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閑話

 爆炎に包まれて散ったイザナミは、その勇姿もろとも辺境の宙に消え去った。残ったのは乗員たちが収容された脱出艇と、アリスという名の不思議なAIコアだけ。連邦の哨戒艦ヴァンガードに救助され、宙賊の殲滅という大成果を確認して、艦長以下クルー達は「大破してしまったけど成果は十分」と、苦笑まじりの安堵を噛みしめたのだった。


 ひとまず命とAIコアは無傷。そう、イザナミは戦闘と共に派手に散ったが、それは戦闘区画に限った話。イザナミの中核は脱出艇──つまりブリッジと居住区画であり、大事なものは全てそこにしまわれていた。


 それが残れば次の一手がある。すなわち全自動工房を活用した再建造であり、軍上層部にとっては頭痛の種でもあった。イザナミ級戦艦は戦闘区画の建造に人手を必要としない。地球連邦においては初めて、全自動工房で建造可能な戦艦として設計されている。仮に艦が失われたとしても再建造費用が相対的に安くつくことから、よりハイリスクな作戦行動を可能にするという設計思想であった。


 とはいえ、いかにイザナミ級戦艦の運用法として想定されていたとしても、進水からわずか一ヶ月にも満たない間に再建造になるとは──上層部、とりわけ軍事工廠の管理官や財務担当にとっては〝この金食い虫め〟と文句の一つでも言いたくなるところではあった。実際見えないところで色々あったようだが、艦隊司令の後押しもありイザナミ再建造の許可はおりた。なにせ大規模な宙賊殲滅は連邦軍としても痛快な成果。この功績を無視はできない。


 艦長アレックス以下クルーは、その成果に対し表彰を受け、一定の休養期間ののち再建造の支援や訓練などの任務を与えられた。スペースデブリになったイザナミを再生し、新たな艦体を得るための準備がいよいよ始まるのだった。


 ◇ ◇ ◇


 地球連邦の大きな軍事拠点──そこには膨大な生産設備と、各種モジュールを一度に組み上げる全自動工房の施設が並ぶ。戦艦クラスの規模をわずか三ヶ月で建造できるのは、まさに連邦の技術の粋といえる。


 建造時と同様に、イザナミの再建造を担うのは〝大工廠〟と呼ばれる全自動工房の最大区画だった。工廠内には整然とした鉄の構造物が張り巡らされ、クレーン状のアームやナノマシン精製ラインが網のように張り巡らされている。それらを見下ろせる位置から顔を上げると、広大なドーム状の天井が太陽光を受け乳白色の光を発していた。


 副長エリザベスはその眺めに少し息を飲む。何度見ても圧倒される生産ラインの規模だ。彼女はタブレットを手に取りながら、アリスへ話しかける。


「ここよ、アリス。あなたの新しい艦体が作られる場所。……大丈夫? 痛覚があるのに再建されるときは痛くないのかしら」

『はい、たぶん平気です。修理のときは、むしろくすぐったいようなムズムズした感覚になるんですよね。パッチ修理したときも一瞬だけ不思議なチクチクを感じただけで……衝突したときみたいな激痛はありませんでした』


 そう答えるAIの声は、エリザベスが手にするタブレットのスピーカーから響いている。いまはコアだけの状態──いわば少女の魂が箱の中で揺蕩っているイメージかもしれない。エリザベスは「そっか」とつぶやいて、視線を前に戻す。


 工廠の中心では、イザナミの新船首ブロックらしき巨大な鋼鉄骨格が組み上げられ始めている。遠くで眺めても分かるその威圧感。反物質融合炉ユニットや兵装ブロックをドッキングさせる前段階だが、それでも小さなビル群レベルの大きさがある。


「すごい……いつみても圧倒されるわね」


 エリザベスがぽつりと漏らすと、隣にいた整備班長グスタフが無造作に腕を組んで笑う。


「ま、毎度大騒ぎだが、完成すれば見事なもんさ。姫さんの新しいボディが楽しみだな。あと二ヵ月ちょっとか……今回こそ、爆発しないで保ってくれりゃありがたいが」

『もう……爆発は私も嫌ですよ。でも戦えば傷ついちゃうのは仕方ないです。今後はなるべく慎重に戦闘スタイルを考えます!』


 アリスが若干拗ねたように反論すると、グスタフは「んはは、頼むぜ」と愉快そうに返す。そこに技術士官ヘンリーがちょうどやってきて、タブレットをひらひらと揺らした。


「主計算機ブロックの搭載プランが確定したみたいです。コアの接続スロット周辺のログでは、損傷検出シグナルが痛みとして混入するようなエラーは見当たりませんでした。いわゆるバグというわけじゃないらしく……」


 それを聞いた副長は微かに眉をひそめる。


「やっぱり不思議ね。あなたの痛覚は、システム上は異常も履歴もないのに『本人だけが感じる』状態……。あなた本当にAIよね?」

『はい……どうしてこうなってるのか、私も分からなくて。根本的な原因を探ってくれてましたけど、時間もなかったですし……』

「まぁ、再建造が終わったら改めて解析しましょう。動力や兵装を管理するAIが、痛みでパニックになっては困りますから」


 ヘンリーは珍しく真剣な表情でそう語る。彼にとっては技術的興味と安全管理が入り混じった大問題。アリスも『そうですね……』と気弱に答えた。


 こうした話をしている背後では、巨大な工廠のアームがうなる音が響き、各種パーツを次々と配置していく。艦の骨格と外装、内部モジュールが同時並行で大量に組み立てられていく。三ヵ月で戦艦を仕上げるというのが嘘ではないと分かる光景だった。


 その最中さなか、アリスは一定の電源を供給されつつも、自分の艦体を持たないコア状態で過ごしている。当然ながら外の世界を見ることはできない。だが、ホログラムシステムに接続することはでき、これを使えば艦内に限らず、例えば工廠の施設内ならホログラム投影が可能で、さらにホログラムに連動したカメラで視覚を得ることができた。


「施設スタッフが『AI用に外部接続ホログラム端末を準備しておいた』と言っていましたよ」


 ヘンリーが端末を示すと、アリスは『へえ、そんなこともできるんですね』と感心する。


 それから一時間後、大工廠の隣接区画に整備された特設エリアに、アリス用のホログラム端末が設置された。スイッチを入れると15歳前後の少女姿──ロングヘアの美少女という設定で固定された姿が、空中にふわりと投射される。以前艦内の倉庫エリアでアリスがこっそり試していた容姿だ。


「え」

「なっ……!?」

「んぐっ!」

「ほぉ」

「あらあら」


 皆が目を丸くする中、アリスは初めて自分の姿を人前で自由に動かす。艦長や副長、その他クルーだけではない──全自動工房のスタッフがたくさんいる場所だ。


 それでも本人(本AI?)は嬉しそうな笑みをホログラムの口元に浮かべ、軽く手を振ってみせる。


「えへへ、皆さんこんにちは。イザナミAIアリスです。よろしくお願いします!」


 その可憐な動作に、「うぉお……」と若手技術員が思わず声を漏らした。「まるで本物の女の子みたいだな」とか「想像以上に愛嬌があるぞ」と囁き合いながら、ぷにぷにとホログラムへ手をかざして不思議顔をしている。ホログラムなので触感は幻想だが。


 一方、これまでアリスを〝艦の声〟としてしか認識していなかった艦長や副長、士官らも、目の前に投射されたリアルな少女姿をまじまじと見つめて固まっていた。


「おいおい……本当にアリスか?」

「こりゃ艦内が大騒ぎになるわね……予想以上に可愛いじゃない」

「?……!?──?!??」

「はっはっはっ、本当に姫さんだったんじゃねぇか」


 最先端技術を扱う軍事工廠のスタッフたちでさえ唸るほどのリアルさに、思わず驚愕の声をあげる。副長はいちはやく最初の衝撃から立ち直り、「変なイタズラだけはやめてよ? 大騒ぎになったら困るから」と慌てて釘を刺した。この容姿とあの性格が合わさると碌なことにならない。そんな気がしていた。いやもう絶対に。


「はーい、わかりました! でも、みんなをびっくりさせるぐらいはいいですよね?」

「アリス、ステイ!」


 アリスは上機嫌にそう答えながら、まだ興奮冷めやらぬクルーたちに向かってぴょこんとおじぎをする。そのちょっぴり小悪魔的な微笑みに、誰もが「これ絶対何かやらかすぞ」と期待ゼロ割、不安十割といった面持ちで見守っていた。


 ◇ ◇ ◇


 しかしアリスにとって、体がない状態はやはり落ち着かない。艦体に匹敵する巨大な感覚が失われ、痛みはおろか触覚も何もない〝空っぽ〟の感覚だけがある。重力の下、ホログラム姿で歩いてみたところで、地面はアリスを押し返してくれたりはしない。


「足で歩いてるはずなのに、実際には浮いてるだけというか、なんというか、ふわふわする感じです。あー、早く艦としての実感を取り戻したい……」


 副長はそんなAIの嘆きを聞いて、微妙な顔で「そうね……」と相槌を打つしかない。軍事用、それも戦艦のAIのはずだが、彼女は人間らしい心を持って生まれたようにみえる──いや、その心があるからこそアリスなのである。


 ◇ ◇ ◇


 再建造が終わるまで二ヶ月と少し。この間、アリスは完全に暇というわけではなかった。工廠で細かな仕様調整や定期的なテストを重ねながら、同時に情報分析など軍の軽い任務にも協力する。イザナミが復帰したときに備えて慣熟訓練のセットアップをする必要もあるし、何より不思議なAIであるアリスに対する軍の分析調査にも協力しなければならない。


 とはいえ、出撃任務がない分だけ余裕はあり、アリスもクルーも、皆がやや緩い雰囲気で日々を送れる期間でもある。


 ◇ ◇ ◇


 〝体がない〟とぼやくアリスに対して、工廠の技術士が冗談交じりに「ホログラムなんだから色々な衣装を楽しめば?」と提案してきたのが事の発端だった。もともと戦艦の戦況表示用ホログラム機能には、状況を可視化するために複数レイヤーを重ねて表示する機能がある。アリスはそれを転用し、アバターとして出現する。


 この日はヘンリーらが整備ドローンの制御プログラムを作業区画で確認している最中。そこにホログラム姿のアリスが、淡い色のメイド服を着て現れた。


「じゃーん! どうですか? メイド服アリス! ヘンリーくん、私がお手伝いします!」

「うわっ!」


 いきなり背後から現れたアリスを見て、ヘンリーは危うく工具を落としかける。


「な、なんだよ急に……。あー、なんだ、その格好は……?」

「いや、メイド服って喜ばれると前せ……、いえ知識データベースで見たんですけど……うーん、ヘンリーくんはこういうの好きじゃない?」

「好きか嫌いかでいえば大好物だよ! だけど仕事中にそんな格好で現れるなよ! 心臓に悪い!」


 整備班員の何人かは目を白黒させ、ある者は大喜び、またある者は敬愛というか崇拝というか、妙な熱のこもった視線を向けてくる。周囲から刺さる視線を尻目に、アリスは誇らしそうにくるりとスカート部分のホログラムを翻す。


「どうかなー、私、ちゃんとお掃除とかお茶出しとかできそう? まあ実際には筋肉ゼロだから何も持てないけど」

「それ分かってるなら、あんまり邪魔しないで……。くっ、これじゃ集中できない! 誰か副長呼んできてくれ!」


 結局、騒ぎを聞きつけた副長エリザベスが「ちょっとアリス!」とツカツカと現れ、「ここは作業場でしょ。現場をかき乱さないの!」と叱る。アリスはしゅんと肩を落とすが、それでも目はキラキラ輝いている。


「えへ、だって暇だったから……ヘンリーくんが私にメイド服で手伝えとか言ってたじゃない。冗談だとわかってましたけど、嬉しかったんですよ?」


 その言葉に当のヘンリーは「俺が言ったのはだいぶ前だろ、それも冗談だって言ったじゃないか!」と必死で抗弁する。周囲から勇者、あるいはとびきりの愚者を称える視線がヘンリーに刺さる中、エリザベスは溜め息まじりにホログラムの頭をひと突きするように指を当ててみせる。


「いい加減にして。周りはあなたに付き合ってられるほど暇じゃないの。さあ、解散解散!」

『はーい、ごめんなさーい……』


 ぷうっとほっぺたを膨らませるようなホログラムのジェスチャーを残して、アリスはしょんぼりと姿を消した。だが消える瞬間に、アリスが一瞬邪悪な笑みを浮かべていたのを、ヘンリーは見てしまった。


 ◇ ◇ ◇


 このメイド服騒動がきっかけとなり、アリスは連日いろんな衣装を試してはあちこち出没するようになる。軍服はもちろん、古い地球の学園制服やアイドル風衣装まで、データベースに残っている資料を活用して好き放題だ。若手などは面白半分で「次は何が来る?」と待ち構え、アリスを見かけると拍手して迎えることもある。


 整備班長グスタフが苦笑いするように語った。


「俺らが艦体の溶接をやってる最中に、学生服姿の姫さんが『コレ、体育祭の応援のつもりです!』とか言って、『頑張れ〜』って声をかけてくるんだよ。そりゃ悪い気はしねえが、集中力がな……どうにも気が散るぜ」


 頑張れ〜は全く似ていなかった。だが似ていたらもっと困る気がした。


 グスタフの他にも、アリスに気を取られて失敗しそうになったという報告が多数上がっている。苦情にまではなっていないようだが、早急に対処が必要なのは明らかだった。


 とはいえ、何度か呼び出されて説教されるたびに、アリスは「すみません……」と小声で反省するのだが、翌日には懲りずに違う姿で登場する。AIだから反省しないというよりも、彼女の性格なのだろう。エリザベスは毎回頭を抱えることになった。

本日は閑話のみです。平日は投稿ペースが落ちます。ご容赦くださいませ

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