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永遠の欠片  作者: 匹々
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亡霊の詩

まるでそこにいるのが当たり前のように、自然に正面の席に座った。ほかに第三者がいたら、俺たちは待ち合わせをしていた知り合いに見えただろう。

「ほかに10も空いた席があるのにどうしてここを選んだ」

二人掛けのテーブルの向かいでそいつは店内を見回してから答えた。

「8席ですよ」

どうでもいい。


「また会いましたね」

全身を覆う真白の外套。たしか今朝港をでるときチックを借りた。遠慮のない動きが妙に印象に残っていた。仮面を着けていて顔は全く見えない。

「...なにも頼まないのか」

そこで初めて気づいたようにメニューを手に取る。その様子を見るともなしに見ながら訊ねる。

「...また会ったって、碌な会話もしてない相手の顔をいちいち覚えてるのか」

別に目立つようなこともしていなかったと思うが。

「そうでもないですよ」

答えて、メニューをテーブルに置く。何か注文する気はないらしかった。

「連れは」

「さっき別れました」

「...何しに来た」

港から街道を外れて少し上った丘にある小さな町の端の小さな宿の食堂の隅の席。

「これからどこへ行きますか」

「...別にどこも」

もともとこれといって目的があったわけではない。期待していなかったわけでもないが。

「では同行を依頼します」

「...お前は?」

「イトシュまで荷運びです。なのでそのあたりまでお願いしたいです」

正直意外ではある。だがということは。

「連れは邑師だったのか」

「そんなところですね。もともとウェムカフからここまでの契約でした」

雇われた護衛か。道理でこいつの奇行に始終翻弄されていたわけだ。少し気の毒。

まだまともに働けなかったころ、金に困ってすこしだけ邑師の手伝いをしていたことはある。それを誰かに言った覚えはないが。

「なんで俺に?下のディーファなんかに腕のいいやつがいたんじゃないのか」

邑師は個人どうしの商売になることが多い。それでもなにか組合みたいなものがあって、人手が不足しているという話は聞いたことがない。詳しくは知らないが。

「なんとなくです」

「...」

なんとなくこいつは真面目に相手するだけ無駄な気がした。

どうしようか。邑師は危険な分儲かる仕事だ。最近はその方向で危険な魔物が出たという話も聞かない。

「...なんて呼べばいい?」

「エルです」

変わった名だ。発音が難しい。


イトシュまではゆっくり行っても三日もかからない。

エルの意向によってその日のうちに出発した。理由は聞いたが意味が分からなかった。俺なんかは身が軽いからいいが荷物の多いやつはついてこれそうにないなと思った。


ムーフィに入るころ、さすがに我慢できずに訊いた。

「...お前そもそも一人でよかっただろ」

「お金ならちゃんと払いますよ」

声からして若干笑っている。

「別に文句があるわけじゃないが。雇う必要もないのになぜ雇った?」

訊きながら、正直答えが返ってくるとは思ってなかった。

「そのほうがいいと思ったからです」

相変わらず意味は分からなかった。

文句はない。今は特に金が欲しい。向こうからの申し出で楽して稼げるならむしろありがたい。

考えてみれば最初に護衛じゃなく同行を依頼すると言っていたか。まあいちいち考えていても疲れるだけだ。世界にはいろんなやつがいて、こういう仕事をしていれば変な客に会うこともあるだろう。大事なのは平常心。

つまらないことを思い出した気がしたが気のせいだろう。

「暇なので歩きながら鍛師の話でもしましょうか?」

危ないところだった。少しむせながら水筒の口をしっかり閉めてエルを見る。

「...いや、いい」

俺がそう答えたときにも顔をこちらに向けてすらいなかったが、かすかに頷いたように見えた。

「...どうして急に?」

そういえば車を引くロバを借りたのにずっとその横を歩いている。

何事にも程度というものがあるだろうに。


「食わないのか?」

食堂までついてきた割に何も頼もうとしない。

「お腹空いてないので」

なにか食ってるのを見た記憶がないが。ずっと仮面を外さないから表情がわからない。仮面自体はそこまで珍しいわけでもないが理由は様々だろう。

「お酒飲まないんですね」

「飲めない」

酒を勘定に入れなくていい分貧乏仲間よりは気が楽だ。その代わり酔っ払いの相手をする面倒はあるが。

「一人だけ正気でいると大変ですよ」

「...かもな」

酔っ払いがうらやましいと思ったことはないが。

その後エルは宿の待合室で見知らぬ旅人にいきなり挨拶もなしに話しかけて困惑されていた。

酔っ払いが可愛く思える。こういうのを素面の虎というのだろう。


イトシュが見えてきたところで次の標まででいいと言われた。

「...なにも起こらなかったな」

「運がよかっただけですよ」

提案を受けたときにこいつからは目を離さないほうがいいなどと考えていたのがばからしい。

なぜだか、普段なら言わないようなことを言ってしまった。

「それは?」

エルは坂を下り終えたところでわずかに踵を上げた。

再び戻して歩き出しながら答える。今までの軽い調子とは少し違う様子で、目線を上げた。

「おまじないみたいなものです。続けていると、やらないと落ち着かなくなってくるんですよね」

それはなんとなくだがわかる気がする。

思い返してみれば、ほかにもそういった見慣れない仕草をしていたような気がしないでもない。自然に、訊く気は起きなかった。

「では」

多分相場より多い礼を受け取ると、エルは短く礼を言って背を向けた。

「気をつけて」

一応声をかけたが、やはりエルが振り返ることはなかった。


少し暖かくなった気がした。

ふと、せっかくこっちまで来たのだから、ついでに工房に寄っていくのも悪くないかと思った。

小さな村を目指して木々のほとんどない山道を歩く。

日はすでに傾き始めているているというのに、どんどん暑くなる一方だった。

村について、初めて違和感を持った。

静かすぎる。

門を開けて入る。

誰もいない。もともと人の少ない村ではあったが、一人も見当たらない。

魔物の気配も痕跡もない。

すごく暑い。太陽はもう山の影に隠れようとしているのに、異常なほど暑い。

念のため呼びかけてみたが返事はない。もう一度大きく声をあげて返事がないのを確認してから額の汗を拭った。

陽が遮られた。

目を向けると、大きな丸い頭が見えた。それが上下に割れる。


気づいたときには俺だけが残されていた。

起き上がると、村の端の家屋が崩れていた。俺はただ道端に倒れていた。

わけがわからない。前触れなくいきなり現れて、消えた。

しばらく呆然としていた俺の耳に声が聞こえた。懐かしい笑顔が寄って来るのが見えた。

「...お前か」

「ひさしぶり」

日が沈みきるとさっきまでが嘘のように冷えた風が吹いた。

報告を受けて駆け付けた衛師に俺たちは事情を説明した。

奴を含めた村の者達は家の中にいて、ついさきほど目を覚ましたらしい。

「大丈夫なのか?」

「まあ」

怪我人はいなかったらしい。

俺たちの無事を確認して、人のよさそうな衛師は困惑しながら戻って行った。

「間がわるかったね」

「近くまで来ていて、話でもしようかと思って寄ったんだが。あれを見たのか」

「ああ、あれね。気づいたらねてた。...なんだったんだろうな」

「あれだけの大きさであの距離に近づかれるまで全く気付かなかったし、しかも全員ただ寝ただけで家すらたいした被害はなしか」

「どこにいったんだろうね」

正体は浮かんでいたものがあった。幼いころ、追っていた時期があった伝説。一緒に追っていたから多分二人とも気づいていただろう。

話しながら作業をする幼馴染の手は相変わらず似合わないほど武骨で、いかにも職人風だった。

村の柵が一部壊れていて、魔物が来るといけないからそこだけ急いで直した。その場に居合わせた罪で久しぶりに帰ってきた俺まで手伝わされた。


後で衛師に聞いたところによると、周りにそれらしきものは見当たらなかったとのこと。

嵐か?荒らしか

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