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第9章:闇の神殿と最終決戦(2)

 神殿の奥へと続く回廊を抜け、祭壇のような広間に踏み込んだとき、三人は背筋を凍らせるような大きな闇のうねりを感じた。

 そこには、巨大な円形の祭壇があり、闇魔術の紋章が床いっぱいに描かれている。

 しかも、その中央に鎖で拘束された高位神官らしき人物たちがうずくまっていた。

 血と闇のオーラにまみれ、息も絶え絶えだ。


「エレーナ、あれって……!」

「教団の方々……! まさか、儀式の生贄にされるなんて……」


 エレーナは絶句する。

 ライナの眉間には怒りの炎が宿る。

 そして、そこに――不敵な笑みを浮かべながら悠然と立つ黒鎧の男。

 言うまでもなく、暗黒騎士ルシアス・ヴァルトールである。


「よく来たな……」


 ルシアスは大剣を肩に乗せ、その漆黒の鎧から闇のオーラを発散させている。

 周囲には数体の精鋭らしき暗黒騎士が控え、祭壇の後方では数人のローブ姿が何やら呪文を唱えている。

 儀式の最終段階なのか、空気が歪むように黒い靄が渦巻いていた。


「ルシアス、教団の人たちを解放しろ! これ以上の暴虐は許さない……!」


 エレーナが振り絞るように声を上げる。

 だが、ルシアスはせせら笑うだけだ。


「彼らは力を抽出するための媒介に過ぎん。おとなしく闇に身を捧げてくれれば、それでよい。神官とはいえ、所詮は下等な人間……貴様らも同じ運命になるだけだがな」


 ライナは煮えたぎる怒りを抑えきれず、剣を振りかざして突撃しかける。

 カイルが慌てて「落ち着いて、三人で合わせないと……」と制止の声をかけるが、ルシアスはその隙を逃さず、闇の一撃を放ってくる。


「飛んで行け……!」


 闇の斬撃は空間を切り裂き、ライナをかすめて石壁を破砕した。

 爆音と共に埃が舞い、ライナはギリギリで回避するも、その衝撃波だけで体が吹き飛びそうになる。


「くっ……! やっぱり化け物級の力……!」


 ライナは悔しそうに歯を食いしばりながら体勢を立て直す。

 カイルは小枝を掲げ、意識をエレーナとリンクさせる。


「エレーナ、頼む……ライナの動きをサポートして!」

「ええ!」


 エレーナの回復と強化の光がライナを包み込み、同時にカイルは小枝に魔力を集中し、ライナの剣技を増幅しようとする。

 心を合わせる――迷宮の試練で学んだやり方だ。


(ライナと一緒に戦う。エレーナが後ろで支えてくれている。絶対にブレちゃだめだ……!)


 カイルは必死に感覚を研ぎ澄ませる。

 すると、小枝が薄い金色の輝きを放ち、ライナの剣にも同調した光が宿る。


 ルシアスが不気味な笑みを浮かべ、大剣を振るう。

 闇のオーラが刃と一体化し、波動のように広がってくる。

 しかし今回は、ライナが怯まず斬り込んだ。


「はあぁっ……!!」


 剣と大剣が激突し、凄まじい金属音が鳴り響く。

 前回の戦いでは歯が立たなかったライナの剣が、ほんの僅かとはいえルシアスの力を受け止めている。

 相変わらず重い衝撃が襲ってくるが、カイルの増幅が背中を押すように剣を支えてくれる。


「少しは強くなったか……」


 ルシアスは肩を震わせて嗤う。

 そして猛然と闇の衝撃波をぶつけ、ライナの体を斜めに弾き飛ばそうとする。


「ライナ……っ!」


 カイルは叫びながら小枝を振り、さらに増幅のイメージを高める。

 するとライナの剣が光を帯び、闇の波動をほんのわずかに受け流すようにして耐えきった。

 彼女は床を滑りながらもバランスを崩さず、再び踏み込む。


「もう、あんたには好き勝手させない……!」


 一方、エレーナは祭壇に囚われた神官たちを救おうと近づこうとするが、暗黒騎士が阻むように立ち塞がる。


「くっ……通してください……!」


 後衛タイプのエレーナにとって近接戦闘は厳しい。

 だが、ここで見捨てるわけにはいかない。

 杖から放つ浄化の光で暗黒騎士を牽制し、必死に距離を取りながら進んでいく。

 二体、三体と敵が寄ってきて、彼女を取り囲もうとする。


「エレーナっ……!」


 カイルはライナとの連携を続けながら、側面から暗黒騎士の一体へナイフを投げつけて注意を逸らす。

 だが、さすがに余裕はない。

 ルシアスの圧迫感が尋常ではないからだ。


 ルシアスの闇オーラは、一合ごとに増しているかのように感じられる。

 ライナとカイルがどれほど頑張っても、その防壁を突破するのは容易ではない。

 徐々にライナの体力が削られ、カイルも気力を消耗してくる。


 さらに、祭壇後方の闇魔術師らが儀式の詠唱を高め始める。

 黒い霧が渦巻き、床の紋様が赤黒く輝き出す。


「このままじゃ、儀式が……! まずい……止めないと……!」


 カイルが焦燥感を露わにするが、ルシアスはそれを見透かしたように邪悪な笑みを浮かべる。


「ふふふ、もう遅い。儀式は終わる。そのとき、お前たちも生け贄として捧げてやろう……!」


 次の瞬間、ルシアスの鎧が黒紫のオーラに包まれた。

 まさに『魔人化』の力を解放しているのだろう。

 筋肉が膨れ上がり、大剣から漆黒の稲妻のような余波が散る。


「くっ……さっきより何倍も強力になってる……!」


 ライナは目を見開き、剣を突き出すが、ルシアスは一瞬で間合いを詰め、そのままライナを弾き飛ばしてしまう。

 床に激突したライナが呻き、カイルは駆け寄りたいが、ルシアスの圧倒的な威圧感に足がすくむ。


「さあ、終わりだ……」


 ルシアスが振り上げた大剣が、凶悪な闇の奔流を帯びてカイルへ襲いかかる。

 まるで空間が裂かれるかのような剣圧。

 カイルは今にも意識が白黒に弾けそうな恐怖を感じるが、歯を食いしばって小枝を掲げる。


(ここで逃げたら何も変わらない……! ライナもエレーナも守れないまま、破滅だ……! 頼む!)


 そのとき、カイルの背後から光の奔流が差し込んだ。

 見れば、床に倒れていたライナが必死に立ち上がり、エレーナも囚われた神官たちへの呪縛を一部解きながら、こちらへ集中の祈りを捧げている。


「カイル……一緒に……!」

「あなたは……一人じゃないわ……!」


 二人の声が重なり、カイルの胸に突き刺さる。

 痛いほどの想い。

 互いを信じ合う感情が、小枝へと直接流れ込んでくるかのようだ。


(ライナ、エレーナ……俺たち三人なら……!)


 カイルの瞳がきらめき、同時に小枝が真昼の太陽のような光を放つ。

 三人の心が共鳴し合い、一瞬だけ呼吸がぴたりと合致する感覚がある。

 ライナは剣を握り直し、エレーナは全力の回復と浄化魔法を同時にチャージする。

 そしてカイルは小枝の先端をルシアスへ向け、仲間の力を『合奏』のように束ねるイメージを集中させた。


「うおおおぉぉっ……!」


 三人が同時に吼えるように力を放出すると、ライナの剣が金色の閃光を纏い、一瞬でルシアスの大剣を弾き飛ばす。

 ルシアスは衝撃に目を見開き、体勢を崩した隙を突いて、エレーナの浄化の光が闇オーラを削ぎ取るように降り注ぐ。


「がああぁっ……何だ、この力は……!」


 ルシアスは初めて見る明確な動揺を見せる。

 闇オーラが浄化されるたびに激しい火花が散り、黒紫の稲妻が神殿の天井を貫いて瓦礫を落とした。

 騎士団の残党が悲鳴を上げて散る中、カイルたちはさらに一歩踏み込んで『最終』の一撃に挑む。


「ライナ……合わせるよ!」

「分かってる!」


 ライナが全力の斬撃に意識を集中し、カイルは小枝でその攻撃を増幅せる。

 エレーナが後方から魔力を送り込み、刃に聖なる光を宿す。

 まるで三人の行動がひとつの楽器となって交響するように、金の閃光が大剣を砕き、黒鎧を裂く。


「ぐはっ……!」


 ルシアスの絶叫が響く。

 彼の鎧が崩壊した箇所から血が噴き出し、闇のオーラが乱れ飛ぶ。

 先ほどまで圧倒的だった力が揺らぎ、魔人化の制御が崩れかけている。


「もう一押し……いくわよ、カイル!」


 ライナが咆哮しながら剣を返す。

 カイルは小枝を限界まで振り上げ、エレーナも駆け寄って最後の浄化を込める。


「オーレリアがくれたこの力で、みんなの想いを込めて……終わりにする!」


 三人の声が重なり、大気が震えるほどの金色の奔流が神殿を満たす。

 ルシアスはその光に呑まれ、闇オーラが吹き飛ばされるように剥がれ落ちた。

 宙を舞う黒い欠片――彼の鎧の破片――がぶつかり合い、床に散らばる。

 あのルシアスが膝をつき、苦悶の声を上げている。

 大剣もすでに破砕され、彼の力の源である闇オーラが途絶えかけていた。


「…………っ……!」


 かろうじて声を発しようとしたルシアスだが、血で咽せて言葉にならない。

 自分が絶対であると信じて疑わなかった男の瞳が、今は困惑と絶望に揺れているかのようだ。


「これが……お前たちの……力、だと……?」


 その独白は、悔しさと驚きが入り混じったものだった。

 闇の勢力を率いてきた男が、このまま終わるのか――。

 ライナは止めを刺すべきか躊躇するが、次の瞬間、神殿全体が揺れ出し、床の紋様が赤黒い光を放ち始める。


「まずい……」


 エレーナが青ざめた顔で床を見下ろす。

 数人の闇魔術師たちが崩れ落ち、「もう……間に合わない……」と呟いている。

 どうやら儀式が不完全なまま暴走しているらしい。


「カイル、早くここを出よう! このままじゃ巻き込まれるわ!」


 ライナが叫び、エレーナは神官たちを救出するために駆け寄る。

 カイルも小枝を手に、ルシアスへ視線を戻した。


「ルシアス……俺たちは、これ以上あなたの暴虐を許さない。儀式はもう失敗だ。あなたの企みは終わりだよ」


 ルシアスは朽ち果てたように下を向いたまま、何か言おうとするが声にならない。

 やがて闇のオーラが完全に散り、彼の身体が力なく地面へ崩れ落ちた。


 カイルは、ほんのわずかな哀れみを抱きつつ、その背を見つめる。

 彼がそのまま絶命するのか、それともどこかで再び息を吹き返すのかは分からない。

 ただ、今のカイルたちに構っている余裕はない。

 神殿が崩壊を始めているのだから。


「急いで逃げよう! 生き残ってる神官たちを連れて!」


 ライナが手早く周囲を確認し、エレーナは回復魔法を使いながら神官たちをサポートする。

 カイルは後方警戒をしつつ、小枝が示す光の筋に従って安全な出口を捜す。

 黒い裂け目からマグマのような熱気が漂い、石柱が次々と倒れる。

 振り返ると、ルシアスの姿は瓦礫に埋もれて消えていた。

 結局、彼を助ける手立てもなければ、彼の野望を聞く機会もない――。


「ライナ、エレーナ、こっちだ! こっちから抜けられる!」


 カイルは崩壊する天井を避けながら神殿外へ突き進む。

 魔物たちは大半が儀式暴走の混乱に巻き込まれ、正気を失って徘徊するだけ。

 外では囮チームの冒険者が数名待機しており、瀕死の神官たちを受け取ってくれる。


 そして、最後の衝撃音とともに、神殿は大きく陥没するように崩れ落ちた。

 地響きが森全体を揺るがし、黒い煙が空へ昇る。

 カイルは地面に膝をついたまま、肺がちぎれそうなほど息を乱し、ライナとエレーナの無事を確認した。


「……みんな……生きてる……?」

「うん……大丈夫……」

「あっちの神官たちも、冒険者のみんなが何とか救護してくれてるわ……」


 闇の神殿は崩壊し、儀式は未完に終わった。

 ルシアスの姿は瓦礫の下へと消え、暗黒騎士たちも壊滅的な被害を受けた。

 完全に『闇が滅んだ』とは言えないが、今この場における最大の脅威は取り除かれたのだ。


 カイルは小枝を握る手を震わせながら、涙が込み上げてくるのを抑えられなかった。

 ガレスの仇、王都での大敗、そして賢者の試練――さまざまな苦難を乗り越え、やっとここまで来たのだ。

 ライナは肩を貸し合い、エレーナも安心したように微笑みを返す。


「よくやったわ、カイル……ライナ……」

「私たち、絶対負けないって思ってたから……!」


 三人は互いの手を取り合い、壊れかけの石畳に座り込んでしばし動けなくなる。

 外では仲間の冒険者が続々と駆け寄り、祝福や安堵の声が交錯する。

 死傷者こそ出たが、最悪の事態――闇の儀式の完成――は防げたのだ。


 ◇◇◇


 こうして、闇の神殿での最終決戦は終わった。

 ルシアスという絶対的脅威は瓦礫の下へ消え、闇教団の企みも未完のまま潰えた。

 しかし、まだ完全な平和が訪れたわけではない。

 王都の政治的混乱や教団内部の粛清、闇の残党の行方など、問題は山積みだ。

 それでもカイルたちは勝利を掴んだ。

 この苦い戦いを経て、小枝に秘められた『仲間との融合』は一層揺るぎない力となったのだ。


 遠くで聞こえる仲間の歓声や泣き声に包まれながら、カイルはそっと空を仰ぐ。

 ライナとエレーナが隣にいてくれる温かさを感じながら、思う。


「まだ旅は続く。ガレスに良い報告をしなきゃ。そしていつかは、もし生きているならルシアスと再会するのかもしれない。そのときは……でも、今は……少しだけ、休ませてほしい……」


 疲労が限界に達したカイルの身体が傾き、ライナとエレーナが慌てて支える。

 互いに顔を見合わせ、やがて三人は微笑み合う。


「そうね。私たち、よく頑張ったもの……」

「エレーナの回復でも無理よ。しばらくぐっすり眠らないと」


 仲間の温もりを最後に感じながら、カイルはゆっくりと意識を手放した。

 崩れ落ちた神殿の廃墟の上で、三人の心には、確かな達成感と安堵が流れている――。


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