第7章:仲間との再起・小枝の可能性(1)
暗黒騎士ルシアスの襲撃によって、王城は大混乱に陥り、カイルたちも深刻な負傷と精神的ダメージを負った。
しかし、絶望の只中で一筋の光が見えたのは、ギルド医療施設でのガレスの容体が安定したことだった。
深い傷を負って意識を失った彼の命は、医師やエレーナの回復魔法によってどうにか繋ぎ止められている。
回復には時間がかかるが、彼の身体が頑丈であったことと、エレーナの献身的な治療が功を奏し、最悪の事態は避けられそうだった。
◇◇◇
「まだ眠ってるのね……」
エレーナはベッドに横たわるガレスの枕元で、静かに呟く。
彼の額には包帯が巻かれ、胸から腹にかけても分厚い包帯で覆われている。
呼吸は浅いが、確かに生きている。
ライナは難しい表情で、その姿を見つめたまま拳を握りしめる。
「私たちがもっと強ければ……ガレスさんをこんな目に遭わせずに済んだかもしれないのに」
悔しさが滲む声に、カイルも唇を噛みしめた。
ルシアスとの圧倒的な力の差を見せつけられ、何もできなかった事実が、今なお胸を締め付ける。
「だけど、ガレスさんはきっと私たちを守ろうとしてくれたんだと思う。あの状況で助かったのは、ガレスさんが最後まで盾になってくれたから……」
カイルは小枝をそっと握りながら呟く。
自分の中の不甲斐なさと同時に、ガレスの『意志』を無駄にしないよう、ここで立ち止まるわけにはいかないと思っていた。
そこに、医療施設のスタッフが顔を出し、「一人ひとり順番に面会してください」と声をかける。
エレーナは「私が回復魔法をもう少し……」と申し出るが、スタッフは苦笑いで首を振る。
「あなたも相当疲れてるでしょ。休むときは休まないと倒れちゃうわよ。ガレスさんなら今は安定してるから大丈夫」
エレーナは渋々納得し、ライナとカイルと一緒に施設の一室へ移動する。
そこではギルド関係者や他の冒険者が何人も出入りしており、ケガの手当てや相談をしているようだった。
三人が待合室の椅子に腰を下ろすと、ふと見覚えのある少女が声をかけてきた。
黒髪ショートに革鎧――盗賊のリリス・ブライトハンドだ。
「久しぶり。大変だったみたいね、あんたたち」
リリスは相変わらず軽い口調だが、その瞳にはいつものちゃっかり屋とは違う、少し心配そうな色が混じっていた。
「リリス。どうしてここに?」
ライナが尋ねると、リリスは小さく肩をすくめる。
「王城が騒がしいって聞いてね。私もギルドに用事があったから覗きに来たら、この医療施設であんたたちが休んでるって聞いたのよ」
カイルは重い息をつきつつ、状況をかいつまんで説明する。
ガレスの負傷、ルシアスの凶暴さ、そして自分たちがいかに歯が立たなかったか。
リリスは顔をしかめて、「それは……気の毒に」と言葉少なに呟いた。
いつもなら金と報酬の話ばかりする彼女だが、さすがに事態の深刻さを理解しているようだ。
そんな彼女は少し考え込むようにしてから、ライナの目を見つめて言った。
「でもさ、あんたたちが死ななかったのは奇跡と言っていい。運がなかったわけじゃなくて、ある意味、まだツキがあるってことじゃない? 悪運が強いじゃない」
「悪運、ねぇ……」
ライナは苦笑しながら、でもリリスの言葉には力強い響きがあることに気づいた。
死なずに済んだ以上、まだ戦うことはできる。そう、簡単にはくじけられない――。
リリスは「ま、何かあったら呼んでよ。報酬さえ弾んでくれれば手を貸すからさ」といつもの調子で言い残すと去っていった。
ちゃっかり屋の盗賊らしい捨て台詞だが、不思議と温かさを感じる一瞬だった。
エレーナはガレスの容体を気にしつつも、医師の指示に従い休養を取ることになった。
回復魔法の使い過ぎで体力を消耗しきっていたのだ。
そこでライナとカイルは、気分転換も兼ねて医療施設の外へ出て夜風に当たることにした。
◇◇◇
夜の王都はいつもなら賑わいを見せるが、ルシアス襲撃の噂が広まったせいか、街路は妙に静まり返っている。
遠くで騎士団の巡回が行われているらしく、金属の触れ合う音が響くだけだ。
ライナは深く息をつき、腕をさすりながら口を開く。
「こんなに静かな王都、初めて見たかも。みんな怖がってるのかな。あのルシアスがまた出てくるんじゃないかって……」
カイルは頷きつつ、自分も恐怖を感じていることを認める。
次にルシアスと遭遇したらどうなるのか、想像すらしたくない。
それでも、立ち向かわなければ大切な人たちを守れないという思いが胸に渦巻く。
ふと、ライナが低い声で呟いた。
「ねえ、カイル。私……あのとき、心のどこかで、『カイルが小枝を使えばどうにかなるかも』って期待してたんだ」
「え……」
思わず息を呑むカイル。
ライナの言葉には責めるような響きはない。
しかし、その裏にある感情が痛いほど伝わってくる。
彼女は、カイルが『何かをしてくれる』と無意識に期待していたのだ。
幼馴染として、常に一緒にいて支え合ってきたが、戦闘力の面では自分がリードする立場だった。
そのライナが、今回ばかりは『カイルが逆転してくれる』可能性にすがっていた。
「でも、結局……私たちじゃ何もできなかった。ガレスさんがあんなに傷ついて、私もエレーナも……どうすることもできなかった」
ライナの瞳には悔しさがにじんでいる。
「だからって、カイルを責める気はないよ。あんたはあんたで、必死にやってたんだもの。でも……その、私、すごく情けないんだ。幼い頃から『自分は強くなる』って言い続けてきたのに……いざ本当に守りたいときに守れなかった……」
そう吐露すると、ライナは顔を俯けたまま、かすかに唇を震わせる。
カイルは何と答えればいいか分からない。
小枝の力を使いこなせないまま、ルシアスには太刀打ちできなかった。
自分の弱さを思い知っているのは、ライナと同じだ。
「でも、俺だって……ライナがいなかったら、とっくに命を落としてたかもしれない。ライナが盾になってくれたおかげでエレーナも助かったし、ガレスさんだってきっと……」
言葉にならない思いが詰まっている。
ライナはぐっと拳を握り、涙をこぼすまいと空を仰ぐ。
「私……カイルが『大事』なの。幼馴染としてずっと一緒だったし、でもそれ以上に……わ、わかんない! とにかく、あんたが傷つくの、すごく嫌なの! なのに守るどころか……ガレスさんに助けられてばっかりで……!」
ライナの吐き出した言葉には、明らかに恋愛感情が滲んでいた。
カイルもそれを感じ取って胸が熱くなるが、どう答えていいのか分からない。
彼もまた、ライナを大切に思う気持ちは確かにある。
だが、エレーナのことも守らねばならない、という強い義務感がカイルの心を複雑にしている。
「ライナ……ありがとう。気持ちは、すごく嬉しいよ。俺も、ライナのことが大切だし、エレーナも……守りたい人がいるから頑張れる。だから……きっと、これから俺たちが強くなれば、ルシアスにだって……」
「そう……だね。私も頑張る。いつか絶対リベンジするんだから……」
ライナは歯を食いしばりながら微かに微笑む。
どこかぎこちない空気が流れるが、二人の間にある絆は確かだ。
それでも、その想いが完全に重なるには、まだ何かが足りない――そんな違和感がカイルの胸に残るのだった。




