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永遠の欠片  作者: 匹々
1/11

夢の続き

今夜は早く寝るとしよう

忘れられない夢がある。


「どうかしましたか?」

呼びかけられて顔を上げるとイヴがこちらを見ている。少しぼんやりしていたらしい。考え事をするときの悪い癖だ。

「...いや、リアにも同じような話されたことあったなって」

昨夜本を読むのに夢中になって寝るのが遅くなったなんて、あいつにバレたらうるさいからな。

机からはみ出していた本をそろえてからイヴに向き直る。

「それで?なんでそんなことを今になって思い出したの?なんでわたしに?」

「ちょっと前ですけど、キウも夢について調べていたことがあったってリアから聞いたんです」

そう答えるイヴの目はまっすぐにこちらを向いている。

「...そんなこともあったかな」

たしか会ってすぐくらいじゃなかったか。


イヴと彼の師匠のトワが夢の話をするのは珍しいらしい。お互いほとんど覚えていないから。

稀にトワが変わった夢を見たことを覚えていて、その話をしてもらったことがあるのだそう。聞いている限りもうだいぶ前だろう。

トワは今までに二回、イヴに奇妙な夢を見た話をした。

こことは別の世界でただ数日過ごすだけの夢。


わたしたちの世界のほかにも、無数の世界が存在している。

単なる伝説だが、わたしやリアはそれが本当だと確信している。特に根拠があるわけではないが。

二回とも同じ世界だったのか、別々の世界だったのか。


イヴと一緒に上の本棚のほうへ歩いていく。ここにいるのはそろいもそろって機械音痴ばかりだから、頻繁に本を使う。

「イヴは?夢の話はしないの?」

イヴは苦笑する。

「覚えてないので」

「...そう」

「キウはどんな研究をしていたんですか?」

「みんなから記憶に残ってる夢の話を聴いただけ。すぐに飽きた」

あたりをつけて本棚の中を探る。

「...あった」

わたしはリアと違って記録はだいたい残してある。記録といっても聴いた話を書き留めてあるだけだ。

「...あとはあれか」


「お守りですか」

「うん。リアはまだ持ってるんじゃないかな」

イヴが見ているのは昔の記録のひとつ。我ながら結構字が汚い。

「寝るときのおまじないっていうのがあってさ。聞いたことない?」

訊くとイヴは首を振る。

「昔からいろいろあるらしくてね」

由来なんかも調べてみると面白かった。

イヴが興味を示したのはそのなかのひとつだった。

「...なんでここだけ空白なんですか」

見つかったか。

「なんか怖くて」

ーーフワーズを枕元に置いて寝てはいけない

「試さなかったんですか」

「うん」

フワーズは魔物が避ける宝石だ。装飾品としてもたまに見る。

わたしたちは科学者じゃない。リアなんかはむしろ科学というものが嫌いらしい。迷信だろうがしてはいけないと書かれていることをわざわざ試す気にはなれなかった。

記憶が正しければそれが書いてあったのは災戦以前の呪術に関する資料で、珍しくそして正確な情報が書かれていた。

「フワーズならニコが持ってたかも。訊いてみるか」


「ないよ。リアがやめた方がいいって言ってたから」

だろうな。理由は言わなかっただろうけど。

「これ借りていい?」

「いいよ。今使ってないから」

ニコたちは今は空をみてるんだったか。

ほかに思いつかなかったのでお礼にお菓子を机においてあげた。

すぐに投げて返された。


返事を伝えると、イヴが提案してきた。

「試してみましょうか」

「誰が」

「僕が。夢ならどうせ忘れますし」

「...夢とは限らないんだよ?」

...たしか。

「知りたいので」

最初に会ったときの印象よりだいぶ怖いもの知らずらしい。

正直わたしも知りたかったから、フワーズはイヴに預けた。


日が暮れるころ、外に出ようと扉を開けると、正面の通りに、薄い色の外套を羽織って白い仮面をつけた人影が見えた。

気づいたイヴが呼びかける。

「...ラズ?」

呼ばれた相手はこちらへ歩いて来る。

「...どうしたんですか?」

「...これを渡しに来ただけだ」

いいながら差し出されたのは一冊の本。

少し迷ってからイヴが受け取る。本を渡すとラズはすぐに歩いて行ってしまう。

「誰?」

訊くとイヴは困ったらしかった。

「...誰かと訊かれると。知らないとしか答えられませんね」

そういえばリアが話してくれていた気がする。奇妙な行動をする仮面の一味。変な奴らだ。

「何がしたいのかわからないんですよね。今回もエルの考えでしょうし」

そう言ってイヴは手に持った本を見る。

迷信に関する本。相当古いな。


本に挟まれていた紙には見覚えのある記号が並んでいた。

「...うわ」

思わず声をあげたわたしにイヴが訊いてくる。

「知ってるんですか」

「まあね。暗号みたいなものかな」

なんでエルとやらはこれを知っているのか。それはともかく、あまりに長すぎる。端から端まで細かい記号でびっしり埋められている。

軽く目を通して、時計を見る。

「...明日にしよう。日が昇る」



わたしの通っていた学校は都にあるこの大陸でも名の知れたところだった。

国内でも最大の有名校に入学しながら、わたしは特になにをするでもなく暮らしていた。当時は魔物も少なく、目立った事件もない穏やかでありふれた日々を送っていた。

今のわたしからすれば怠けていたようにも思えるが、別にもとから何かをしたかったわけでもない。単純にやりたいことがなかっただけ。そのときからそういうやり方が嫌いだったわけじゃない。他のやり方を知らなかっただけ。

ずいぶん時間を無駄にした気がするのは、今だから。

リアに会った。彼と話をして、この世界にはまだまだ知らないことがたくさんあると思った。もっと知りたいと思った。

新しいことを自分で知るのは楽しいと思えた。


先に夢に興味を持ちだしたのはリアだ。

わたしがその夢の話をした。



翌朝、下に降りてきたイヴは妙な顔をしていた。

「...」

そのまま何も言わないでいたら朝食を食べ終わってから突然口を開いた。

「...思い出せません」

だめか。

「なにかがあった気がするんですけど」

「夢でってこと?」

「...たぶん」

イヴは夢を見ても必ず忘れる。らしい。

「...すみません」

「いや謝らなくていいよ。もともと諦めてたものだし」

気にはなるが仕方ない。


本をひろげてみる。

「...これは時間かかりそうだな」

昔一人で調べていたことがある。今は使われていない暗号。

本と合わせて意味が完成する。

イヴに手伝ってもらっても結局夕方までかかった。


そのあともしばらくイヴに手伝ってもらったり手伝ったりした。


そろそろイヴが帰るという頃、外を歩いているとイヴが改まった様子で声をかけてきた。朝のこの時間は表でも人通りは少ない。

「なに?」

「それで...」

イヴが一瞬目を逸らす。

「最近なにか困ったことはありませんか?」

突然横から声が聞こえてくる。そちらを見ると一段高くなったテラスの手すりの上から白い仮面がこちらを見ている。

「...エル」

イヴが呼ぶと仮面を外して微笑む。

「久しぶりですね」

その視線はわたしたちから少し逸れている。

「...どういう意味?」

わたしが訊くと視線を別の方向に移すが、こちらは向いていない。

「最近頭痛がすると聞いていたので」

「誰からだよ」

それに答えはない。

「今回のことはそれもあったんじゃないですか」

医療の知識もあるイヴがこちらにわざわざこっちに来たのは、たしかにリアの考えもあっただろう。

「...余計なお世話だよ」

昔から医者はあまり好きじゃないってわたしが言っているせいかもしれない。

「...今回は何が面白くて手を貸してきたんですか?」

イヴが訊く。

暗号とあの本がヒントになった。おかげで興味深い資料を見つけることが出来た。やっぱり迷信にしても理由があるものらしい。

どこか諦めを感じるイヴの問いに、エルは視線を動かして答える。

「兄に夢の話をされたことがあったのを思い出しました。もうだいぶ前のことですけど」

案外みんな同じようなものなのかもしれないと思った。

「...兄弟がいるんですか」

イヴが驚いたように声を上げる。

「意外ですか?」

「...まあ。エルみたいなのが世界にほかにもいるかもしれないなんて考えると」

イヴの皮肉を込めた返しにエルは何も言わない。

「血は繋がってないんですけどね。前と言っても想像より遥かに昔ですよ」

空中を見上げて目を細める。

「憧れてたんですよ」

「...憧れ?」

返しに頷く。

「あの頃は面白いことがなかったので。つまらない世界に失望して、まったく別の空想の世界を夢見るんです。みんなが」

夢を見る。憧れ。

「そのほうが面白いからです」

そう言って、なぜかさっきまでと違う仮面を取り出してつける。そして手すりから体を起こしてイヴのほうへ近づく。

「竜が現れたそうですよ」

言いながらエルはイヴのほうへ手を伸ばす。イヴはその掌に本を乗せる。

「途中で飽きなかったんですかこれ」

若干の非難にも首を振って何も言わない。仮面の下でまた笑った気がした。

「では」

本を受け取ったエルは歩き出し、すぐに見えなくなった。


「...どう思いました?」

帰る途中、声をかけられた。隣ではイヴがこちらを向いている。

「...まあ聞いてたとおりかな」

こちらに意識を向けられている感覚がなかった。かといってイヴにもまっすぐは向いていなかったように思う。

不可解な違和感。

だけれどなぜかどうしようもないという諦めがある。わたしには珍しい感覚。


「ありがとうございました」

「こちらこそ。落ち着いたらまた来るといいよ」

そう言うとイヴは頷く。

歩き出したその背に声をかける。

「リアによろしく」

エプトワージ

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