天敵
四人は川に架かった橋を渡った。
「どうかなさいましたか?」
トワが後ろを振り返って動きを止めた。イヴも振り返る。雨雲はいつの間にかどこかへ行ってしまっていた。
「なにあれ...」
ふたりの少し後ろを歩いていた邑師のニパが呟いた。
たった今登ってきた道の真ん中。橋から離れたところに細長い棒のような人影が立っているのが見える。
「ファプカーマですね」
イヴが答える。
「...苦手なんだ」
トワが呟いて辺りを見回す。
木を見つけて注意深くその根元に腰を下ろす。イヴも同じようにしてニパとクムにも促す。2人が従いながら振り返るとその動きに合わせて影は一定の距離を保ったまま滑るように近づいてきた。4人は座ったままじっと待つ。
「雨のほうがマシだったか」
トワがかばんから本を取り出して開く。
ふと顔を上げて呟く。
「ひょっとしたらあいつもおかしくなってたりしないだろうか。すぐに終わったり」
「逆もありえますよそれ」
イヴが呟きを返すと再び視線を落とした。
小さな舌打ちがイヴには聞こえた。
ファプカーマは少し離れたところにじっと立っている。
しばらくしてファプカーマがゆっくりと近づいて来る。トワはまだ本を読んでいる。他の2人の反応をイヴが止める。
座っている4人の目の前まで来たところで突然消えた。
驚いて2人が見ると、まださっきと同じところにファプカーマはいる。
近づいては消える。それを繰り返して、何度目かに近づいてきたとき、目の前までくるのを待ってトワがいきなり立ち上がる。
ファプカーマを殴り飛ばしてため息をついて荷物をまとめる。
「遅くなりそうだ」
イヴが続き、2人も慌てて立ち上がってついて行く。
「さっきの魔物はファプカーマといいます」
「聞いたことあるようなないような」
「かなり珍しいんですよ。遭遇することもそうですが、性質も変わっています」
トワの後ろを3人は話しながら歩く。
「幻術を使うんです」
「魔物がですか?」
イヴが頷く。
「音を立てないので、気づいたら後ろにいます。近づきすぎないようにしたままついてきて、幻術で迷わせてきます」
「魔物にしてはずいぶんと回りくどいことをするな」
「そうですね。もし出会ってしまったら、というよりつけられていることに気づいたら、何かを背にしておとなしくしているのが一番いいでしょう」
「ああそれで」
「はい。そのまま向こうから近づいて来るのを待つしかありません。飛び道具でもあれば別かもしれませんが。近づいて来る前も幻を見せて様子を見てきます」
「...知性があるのか?」
「どうでしょう。魔物は知性を持たないというのが定説のようですけど。師匠は前に半日粘られたって言っていました」
「「...」」
「師匠はああ見えて意外と短気なので」
少し声を落とす。
「幻術を使う魔物は珍しいですから、昔はいろんな説があったみたいですよ。行方不明者は幻を見て心を病んで死んでしまったとか」
「その話は聞いたことがある気がします」
「一応こんな形でも対策は発見されているので、それを知っていればそこまで怖いものではないようですよ。...まあ近づいてきた後に一撃で仕留められなければまたやり直しらしいですけど」
「「...」」
さっき当たり前のようにふっとばして確認すらしなかった人間がいる。
「逆に最近は知られていないんですかね」
「...恥ずかしながら、勉強をサボっていまして」
「俺もだ。しかし、詳しいんだな」
クムに言われてイヴが笑う。
「ええ、まあ。もうずいぶん長く旅をしていますから」
「...今回は本当に助けられた」
「本当に。お二人がいなかったらと考えると、恐ろしいです」
「...お前邑師だろ」
「なんでしょう。なにか聞こえる」