23・冷たい
「・・・・・・そうかもしれない・・・・・・桜木さんが言うなら。」
「・・・・・・私?」
「桜木さんはいつでも、いや、俺が知ってる限りでは俺に間違ったことを言わなかった。これが好きなら・・・・・・これが恋なら・・・・・・どれだけ恋って重くて苦しいんだろうな。」
「バカね・・・・・・苦しいだけじゃ・・・・・・ないわよ。少なくとも私はあなたと居て楽しかったから。」
「最後の台詞みたいなこと・・・・・・言うなよ。」
「だって、本当に最後かも知れないじゃない?」
そういいながらだんだん透けていく桜木さんが怖くて、絶対に離したくないのに消えてしまいそうだった。
「私、本当に幽霊だったのかもしれない。ほら、よく言うじゃない?心残りのない幽霊は消えるって。私の二つあるうちの一つは前々からあった願いで、二つ目は最近できた願い。でも、一つはかなったから・・・・・・きっと消えるのかもね。」
桜木さんの頭が俺の腕に寄りかかるのを感じた。
「願いって・・・・・・?」
これ以上ないってほど強く桜木さんを抱きしめてるのに、なんだろ。この感じ。
今にも本当に消えてしまいそうだ。
「・・・・・・だから、苦しいわよ・・・・・・私のこと、殺す気?」
くすくすという声が聞こえた。
笑ってる。
「俺は、本気なんだけど?」
「一つ目はね・・・・・・恋。恋をしてみたかったの。ずっと・・・・・・ずっと憧れだった。でもあきらめてたの。私は“幽霊”だからって。二つ目はね・・・・・・あなたと生きてみたかった。でも不思議。今はとっても幸せだから。本当に成仏しちゃうかもね。」
過去形にしないでほしい。
俺はまだまだ桜木さんといたいんだから。
「ないってんだよ・・・・・・!まだここにいるだろ!いるよな!?そうだろ!」
「分からないわ。でも、時間は前にしか進んでない。もし後ろに進めるならもっと前にあなたに気持ちを伝えてしまえばよかったかもしれない。あなたには理解不能かもしれないけどね・・・・・・。」
そのまま手がスカッとしたのを感じた。
そこに桜木さんの影はもうほとんどなかった。
「ありがとうね、滝田君。」
その言葉だけが小さくかすかに俺の耳元で聞こえて消えた。
俺はそのままがっくり膝から座り込んだ。
『これが最後かもしれない』そんな桜木さんの言葉ばかりが耳に残って、頭を巡り巡っている。
「・・・・・・ウワァアアアアアアアアアア!!」
学校全体に響くようなでかい叫び声を上げ、ただ、泣いた。
誰がいようが、誰が見ていようが関係なかった。
一人になりたいとさえ思わなかった。
心は完全に置き去りにされた独りだったから。
そこには俺以外誰もいなかったから。
だからもしかしたら誰かいたかもしれないし、誰もいなかったかもしれないけど、空っぽになった心はいったいどこへ向かえばいい?
やっぱり人を好きになるのは怖い。
痛い。
苦しい。
冷たい・・・・・・ツメタイ。
なくなっていた小さい頃の記憶がよみがえった。
顔を冷たい水の中に押し込められて、もがいてるうちに意識を失った。
だから俺はいまだに水が怖い。
流れている水やお湯なら平気なのに張り詰めた水を見るのが怖い。
今、ここには雪が降る。
俺の心はほとんど氷で、やっぱり昔も今も変わらないのだと思った。
何一つ進歩しちゃいないのだと。