かな? このタイミングで禁止していないのは意外。こちらは部分的に解読可能。熱狂と焦燥が混在。兵たちの士気は高い。一部に短期の帰還を示唆する内容あり。けど彼らの立場は特定に至らない』
『帝国首都のおすすめレストランの情報を入手。写真付き。じゅるり。でもAIである私は食べられないんだった。涙』
『燃料搭載量は推定可能? でも、あまり手がかりにならないかも』
『あっそうだ。新型艦や未確認艦種はどうだろう。うーん、見当たらないかな。小型戦闘艇は未知の機種かもしれない。複数のマイナーアップデートを確認。変更目的を推定できるか試してみよう』
『過去の戦術や将校の行動傾向。およびその後の評価。背後をつく、落ち着いて包囲する、といった搦め手より前面から突破する方が武勲を立てられると信じている節がある。うわお脳筋』
『作戦命令と思われる通信の発生数が通常の倍に増加している。現場が混乱している可能性……』
「え──ちょっと、アリス?」
突然怒涛のごとく分析を始めたアリスに、副長が固まる。メイン・ディスプレイにはアリスの分析にあわせ様々な情報の羅列が踊っているが、当然ながら人間が内容を追えるような速度ではない。戦艦レベルのAIとはいっても、それは本質的には人間の操作を代行する制御AIであって、それ以外には戦術立案のサポートが限界のはずだった。しかし今、目の前で滔々と分析を吐き出すアリスが見せる能力は、そのAIコアに設計上与えられた性能を大幅に超えているように見える。
『……全般的に、通信における言葉の選択に攻撃性が高い傾向があります。でも、通信のうち解読できた範囲に偏りがある可能性も考慮するべき』
『あ、またミスってる。補給時の行動に〝間に合わせるために急いでいる〟兆候を認めます。軍事的には賭けに出ている可能性』
『直近の政治情勢を踏まえると、帝国指導部は国内での戦費負担を気にしているはず。長期の泥沼は自国の経済にもダメージが大きい。そうなると……』
『一応確認しとこう。小型戦闘艇が新型と仮定した場合、その戦果が政治的得点になるか評価。微妙っぽい』
『だいぶ不利だけど……連邦側の現有戦力でできることはなんだろう?』
『公開情報および、これまでの傍受した通信および艦隊の挙動から、帝国艦隊の指揮系統を推測。最も矛盾が少ない仮説を採用します』
『帝国政治指導者は……皇帝〝カール十二世〟名前クラシカル過ぎない? 経歴、戦歴、政治性向、家族、幼少期、権力基盤、敵対勢力。強硬路線かつ成果主義。拡張主義でもある。カリスマ的な弁舌で国民を鼓舞し、短期間で軍拡を成し遂げる。公の演説を見る限り、誇大な言葉と強烈な支配欲が垣間見える。艦長の方がずっとイケオジ』
『作戦立案が合理的であると仮定した場合の侵攻ルートを計算』
『マップ……マップといえばさっき見つけた連邦軍将校の顔面偏差値マップはどこに……』
『皇帝からいまの状況に対する言及はないみたい。そりゃそうだよね』
『戦後処理のプランはどう? 短期間で一気に占領して、講和・降伏を迫る、という形が自然』
「惑星に侵攻できるだけの装備はあるのか?」
アレックスが問う。
『居住惑星に対する地上侵攻の装備はないみたいです。でも宙から抑え込めば制圧は達成できる。それが可能なだけの戦力はあります』
「よ、よくこの状態のアリスについていけますね」
「艦長さすが!」
『そこは私を褒めるところだと思いますけどー?』
アリスは長考しながら、周りの声もちゃんと聞いていたらしい。やがて考えのまとめに入ったようで、AIインジケータの点滅が落ち着いてきた。
『帝国の作戦内容を仮定。各作戦パターンと状況との整合性を評価。タイムスケジュールを推定……』
アリスはクルーを見渡して、おもむろに口を開いた。今のアリスはインジケータ表示なので、そんなことがわかるはずもないのだが、ブリッジにいた全員がそのように感じた。
『帝国艦隊は数日以内に第二防衛面・最終防衛面を突破し、居住惑星を迅速に制圧する意図を有しています。長期的封鎖ではなく、短期決戦による決着を望む可能性が高いと推定されます。行動開始は六時間以内と予想』
瞬く間に、星系地図のホログラムが室内を覆った。予想される侵攻コースをなぞる光の線は、主要コロニーを経由したのちに居住惑星に到達している。しかもタイムスケジュールを再生するシミュレーションでは、わずか数日で最終防衛線に到達することが示された。
「そうか。であれば守りを固める必要があるな」
『彼らは短期間にこの星系を制圧し、拠点化するつもりと推測されます。現状の戦力では止めきれないので、遅滞戦闘しつつ増援を待つぐらいしかできないですね。ただ……』
「ただ?」
アリスがホログラムに切り替わり、決意を秘めた表情で言った。
「こちらにとっても賭けですが、もうひとつのプランがあります」




