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第2章:初めての冒険者ギルド(2)

 翌朝、ギルドの裏手にある訓練所へ行くと、すでに何人かの新人冒険者らしき若者が集まっていた。

 ガレスは鎧の胸当てを身に着け、腕組みをしながら待っている。


「おっ、来たな。今日は簡単なモンスター討伐クエストを想定して、演習をする。トラップの解除、フォーメーションの組み方、あと応急処置についても学んでもらうぞ」


 訓練所の広場には木製の人形や障害物が設置され、少し奥には武器や道具の貸し出しスペースが並んでいる。

 周りを見回すと、冒険者志望と思しき少年少女から、やや年配の者まで多彩だ。


 ライナは「ふふん、体術とか剣さばきなら任せてよ」と自信満々の様子。

 一方、カイルは戸惑い気味だが、自分だけが後れを取らないよう気を引き締める。

 エレーナも、杖を握りしめ、何があっても回復とサポートに徹しようと心に決めているようだ。


「まずは基本の動きだ。複数人で移動するときは、前衛・中衛・後衛に分かれる。敵に襲われたときの防御と攻撃の役割分担が肝心だ。分かったか?」


 ガレスが声を張り上げると、新人たちは「は、はい!」と答える。


「じゃあテストだ。ライナ、お前は前衛に立ってみろ。カイルは中衛、エレーナは後衛だ。さっそく模擬戦をやるぞ。俺が木剣で攻めるから、そっちも全力でかかってこい」

「え、ガレスさんが相手ですか……!」


 カイルは少し尻込みする。

 元王国騎士団副団長といえば相当な実力者だろうに、容赦はしてくれるのか。

 ライナは逆に目を輝かせている。


「面白いじゃん。やってやろう!」


 ガレスは木剣を片手に構え、どっしりとした腰つきでライナたちと対峙する。

 合図もなしに彼が踏み込んだ瞬間、ライナは反射的に剣を抜き、受け止めようとする。

 しかし、ガレスの一撃は予想以上に重く、ライナは衝撃を受けてたたらを踏んだ。


「くっ……!」

「まだまだ甘いぞ。前衛は防御の要だが、攻撃の反撃を一瞬で狙わないと押し切られる」


 ガレスは的確な指摘をしながら、今度はカイルのほうに踏み込んでくる。

 カイルは慌てて木刀を振り下ろそうとするが、身体が追いつかない。

 まるで風のように回り込まれ、背中に木剣がタッチされてしまう。


「だぁっ!」


 思わず変な声が漏れると、新人冒険者の誰かが吹き出して笑った。

 ライナが眉をしかめてガレスに飛びかかるが、ガレスはさらりと彼女の剣先を逸らしてみせる。

 動きそのものは派手ではないが、圧倒的な経験値の差を感じさせる。

 

 エレーナは回復魔法の詠唱を試みるが、そもそも模擬戦では大怪我を想定していないため、タイミングが難しい。

 それに、単なる打撃で致命傷を負うことはないので、何かと空回り気味だ。


「だ、ダメだ……全然歯が立たない……」

「お前たち、動きがバラバラなんだよ。こういうときは、誰が囮になって、誰がサポートするのかを素早く判断するんだ。ライナが敵の注意を引いたら、カイルはその隙に横や背後を狙う。エレーナは適宜、味方を強化する魔法か結界を張る、とかな」


 ◇◇◇


 ガレスが模擬戦を一旦止め、具体的な指導を行う。

 その後、何度も繰り返し模擬戦をするうちに、少しずつ三人の連携がマシになっていくが、まだまだギクシャクしている。


 特にカイルは、小枝を使うかどうか迷いながらも、訓練の場で唐突に謎の力を発揮して周囲を混乱させるわけにもいかないと考え、普通の木刀だけで挑んでいた。

 結果として、攻撃の要はどうしてもライナ任せになってしまう。


「ちょっと、カイル! もう少し私と息を合わせて!」

「わ、分かってるんだけど、体が……うわっ!」


 今度はライナが突き出した盾と同時にカイルが踏み込むはずが、タイミングが合わず、二人は足をもつれさせて転倒してしまう。

 その様子を見たガレスは苦笑して、周囲の新人たちに向けて声をかける。


「おい、笑ってる場合じゃないぞ。こいつらが失敗している間に、学べることはあるはずだ。連携は口だけじゃできない。何度も失敗して身につけるんだ」


 カイルは尻をさすりながら起き上がり、ライナと目を合わせる。

 お互い申し訳ない気持ちと、情けない気持ちでいっぱいだ。


「ごめん……足踏み込むのが遅れて」

「こっちこそ、盾の振り方が大きかったかも。次はもっと慎重にやるから」


 笑い合いながら、彼らは再び構えを取り直す。

 その姿を見つめていたエレーナは、ほんの少しだけ口元をほころばせる。

 以前のカイルなら、もっと自信なさげに落ち込んだだろう。

 今は――失敗しながらでも、歩みを進めようとしていた。


 ◇◇◇


 訓練がひと段落した後、ガレスは「本当にやる気があるなら、体験クエストに参加してみるといい」と提案する。

 それは街の近郊に出る小型魔物の討伐依頼を、複数の新人冒険者が合同でこなすというものだ。


「実践の場でしか学べないことがある。心配なら俺が同行してもいいが、どうする?」


 ライナはやる気満々だし、カイルも少しずつ体が慣れてきた感覚がある。

 エレーナも回復役として役に立ちたいと意欲を見せる。


「お願いします。経験を積みたいんです」


 そう答えると、ガレスは満足そうに頷き、準備が整い次第、翌日に出発すると告げた。


 ◇◇◇


 訓練所を後にした三人は、ギルドの食堂で軽い食事を摂りながら明日のクエストに備えて情報を交換することにした。

 丸テーブルに腰掛け、それぞれスープやパンを口にしながら、まわりの会話に耳をかたむけた。

 周りの冒険者たちの会話が耳に入ってくる。


「最近、王国騎士団の動きがおかしいらしいぜ。何か教団の裏を探ってるって話だ」

「いや、それどころか一部では『闇魔法』を使う騎士団がいるって噂もあるぞ……」

「まさか。騎士団が闇魔法なんて許されるわけがないだろう」


 その言葉を聞いて、カイルはライナと顔を見合わせる。

 自分たちがフェリダの森で遭遇したあの騎士たちと似たような話かもしれない。

 エレーナの表情はさらに曇る。


「やっぱり、教会内部で何かが起きているのね。あの人たちはその一端なのかも」


 ライナは声を押し殺して尋ねる。


「エレーナ、本当に話せないの? あなたが追われる理由――『儀式』に関わる秘密があるんでしょう?」

「ごめんなさい。私にも完全には分からないの。ただ、教会上層部が『封印』に関わる儀式を進めているという噂があって……その鍵が私だという話を小耳に挟んだ。でも、具体的に何をするつもりなのか、私には知らされていないのよ」


 カイルは小さく息をのむ。

 自分たちが思っていたより事態は深刻かもしれない。


「騎士団と一部の教会関係者が手を結んで、闇の儀式をやろうとしているっていう話もあったけど……」

「王立魔術院にも、そういった闇の研究をしている人がいるって噂だけど、確証はないんだ」


 三人はそれぞれ情報を出し合うが、いまだ核心にはたどり着けない。

 ただ、エレーナが非常に危険な立場にあることだけは明白だった。


 カイルは黙って小枝を握りしめる。

 森の中で発現した不可解な力。

 もしそれを自在に使えるなら、エレーナを守り抜くのに役立てられるのではないか――そんな思いが頭をもたげる。

 だが同時に、もし力に飲み込まれたらどうしようという不安も消えない。

 ライナはその様子を見かねて、わざと明るい声を出した。


「まあ、難しいことは置いといて、まずは目の前の課題をクリアするしかないでしょ。エレーナを守るにも、私たちがもっと強くならなきゃいけないし」

「そう……だね。ありがとう、ライナ」


 ライナはほんの一瞬、照れたように目をそらす。

 その微かな表情を見逃さず、エレーナは小さく微笑んだ。


「二人とも、ありがとう。私のためにこんな危険な目に合わせてしまって……」

「気にしないで。教団や闇の勢力が本当にあるなら、いつか村にも影響が及んだかもしれない。だったら、今のうちに動くほうがいいかもしれないよ」


 カイルの言葉にエレーナは感謝を込めた瞳を向ける。

 だが、その瞳の奥にはまだどこか躊躇いが潜んでいた。

 すべてを話せないことへの罪悪感なのか、それとも教団の人間としての自責か――。

 いずれにせよ、彼女自身が解決すべき葛藤があるのだろう。


 ◇◇◇


 食堂での会話を終えた三人は、ギルドの建物を出て宿へ戻ろうとする。

 途中、ガレスと目が合った。

 

 彼は軽く顎を引いてから、 「明日の体験クエスト、しっかりついてこいよ。俺もついて行くが、全員を守れる保証はない。あくまで実戦練習だからな。死にたくなけりゃ必死にやれ」と、低い声で言い放つ。


 それは厳しい言葉だが、その眼差しには『若者たちを鍛えたい』という熱意が垣間見える。

 かつての騎士団で培った武人としての誇りなのかもしれない。

 カイルは一瞬躊躇したが、意を決してガレスに声をかけた。


「あの……ガレスさん。もし、変わった力を持っている人間がいたら、どうするべきだと思いますか?」


 ガレスは少し驚いたように眉を上げる。


「それは、お前自身のことを言っているのか? いや、深くは詮索しないが……変わった力というのが危険なものなら、正しい使い方を学ばないとな。そのまま暴走させるわけにはいかん。最悪、周囲を巻き込むからな」

「やっぱり、そうですよね」

「だが、その力が仲間を救える可能性があるのなら、逃げずに向き合うべきだろう。俺はそう思う。まあ、お前の選択次第だ」


 そう言うと、ガレスは踵を返して去っていった。

 大柄な背中には、かつての騎士としての威厳と苦悩が垣間見える。


 カイルは胸中で、ガレスの言葉を何度も反芻する。


(変わった力があるなら、正しい使い方を学ぶ。暴走させないためには、自分一人じゃ難しい。誰かに相談すべきなんだろうか……でも、エレーナの件もあるし、下手に人に話せば教団や騎士団に知られるかもしれないし)


 そう考えながら宿の部屋に戻ると、疲れた身体が一気に重く感じられる。

 ライナもエレーナも、同様にどこか沈んだ表情をしていた。

 夜になれば街の明かりも減り、部屋の窓からは星空が見える。


 明日は体験クエストをこなし、さらに旅を進める。

 危険な道を行くことになる。

 フェリダの平和な暮らしからは想像もつかないほど、次々と『試練』がやってくる。


 しかし、カイルたちはまだ踏み止まるつもりはなかった。

 ライナが隣の部屋の扉を開ける前に、小さく振り向いてカイルに声をかける。


「明日、頑張ろうね。あんたが何を抱えてるか分からないけど、一人で抱えないで」


 カイルはわずかに笑顔を浮かべる。

 ライナも何かを感じ取っているのだろう。

 自身の小枝の力に対する戸惑いも、彼女なら受け止めてくれるかもしれない。


「ありがとう。明日は上手く連携しよう……おやすみ」


 ライナが扉を閉める音が微かに響くと、宿は静寂に包まれた。


 ◇◇◇


 エレーナはベッドの端に座り、ぼんやりと杖を見つめている。

 か細い腕に回復魔法の紋様が浮かび上がり、すぐに消える。

 まるで今の自分の無力さを噛みしめるように。


(私のせいで、みんなを危険に巻き込んでる……でも、きっと何か方法があるはず。もし闇の儀式と私に繋がりがあるなら、きちんと止めなきゃ)


 彼女もまた、自分の秘密と向き合いながら、仲間を救うための術を探し続ける。

 その脆い姿は一見すると儚げだが、その内面には確かな意思の炎が宿っていた。


 ◇◇◇


 こうして、カイル、ライナ、エレーナの三人は、それぞれの想いを胸に夜を過ごす。

 翌日に控える『初めての体験クエスト』。

 そこでどんな経験をし、どんな新たな一面を見せ合うのか。

 彼らはまだ知らない。これから先、冒険者ギルドとの関わりが、想像以上に大きな転機へと繋がっていくことを――。


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