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永遠の欠片  作者: 匹々
2/11

弔客の墓

到着を告げるチャイムのあと扉が開く。

中に入って空いた席を探す。まずは荷物を運んでおく。

がらりとした車両を見渡して、奥の方に一人客が座っているのを見つけて、歩く。

ここで降りないということは眠っているのだろう。眠っているのなら起こしてやろうと思っただけだ。むしろ何もないかのように席に荷物を置いていく周りの人たちが、僕はわからない。

「...」

着きましたよ。

すぐそばまで寄って、口を開きかけたとき、彼が眠っているわけではないということがわかった。

彼は俯いてなにやら考えているらしかった。

「...どうしました?」

僕が声をかけると彼は顔を上げて、初めて周りのものが目に入ったような顔をする。

「...ごめんごめんかんがえごとしてた」

そう言ってさっさと反対側のホームの扉から出ていく。


もうそれで会うこともないと思っていたのに、ちょうどその席にそのまま座って荷物の整理をしていた僕に、戻ってきた彼は再び話しかけてきた。

「...乗り過ごしたんですか?」

折り返しで新しい券を取ってきたらしい。驚く僕の横に座って答える。

「んーん。やっぱもどろうかなって。ひとり?」

戻る?

「...まあ...はい」

彼の目的はよくわからなかったが、とりあえず返事をした僕に、彼は人懐こそうな笑顔を向けてきた。

「このあと時間あったら昼いっしょに食べない?」


まるで理解はできなかったが、断る理由もなかったので彼の勧めてきた店で一緒に食事をした。

「おいしいねー」

揚げ物がなかなかおいしい。結構値段が高めだったので一番安いものにした。彼はというと、高い部類の定食の大盛りを素早く平らげて、すでにごはんのお代わりを頼んでいる。

「どうして誘ってくれたの?」

嬉しそうに食べている彼に声をかける。僕はそもそも敬語が得意ではない。

「そういう気分だったから。めいわくだった?」

「いや全然。でも初対面で誘われたのなんて初めてだったし」

「そう?...ごちそうさまでしたー」

食べ終わった彼が笑顔で食器を置く。

「そういうもんじゃないの?」

「いや。そんな人初めて見た。...ごちそうそまでした」

少なくとも僕は見たことがない。


「このあとは?なんか予定ある?」

「いや。出発までは席で本読もうかなって」

「あるじゃん予定」

彼にとっては予定のうちに入るらしい。

することがあるという彼と別れて荷物を置いた席に戻る。彼に何をするのかは聞かなかった。

隣に小さな鞄が置かれた席で僕は本を開いた。


彼は出発のちょうど二分前に戻ってきた。そのころには既に周りの席も結構埋まっていて、僕は意味もない心配をしていたところだった。

「どこに行ってたの?」

戻ってきた彼は昼と変わらない笑顔を浮かべていた。

「少し気になることがあって。先生に言い訳もしなきゃだったし」

「先生?」

聞き返したつもりだったが、彼はもうこちらを見ていなかった。

仕方なく別の質問をする。気になっていたこと。

「そういえばなんで戻ることにしたの」

彼は首を傾げた。

チャイムが鳴って列車は出発した。

「駅。結構かかるよね」

彼はお金には無頓着そうではあったけど。時間は間違いなくかかる。

付け足すとまた笑った。

「ああそれね。まあ少し気になることがあって」

それで彼の答えは終わりだった。

思えば、昼も僕に目的なんかを訪ねてきたわりに、自分のことはほとんど話そうとしなかった。

不思議には思ったけど、僕は特にそれ以上質問はしなかった。

「なに読んでたの?」

今度は彼が訊いてきた。

「...『リィーザの狩人』」

「虎白かー。おれ『言束の首車』は好きだけどそれ以外読んだことないなー」

そういう本を読むのは正直意外だった。

せっかくだから彼ともっとその話がしたいと思って本を閉じたのに、横を見ると彼は雑誌を取り出した。人のしていることを邪魔したくはなかったので再び本を開いた。


僕が五章を読み終わったときに窓の外の景色を眺めていた彼が独り言のように呟いた。

どうせなら歩いてでもよかったかな。

かろうじて聞き取れる程度の音量でしかなかったので、僕も特に反応しなかった。

地面からかなり高いところを走る列車の景色は僕にはかなり怖く見える。


次の駅で降りるのかと思っていたら、彼はその次のアスヤで降りた。

「じゃあ」

笑顔のまま、彼は降りて行った。

訊きたいことがまたできたが、列車はアスヤにはほとんど停まらない。すぐに扉は閉まった。

僕たちの乗ったトージュからアスヤまで徒歩なら二日はかかる。

とにかく、また会う機会があったら今度は名前くらいは訊いておこうと思った。

貰った実菓子を食べる。甘い。


彼が降りた後隣の席は埋まらなかった。今の季節にわざわざ北に行こうという者も少ない。

東行に乗り換えるとさらに人が減っていき、一週間後、最後にウィーフで降りたのは僕のほかには数人だけだった。


僕は比較的時差には強いほうだと思っている。今は大陸の東の国オズファ。ボーアと比べると日が昇るのが2時間ほど早い。知り合いは皆移動の度に苦しんでいる。

ウィーフで昼食を済ませる。目的地まで更に東、バスで向かう。


魔物のいない場所を選ぶのでバスは結構遅い。こうも人のいないところではバスは客がいるときだけ走る。

今日は珍しくほかの客がいた。見覚えのない二人組。ひとりは仮面を着けている。二人とも全く喋らなかった。

僕は途中で降りてしばらく歩く。オズファの東は平地が少ない。

なだらかな斜面には畑が広がっている。いつも通り人気のない一本道を歩いていると、人に追い抜かれた。黒い後ろ姿は山道に入ってすぐに見えなくなった。

今日の空は白い。風が冷たくて僕は上着の前を直す。


しばらく歩いていると先の右手に人影が見えた。

よく見るとさっきの人がしゃがんでいた。全身真っ黒い服。

「どうしました?」

声をかけると立ち上がった。僕より少し背の高い男だった。

「珍しい花を見つけてな」

彼は近くまで来てそう言った。静かな声だった。

「花?」

訊くと、彼は周りを見回しながら答えた。

「この辺りはもうチフラが咲いているんだな」

「そうですね」

彼のしゃがんでいた場所には小さな白い花が咲いていた。

南から来たのだろうか。南なら確かにまだチフラは咲かない。だがそう珍しい花でもない気がする。

「どこへ行くんですか」

また歩き出した彼に並びながら訊いた。

「さあな」

「...この道の先には何もありませんけど」

「...そうか」

彼は足を止めると周りを見回してなにやら小さく呟いた。


僕は途中で道を外れて彼と別れた。

一度振り返ると、山のだいぶ上のほうに小さな黒い影が見えた。

あの道は一番上まで登ったらそこで終わりだった。


「ただいま」

山をもう一つ越えてようやく僕は帰る。

「おお、おかえり」

「お客さん?珍しい」

出迎えてきたギバに訊く。

「ああ。今は奥にいるよ。...どうだったボーアは。遠かったろう?」

「疲れた。...変な奴に会ったし」

「ははっ。お疲れ」

荷物を置いて奥へ戻るギバについて行く。

「...ねえ。あっちの山の上って何かあるの?」

歩きながら訊く。

「山?」

「向こうのさ、登ってくる道を曲がらずにまっすぐ行ったとこ。山頂あたりで道が終わってたと思うんだけど」

「そうだなあ。...誰かいたのかい?」

「うん」

ギバは頭をかく。

「それこそ珍しいねえ...まだ来る人がいるのか」

「何があるの?」

「墓だよ。だいぶ古い」

「墓?こんなところに?」

「ああ。詳しくは知らないが、たいそうなことをやってのけた人だと。だけど...そういえば世話になったという人が来たという話をきいたね」

「...いつの話?それ」

「俺ががここに来る前の話だし、それでさえ来るのはお年寄りばかりだったみたいだがね」


見晴らしのいい丘の斜面で客は座っていた。

僕が近づいたのに気付くと挨拶をした。バスで一緒に乗っていた二人組のひとりだった。眼鏡をかけた男。

「いかがですか」

ギバが訊くと答える。少し困っているように見えた。

「いや...私にはよくわからないもので」


ビエと名乗るその客と牧舎に向かうと、もうひとりが馬を見ていた。

近づくと顔を上げる。

「初めましてですね」

仮面を着けた客はエルと名乗った。

「もっと近づいてもいいですよ」

ギバが言うと首を振る。離れた位置から馬を見る。

「賢いですね」

声が若干笑っているエルが見ている馬に、初めて見る形の緊張が見て取れた。


ビエと二人でテーブルに向かっていた。暗くなったのにギバとエルはまだ戻らない。

「お二人はどういうご関係で?」

ギバの作ってくれたスープを飲んでから訊いた。おいしいけどちょっと熱い。

「私は雇われただけです。南に向かうのに同行を依頼されました」

「じゃあ邑師ですか?」

行商人などが危険な地域を通るときに、同行して護衛をすることを生業にしている人達がいると聞いたことがある。

ビエは顔の前で手を振る。

「まだほんの見習いですけど。ほかにも腕のいい人たちがいるのに...」

腑に落ちないという顔をしている。

「...なにか?」

僕が訊くと少し小さな声で答える。

「...正直言うと、少しお金に困っていまして。声をかけてもらえたのはありがたかったんですが...」

さらに声を小さくする。

「私はなにもしていないんです。本当ならあの人は邑師なんか必要ないはずです。今回ここに来たのだってあの人の提案です。私はあのお金を素直に受け取っていいものかわかりません」

少し後ろを見てからまた続ける。

「本人は必ず受け取れというのですが...。何を考えているのか私には全く分かりません」

おかしなやつだと思った。目的がわからない。

「...すみません。話し過ぎました」

ビエがそう言ったとき二人が戻ってきた。なぜだかギバが少し上機嫌に見えた。


もう外は暗いというのに二人は、僕たちがシイと呼んでいる馬を借りて出発した。ギバが泊って行けと言うのはまるで聞いていなかった。

ギバが嬉しそうなのは久しぶりに儲けたからだと思っていたら、そうではなかった。

「あの人は話せるな」

寝る前にギバは僕に話してくれた。

どうやら、エルの馬に関する理解の深さに感動したらしかった。牧舎の快適さがどうとか、軍の救命車用の訓練を受けた馬がなんとか。

「...ときどき、おかしなことを言うけど」

それには僕も同感だった。


なんだかおかしなやつとよく会う気がする。

語り手はおまけだけのゲストモブ。名前なし。選ばれたんだよ

大陸鉄道の出番はもうないんじゃないかな

バスって馬車?

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