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第4章:新たな仲間と試練の依頼(2)

 四人は群れを蹴散らしながら森の奥へと進み、何か異変の原因を探ることにした。

 しかし、ある程度奥へ入ったところで、思いもよらぬ人物が待ち構えていた。


「ふん、ノコノコと平民どもがやって来るとはね」


 冷ややかな声。

 金髪をオールバックにまとめ、高貴なローブをまとった若い男――リシャール・アストールだ。

 付き添いの小間使いらしき男を連れ、森の開けた場所に立ち、苛立たしげに周囲を睨んでいる。


「リシャール……!」


 カイルが驚いて声をかけると、リシャールは目を細める。


「どうやら、森の魔物討伐を依頼されたクチか。まぁ、いい。俺も魔術院の研究調査を兼ねて、この森に潜む魔物の生態を探りに来たんだが……」


 リシャールは鼻を鳴らしながら視線を巡らせる。

 その先にはライナ、エレーナ、そしてロデリックがいる。

 特にロデリックには何の関心も払わないが、ライナやエレーナを見止めると軽く嘲るような笑みを浮かべる。


「また会ったな、平民の剣士と神官見習い。それに……矢を持った男は知らんな。まぁどこの誰でも構わないが」

「相変わらず失礼なヤツね……」


 ライナが低く唸るように言う。

 エレーナはなるべく目立たないように下を向いているが、内心では教団絡みの何かを感じ取っているのかもしれない。

 リシャール自身が闇の勢力とどこまで関わっているのかは不明だが、少なくとも貴族の派閥争いには無縁ではないだろう。


 ロデリックはリシャールをちらりと見たが、すぐに興味を失ったように森の奥を睨む。

 まるで「くだらない会話に入りたくない」という態度だ。

 すると、リシャールは溜め息混じりに小間使いへ指示を飛ばした。


「さっさと進むぞ。魔物どもを一掃して、研究用のサンプルを持ち帰らねばならん……おい、お前たちもついてきても構わんが、俺の足手まといになるんじゃないぞ」

「誰が足手まとい……!」


 ライナが声を荒げかけたそのとき、地響きのような唸り声が森の奥から響いてきた。

 先ほどの狼など比較にならないほどの圧倒的存在感。地を踏み鳴らす振動が空気を揺らす。


「い、今の声……」


 エレーナが杖を握りしめる。

 リシャールは動じることなく冷静にローブの袖を翻し、魔術の詠唱の準備に入ったようだ。


 周囲の木々をなぎ倒すように、巨大な毛むくじゃらの魔獣――まるで熊のような体格に異様な角が生えた魔物が姿を現した。

 唸り声を上げ、血走った目でこちらを威嚇している。


「くっ……あれが今回の『主犯』かもしれないわね」


 ライナはすぐに前へ出るが、リシャールが「下がってろ」とばかりに片手を突き出す。


「まぁいい。いい機会だ。平民どもの実力を見てやろうじゃないか。俺の邪魔をせずに済むなら、あいつの相手をしてみろ」


 カイルは目を見開く。

 あの巨大な魔獣と真っ向から戦うのは危険だが、ライナ一人では間違いなく苦戦するだろう。

 ロデリックの弓がどこまで効くかは分からない。


(ここで今までみたいに逃げ腰になっていたら、仲間を守れない……)


 覚悟を決めたカイルは、自分の鞄に手をかける。

 小枝の力――正直まだ恐ろしさもあるが、なんとかライナやロデリックの戦力を底上げできるかもしれない。


 魔獣は森の床を踏み砕く勢いで駆け出し、咆哮とともに前脚を振り下ろしてきた。

 ライナは盾で受け止めるが、その衝撃で体が吹き飛ばされかける。


「ライナ!」


 カイルは咄嗟に小枝を取り出し、ライナの剣に向かって『共鳴』するイメージを抱く。

 かつて森で感じたあの光――成功すれば、剣の威力を増幅できるはずだ。


(頼む、もう一度発動してくれ!)


 小枝がかすかに光を帯び、ライナの剣先へと移るように淡い輝きを放った。

 ライナ自身は状況を掴めないまま剣を握り締め、魔獣の前脚へ斬りかかる。

 ごん、と硬い衝撃音が響き、皮膚を裂く感触が伝わったのか、魔獣が苦痛の叫びを上げて後退する。


「やった……!」


 ライナは手に痺れを感じながらも、その威力がいつもより増していたことを確信する。

 カイルのほうをちらりと見たが、魔獣は怒り狂ったように立ち上がり、再び襲いかかってきた。


「こっちだ……!」


 ロデリックが素早く弓を構え、狙いを定める。

 一瞬のうちに弦が鳴り、矢が魔獣の喉元を捉えた――かに見えたが、分厚い皮膚によって深くは刺さっていない。

 魔獣はさらに激昂し、口から泡を飛ばさんばかりに唸り声を上げる。


 リシャールは冷ややかな眼差しでその光景を見つめながら、口の中で何かの呪文を唱えている。

 彼が本気で魔術を放てば、魔獣といえど大ダメージを与えられるだろう。

 しかし、あえて協力しようとしないのは、単に平民を試しているのか、それとも他の目的があるのか――。


 カイルの小枝はまだ光を保っている。

 もう一度増幅を試みれば、ライナの攻撃力をさらに引き上げられるかもしれない。

 しかし、カイル自身も足がすくむほどの恐怖を感じていた。


 魔獣が突進してきた瞬間、ライナは地を蹴って横へ飛び退き、ロデリックの射線を開ける。

 ロデリックは間髪を入れずに二本の矢を同時に指でつまみ、連続射撃を行った。

 片方は魔獣の顔面をかすめ、もう片方が肩口に突き刺さる。


「今だ!」


 カイルは小枝に込めた増幅の力が消えないうちに、横合いからライナの剣へ意識を集中する。


(頼む……! もう一撃……!)


 ライナは剣にまとわりつくかのような微かな光を感じ取り、全力で魔獣の足元へ滑り込むように突進。

 下腹部に向かって渾身の斬撃を見舞った。


「はあぁっ!」


 刃が深く食い込み、魔獣は大きく咆哮を上げてのけぞった。

 エレーナはすかさず聖なる光を閃かせ、魔獣の動きを鈍らせる。

 まるでホタルが一瞬だけ舞うような光景が広がり、その隙にロデリックが追撃の矢を放つ。

 矢は見事に魔獣の胸へと突き立ち、巨大な身体がぐらりと揺らぐ。


「やったか……!」


 魔獣は血走った眼球をカッと開いたまま、地響きを立てて倒れ込む。

 しばらく痙攣のように身体を振るわせていたが、やがて力が抜けたのか、荒い呼吸が消え失せていった。

 森の中に静寂が戻る。


 ライナは息を切らしながら後ずさり、剣を鞘に納める。

 エレーナも杖を下ろしてほっと肩を落とす。

 ロデリックは矢を放ったまま静かに息を整え、やがて魔獣の死骸に近づいて傷口を確かめる。

 

 カイルも膝に手をつき、ようやく安堵の息をついた。

 小枝は再び何の反応も示さなくなっている。


「やった……倒せた……」


 だがその背後で、小さく舌打ちをする音が聞こえた。リシャールが不満げに口を開く。


「意外とやるじゃないか。俺の魔術を使うまでもなかったが、無駄に時間を食ったな……おい、そこの平民」


 リシャールの視線はカイルに向けられている。


「さっきの光、やはり貴様の小枝が関係しているな。仲間の力を増幅した……どちらにせよ、目障りな力だ」


 高慢な口調に、ライナは思わずカイルをかばうように前へ出る。


「大きなお世話よ。あんたが助けてくれなかったから、こっちで必死に倒しただけじゃない!」

「ふん、まぁいい、狩りの邪魔にならなかっただけマシか」


 リシャールは面倒そうに手を振り、小間使いに死骸のサンプル採取を指示する。

 魔獣の血や角の欠片が何らかの研究材料になるのだろう。


 こうして何とも言えない雰囲気の中、討伐は一応の成功を収めた。

 魔獣を倒せたことにより、森の異常が少しは解消されるだろうが、すべてが終わったわけではない。

 今後も注意が必要なことをカイルたちは感じ取っていた。


 ◇◇◇


 魔獣の死骸をある程度処理し、四人は王都へ戻ることにした。

 リシャールは別ルートで魔術院へ向かうと言い残し、カイルたちを見下すような視線を投げかけると姿を消した。

 その残酷なまでに高慢な態度に、ライナは憤懣やるかたないといった表情だ。


 王都へ戻る道中、ライナはロデリックにも苛立ちを隠せず、思わず口を開いた。


「ねえ、ロデリック。さっきの戦い、もう少し協力しようって言葉はないの? あんた、何も話さないし、連携だってただ矢を撃っただけじゃない」


 ロデリックは歩みを止めることなく、淡々と答える。


「敵がいるから倒す。それだけだ。俺は依頼をこなして報酬を得るためにやっている。無駄話や絆なんて要らない」

「はあ!? 仲間と一緒に戦ったのに『絆なんて要らない』って……あんたは機械か何か?」


 ライナは思わず語気を荒げる。

 エレーナが慌てて間に入り、「落ち着いて、ライナ。みんなそれぞれ事情があるのよ……」となだめるが、ロデリックはそもそも興味がなさそうな様子だ。

 カイルもロデリックの無関心さにはもどかしさを感じるが、彼の射撃がなければあの魔獣を仕留められなかったのも事実だ。


「ロデリック、助かったよ。ありがとう」

 

 そう言っても、ロデリックは微かな頷きを返すだけで、やはり淡白だった。

 ライナが苛立ちを押し殺しながら歩き始める。


 しばらく歩いたあと、依頼報告をするためにギルド支部へ向かう。

 ロデリックは「用が済んだらそれでいい」と言わんばかりに、最低限の会話だけで別れを告げようとしている。

 ライナはその態度が気に入らないが、カイルはなんとか場を収めようと必死だ。


「そ、そういえば……あの魔獣、誰かが意図的に飼いならしていたとか、闇の術式で強化されていたとか、そんな可能性もあるのかな?」


 カイルが話題を振るも、ロデリックは「知らない」と答えるのみ。

 ライナが眉間に皺を寄せる。


「結局、あんたは私たちとは相容れないってことね。分かったわ。今回だけの共闘ってことでいいわね?」


 ロデリックは気だるそうに「それで構わない」と返すと、ギルドに到着するや否や受付へ報告を済ませ、足早に立ち去っていった。

 エレーナが申し訳なさげに呟く。


「彼には彼の事情があるのかも……なかなか交流するのは難しそうね」


 ライナは疲れた様子で大きく息をつき、カイルをちらりと見上げる。


「カイル、あんたは彼みたいな割り切り方が羨ましいの? それとも、私たちみたいに一緒に頑張っていきたいと思ってるの?」


 唐突な問いかけに、カイルは目を瞬かせる。


「そりゃ……俺はライナたちと助け合ってやっていきたいよ。ロデリックは別に嫌いじゃないけど、あんな風に孤立してるのは、やっぱり寂しいんじゃないかなって思う」


 ライナはそれを聞いて、少しほっとしたようにも見えたが、すぐに複雑そうに眉を下げる。


「そう。あんたがそう言ってくれるなら、いいんだけど。なんか最近、あんたが小枝の力とかエレーナのこととか、色々気にしすぎて私とちゃんと向き合ってくれない気がして……」

「え……ごめん、そんなつもりはないんだけど」

「いいの、分かってる。あんたは優しいから。でも……もう少し、私のことも気にかけてほしいっていうか……」


 最後のほうは声が小さくなる。

 ライナの表情からは、言葉にならない葛藤や、カイルに対する気持ちの揺れが読み取れる。

 幼馴染としていつも一緒にいた二人だが、旅に出てからはエレーナの存在も加わり、カイルの意識は常に誰かを守ることに集中しているように見えるのだろう。

 エレーナはそのやり取りを静かに見守り、やや遠慮がちに口を開く。


「ライナ、私……邪魔してるなら言ってね。カイルに守られてばかりで、あなたにもいつも助けてもらってる。私のせいで二人の仲がぎくしゃくするなら、本当に申し訳ないわ……」

「そんなことないわよ。エレーナが悪いわけじゃない。私が勝手にモヤモヤしてるだけ……ごめんね、変なこと言って」


 ライナはそう言って少し俯く。

 エレーナは苦笑いしながら、ライナの手をそっと握った。


「ううん、いいの。私も実は、誰かの役に立てるかいつも不安だから……」


 二人の姿を見て、カイルは改めて自分の至らなさを痛感する。

 小枝の力に戸惑い、エレーナを助けたいと躍起になっているうちに、ライナの気持ちをないがしろにしてしまっていたかもしれない。


 ◇◇◇


 ギルドから報酬を受け取り、無事に森の魔物討伐依頼は達成となった。

 受付嬢からも「こちらはあくまで応急的な解決で、他の魔物も残っているかもしれない。引き続き注意してほしい」と釘を刺される。


 リシャールという厄介な貴族魔術師とも再び出会い、ロデリックという無口な弓使いの存在も知った。

 仲間としての連携は得られないが、もしまたどこかで再会することがあれば、一緒に戦うこともあるだろう。


「今日はゆっくり休もう。ここ最近いろんなことが起こりすぎて、気持ちも疲れてるんじゃない?」


 エレーナが提案し、カイルとライナも賛成する。

 暗殺者に襲われた恐怖や、魔獣との激闘の緊張感、リシャールとの不快なやり取りなど、積み重なった疲労は馬鹿にできない。


「明日はまた別の情報収集をしてみましょう。教会や貴族の動向だけじゃなく、闇の勢力が本当に存在するのかどうかも……」


 ライナはそう言いながら、どこか思いつめたような面差しを浮かべる。

 カイルはそんなライナを横目で見ながら、改めてその手を借りていることに気づいた。

 自分の力だけでは何もできない。

 だからこそ、ライナの支えやエレーナの存在がありがたくて仕方ない。


(俺は本当に、みんなを守れるのだろうか……。小枝の力がなかったら、今頃どうなっていたんだろう。ライナはずっと俺のことを助けてくれたのに、俺は何も返せてない気がする……)


 そんな葛藤が胸を締め付ける。


 夜の王都は煌びやかな光に満ちていた。

 貴族の屋敷から漏れる明かり、夜遅くまで開店している飲食店、街路灯が石畳を照らし、そこを行き交う人々の影が行き来する。

 カイルたちは雑踏の中を歩きながら、今後の展開に思いを馳せる。


 闇の勢力はどこに潜み、教団の裏側ではどのような企みが進行しているのか。

 リシャールの高慢な態度は何を意味するのか。

 そして、ロデリックの沈黙の裏にある過去とは――。


 いくつもの疑問が絡み合いながら、カイルは無意識に小枝を握りしめた。この枝に秘められた力を、もっと制御できるようになれば、仲間を守れる自信につながるのではないか。

 だが、同時に『借り物』の力を頼っているようで、それが自分の弱さを浮き彫りにしてしまう――そんな不安が拭えない。

 ライナの剣を増幅できたとしても、結局は彼女の強さがなければ成り立たないわけで……。


(ライナ……。俺、もっと強くなって、自分の意思で守れるようになりたい。こんな半端な気持ちで戦っていたら、いつか本当に大切なものを失う気がするんだ)


 宿へ帰る道のりで、カイルはそんな思いを抱きつつ、ライナの横顔をちらりと見る。

 ライナは明るい街灯の下でもどこか陰りを帯びた表情をしていた。

 いつも強気で前向きな彼女が、今は何かに迷っているようにも見える。


 一方で、エレーナは二人の空気を感じ取りつつ、少し距離を空けて歩いていた。

 自分が二人の関係に割って入っているのではないかという罪悪感と、闇の教団に追われる恐怖。

 彼女もまた心穏やかではない。

 この微妙なすれ違いが、やがて大きな波紋となるのか、あるいは互いを理解し合うきっかけになるのか――それはまだ誰にも分からない。


 こうして、カイルたちは新たに盗賊のリリスや弓使いのロデリック、そして因縁深いリシャールらと出会い、王都での冒険を少しずつ進めていく。

 仲間内の摩擦やライナの不満を抱えながらも、彼らは先へ進むしかない。

 世界は広く、彼らの旅路はまだ始まったばかりだ。

 闇の勢力が本格的に動き出すその前に、絆を深め、各々が自分の弱さと向き合わなければならない。

 その試練の幕は、もうすぐ目前に迫っていた――。


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