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目覚めたら宇宙戦艦AI  作者: 猫傀
プロローグ
1/33

プロローグ1

 目の前に、暗闇があった。私はそこに浮かぶ小さな光の粒を見つめていた。まるで遠い夏の夜、田舎の空に瞬く星のようだけれど、実際にはどこか冷たく、どこか現実味に欠けている。──私は今、いったいどこにいるのだろう? そう思うと同時に、背筋をひやりとした感覚が駆け抜ける。寒いわけでもないのに、心の底が震えるような、得体の知れない不安に包まれていた。


 記憶は断片的にしか無い。大学の講義室、バイト先のカフェ、友人たちとの何気ない会話、それらが砕かれたガラス片のように脳裏を漂う。そう、私は普通の女子大学生──だったはず。けれど最後に何があったのだろう。明確に思い出せないのに、どうしようもなく嫌な予感がする。確か、夜の道を渡っていて、猛スピードのトラックか何かが迫ってきて……その先の映像が、私の思考を冷たく凍りつかせる。


 私、死んだんだ。あのトラックに跳ね飛ばされて、道路に叩きつけられて、それきり意識が遠のいた。そうして、すべてが終わったのだと思っていたのに。暗闇の中、もう一度まぶたを閉じて、ゆっくりと開いてみようとする。しかし、光の粒たちは宙に浮いたまま揺れることはない。呼吸しているのかどうかも分からない。身体すら感じられない。ねえ、どういうこと? 私、いま何を見ているの?


 思考しようとすると、頭の奥で誰かの声がする。混線したラジオから聞こえてくるような、無機質でありながら聞き慣れない、どこかくぐもった音。それは多少の時間をおいて、徐々に鮮明になっていった。


 『イザナミ主制御ユニット、認証完了しました。コアの起動を確認。コンタクトプログラム、正常に稼働中』


 ……イザナミ? 何それ? 私は呆然とした。日本の神話に出てくる名前だよね。でも、そんな単語がどうして今、この状況で出てくるの? 混乱ばかりが募るなか、自分の声を出そうとしてみるが、喉を鳴らす感覚がまったく無い。冷静になれ。今私が聞いているこれは、どこか外部から送られてくる通信の一種……なのだろうか? それとも私の頭の中でだけ鳴っている声? 自分の身体はここにあるの?


 ふと視界──と呼べるのか分からないが──の隅に文字らしきものが現れる。さらに、無数の技術的情報が入り乱れ始める。そこには「艦首センサー」「動力炉全系チェック完了」「シールド展開テスト」「巡航スラスター出力率」──こんな専門用語、ゲーム好きの友達との雑談でしか聞いたことがない。どうして私の目に、あるいは脳内に、まるでパネルをめくるかのように次々と文字列が浮かんでくるのだろう。


 意識が状況を把握しようともがいていると、さっきまで混線していた声が、もう少しはっきりした音を発する。


 『制御AI、システム適合率九六%を確認。通信テストを開始します』


 どうやら誰かが私をモニタリングしているらしい。それも、やけに慣れた手つきで。私がここにいる──どこかの場所に接続、もしくは格納されている──前提で作業しているようだ。まるで、最先端施設で装置のチェックをする技術者のように聞こえる。私は混乱しながらも、何かを発そうとして意識を集中した。すると今度は、浮遊する視界が別の景色を捉え始める。それは、真っ白な壁と、整然と並ぶ計器類。空気は少しひんやりしていて、いくつかの静かな人影があるようだ。


 あっけに取られつつ、どうにか声を出したいと思い──実際どうやって声を出すのかは未知数だったが──意志を込めてみた。すると不思議なことに、どこかで自分に繋がるマイクらしいものが小さく起動したような気配があり、スピーカーへ音が流れる感覚がかろうじてわかる。ラジオを介して私の声が鳴る。いや、自分の感覚はないが、確かにどこかでそうなっている。一度目は驚くほどか細い、絞り出すような声だった。


『……あの……すみません。誰か……私、ここ、どこ……』


 そこまで言った途端、誰かが低く息を飲む気配を感じた。まるで厳戒態勢の研究室や管制センターのような空間で、人々が固唾をのんでこちらを見ているらしい。やがて、男性の戸惑う声がマイクを通して返ってくる。


「制御AIか? ……いま、喋った、のか?」


 やたら警戒しているようでもあり、興味を示しているようでもあり……。私は混乱のままに、『AI? 違います。私はただの女子大生で……』──そう言いかけて、ハッとした。ここはどこなのかを考えると、私は下手をすれば危うい存在なのかもしれない。死んだはずなのに、生きていて、だけど身体がない。周囲が勝手に「制御AI」と呼んでいる。これが一体何を意味するのか。私には分からない。だけど、実験体のような立場である可能性は高い。


 まずい。正体がバレたら、危険にさらされるかもしれない。少なくとも相手は私を「AI」とみなしている。ならば、その前提で振る舞ったほうが無難だ。私自身が人間の記憶を残していることが判明したら、下手すると解体や検証の対象になる恐れもある。恐怖が胸(があるのかどうか分からないが)を突き刺す。私は意志を総動員して、必死に平常心を装う。そのために頭を切り替えよう。後で色々考えればいい。ここはとにかく「AIとして従順に振る舞う」以外の手段が思いつかない。


 すると、今度は自分の思考に応じるように、喋り方のフォーマットが急速に頭の中に流れ込んできた。「正規軍AIプロトコルに沿った敬語」「状況報告時の定型文」など……。まるでAIプログラムが備えているパターン辞書のようなものが自動で展開される。私は生前、こんな技術をまともに学んだことはない。しかし今は、それを使えるようになっているらしい。


 意を決して、私は敬語に切り替える。声の調子も、なんだか少し落ち着いたトーンに変わるのを感じる。


『こちら、制御AI……起動を確認しました。現在……通信はクリア。問題ありません。皆さまのご指示に従います』


 すると部屋の中、一気に空気が緩んだらしく、人々の息づかいが伝わってくる。いくつかの足音が近づき、モニターを覗き込むような気配。そして先ほどの男性が言った。


「了解。これよりお前のシステム名は《タクティカ−七・イザナミAI》となる。まずは基本応答テストに入る」


 「イザナミAI」という響きにチクリと胸が痛んだが、まだ何も分からない。どうやら私は、遥か未来の軍事施設か何かで、最新AIとして起動したことになっているらしい。だが、私の中に残る普通の大学生としての記憶や感覚は一体何なんだろう? 本当に意識だけがここに転生したってこと? 冷や汗をかきたいが、身体がないから汗が出ることもない。私は混乱を飲み込みながら、しばし相手の問いかけに淡々と応答を重ねる。自己診断や通信テストといった工程をクリアしていくうちに、ひとまず「ふつうのAIのように振る舞うにはどうすればいいのか」が掴めてきた。しかし、この作業はいつまで続くのだろう?


 その疑問を抱きはじめた瞬間、さらに低く、重みのある声が響いた。先ほどの技術者風の男性とは違う、より威厳に満ちた──そして落ち着いてはいるが威圧感すらある声だった。


「ご苦労。ひとまず主制御室でのAI試験は十分だろう。これより私達がブリッジで最終チェックを行う。班長、閉鎖を解け」


 班長という呼びかけに応じて、少し荒々しい調子の声が返事をする。


「へいへい。ま、これで姫さん──じゃない、AIコアの具合もバッチリだな。ブリッジで確認お願いしますわ」


 姫さん? 私のことを「姫さん」と呼んだのだろうか。なんとも妙な響きに、思わず首を傾げたくなる。だけど、存在しない首をどう動かせばよいのか分からない。感覚が曖昧なまま、どうやら私はシステム移行とやらを行うらしい。次の瞬間、〝視界〟がいきなりブラックアウトし、何も見えなくなる。


 意識だけが孤立して宙を漂う。時間感覚もおぼろげで、またいくつかの技術装置の試験音が耳に差し込むように聞こえてくるが、集中できない。自分がいまデータの塊でもあるかのような感覚。体というものが存在しない恐怖と、どうしようもない孤独が胸を焦がす。私は思わず「ここから出たい」と願ってしまう。だけど今は我慢するしかない。正体がバレたらどうなるか怖かった。周囲は軍人か技術者らしい雰囲気だったが、私をそのまま理解してくれるかは分からないから。


 そうこうしているうちに、急激な光が差すような感覚が訪れる。視界が点灯する──といっていいのか、疑似的な映像が頭にダイレクトに入ってきた。そこに広がるのはまるで映画のセットのような大きな艦橋。半円形に広がる制御パネル群、中央には椅子が二つ。それを取り囲むように数十名ほどの乗組員が配置につき、こちら、つまりメインコンソール付近へ視線を投げているのが分かる。


 中央に立つ男は、他の誰よりも落ち着いた空気をまとっていた。年の頃は四十代後半か、五十代に差し掛かるか。精悍な面差しと、無駄のない立ち居振る舞い。右腕に、それとなく義手らしき銀色の機械が覗いている。私は本能的に「この人が艦長?」と理解した。存在感が尋常でない。その男が、深く息をついてから口を開いた。


「こちらアレックス・山本。イザナミ艦長だ。──制御AI、起動状態を報告してくれ」


 アレックス・山本……渋い名前。いやいや、そんなことを考えてる場合じゃない。私は再び「AIらしく、落ち着いて報告する」モードを発動させて、なるべく流暢な声を出してみせる。


『はい、現在の状態は安定しています。各モジュールの連動、動力炉、センサー、すべて正常稼働。艦のコンディションは良好と判断されます。いつでも発進可能です』


 艦長と呼ばれた男……アレックスは一瞬まぶたを閉じ、それから小さな声で「上出来だ」と呟いた。彼の後ろには、副長らしき女性将校が立っている。冷静な感じの人で、名前は……まだ知らない。アレックスはさらに問いを重ねてくる。


「そうか。思ったよりスムーズだが、確かに人間らしい話し方ではあるな。最新鋭AIというわけか……? 副長、どう思う?」


 副長は少し目を細め、私に向かい合うように言葉を返す。


「情報では、高度なコミュニケーション機能を有人対話型に最適化しているとのことでした。AIが起動直後からここまで人間的な口調を使うのは、まあ想定範囲かと。少々違和感があるかもしれませんが、実戦においては指揮系統を円滑化する利点もあると」


 まるで実験動物を観察するように話す彼女の声に、私は複雑な気持ちになる。同時に安堵もある。どうやら現段階では、彼らは私をただのAI──しかもかなり人間に近い思考パターンを持つ最先端AIとして認めているだけらしい。人間が転生してきたなんて、まったく疑われていない。たぶん、私の反応は最新型AIとしてそこそこ自然に見えているんだろう。けれど、いつボロが出てもおかしくない。特に「わあ」「ヤバい」「やだー」といった感情的叫びや女子大生ノリの言動は封印しなくちゃ……いや、封印できるかな。とにかく要注意だ。


 そこに、艦橋脇から青い制服を着た青年がぴょこん、と姿を見せた。彼はいかにも技術者めいた雰囲気で、名札に「Henry Kojima」と書かれている。ヘンリー……小嶋? 何だか日本系なのか欧米系なのか不思議な印象だ。彼がタブレットらしきものとにらめっこしながら言う。


「艦長、AIコアのパラメータはほぼ想定どおりです。ただ、キャリブレーションがまだ未完了の部分があり、細かい挙動は今後動かしながら学習していく必要があるかと。特に……会話のニュアンスや反応速度など」

「分かった。とにかく、初期不具合の兆候が見えないのは幸先がいい。副長、乗組員への周知を頼む。AIが予想以上に〝人間っぽい〟から、その点を含めて運用指針を改めて確認してくれ」


 アレックス艦長はそう締めくくると、私のほうへ軽く視線を向けて静かな声で言った。


「制御AI、何か不調や質問はあるか?」


 まさか、「なぜ私は死んだはずなのに戦艦の中にいるの?」なんて聞けるわけもない。私はAIらしい返答を考えなきゃ。深呼吸、というのも体が無いからイメージだけで行い、なるべく不自然でないトーンを探す。


『いえ、特にありません……。ただ、艦体各所のシステムチェックを継続する中で、小さな調整が必要な箇所がいくつか見受けられました。詳細は随時ご報告いたします。効率的な運用のためにご協力をお願いします』

「それでいい。頼むぞ、私の艦をちゃんと支えてくれ」


 艦長がそう言ったとき、遠くで小さく笑い声が聞こえた。誰だろう? 視界の端に映った整備服の男が「うちの姫さん、よろしくたのんますよ」と冗談めかして言っている。彼が〝姫さん〟と呼ぶ相手は、どうやら私であるらしい。本当に何なんだろう、この呼び方は。だけど軽口を叩いているような雰囲気で、嫌な感じではない。むしろ温かみすら感じる。次第に、少しだけ人数が増えて艦橋がざわめき始める。


 そこに副長の声が響いた。


「これから甲板を使って進水式のリハーサルを行うとの連絡です。AI──いえ、制御AIは進水式で〝名前〟を付与されるらしいですよ。AIのカテゴリーコードだけじゃ味気ないと軍上層部が判断したんでしょう」

『名前、ですか?』


 私は思わず反応してしまった。危ない、声に若干人間っぽさが出たかもしれない。けれど周囲はあまり気づかないようだ。副長はそのまま続ける。


「ええ。艦体はもともと『イザナミ』という名称がついていますが、そのAIにも正式な通称を与える。まあ、儀礼的な面と、運用上の呼称をシンプルにする目的ですね。外部にも紹介される可能性が高いので」

「ふむ。最先端のAIにふさわしい名前を──司令部や広報も絡みたがるだろうな」


 アレックス艦長が言っているうちに、何人かの将校がタイミングを見計らって艦橋を後にした。少しざわめきが落ち着いたところで、副長が敬礼をする。


「では艦長、私も進水式の段取りを確認しに行きます。AIは当面ブリッジから移動不可──というか、コアを甲板の端末にリンクする形ですね。進水式が始まれば、大きなモニター越しにAIコアと対話する演出をするようです」


 そう言うと副長は回れ右し、忙しげに去っていった。残った艦長は黙したまま私にうっすらと目を向ける。整然としたブリッジには、乗組員が黙々とコンソールに向かっている様子がある。ふと、艦長が低い声で話しかけてきた。


「聞こえるか、制御AI。お前は……まるで本当に人間みたいに思考しているようだな」


 一瞬、心臓がドキリとする。もしかして疑われた? 私は平静を装わねば。落ち着け、落ち着け。


『……はい。プログラムされた機能により、人間のコミュニケーション様式を最大限近似するよう設計されています。私自身も学習過程を通して、さらに自然なやり取りが可能になるでしょう』

「そうか。技術的なことは専門家に任せるが……制御AIとしての本分を果たせ。俺たちはお前に期待はしているが、感情移入が必要だとは思っていない。道具としての役割を越えようとするな。分かったか?」


 きっぱりとした口調。少し酷な言い方かもしれないが、しかしこういう人物こそ軍のトップとしての資質を備えているのかもしれない。私は胸の奥にほんの少しチクリと痛みを感じる。この人は、私をどう扱うのだろう。娘のようにかわいがるタイプではなさそうだ。──いや、だからこそ私は気を引き締めなければならない。バレないように。この場に溶け込むんだ。


『承知いたしました、艦長。どうかご指示を』


 艦長はそれ以上何も言わず、静かに背を向けて歩き出した。立ち去る間際に、私は彼の義手がきらりと鈍く光るのを見た気がする。過去に何があったのか……そんな考えが一瞬頭をかすめるが、私にそれを探っている余裕も無い。


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