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第4章:新たな仲間と試練の依頼(1)

 夜の暗殺未遂事件から一夜が明けた王都エルデリア。

 カイルたちは宿の主人に部屋の安全を確認してもらい、簡単な朝食を済ませると、早速冒険者ギルド支部へと向かった。

 何者かが執拗に自分たちを狙っている以上、まずは行動の拠点となるギルドや、信頼できそうな人間と協力して防御を固める必要があると考えたのだ。


 広々としたギルドホールでは、今日も様々なクエストの情報が飛び交っている。

 高難度の魔物討伐依頼から、街道の警備、荷物の護送など、その数は膨大だ。

 今朝はいつもより人の出入りが多いようで、受付カウンターの前にも長い列ができている。


「すごい人だね。いつもこんなに混んでるのかな……」


 カイルは少し人混みに圧倒されながら列の後ろに並ぶ。

 ライナは腕を組んでキョロキョロと周囲を見渡している。


「王都のギルドってのは利用者が多いから、混雑は日常茶飯事って話よ。それに、教団や貴族絡みの依頼が増えてるなら、なおさら騒がしいでしょうね」


 エレーナは控えめにライナの影に隠れるように立ち、「昨日の暗殺者が紛れ込んでいないだろうか」と警戒している様子だった。

 そんなとき、カウンター近くから妙に陽気で甲高い声が聞こえてきた。


「そこのおじさま、依頼料もうちょっと上げてくれない? 危険度が高いわりに割に合わないのよね~。ほら、私だって命がけなんだから」


 声の主を探すと、黒髪をショートに切りそろえ、軽快そうな革の装備に身を包んだ少女が、大柄の商人相手に値段交渉をしていた。

 年の頃は十六、七といったところか。ぱっと見た感じは小柄で可愛らしいが、目つきには底知れない狡猾さを感じる。


「リリス・ブライトハンド……通称『影走り』か」


 ギルド内の誰かが小さく呟くのを聞き、ライナが「影走り?」と首を傾げた。

 どうやらそこそこ有名な盗賊系の冒険者らしい。

 盗みや偵察といった裏稼業を得意としていて、依頼料交渉が手厳しいことで評判なのだとか。


「あんな娘に護衛を頼むのは不安だが、盗賊スキルは確かな腕だって言うし……」

「馬車に乗せる積み荷が盗まれないよう、逆に盗賊に守らせるってのはどうなんだ?」


 周囲の冒険者たちがひそひそと噂する。

 その中心で、リリスは飄々とした笑みを浮かべながら、商人を丸め込みにかかっていた。


「ほら、ごねるなら他の冒険者を探してちょうだいよ? 私はいくらでも稼ぎ口があるんだから、あなたの依頼だけに固執する義理もないのよね~」

「わ、分かったよ……じゃあ、あと二割増しでどうだ?」

「うん、いいわね。じゃあ話がまとまったから、改めて契約書にサインしてちょうだい」


 リリスは満足げに頷くと、商人をカウンターへ引っ張っていき、書類に必要事項を記入させ始める。

 その様子を見ていたライナは、あからさまに不快そうな表情を浮かべた。


「なんか気に入らないわね、ああいうちゃっかりした態度……金目当てで何でもやるって感じがする」

「ま、まあ、それも一つの生き方かもしれないけど……。盗賊としては腕が立つみたいだし、依頼をこなしてるなら悪い人じゃないのかも」


 カイルがなだめるように言うと、ライナはぷいと目をそらす。

 すると、リリスがこちらに気づいたのか、ちらりと視線を向けてきた。


「あんたたち、何見てんの?」


 声には挑発的な響きが混じっているが、カイルたちは特に関係があるわけでもなく、取り立てて話すことはなかった。


「ごめん、ごめん。別に何も――」

「ふうん、まあいいわ。おっと、依頼書が仕上がったみたいだから、私行くわね~」


 リリスはひらひらと手を振り、依頼主の商人と共にギルドを出て行った。

 背中には確かな自信と、どこか人を小馬鹿にしたような立ち振る舞いがあった。


 やがて列が進み、カイルたちの番が回ってくる。

 さっそく受付嬢に「昨夜、宿で暗殺者らしき者に襲われたが、何か情報はないか」と尋ねてみるが、受付嬢は困惑気味に首を傾げるだけだった。


「暗殺者というと、実は最近、王都の裏社会で殺しを請け負う闇の組織が動いているという噂は聞きます。でも確証はありませんし、ギルドとしては事件が起きない限りどうしようもなくて……」

「そうですか……分かりました。何か進展があれば教えてください」


 三人は礼を言い、今日の予定をどうするか相談する。

 昨夜の件もあり、外を行動するときは慎重にならなければならない。


 ◇◇◇


 ギルドホールを後にしようとしたとき、壁際に貼られた大型の依頼書が目に留まった。

 そこには『森の魔物討伐を手伝ってほしい』という募集要項とともに、『大型の動物被害が出ているため緊急度高し』と赤字で記載されている。

 報酬もそこそこ良い金額だ。


「ライナ、エレーナ、これ……どう思う? 近郊の森の魔物退治らしいけど、王都の外れなら騎士団の目も少ないし、俺たちが少し腕を試すにはいいかもしれないけど」


 ライナは依頼書を眺め、少し迷うように唇を噛む。


「そうね……このまま王都の中で何かを探っても、暗殺者にまた襲われるリスクがあるし。早いとこ実績を積めば、ギルドの仲間からも信用が得られるようになるかもしれない」


 エレーナも小さく頷く。


「私たちだけで危険なら、他の冒険者とパーティを組むのもありかもしれない……でも、闇雲に一緒になっても、信用できるかどうか……」


 そこで、再び受付に戻って『森の魔物討伐依頼』の詳細を尋ねると、意外にも受付嬢が「ちょうど、同じ依頼を受けようとしている冒険者がいますよ」と教えてくれた。


「複数人で行動したほうが安全だと思いますので、パーティを組まれてみてはいかがでしょうか?」


 彼女が指さす先には、背の高い男が無表情に壁に寄りかかっていた。

 長い黒髪をひとつに束ね、濃い色のクロークを羽織り、大きな弓を背負っている。

 どことなく近寄りがたい雰囲気を纏っており、目元は鋭いが感情を読むのが難しい。


「ロデリック・ウィンさん、です。あちらの方もソロでの討伐を考えていたそうなので、声をかけてみてはいかがでしょう?」

「わ、分かりました」


 カイルは少し緊張しながら、その男――ロデリック・ウィンへ近づいた。

 ライナとエレーナも一歩後ろに続く。


「ええと、ロデリックさん、ですよね? 俺たちも同じ依頼を受けようと思ってるんですけど、もしよかったら一緒に行きませんか?」


 ロデリックはちらりとカイルたちを見やるが、無言のまま視線を戻す。

 あまりにも反応が薄いため、カイルは焦って続ける。


「あの、俺はカイル・ファーヴェルって言います。こっちはライナ・アシュベル、こっちはエレーナ・ホワイトウッドで、三人ともまだFランクの冒険者なんですけど……」

「……」


 ロデリックは沈黙を崩さない。

 ライナが痺れを切らして問いかける。


「ねえ、黙ってないで返事くらいしてくれない? 私たちだって、好きで話しかけてるわけじゃないんだから」


 するとロデリックは、少し間をおいてから低い声で言葉を発した。


「邪魔をしないなら、構わない……」

「え?」

「放っておいてくれればいい。一人でできるが、そっちが加わりたいなら、それでもいい」


 投げやりな言葉に、ライナは思わずカチンときそうになったが、エレーナが制止の視線を送る。

 ロデリックは表情をほとんど動かさないまま、再び壁の一点を見つめている。

 まるで興味も関心もないといった風だ。


「そ、それじゃあ、一緒に行動させてもらえますか? 俺たち、まだ実力が十分じゃないんで、ロデリックさんの援護射撃があると助かると思うんです」


 カイルの問いかけに、ロデリックはわずかに首を縦に動かす。


「ああ。別に構わない。足手まといになるなら、置いて行く」


 それっきり会話は途切れ、気まずい空気が漂う。

 だが、協力してくれる意志があると見ていいのかどうか……カイルは戸惑いつつも、エレーナと視線を交わす。

 エレーナは小さく肩をすくめ、「もう少し様子を見ましょう」といった表情で微笑む。


 そのまま依頼を正式に受理し、四人は明朝にギルド前で集合して出発するという段取りを決める。

 ロデリックとのまともな会話はそれだけで終わってしまった。

 ライナは苛立たしげに腕を組む。


「何よあれ。こっちから声をかけてあげたのに、全然乗り気じゃないじゃない」

「確かに……でも、一緒に行けるだけマシだよ。弓の腕が相当いいらしいし、上手く連携できたら助かるはずだから」

「ふうん……ま、どのみち明日になれば分かるわね。あの態度、なんか引っ掛かるけど」


 確かにロデリックは謎めいているが、無口であること以外に今のところ怪しい行動はない。

 一緒に依頼をこなす中で、少しずつ打ち解けられればいいが――そんな淡い期待を抱きつつ、カイルたちは宿へ戻るのだった。


 ◇◇◇


 翌朝、カイルたちはギルド前でロデリックと合流し、森の魔物討伐へ向かった。

 王都から少し離れた北東の森林地帯は、昔から大型の獣や魔物が棲息する危険地帯として知られているが、近頃は被害が増加しているらしい。


 三人とロデリック、計四人で森の入口に到着したころには、日差しが木々の間を斜めに照らしていた。

 森の中は朝露が残り、湿った土の匂いが鼻をくすぐる。

 遠くで小鳥の声が響くが、それ以外は静寂そのものだ。


「ここ最近、家畜が襲われたり、旅人が行方不明になったりしてるらしいわ。気をつけて進みましょう」


 ライナが剣の柄を握り、警戒を呼びかける。

 ロデリックは相変わらず寡黙だが、大きな弓を手に取り、あたりを見回している。

 カイルも小枝を背負う鞄にしまい込み、必要ならいつでも取り出せるように準備した。


 しばらく森を進むと、鳥や小動物が突然ぱたっと鳴き声を止め、沈黙が訪れた。

 嫌な予感が走る。

 ライナが足を止め、周囲を見渡す。


「何か来るかも……」


 すると、がさりと茂みが揺れ、黒い体毛をもつ大柄な野犬――いや、狼のような魔物が姿を現した。

 口元からはよだれを垂らし、濁った眼光で四人を狙っている。

 その背後にも数匹の影がちらつき、群れでこちらを包囲しようとしているようだ。


「来る……!」


 ライナが構えを取ると、エレーナは素早く回復魔法の準備に入る。

 ロデリックは沈黙のまま矢をつがえ、すっと弓を引き絞る。

 カイルもナイフを握り、いつでも支援できるよう構える。


 最初に動いたのは狼の群れだった。

 先頭の一匹が低い唸り声を上げながら飛びかかってくる。

 ライナが剣で迎え撃とうとするが、その瞬間、パシューンという鋭い弦の音が響き、ロデリックの矢が狼の側面を貫いた。


「すごい……あんなに素早い動きに、正確に当てた……」


 カイルは思わず感嘆の声を漏らす。

 ロデリックは弓を引く姿勢を崩さず、すぐに次の矢を放つ。

 二発目は別の狼の足元を狙い、動きを鈍らせた。

 ライナはその隙を見逃さず、一瞬で距離を詰めて斬りつける。


「ふんっ……!」


 獰猛な狼が短い悲鳴をあげて倒れ込む。

 残る数匹が後方へと散り、再び包囲を組むような動きを見せた。


「エレーナ、ライナの援護を!」


 カイルが叫ぶと、エレーナは杖を掲げて聖なる光をライナへ送り込む。

 ライナは身体に力が漲るのを感じ、鋭い動きで次々に狼を翻弄する。

 ロデリックは的確な射撃でそれをサポートし、森の中に血臭が広がり始めた。


 カイル自身は正面からの攻撃が苦手で、狼を仕留めるほどの技量はないが、小枝を使う機会をうかがっていた。

 しかし、森の中での接近戦は混戦状態で、下手に力を解放して仲間を巻き込む可能性がある。

 結局、ナイフで牽制する程度に留め、逃げ腰の狼を追い払うのに専念した。


 戦闘はすぐに決着がつき、残った数匹の狼は深い森へと姿を消していった。

 ライナは荒い息をつきながら、血に染まった剣を下ろす。


「はあ……数が多かったわね。でも、何とか倒せた」


 ロデリックは相変わらず無言で、矢を回収できる分だけ拾い、折れた矢は捨てている。

 ライナがその姿に少し不満そうな顔をするが、カイルは「口を出さないほうがいいかな」と思い留まった。

 しかし、しばらくしてロデリックがぼそりと漏らした。


「この狼たち、妙に餓えていた。普段はもっと小動物を狙うはずなのに、ここまで人間に突っ込んでくるのは……」

「確かに、飢えていたのかもしれないけど……何か理由があるのかな?」


 カイルが尋ねると、ロデリックは面倒くさそうに小さく息をつく。


「何かに追いやられているのかもしれない。森の奥で、もっと強い魔物や、得体の知れない『何か』が生態系を乱しているんだろう」

「私もそう思う。依頼主の話では、もっと大型の魔物が出ることもあるって聞いたわ。だから、狼や他の生物が餌場を失っているのかも」


 ライナはそれを聞いて、険しい表情で同意するのだった。


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