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星霜の片  作者: 匹々
22/22

恩罰連起異赦

両手を意味もなく動かしていたソナは笑ったまま顔を上げる。

歩いてきた二人組に笑顔で声をかける。

「こんにちは。旅人さん?」

「そんなところやな。向こうの村に泊まっとる」

深緑の衣に身を包んだ1人が答える。

「こんなところに何の用だい?」

「ここに妖怪が住みついとるって噂を聞いてな」

「へえ。僕はここは結構見て回ったつもりだけど、見たことがないな」

深緑は崩れかけた門を潜り、ソナのそばを通り過ぎる。

ソナはもう一人にも声をかける。

「君は?」

濃紫の布をまとった相手は、深緑の背中を見るだけで動こうとはしなかった。

「!」

広間の中心に向かって進んでいた深緑が突然宙に浮いた。放物線を描いて飛び、そのまま壁にぶつかる直前で何かが間に割って入った。

「不用心にもほどがあるわ…」

支えていた何かが引っ込むと、深緑は地面に転がった。

ソナは濃紫のほうを見る。

「あなたはここに住んでるの?」

「そうだよ」

「罠を張ってあるの?」

「そう。ここ」

ソナは先ほど深緑が引っかかった場所を示す。

「何も見えないんだけど。魔物相手の罠なら見えててもいいんじゃない?」

「そうかもね」

「そうまでして人を近寄らせたくないのはどうして?」

「僕は穏やかに暮らしたいんだよ。誰にも邪魔されたくないの」

「そう」

「僕は村では暮らせないから。可哀想でしょう?」

「わたしそれが欲しいの」

濃紫は広間の中央の台座を指す。

「それを貰ったらすぐに出ていくわ。そこのやつも連れて」

「駄目だよ。これは渡せない」

「どうして?」

「僕はこれを守るっていう約束でここに住んでるんだ」

「誰との約束?」

「傘さん。偉い人」

「その人にはわたしから話しておくわ」

「雨雲さん」

「その呼び方はやめて」

「どうしてそこまでこれが欲しいのかな」

「うるさい上司の命令でね。可哀想でしょう?」

「目的を詳しく教えてよ」

「いやよ」

「どうしてだい?」

「どうしてもよ」

瞬きしたとき、腕が伸びてきてソナの顔を覆いかける。ソナはその腕を切り落とした。

「知りたいな。教えてよ」

まだ5メートル以上離れている相手に向かって笑う。

「面倒だわ。おとなしくしててほしいんだけど」

相手の腕が切り口から生えてすぐに元通りになる。

「気持ち悪いね」

笑ったまま言う。

「そうね」

「君は人間なの?」

「ええ。こう見えても」

「あなた、人を殺したことは?」

「あるよ」

「何人?」

「3人だけど、それを知ってどうなるのかな。言っておくけど、全員僕を殺そうとしてきたから、仕方がなかったんだよ」

「そう」

相手の顔に向かって砂を投げつける。命中したが、特に効いた様子はなかった。

相手の背中から伸びてきた触手が足に絡もうとする。飛び退いてそれを躱したソナが腕を振ると触手の表面が線状に爆ぜた。

「あなたが持ってるそれは何?」

「僕の武器だよ」

「どうして見えないのかしら」

「さあ。知らない。最初からそうだったから」

連続で向かって来る触手を叩き落す。火花や霜が散った。

(効果なし。これも効果なし)

「…大したものね」

次々と向かって来る触手に、次第に視界が埋め尽くされる。

(キリがないな。微妙だったけど、最初の手応えが一番マシだったかな)

下がって、束になって向かってきた触手に巻き付ける。想像以上に硬い触手を蹴り上げて思い切り引き切る。

(切り離すともう動かないらしい)

続けて向かってきた触手に向かって振り下ろした手に、不自然な弾力を感じてすぐに引き戻す。

(危ない危ない。絡めとられるところだった。同じ手は通じないらしい)

触手は、武器があった場所を包み込むように形を変えていた。

(恐ろしいね。これだけの数あって、細かく操れるらしい。一人の人間にできることじゃない)

追い詰められないように移動しながら触手を迎え撃つ。隙間を窺うと、相手は顔色も変えずに攻撃を続けていた。

(…)

「ねえ触手さん」

ソナは逃げ続けながら声を投げた。

「君って苦手なものはあるの?」

「…あるわよ。わたしもこう見えて人間なの」

触手の隙間をすり抜けたソナはポケットから取り出したものを相手に向かって投げつけた。

「!」

その一瞬の隙に隠し持っていたナイフを、転がっていた深緑の首に当てた。

追いついた触手が動きを止める。

「「…」」

目が合う。投げつけた赤く染まった布が落ちる。

「…別にそんなやつ「無理はしなくていいよ」

相手の言葉を笑いながら遮る。

目を逸らした相手がため息をつく。

「…どうしてわかったの」

「半分賭けだったけど。似たようなやつを知ってたってだけだよ。そもそも、君には僕を殺す気なんか初めからなかったよね」

触手がその背に引っ込む。

「悔しいわね」

「教えてよ。君は何者なの?」

「悪魔の子。悪魔の力を持って生まれてきた」

「へえ。空っぽさんも?」

未だに気を失っている深緑を指して訊く。

「違うわ。自ら望んで悪魔の力を身につけた異常者。本来いてはならない生き物という点ではわたしと変わらないけど」

「目的は何?」

「悪魔を蘇らせること」


「僕は君たちに協力したい」

ソナがそう述べると、向けられていた周囲の視線が、ソナを連れてきた者へと移る。

「わたしとしては勘弁してほしいところね。これ以上馬鹿はいらないわ」

「目的なら聞いたよ。その上で言ってる」

周囲の視線が非難の色を帯びても、匡瑚は意に介さずに言った。

「訊かれたからよ。文句なら、私を止められなかった無能に言ってちょうだい」

「よろしく。僕はソナ」

「名前があったことに驚きだけれど、生憎わたしたちはお互いの本名を呼ばないの」

「どうして?」

「知らないわ。そもそも本名を知らないやつのほうが多いわね」

「不思議だね」

「かもね」

立ち上がった匡瑚が踵を打つ。石同士がぶつかる音がして、火花が散る。ソナの周りを火が囲む。

「油断したあなたが悪いわよ」

「降参したよね」

ソナが笑う。

「一言も降参なんて言ってないけど。そうだとしてもこれは試合じゃないのよ」

火が消える。

触手が再び背に戻る。


「…オマエ、最近調子乗っとるやろ」

濫酩が匡瑚に言う。

「変わった覚えはないわ。わたしはもとからこうよ」

「ええ加減にせえ言うとんねん」

「誰のおかげで生きてる、みたいな説教なら聞かないわよ。お互い様でしょ」

濫酩が口を閉じる。

「わたしよりはるかに弱いあなたに、従わなきゃいけない理由ってあるかしら。どうして従って当然だと思ってるの?」

「御せてないんだね」

ソナが呟く。

「オマエが必要だから生かしとるだけや」

「したくてもできないだけなのに、しない言い訳をするののね。必要なのは事実でしょうけど」

「悪魔の力がなければ何もできないのを忘れるな」

「今の話聞いてなかった?そういうのを負け惜しみっていうのよ。醜いわね。本当に何もできなくなったら聞いてあげるわ」

それを聞いて濫酩は周囲に目配せする。三人が匡瑚の周りを囲む。匡瑚は煩わしげに見やる。

「付き合えっていうの?想像したこともないでしょうけど、死なないように加減するのも疲れるのよ」

「抜かせ」


「ああ、これはひどい」

見ていたソナが言う。

「心配しなくてもすぐに治るわよ。気色悪いことに」

地面に転がる4人を匡瑚は見下ろす。

「…どういうこと?」

斑絡が問う。

「悪魔の力を封じる石っていうものがあるらしいのよ。それをこの前見つけて、勝った気でいたんでしょうね」

机の上にある装置らしきものを指す。斑絡が頷く。

「…うん。今ボク何もわからない」

「その対策になるものがあったのよ。今こいつらも身に着けてるんでしょうけど」

匡瑚は持っていたお守りを提げる。装飾が施してあった。

「売られてたってこと?なんのためにそんなものが」

「さあね」

転がっていた濫酩たちの体が黒くなり、元の色に戻ると、全身の痣がなくなっていた。

「うわあ…」

「そういうわけだから、わたしはわたしなりにやらせてもらうわ」

匡瑚が言うと何人かが舌打ちした。


「ところで、僕の名前はどうするの?」

その場のほぼ全員が匡瑚を見た。

「いやよ」

匡瑚は指を鳴らしてソナの顔の前に小さな火を翳す。

「そういえば、どうしてわかったのかな。もしかして似たようなやつがいたりする?生かしてはおけないね」

ソナは笑う。

「あなた、鏡を見たことはないの?火を見るときだけ目が輝いてるのよ」

「そうだよね火ってすごいよね僕は魔法はどれだけ美しくできるか意識するんだけど」

「それじゃあ、よろしく。逍喧」

「逍者の喧しか。似合ってるかな?」

「あなたにぴったりだと思うわ」

「どのあたりが?」

「それじゃあ改めて自己紹介よろしくね」

「僕自己紹介苦手なんだよ」

「紹介してくれたほうがありがたいわ」

「それはわかるけど」

「わたしは生きるのが苦手だわ」

「どうしたらみんなみたいに短く紹介できるんだろうね」

「みんなは短く紹介できる程度の単純な価値観しかないのよ。あなたと違って」

どうしてもやっぱり本物の炎には遠く及ばないんだ昔遥火を見たときは感動したねあの二つと同じ姿を見せない儚さ一瞬たりともその形を留めない世界を彩る鮮やかさすべてを食らわんとする荒々しさそれに僕は惹かれ恐れる唯一無二の美しさと恐ろしさが表裏一体になったまさに光と熱の織りなす自然の芸術迂闊に手を出せばたちまち呑み込まれてしまうだろう

例によって邁莢はその場にいなかった

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