第10章:新たなる旅路、そして……
闇の神殿の崩壊から数日後。
カイルたち冒険者の面々は、無事に王都エルデリアへ凱旋した。
前線での激戦で負傷した者も多かったが、大半が生きて戻ることができたのは、彼らの的確な連携と決死の覚悟の賜物だ。
神殿での大爆発が儀式を完全に破壊し、暗黒騎士団の中核を壊滅状態に追い込んだことは、王都にも大きな衝撃をもって伝えられている。
街を歩くと、冒険者ギルドの人々が口々に「よくやってくれた!」「お疲れさん!」と声をかけてくる。
まだ戦争が終わったわけではないものの、差し迫っていた最悪の危機は回避されたという安堵が広がっているのだ。
ライナは少し照れくさそうに頭を掻き、「まあ、あいつらが残党を呼び寄せるかもしれないから、まだ油断はできないけどね」と、謙遜混じりに答える。
エレーナは心底ほっとした表情を浮かべており、回復魔法で癒し続けた疲労をようやく実感している様子だ。
カイルも小枝を握りしめながら、あのルシアスとの決戦を思い出していた。
(本当に勝てたんだ……。ガレスさんにいい報告ができそうだ)
ギルドが運営する医療施設へ急ぎ足で向かうと、そこにはかつて重症で眠り続けたガレスが安静に横たわっていた。
すでに意識は戻っており、ベッドの上で身を起こしている。
「ガレスさん!」
カイルが声をかけると、ガレスは少し疲れた笑みを浮かべながら「おお、無事だったか……」と呟く。
ライナとエレーナも安堵の表情で、ベッドの傍に駆け寄る。
「闇の神殿での決戦……聞いてるぞ。やったんだな、お前たち……」
かすれた声ながら、その瞳には弟子を誇る光が宿っている。
カイルたちは報告を兼ねて、神殿での戦いと、ルシアスを破ったこと、そして犠牲を最小限に抑えられたことを伝える。
ガレスはゆっくりと耳を傾け、最後には深く目を閉じた。
「俺が倒れたとき、お前たちがいなかったら、国はどうなっていたか分からん……本当に、よくやってくれた」
その一言に、三人は胸が熱くなって言葉が詰まる。
「ガレスさん……これからはゆっくり休んでください。あなたがいないと、ギルドも寂しいし。俺たちはまだ旅を続けるかもしれないけど、絶対にまた会いに来ますから」
カイルが微笑むと、ガレスは鼻を鳴らしながらも口元で笑う。
「余計な世話だ。俺は死にそうになっても、しぶとく戻ってくる男だからな……お前たちこそ、無理をしすぎるなよ」
温かい空気がその場を包み込む。
ライナもエレーナも、これまでの苦難や失意が報われたような思いを噛みしめながら、ガレスの回復を心から喜んだ。
それから数日後、王都の冒険者ギルドでは盛大な祝勝会が催されることになった。
今回の功績を讃えるために、カイルたちを含む主戦力の冒険者を招き、ささやかな宴が開かれるのだ。
広いギルドホールには酒や料理が振る舞われ、笑い声や喧騒が渦巻く。
リリスが「報酬を独り占めしたかったのに、結局みんなで山分けか~」などと騒いで走り回り、それをライナが「盗むなよ!」と追いかける姿がコミカルで場を和ませる。
カイルはそんな光景を笑顔で見守りつつ、隅のほうでエレーナに声をかけた。
「エレーナ、少し外に出ないか?」
「うん、ありがとう……私も少し外の空気を吸いたかったところ」
ギルドの二階から続くテラスに出ると、夜風が心地よく頬を撫でる。
王都の街灯が下方に連なり、遠くには王城の灯りも見える。
エレーナはローブの襟を抑えつつ、微笑んでカイルの方を振り向く。
「カイル……本当にありがとう。あなたとライナがいてくれなかったら、私、ずっと教団の呪縛や罪悪感に押し潰されていただろうから……」
「そんな、エレーナが俺たちを支えてくれたから勝てたんだよ。闇の儀式を阻止できたのも、あなたが最後まで諦めずに回復魔法で助けてくれたからだし……」
二人は照れくさそうに言葉を交わしながら、夜の静寂を感じる。
ほんの少しの沈黙を経て、エレーナが大きく息を吸う。
「私……カイルのこと、好きよ。仲間としてじゃなくて、一人の男性として……」
その一言が、夜空の冷たい空気を一瞬で温かく染めるような響きを帯びて広がる。
カイルは心臓がドキンと跳ね、思わずエレーナを見つめた。
彼女の銀色がかった白髪が月明かりに揺れ、わずかに紅潮しているのが分かる。
「エレーナ……それは……」
「うん。知ってるわ。ライナも同じ気持ちを抱いてる。私だって、彼女の気持ちを察してる。でも、このまま黙っているのは嫌で……。だって、カイルと離れるつもりもないから……」
エレーナの声は震えているが、瞳には強い決意が宿っている。
自分が教団から逃げてきた頃は、ただ助けを乞うだけだった。
今は違う――カイルと共に歩み、守り合う関係を望んでいるのだ。
「俺……」
カイルは口を開きかけるが、どう言葉にすればいいのか分からない。
ライナへの想いも確かにある。
一方で、エレーナに惹かれる気持ちも日々強くなっていた。
二人を同時に愛するなど、彼自身がどう向き合えばいいのか混乱している。
「ごめん、今すぐ答えを出せなくてもいいの。あなたが私たちを大切に思ってくれるのは分かってるから……。その……ライナは私の友達でもあるし、ライバルでもあるわ。いつか素直に話し合いたいと思ってるの」
エレーナは微笑みを浮かべ、優しくカイルの手を取る。
「ただ、一つだけ言わせて。どんな選択をしても、私はあなたの仲間でいたい。絶対に離れないって、そう決めてるの」
カイルはその言葉に胸が熱くなる。
繊細で複雑な感情だが、今はただ感謝と愛しさを抱いてエレーナの手を握り返した。
夜風が二人の髪を揺らし、遠くでライナが「リリス、戻ってこい!」と叫ぶ声がかすかに聞こえる。
「ありがとう。俺も、エレーナのことを大切に思ってる。ライナのことも……二人とも守りたい。でも、ちゃんと向き合うから……。少し時間をくれるかな」
「ええ、もちろんよ。焦らないで、私たちはまだ旅の途中なんだから……」
しばらくして、祝勝会が一段落したころ、ギルドの関係者や冒険者仲間が次々に三人へ挨拶にやって来た。
リシャール・アストールは、珍しく姿を見せ、相変わらずの高慢な態度でカイルたちを見下ろす。
「少しはやるようになったな、平民ども……まあ、今後も研究の協力を求めるかもしれんから、そのときは嫌がらずに応じろよ」と捨て台詞を残しつつ、ほんのわずかに口元を緩めている。
カイルは苦笑いしながらも、「こっちこそ、またあなたの助言を頼りにするかもしれません」と素直に返事をする。
嫌味を言い合う関係は続くかもしれないが、不器用な友情(?)が芽生えつつあるのを感じる。
リリス・ブライトハンドは賑やかな宴を満喫し、「ご祝儀は弾んでもらうわよ! パーティの立役者なんだしね!」とちゃっかり集金活動に勤しんでいる。
ライナが「よせ、恥ずかしい!」とツッコむが、リリスは「いいじゃないの、私もあの闇の儀式を止めるために働いたんだから」と舌を出して笑う。
結局、リリスはまた別のクエストへ旅立つらしく、「またどこかで会うかもね」とあっさり宣言して去っていった。
ロデリック・ウィン、この寡黙な弓使いは、人ごみの隅でそっとカイルに声をかける。
「……あれから、俺も別の依頼を受けていたが、そっちも無事に終わった。……今は、少しゆっくりしたい。山菜料理でも作ってみるさ」と相変わらず話は短い。
カイルが「また共闘できるといいですね」と笑顔を向けると、ロデリックは軽く頷いて「……死ぬなよ。俺も、またどこかで弓を貸す」とだけ言い残す。
こうして一人ひとり、別々の道へ戻っていく仲間たち。
しかし、皆が“またどこかで”と未来の再会を口にしていることが、カイルの胸を温かく満たす。
◇◇◇
翌朝。
王都の騒ぎも落ち着きを見せ、これ以上大規模な襲撃がある兆候も薄い。
暗黒騎士団は壊滅的打撃を受けたし、教団内部の粛正も本格化して闇の儀式の続行は不可能になった。
街中はもはや“平穏”と呼べる日常を取り戻しつつある。
カイルたちはギルドの掲示板をぼんやり眺め、次なる一歩を考えていた。
ギルドからの大きな依頼は減り、しばらく各地のモンスター討伐や護衛のクエストが中心になりそうだ。
「うーん、私たち、これからどうするの? 王都に定住するの?」
ライナは先を見越して質問を投げかけるが、エレーナは少し考えてから首を横に振る。
「私は、教団の動向も気になるけど……やっぱり、もっと外の世界を回って、闇の残党や別の脅威に対処できる力をつけたい。カイルはどう思う?」
「俺も……せっかく冒険者ギルドでの実績を作れたし、小枝の力もまだ未知の部分が残ってるから、いずれは世界各地を巡りたい。賢者オーレリアも言ってたけど、この先にもっと大きな試練があるかもしれないし」
「じゃあ、決まりね。私たちはまた旅に出るわけだ」
ライナは満足げに笑みを浮かべる。
冒険者ギルドの冒険者証を懐に収め、身軽な装備に整えながら、外の広い世界を思い描くのだ。
「今度は、もっと派手に活躍してあげるんだから。あんなルシアスなんて、出てこられたらもう二度と負けないわよ!」
その言葉に、カイルとエレーナも微笑む。
ルシアスが本当に死んだのか、生き残っているのかは分からないが、三人はもう逃げるつもりはない。
自分たちが見つけた“仲間との融合”の力を磨き、いかなる敵にも立ち向かう――それがこれからの冒険の指針となるのだ。
最後に、ガレスに挨拶をし、冒険者ギルドの仲間たちに別れを告げる。
ガレスはまだベッドにいるが、日に日に回復を見せ、「お前たちが戻ってくるときには俺も歩けるようになってるさ」と相変わらずの剛毅ぶりを発揮。
リシャールは顔を見せず、書置きだけが残されていた。「今後の研究に協力せよ。召集がかかったら遅れずに来い、平民ども」――なんとも高慢な調子だが、カイルは苦笑しながら受け止める。
リリスやロデリックは既に別のクエストへ向かったらしく、ここにはいない。いずれ道が交わるときもあるだろう。
そうして、カイルたちは馬車と自分の足で、再び世界へ旅立つ……外の空気は清々しく、少し先の未来へ希望を感じさせる。
◇◇◇
「ねえ、行き先はもう決めてるの?」
エレーナが馬車の荷台に腰掛け、軽く体を揺らしながら質問する。
カイルは地図を広げ、遠くの未知なる地域を指し示す。
「とりあえず、北のほうで新しい魔物が出たという情報があるから、ギルドからの依頼を受けてみようと思う。そこで実績を積みながら、もし闇の残党の動きがあれば潰しに行けばいいし……どうかな?」
「賛成。私たち、もっと強くならないとね」
ライナが力強く返すと、エレーナも「私も大丈夫よ。回復魔法も日々鍛え続けるわ」とうなずいた。
馬車は王都の城壁を越え、広大な街道へ走り出す。
かつてカイルがフェリダの村から飛び出したときとは違い、今は仲間と一緒だ。
小枝は鞄の中で微かな振動を伝え、まるで「次の冒険を待ちわびている」かのように感じられる。
ルシアスとの死闘を制した今、なおも残される多くの試練。
だが、恐れることはない。
三人は互いを信じ、力を合わせれば、どんな困難もきっと乗り越えられるだろう。
空は高く青く晴れ渡り、馬車の車輪が地面をリズミカルに刻む。
ライナが「そういえば、ガレスさんと一緒に酒を飲む約束、いつか果たさなきゃね」と笑えば、エレーナは「私も甘いお菓子を作ってあげたいな」と目を輝かせる。
カイルはそんな二人を見て、微笑ましく頷く。
「いいね。じゃあ、世界を一周くらいしたあと、また王都に戻ってガレスさんに報告しよう。リシャールやリリスやロデリックとも再会して、みんなで大きい宴をしようよ」
「そうだね、それまではどんなクエストでもこなしてやるんだから!」
「私もがんばる……!」
こうして、馬車は未来へ向かい走り出す。まだまだ冒険は終わらない。
カイルの小枝が、ライナの剣が、エレーナの杖が、それぞれの想いを繋ぎ、世界を広く駆け巡るのだ。彼らは何度でも立ち上がり、助け合い、笑い合う。
その先には、きっとさらなる“新たな冒険”と出会いが待っているに違いない。




