第3章:王都到着とライバル魔術師の登場(1)
カイルとライナ、そしてエレーナの三人は、冒険者ギルドの体験クエストを無事に終えたあと、遅れること数日を経て王都エルデリアへと到着した。
ギルドの教官・ガレスはさらなる訓練のためリュードン支部に残ることになり、別れ際に「困ったらいつでも頼れ」と声をかけてくれた。
「ガレスさんって、見た目は頑固そうだけど、やっぱり情が深いよね」
ライナがそう呟くと、カイルも微笑んで同意する。
かつて王国騎士団の副団長を務めたという彼の実力は本物で、三人は彼の指導を受ける中で基礎的な連携や実践の『怖さ』を少しずつ学んだ。
そして、複数の街道を乗り継ぎ、ひたすら歩を進める旅を経て、ついに王都の壮大な城壁が視界に現れる。
巨大な石造りの門には衛兵が立ち、物々しい雰囲気を放っているが、その奥からは活気と喧騒が湧き上がるように聞こえる。
「うわ……すごい。こんなの、村じゃ想像もできないよ」
カイルは素直な感嘆を漏らす。
これまで訪れた中規模の街とも桁違いの規模――それがエルデリア王都だ。
街道沿いには商人の馬車や旅人が長い列をなし、門番の前でそれぞれ入国審査を受けている。
ライナは胸を張って歩き、エレーナは少し人の多さに飲まれそうになりながらも、懐かしげに城壁を見つめる。
「教会の研修で何度か訪れたことがあるけれど……やっぱり王都は変わらないわね。いろんな人が行き交って、賑やかで……」
エレーナの横顔にはかすかな緊張が浮かんでいる。
大都会へ来た高揚というより、何かを警戒している――そんな印象だ。
三人は入国審査の列に並び、門番から「目的は?」「滞在先は?」といった質問を受け、最低限の手数料を払って王都の中へ足を踏み入れる。
途端に視界が開け、広大な石畳の通りが目に飛び込んできた。
道の両側には豪華な建物が並び、露店や商店、宿屋、酒場など、あらゆる施設がひしめいている。
通りを往来する人々の服装も実に多種多様で、貴族のような上等な衣装から、旅人や冒険者らしきラフな装いまで見受けられた。
「これが……王都か。想像してたより派手だね。建物も大きいし、人が多いし……」
カイルは圧倒されながらも、どこか浮足立つ気持ちも否定できない。
フェリダの村では到底見ることのできない景色だ。
ライナも同様に目を輝かせ、店先を覗き込んだり、路地裏を興味深そうに見渡したりしている。
「見てカイル、あの露店! 串焼きがものすごく種類あるよ! わっ、こっちは革製品……腰のベルトにいいかも!」
「ちょ、ちょっとライナ、はぐれないように……エレーナ、気をつけてね」
エレーナは苦笑しながら二人の後を追う。
だが、彼女の足取りはどこか重い。
街の賑わいの中にも、貴族や騎士団らしき人影が目につき、その全てが敵なのか味方なのか分からない――。
そんな不安があるようだった。
◇◇◇
街中を少し歩き回るうちに、あちこちの噂話が耳に入ってきた。
「今度、王城で大規模な会議があるって本当? どうやら教団の代表も参加するらしいんだけど……」
「王国騎士団が最近やたら忙しそうに動いてるみたいだな。夜の見回りまで増えたらしい」
その手の話題にエレーナは敏感に反応し、時おり立ち止まっては耳を澄ませた。
ライナが心配そうに声をかける。
「エレーナ、大丈夫? さっきから表情が硬いわよ」
「ごめんなさい……ただ、やっぱり教団絡みの会議ってなると、不安になって……私を狙う騎士団がこの王都にいるかもしれないし、そう思うと落ち着かなくて……」
カイルはそんなエレーナの肩に手を置いて、静かに励ます。
「大丈夫だよ。俺たちもまだ至らないところは多いけど、一緒にいればそう簡単には捕まらないから。きっと情報がつかめたら何か手を打てる」
カイル自身も不安を抱えている――小枝の謎や自分たちが巻き込まれる大きな陰謀――。
だが、今ここで立ち止まるわけにはいかなかった。
◇◇◇
人混みの中を歩く三人が、王立魔術院の近くを通りかかったときのことだった。
周囲は広々とした敷地を取り囲むように高い塀が建ち、塀の内側にはいくつもの尖塔と大理石の建物が立ち並んでいる。
ここは貴族出身の魔術師や優秀な研究者が集う『知識の殿堂』とも称される場所で、一般人にはなかなか縁のないエリアだ。
「ここが王立魔術院……すごい建築だね。でも、なんだか敷居が高そう」
カイルが塀越しに校舎の尖塔を見上げていると、不意に鋭い声が背後から浴びせられた。
「ふん、無知な平民がこんな場所でぼんやりと眺めているとはね。何か用事でも?」
振り返ると、そこには金髪をオールバックにまとめた青年が立っていた。
抜群に整った顔立ちに、高級そうな魔術師ローブを身にまとい、その胸には貴族の紋章と思しき刺繍が光っている。
青い瞳には冷ややかな光が宿り、見るからに高慢な雰囲気を漂わせていた。
「え……いや、その、初めて見たもので……」
カイルが戸惑いながら返事をすると、青年は鼻先で笑うように言う。
「初めて見る? そりゃそうだろう。ここは平民ごときが気安く立ち入れる場所じゃない。王立魔術院は選ばれし者の学び舎だ。勉学にも才能にも恵まれない輩が見物に来るなど、時間の無駄というものだ」
あまりに露骨な言い方に、ライナが眉間に皺を寄せる。
「ちょっと、いきなり失礼じゃない? 私たちは別に邪魔してるわけじゃないわ。誰だか知らないけど、偉そうに……!」
「貴様、何だその口の利き方は……まあいい。俺の名はリシャール・アストール。覚えておくがいい。王立魔術院に席を置く、由緒正しい貴族の家柄だ」
リシャール・アストール――高貴な家系と強力な魔力をあわせ持ち、一部では『白嵐の魔術師』とも称される若き天才と噂される人物だ。
彼はライナの鋭い視線にもまったく動じず、高慢な微笑を浮かべたまま続ける。
「ところで、お前……その小枝は何だ? どこから拾ってきた?」
リシャールの視線はカイルが腰に差している小枝へ一直線に向かっていた。
その存在を感知したかのように、不快げに眉をひそめている。
「小枝……このこと?」
カイルは思わず枝を隠しかけたが、既にリシャールの注意を引いてしまっている。
森で拾ったただの枝――のはずが、何か異様に敏感に反応されるというのは気味が悪い。
「ふん、見れば分かる。普通じゃない魔力の波動を感じる。この俺が分析するまでもなく、不安定で粗野な魔力にまみれているようだが……」
嫌悪感とも侮蔑とも取れる口調に、ライナはますます苛立つ。
「何を言ってるの? これはカイルが偶然拾っただけで、別にあんたにとやかく言われる筋合いは――」
「ならばいい」
きっぱりと言い放つリシャール。
そのあまりの高慢さに、ライナが思わず剣の柄に手を伸ばしそうになると、エレーナがそっと腕を引いて制止した。
「落ち着いて、ライナ。ここで騒ぎを起こしたら……」
「でも、こんな言い方、あんまりじゃない!」
「俺は忙しいんでな。次に会うときまでに、せいぜいそんなガラクタを捨てるか、使い道を学んでおけ……ま、どのみち平民には無理な話だが」
リシャールは最後にもう一度、三人を見下ろすように見渡すと、王立魔術院の敷地内へ悠々と歩み去っていった。
「何なのアイツ……私、ああいうタイプがいちばん腹立つ……!」
ライナは怒りを抑えきれず、忌々しげに舌打ちする。
エレーナも唇をかみしめている。
カイルは苦い思いを噛み締めながら、小枝を見下ろした。
リシャールとの衝突を引きずりながらも、三人はとりあえず宿を探すことにした。
王都には宿屋が数えきれないほどあるが、その分値段や治安もピンからキリまである。
冒険者ギルドの王都支部を頼るのが得策だろうと考え、ギルドの場所を聞き込みながら歩くことにしたのだった。