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第3章:王都到着とライバル魔術師の登場(2)

 王都エルデリアの冒険者ギルド支部は、石造りの大きな建物で、リュードン支部とは比べ物にならないほどの規模だった。

 大ホールには豪華なシャンデリアが吊られている。

 壁には各種の高難度クエストから簡易依頼まで、幅広い依頼票がずらりと貼られていた。


 冒険者たちの数も多く、賑やかな喧騒が広がっている。

 三人は受付へ行き、王都で宿泊先を紹介してもらえないかと相談すると、受付嬢は穏やかな笑みを浮かべながら快く応じた。


「ちょうど空き部屋のある宿がいくつかございます。ご予算や治安を考慮し、こちらとこちらがオススメですね……それから、もしかして教団や騎士団の動きを探していらっしゃる?」

「え……どうして分かるんですか?」


 カイルが驚いて目を丸くすると、受付嬢は申し訳なさそうに肩をすくめる。


「いえ、最近こういった質問をされる方が多くて。騎士団が王城付近を厳戒態勢で固めているとか、教団幹部が集まる会議が近々あるとか、色々と噂されているんです。冒険者に『護衛依頼』や『調査依頼』を出す貴族の方も増えていて……王都はいま、微妙な空気なんですよ」

「やっぱり、そうなんですね……」


 エレーナは複雑そうに視線を落とす。

 やはり王都は何やらきな臭い状況にある。

 さきほどリシャール・アストールが見せた高慢な態度も、貴族同士の権力争いの一端なのかもしれない。


 ◇◇◇


 ギルドを出たあと、三人は紹介された宿へ向かいながら、街の噂話に耳を澄ませた。

 断片的な情報をかき集めると、どうやら『貴族の一部』と『教団の上層部』が密かに繋がりを持ち、大規模な儀式を計画しているらしいという話が浮上していた。

 それが王城で行われる会議に直接関係しているかは分からないが、少なくともエレーナの『秘密』と無関係とは思えない。


「貴族の派閥って、そんなに入り乱れてるのかな。王様の権力が絶対なんじゃないのか?」


 カイルが疑問を口にすると、エレーナは少し考え込むように答える。


「王家と貴族……表向きはまとまりがあるように見えても、実際にはそれぞれの思惑が渦巻いているわ。教団と繋がっている貴族も少なくないし。大貴族の家系なんかは、それこそ王家に匹敵するほどの財力と魔術研究の背景を持っているから……」


 ライナは憤りに似た表情で拳を握る。


「結局、力のある奴らが勝手に世界を動かそうとしているわけね。私たちみたいな普通の平民にはどうしようもないのかな……でも、だからって黙って見過ごせないよね」

「うん。でも、迂闊に踏み込むと返り討ちに遭うかもしれない。慎重に動かないと……」


 カイルはそう言いながらも、不思議と逃げる選択肢は頭に浮かばなくなっていた。

 以前の自分なら「怖いから関わりたくない」と尻込みしていたかもしれないが、今はエレーナを守らなければならないし、自分の小枝の秘密を明らかにしなければ前へ進めないのだ。

 

 ◇◇◇


 日が暮れ始める頃、三人はようやく宿を決め、簡単な夕食を済ませると、今後の行動を話し合うことにした。


「しばらくこの宿を拠点に、王都の状況を探ろう。冒険者ギルド経由で情報を集めたり、教団の動向もできるだけ追いたい」


 ライナは地図をテーブルに広げ、王都の主要エリア――王城、魔術院、教会本部の位置を確認する。

 そこにエレーナが神妙な面持ちで口を挟む。


「一つ気になるのは……教会本部で行われる大規模な『祈念祭』がもうすぐあるはず。あれは毎年、聖人の生誕を祝う行事なんだけど……一部の人たちは、その祭典に合わせて『別の儀式』をやろうとしているんじゃないかって、噂を聞いたことがあるの」

「別の儀式……闇の儀式? それとも、何か封印を解くような……?」


 エレーナは思い出すように目を伏せ、白いローブの裾を握りしめる。


「分からない……でも、私は見習いとして教会にいた頃、何度か怪しい文書を目にしたことがあるの。多くは解読できなかったけど、そこには『聖なる血』とか『供物』とか、不穏な単語が並んでいた。もしかしたら……」


 言葉を詰まらせたエレーナに、カイルとライナが視線を合わせる。

 もし『聖なる血』とはエレーナ自身を指しているのだとしたら、事態は深刻だ。

 誰が何のために彼女を狙うのか、その理由が明らかになるときは、危険と隣り合わせになるだろう。


 ◇◇◇


 そんな話し合いを続けるうち、夜も更けてきた。

 宿の廊下はしんと静まり返り、部屋に残されたランプの灯りだけが薄暗く揺れている。

 ライナは一旦部屋を出て、共用浴場へ向かい、エレーナは疲労を溜めないよう早めに就寝の準備をしている。

 カイルは一人、ベッドに腰掛け、例の小枝を手に取った。


 あの森で初めて発現し、さらにゴブリンとの小競り合いや訓練中にも微妙に熱を帯びるのを感じた能力。

 正体がはっきりしない以上、迂闊には使えない。

 ガレスからは『正しい使い方を学ぶ』ようアドバイスされたが、学ぶにも指導者がいない。


「古代賢者……とか、伝承に詳しい人がいればな」


 そんな独り言を呟いていたときだった。

 扉の向こうで小さな物音がした。

 カイルはとっさにナイフを握り、身を屈めた。


 扉の隙間から細い針のような刃が差し込まれ、鍵を開けようとしている気配がある。

 心臓が跳ね上がる。

 どうする――飛びかかるか?

 それともライナを呼ぶか?

 一瞬の逡巡を経て、カイルは思い切ってドアに体当たりを仕掛けた。


「うわっ……!」


 外で短い呻き声が聞こえ、刃物がガシャリと落ちる。

 扉を押し開けると、全身を黒い衣装で包んだ男がバランスを崩している。

 カイルはすぐさまナイフを突き出そうとするが、男の方が一瞬早く体勢を取り戻し、後方へと跳躍した。


「誰だ……!」


 カイルが叫ぶと、男は一言も発さず、陰険な目つきのまま腰の短刀を構える。

 明らかに尋常な身のこなしではなく、暗殺や諜報の技術を心得ている動きだ。


 ちょうどそのとき、浴場から戻ってきたライナと、物音に気づいたエレーナが廊下を曲がってくる。

 ライナはすぐに敵を察知し、剣へ手をかける。


「カイル! 何よ、そいつ!?」

「分からない! 鍵をこじ開けようとしてた!」


 男は三対一の状況を嫌ったのか、踵を返して窓へと駆け寄る。

 ライナが追撃しようとするが、男は素早く窓枠に乗り移り、一瞬で姿を消した。

 夜風だけがひゅうっと吹き込み、暗い路地へ続く闇に男の気配は消え去る。


 カイルは咄嗟に窓辺に駆け寄ったが、屋根から屋根へ飛び移るような足音が微かに聞こえただけで、その姿はもう見当たらなかった。


「くそっ、逃げられた……」


 ライナが悔しそうに握り拳を作る。

 エレーナは胸を押さえ、恐怖に目を見開いている。


「まさか、本当に私を狙って……?」


 たしかなことは、『敵』らしき存在が動いているということだ。

 しかも、この宿の部屋まで特定して暗殺に来たとなれば、王都のどこにいても安全ではない。


 三人は急ぎ宿の主人に事情を話し、今後の警戒を強化してもらうことになったが、宿の主人も「困ったことが起きた」と頭を抱えるばかりだった。

 貴族や騎士団のゴタゴタが影響しているのか、それとも全く別の闇の勢力が暗躍しているのか。


「明日の朝、もう一度ギルドや教会周辺で情報を集めてみよう」


 カイルはライナとエレーナを見回す。

 ライナは怒りと警戒心を露わにしているが、エレーナは震える手でそっとカイルの袖を掴んだ。


「ごめんなさい……私のせいで。やっぱり、私が王都に来たばかりに……」

「エレーナが謝ることじゃないよ。僕たちだって、そのつもりで来てるんだ。むしろ、助け合わないと」


 その言葉に、エレーナは僅かに安心したようだが、やはり心の奥には深い不安が宿っているようだった。

 ライナは険しい表情のまま、カイルの方を見やる。


「このまま黙ってやられるつもりはないから。私たちがやらなきゃ、エレーナはずっと狙われるんだもの」


 こうして、王都エルデリアの喧騒の中で、三人は『さらなる闇の気配』を肌で感じることになった。

 無法な暗殺者、貴族の暗躍、教会の怪しげな儀式、そしてリシャール・アストールの高慢な挑発――どれもが、これから起こる大きな事件の予兆なのかもしれない。

 まだ物語の全貌は見えないが、確実に事態は動き始めているのだ。

 彼らは、その動乱の真っ只中へ踏み込んでいくことになるのだった――。



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