18・聞き取れないんだよなぁ
慌てて桜木さんの腕を捕まえてみても、やっぱりどことなく透けている。
まるで今にも消えてしまいそうだ。
「何?」
「何って・・・・・・桜木さん、透けて・・・・・・。」
「もう、私に残された時間が少ないんだと思う。そろそろ私は消えるのよ。それは私がずっと待ち望んでいた死でもある。私も・・・・・・バカよね。・・・・・・もうすぐ死ぬってわかってて、消えたくないと願う時が来るなんて・・・・・・ずっとこれは望んでいたことなのに・・・・・・。」
「なんか、いった?」
やっぱり最後に何かつぶやく癖を桜木さんになおしてもらわなければ・・・・・・。
いっつも聞き取れないんだよなぁ。
「なんでもないわ。私には時間がない。だからもういいの。私が切り取られた時間の中ですごしていることは、私の周りに存在するもの・・・・・・たとえば・・・・・・木や、本や・・・・・・あなたや、学校などに負担をかけることなの。だから私さえ消えれば後は皆、もともとの摂理に戻されて、やがて私がいたという傷跡さえなくなるでしょう。私のせいで成長を止めてしまった木も、これでやっと成長し、生きている時を刻むことができる。本だってやっと私以外のたくさんの人に読んでもらうことができるのよ。すべて、私が消えればうまく行くことなの。」
「そんなのおかしい!俺は!?迷惑だなんて思ってない!俺は桜木さんに消えてほしくないのに、桜木さんは消えたいのか!?俺は桜木さんに出会っていろんなこと知ったのに、桜木さんは・・・・・・桜木さんは・・・・・・俺といたくないって・・・・・・言うのか?」
俺はまだ桜木さんのこと、あんまり知らないよ。
俺のことは桜木さんに話したけど。
俺はまだ桜木さんといたいんだ。
全部全部、俺の勝手なわがままかもしれないけど・・・・・・それが当たり前のように感じてた。
ずっと隣にいるような感覚に陥ってた。
勝手に・・・・・・。
「・・・・・・たしだって・・・・・・消えたいわけじゃない・・・・・・。」
「え?」
何かかすかに聞こえた気がするのに聞き取れなかった。
「じゃあどうしろというの!?私が消えればすべてうまく行くことは分かりきってしまったというのに!私にどうしろっていうのよ!?ええ、そうよ!私はずっと消えたかった!死ねないことが、時を刻めないことが、どれほど辛かったか、あなたに分かるの!?親はずっと私の姿を見て、早く成仏してくれって・・・・・・ったし・・・・・・死んでないのに・・・・・・実験の事故で死んで木に取り付いた幽霊だってお母さん思ってて・・・・・・ずっと成仏しろっていいながらついには自分が死んじゃったのよ!」
桜木さんの顔はくしゃくしゃでその目からはたくさんの涙がこぼれていく。
初めて桜木さんが怒りながら泣く姿を・・・・・・感情をこんなにもあらわにする姿を見た。
俺には分からない。
時間が止まったことなんてないから。
とまればいいと願ったときは数知れず。
でも、そんなことできるわけもないからいつの間にか思うことさえめんどくさくなった。
ただ笑って、勝手に進んでく時間が、誰かをこんなに傷つけたりするなんて思いもしなかった。
ただ、のらりくらりと生きていればそれでいいのだとばかり思ってたんだ。
みんなで適当に笑って、周りが笑ってたら俺はそれでよかった。
それが良かった。
結局俺はうわべだけの偽善者ってことだったのかな。
本当は何もできてないのに、何かできた気になって。
その結果、桜木さんが言ったとおりだ。
はは・・・・・・本当にそのとおりだ。
俺は、俺の周りの人を傷つけることしか、できない。