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第9章:闇の神殿と最終決戦(1)

 灼熱の陽射しが大地を焦がす午後、カイルたちは再び王都に戻ってきていた。

 賢者オーレリアからの試練を乗り越えてから約半月。

 体を休め、ガレスの容体を見守りつつ、小枝の力を少しずつ磨き上げていた彼らだったが、状況は一刻を争う段階に突入していた。


 ――闇の騎士団が、ついに『儀式』を完遂させようとしている。

 そんな凶報が、冒険者ギルドや教団内部の良識派から流れ始めたのだ。

 ルシアスの手勢が各地で暗躍し、一部の高位神官も行方不明になっているという。

 さらに、王城は前回の襲撃の影響で混乱が収まらず、騎士団は十分な指揮を執れないまま。

 各派閥がバラバラに動き、まるで闇勢力にとって願ってもない好機が到来しているかのようだった。


 カイルたちがいるギルドの作戦室には、冒険者たちが十数名ほど集まっている。

 ガレスのいない今、彼らが話し合いの中心にならざるを得ない。

 カイルは古びた地図の上に指を置き、神経質に説明を繰り返す。


「ここが『闇の神殿』と呼ばれる遺跡の位置です。辺境をさらに北東へ進んだ場所で、昔は封印が施されていたらしい。でも、最近になって封印が弱まり、教団の一部が乗っ取られている可能性が高いと……」

「闇の儀式が完成しちまったら、マズいことになんのか?」


 無骨な鎧を纏った戦士が問いかけると、エレーナはやや緊張した口調で頷く。


「ええ……儀式では、闇の神の力を呼び起こし、人間を『魔人化』してしまう可能性があると聞きます。それがルシアスの求める進化……つまり、人知を超えた破壊力を持つ軍団を生み出す手段かもしれません」

「魔人化……確かにルシアスは、すでにあれほどの力を持っていた。もし彼がさらに大軍を率いれば、王都どころか、この国全土が制圧されるかもしれない……」


 ライナは憤懣やるかたない表情で地図を睨む。

 彼女にとって、ガレスを傷つけたルシアスへの怒りは依然として消えないし、大切な仲間を守るためにも、この儀式は何としてでも止めなければならない。

 集まった冒険者たちは、「騎士団の応援は期待できないか?」「貴族の後ろ盾は?」と次々に質問を投げかけるが、答えは芳しくない。


 貴族は政治闘争に忙しく、闇の勢力との戦闘に積極的に参加しようとする者はごく一部。

 騎士団も上層部が利権争いをしており、統制を回復できていない。


 結局、闇の神殿へ向かうのは、ギルドが召集できた冒険者たちだけになりそうだった。

 そうはいっても、かなりの人数が集まったとはいえ、あのルシアスとその部下を相手にするには心許ない。

 ふと、戦士が心配げに声を低める。


「本気で闇の神殿に突入するのか? お前たちが探していた『賢者オーレリア』とやらの力はどこまで通用するんだ?」


 カイルは小枝を握りしめ、意を決して答える。


「オーレリアさんからもらった力はまだ完全じゃありません。でも、俺たち三人なら……仲間と力を合わせれば、ルシアスにも対抗できるかもしれない。もちろん、皆さんの協力が必要です。正面突破だけじゃなく、偵察や囮も含めて作戦を立てましょう」


 どこか頼りない響きではあったが、ライナやエレーナの決意を帯びた眼差しが、それを後押しする。

 二人がカイルの言葉に強く頷き、冒険者たちを見回すと、やがて数名が「分かった、やるしかないな」と覚悟を決めてくれた。


 ――こうして、カイルたちを先導とした少数精鋭の『神殿突入部隊』が編成されることになったのである。


 ◇◇◇


 数日後、冒険者パーティは北東へ向けて出立した。

 途中の村や街を経由して情報を集めると、やはりルシアスを名乗る黒鎧の男や、闇の騎士団らしき装備を着た者たちが神殿周辺で目撃されているという。


 さらに、教団の高位神官を乗せた馬車が密かに通過したとの噂も耳にする。

 それらの情報を総合するに、どうやら儀式の準備はすでに最終段階に入っている可能性が高い。

 ルシアスが闇の神殿の奥で『邪悪な力』を増幅し、最終的には『魔人化』の兵団を創り上げる――それが事実なら、猶予はほとんど残されていない。


 道中、カイルは小枝の力に慣れるための修練を欠かさず行っていた。

 ライナが剣を振るうとき、エレーナが回復魔法を唱えるとき、そのタイミングに合わせて増幅や融合を試す。

 いまだ試行錯誤の段階だが、以前と比べて明らかに手応えがある。


「わ……剣が軽いというか、動きが滑らかに繋がる……!」


 ライナは木剣で素振りをしながら目を輝かせる。

 小枝が発する光は淡いが、確かな脈動が手元に伝わるようだ。

 エレーナも「同じイメージを共有すれば、癒しの力が一気に増す気がする」と驚きつつも、自然と笑顔がこぼれる。


 ただし、あくまで三人が『共感』を持ち、同じタイミングで意志を重ねることが条件。

 別々のことを考えていれば力は発揮されず、気持ちが乱れていれば互いに干渉し合ってかえって不調になる。

 まさに『一心同体』が求められる、難易度の高い能力だった。


 やがて、連なる山々の合間に、うっそうとした森が現れる。

 人里離れたその地帯こそ、闇の神殿への最終ルートだという。

 周囲には魔物が多く潜み、さらに闇の騎士団の斥候が巡回しているという噂もある。

 ここを越えた先に、問題の『神殿』が鎮座しているのだ。


 ◇◇◇


 森を抜け、半日ほど経ったころ、一行はついに闇の神殿の外郭らしき建造物に辿り着いた。

 湿気を帯びた空気が重苦しく、あちこちから不気味な呻き声がこだましている。

 近辺の魔物も、邪悪な力に呼応して凶暴化しているのかもしれない。


 冒険者たちは身を潜めながら、まずは周囲の偵察を行う。

 すると、大理石の柱が崩れた回廊の奥に、巨大な扉が見える。

 その扉には陰鬱な紋様が刻まれ、闇魔術の結界がうっすら漂っているようだ。


「ここが……闇の神殿、か」


 ライナは唾を飲み込み、剣の柄を握り締める。

 エレーナは緊張のあまり、息が荒くなるのを抑えきれない。

 カイルも背筋が冷たくなるのを感じていた。


 作戦は二手に分かれ、正面から囮になって騒ぎを起こすチームと、カイルたちが中心となって神殿奥へと突入するチームを用意することになった。

 囮チームは暗黒騎士や魔物を引きつける役目を担い、カイルたちはルシアスが居ると目される『深部』へ一気に突撃して儀式を阻止する。

 冒険者仲間の一人、斧使いの男がカイルの肩を叩いて言う。


「お前たちが要なんだ。くれぐれも生きて帰れよ。俺たちも闇雲に死にに行くわけじゃないからな」

「ええ、ありがとうございます。皆さんも、無理はしないでください」


 カイルは決意を込めて頷き返し、エレーナとライナに目配せする。

 小枝が僅かに光を帯びたように感じられ、三人は互いの目を見合って呼吸を合わせた。


 ◇◇◇


 囮チームの合図とともに、遠くから爆音と叫び声が聞こえてくる。

 魔物や暗黒騎士の一部がそちらに引き寄せられ、神殿入口の守備が手薄になった。

 カイルたちはその隙を突いて正面扉へ走る。


「急ごう! このドアをこじ開けて、内部へ!」


 ライナが剣で扉の縁を叩き、エレーナが神官術で結界を緩めようとする。

 カイルは小枝を構え、二人の動きに合わせて増幅のイメージを送る。


「共感、共感……一緒に! 今だ!」


 すると、薄い光の残滓が三人を包み込み、ライナの斬撃とエレーナの解呪が同時に力を増して扉を破壊――まではいかないが、大きく破損させることに成功する。

 そこを無理やりこじ開け、神殿内部へ滑り込むように突入した。

 内部は薄暗く、湿った空気に満ちている。

 壁一面に描かれた闇魔術の紋様が禍々しく輝き、床には何か液体が染みついたような痕跡がある。

 エレーナは一瞬足が竦むが、ライナが手を握って気持ちを繋ぐ。

 カイルも小枝をかざし、周囲に警戒を怠らない。


「闇の儀式が行われている場所は、さらに奥だと思う……気をつけて進もう」


 カイルの言葉に、ライナとエレーナが深く頷く。

 そのとき、薄闇の中から複数の魔物が甲高い声を上げながら出現した。

 下級のデーモンやアンデッドに類する存在だろうか。

 さらに、暗黒騎士の下級兵らしき者も加わり、こちらを取り囲もうとする。


「来る……!」


 ライナが剣を振りかざし、瞬時に前衛を担う。

 エレーナは後衛から回復と支援魔法を準備する。

 カイルは増幅と融合に気を配りながら、ナイフを抜いて援護に回る。


 複数の魔物が一気に飛び掛かってくるが、ライナの剣筋がこれまでにない鋭さでそれらを蹴散らす。

 カイルも小枝の力でライナをサポートし、魔物の攻撃を受け流すように立ち回る。

 エレーナの光がライナの疲労を癒し、攻撃の合間にはカイルにまで回復を回す。


 複数の敵相手にも、三人が同時に意識を合わせれば短期決戦が可能になっていた。

 かつてはルシアス相手に手も足も出なかったが、『賢者の試練』を経て彼らの連携は格段に向上している。


「やった……この調子なら、何とか奥まで行けそう……!」


 ライナが息を切らしながらも笑みを浮かべる。

 エレーナも「ええ、まだ余力はあるわ」と呟き、カイルは緊張の糸をわずかに緩めながら周囲を見渡す。

 だが、その先に横たわる通路はさらに暗く、底知れぬ気配が漂っていたのだった。


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