第7章:仲間との再起・小枝の可能性(2)
ガレスがいる医療施設に泊まり込みで看病するエレーナとは別に、カイルとライナはギルド関係者の助言を得ながら、次なる行動を模索していた。
ルシアスに勝つ手立てを探すというよりも、まずは自分たちが使える力を高めねばならない。その一環で、カイルはギルドが管理する小規模の魔術研究室を借りる手続きを進める。
夜遅く、カイルが小枝を手に魔力の流れを調べようとしていると、部屋の扉が不意に開いた。
現れたのは金髪をオールバックにまとめ、高級ローブをまとった青年――リシャール・アストールだった。
「貴様、こんな所で一体何をしている?」
「リ、リシャール!? どうしてここに……?」
カイルはあからさまに驚き、思わず小枝を背中に隠しそうになるが、リシャールは冷ややかな目つきで部屋を見渡すと、呆れたようにため息をついた。
「俺は魔術院の研究員として、ギルドの研究室を時折使わせてもらっている。まさか、平民の貴様が同じ場所を借りているとはな……」
リシャールの口調は依然として高慢だが、その表情にはかすかな疲労が伺えた。
ルシアス襲撃の後、魔術院側でもかなりの混乱と調査が行われており、彼自身も多忙を極めているのだろう。
「で、貴様は何をしようとしている? その小枝の力でも分析しようというのか?」
リシャールは壁に背を預け、腕を組む。
カイルは口ごもりながらも正直に答える。
「そうだよ……今のままじゃ使いこなせないし、ルシアスを倒すには何か方法を見つけなきゃならないから。試しているだけで、ちゃんと研究なんてできるわけじゃないけど……」
すると、リシャールは微かに眉をひそめ、床を踏み鳴らすように近づいてきた。
「見せてみろ」
「え……でも……」
リシャールは鼻で笑う。
「ふん、俺が興味あるのは、その枝の魔力構造だ。初めて見たときから気になっていた。闇の騎士団もそうだが、謎めいた魔術物品を放置しておくのは気にくわない。まして貴様がヘマをして、暴走させられでもしたら余計な問題が起こる」
ずいぶんと回りくどい言い方だが、要するにリシャールはカイルが小枝の力で大失敗するのを防ぎたい、もしくは興味本位で解析したいということなのだろう。
カイルは少し戸惑いつつも、小枝を差し出す。
リシャールはローブの懐から取り出した小さな道具――魔力の流れを視覚化する水晶のようなもの――を使い、枝にそっと触れながら呪文をつぶやく。
「なるほど。これは単なる『魔力の器』じゃない。様々な存在の魔力を汲み取り、複製・増幅する特性を持っているようだが、その根源は『共感』に近いな。使用者と対象の魔力がどれほど噛み合うか……」
「共感……?」
カイルは首を傾げる。リシャールは渋面を作りながら、苦々しい口調で続ける。
「いわば、お前が仲間の力を想い合い、そこに魔力を通したときに最大の効果が得られるということだ……気持ち悪い仕組みだな。魔術はもっと理知的で体系的なものだというのに、こんな曖昧な感情で力が増幅するとは……」
「感情……やっぱり、そうなんだ。ライナを守りたいって強く思ったときとか、そういうときに力が出た気がした」
リシャールは「ふん」と鼻を鳴らし、水晶片を懐に戻した。
「まぁ、所詮は邪道だ。貴族の誇りを持つ魔術師からすれば、そんな能力など不快でしかない。だが、ルシアスに勝つためには、頼らざるを得ないかもしれんな……」
「リシャール……もしかして手を貸してくれるのか?」
カイルが恐る恐る問うと、リシャールは目をそらして吐き捨てる。
「勘違いするな。俺はただ、自分の邪魔になる『闇の騎士』どもを排除したいだけだ。あいつらに王国を好き放題にされるのは面白くない。それから、お前が中途半端に暴走して周囲を巻き込むのは迷惑だから、少しでも使い方を学んでくれれば助かる……それだけだ」
表向きは棘のある言葉だが、その奥には『助力』の意思が見え隠れする。
魔術師として闇の力を放置できないプライドと、カイルの存在を単なる敵視だけでは測れなくなったという内面の変化。
カイルはその微妙な感情を察し、胸が温かくなるのを感じた。
リシャールは最後にもう一度、小枝を手に取って眺める。
「こいつに頼るだけでは駄目だ。お前自身がもっと強い意志を持ち、仲間を鼓舞するように魔力を循環させろ……ここまで言わせるなよ、馬鹿が」
そう言うと、カイルの手に枝を返し、無造作に部屋を出ようとする。
カイルは思わず背後から声をかけた。
「ありがとう、リシャール……何て言うか、あんたって本当はいいヤツなんだな」
「黙れ。俺を侮辱する気か」
リシャールはひどく嫌そうな顔をして、扉を乱暴に閉めた。
部屋にはシーンとした静寂が戻るが、カイルは思わず苦笑する。
口の悪い貴族魔術師は相変わらず高慢だが、どこか不器用な優しさが感じられた。
カイルは改めて小枝を見下ろす。
リシャールの分析を踏まえれば、仲間との『共感』――つまり、相手を思いやり、力を合わせるほど増幅が安定するのだろう。
森でライナを助けたときや、エレーナを守ろうとしたときに力が発動しやすかったのも頷ける。
「だからこそ、ルシアスみたいに圧倒的な『闇』を放つ相手には上手く働かないのかな……。仲間と気持ちを重ねられなきゃ意味がないってことか」
それはある意味で心強いが、同時に難しくもある。
仲間の誰かと気持ちがズレていれば、充分な増幅は期待できない。
ライナとのすれ違いや、エレーナの内面の悩み――それらを解決し、一丸となる必要があるのだ。
◇◇◇
翌日、カイルはリシャールから得たヒントをライナやエレーナにも伝え、今後の方針を相談することにした。
ちょうどガレスの容体が安定し、エレーナも一息つける時間ができたので、三人でギルドの休憩室に集まる。
実はガレスは意識こそ戻らないものの、うわ言のように「古代の賢者を探せ……」と呟いていると医療スタッフが教えてくれた。
かつて王国騎士団で古代遺跡の調査に携わった際、「賢者オーレリア」なる存在の伝承を聞いたのだという。
「古代の賢者……オーレリア……?」
エレーナはその名前に聞き覚えがあるようで、思案げな表情を浮かべる。
「昔、教団の古文献で読んだことがある。半神に近い存在で、世界の歴史の転換点に姿を現す『永遠の賢者』と呼ばれていたらしい……。本当に実在するかは分からないけど……」
ライナは目を輝かせて言う。
「でも、もしそんな人物が本当にいるなら、ルシアスに対抗する知恵や力を持ってるかもしれないってことでしょ? ガレスさんがうわ言でも言うくらいだし、何かヒントになるんじゃない?」
カイルも頷き、「リシャールの言ってた通り、今の俺たちじゃ何も変わらない。だったら、少しでも可能性を探してみるべきだろう」と決意を固める。
ガレスの助言が事実ならば、オーレリアと呼ばれる賢者を探す旅に出る価値があるはずだ。
◇◇◇
ギルドのカウンターで相談すると、受付係は少し驚いた様子で「賢者オーレリアですか……? そういえば、各地の古代遺跡や伝承にまつわる噂が絶えませんね。南方の山岳地帯に封印された神殿があるとか、東の砂漠に『時の神殿』と呼ばれる遺跡があるとか……実際どこに現れるかは謎だそうですよ」と情報を提供してくれた。
「行き先は複数あるのか……どこから当たればいいんだろ?」
ライナが困惑する。
すると、受付係は地図を取り出しながら助言をくれる。
「最も可能性が高いと言われるのは、王都から北西に一週間ほど行った先の、巨大な『古代図書館跡』です。数年前、そこで不思議な現象が観測されたっていう報告があったんですよ。賢者らしき人影を見たという冒険者もいたとか……」
「北西……確か、険しい山道と深い森が続く地域よね。魔物も多いって聞くけど……」
ライナは地図を睨みつつ唸る。
危険な道程は避けられないが、ルシアスに対抗する術を得るにはやむを得ない。
結局、パーティは「ガレスが回復するまで、最低限の準備を整えてから『古代図書館跡』を目指そう」という結論に至る。
エレーナは疲労を癒し、ライナは武具の修繕をし、カイルはリシャールから学んだ魔力循環のコツを実践する。
「次にルシアスが来たら、今度こそ逃げるんじゃなく、まともに立ち向かえる力を手にするんだ……」
カイルは小枝を握りしめ、強い決意を胸に抱く。
エレーナも、教団から狙われる身として腹を括り、ライナは仲間を守る剣士としての誇りを取り戻すべく、再び意気込む。
そして出発の日。
ギルドの冒険者仲間や医療スタッフが見送る中、カイルたちは医療施設の一室に立ち寄り、ベッドで眠るガレスに別れを告げる。
「ガレスさん、ありがとうございます。必ず、ルシアスに対抗できるようになって戻ってきますから……」
カイルがそう言うと、ガレスは意識こそ戻っていないものの、微かにまぶたが揺れるように見えた。
まるで彼らの声が届いているかのようだ。
◇◇◇
ギルドを出て馬車に乗り込む際、リリスやロデリックなどかつて共闘した面々とも顔を合わせるが、それぞれ別の依頼や生き方があるらしく、今回の旅には同行しない模様だ。
リリスが手を振りながら「気をつけてね~、危険な目に遭ったらすぐ戻っておいでよ。お金次第で助けてあげるから!」と声をかけ、ライナは苦笑する。
「ほんと、あなたは最後までちゃっかりしてるわね……でもありがとう、いずれ助けてもらうかもしれないわ」
ロデリックは相変わらず無口だが、別れ際に「……死ぬなよ」とだけ呟いてくれた。
ライナは微妙に戸惑いながらも「ええ、そっちもね」と返す。
そうして多くの仲間やギルド職員の見送りを受け、カイルたちは意気揚々と旅立つ……わけではなく、少なからぬ不安を抱えつつも馬車を走らせる。
「行こう、ライナ、エレーナ。必ず賢者オーレリアを探して、俺たちの力を高めよう」
「うん……頑張ろう、カイル」
「次は絶対に……負けないんだから」
馬車の車輪が石畳をコトコトと鳴らし、徐々に王都の喧騒を遠ざけていく。
ルシアスの影が遠のくわけではないが、今は一時でもエレーナを危険から離れさせる意味もある。
もしこの先に賢者オーレリアが本当に存在するなら――仲間との『共感』がさらに高まれば――ルシアスの暴虐を止める力を得られるかもしれない。
不安と希望の入り混じる胸の内を抱えながら、カイルたちは再起をかけた新たな冒険へと踏み出すのだった。




