双極
「何するんですか…」
「戦場の敵は、今から攻撃しますなんて言ってはくれないぞ。」
デスクの裏から、10本の浮遊する剣がヘルドの周囲まで移動する。
その内の三本がくるくると回転した後にメルティに狙いを定め、見えない力によって射出された。
メルティはその内の二本を腕で弾き、下段の一本は蹴り上げる。
剣は弾かれた先でくるくると回転し、再びメルティに刃を向ける。
ヘルドの周囲の剣のもう三本が、メルティに狙いを定める。
(一体どうして…いや、先ずは皇帝陛下を止めないと。)
メルティは、皇帝めがけて駆け出す。
が、
(う…また…)
メルティは再び、見えない斥力によって押し返される。
「訓練所ではきっと、戦場で魔法使いを見たら逃げろと教わった筈だ。何故なら、一般人が魔法使いに、無策で打ち勝つ方法など存在しないからだ。だが、今の君は魔法使い。戦場においての魔法使いの主な役目は、魔法使いと戦う事だ。」
ヘルドの周囲で回転していた三本と、メルティの周囲にあった三本、計六本が、メルティに向けて射出される。
「…!」
メルティはそれを全て腕で弾くが、一本当たりそうになった。
「いかに早く相手の能力を理解出来るか。それが、魔法使いとの戦いでは最も重要になってくる。さあメルティ。見ろ。受けろ。そして考えろ。」
ヘルドの周囲に残っていた最後の四本が回転し。刃先をメルティに向ける。
「……」
十本の剣が、メルティ目掛けて発射される。
それを見たメルティは、バックステップで部屋の壁すれすれまで後退した。
剣は発射されるが、ヘルドから一定距離が開いた瞬間に浮力を失い、やかましい金属音をたてて落下するだけだった。
「ほう。」
「貴方を中心としたドーム型の範囲内にある、ありとあらゆる物の操作。それが貴方の魔法ですか?」
「少し惜しいが、まあ及第点だろう。」
ヘルドがメルティに数歩近づくと、剣は再び浮かび上がる。
だが今度は、メルティでは無く主人の方へとゆっくりと飛んで行った。
「これは一定範囲内にある物体に掛かる、重力の向きと強さを変更する魔法だ。君が“弾き飛ばされた”と思っているあれは、重力を下から後ろに変更しただけだよ。」
10本の剣は、再びヘルドのデスクの中へと収まった。
「兎にも角にも、君には今日から特殊戦闘兵に所属を変更して貰う。最高の待遇を用意するが、不満があれば遠慮無く言ってくれ。我が国の財が続く限りは、叶える努力はしよう。だから君も、一つだけ約束してくれ。
…亡国するその日まで、この国に居て欲しい。」
こうして、メルティの少し物騒な謁見は終了した。
ヘルドの言葉は客観的に見れば真実で、メルティは第三区画の外れにある小さな森の中の、庭付きの屋敷を与えられた。
メルティは故郷への帰還を望んだが、彼女が指し示した場所は既に他国の物になってしまっていたので無理だった。
ただヘルドからは一緒に取り返そうと言う言葉も出て来たので、メルティは彼を許す事にした。
「…広い…」
メルティは今、新たな我が家の居間に居る。
壁は白色で、家の壁に必要な機能を最高水準で有する物である。
北側の壁は全面ガラス張りで本来なら庭が見えるのだが、長年手入れされなかったが為に外の景色は緑化し、鬱蒼とした森だけが広がっている。
そんな窓から入る光は橙色で、メルティに今が夕方である事を伝えていた。
ふかふかのソファと大画面のテレビがあったが、この国で今やっている番組など存在せず、使い道としては、せいぜいディスクを再生する程度である。
(みんな…大丈夫かな…)
メルティの実家は、然程力も無い辺境伯。
目立つ財産は大きな畑くらい。
いくら敵国の領地に取り込まれても、きっと大事に巻き込まれたりはしないだろう。
メルティはそんな事を考えて、無理やり自分を納得させた。
そうでもしないと、今すぐにでも飛び出して行ってしまいそうだったからだ。
“ピンポーン”
ベルが、この家への来客を知らせる。
メルティは重く憂鬱な腰を上げ、玄関の方まで向かう。
この場所を知っているのは限られた者だけなので、宗教勧誘や押し売りを警戒する必要は無かった。
エントランスにある玄関ドアの前にメルティが前に立つと、そのドアは自動で開く。
来客は、二人の少女だった。
全く同じフレンチメイド服。
ショートボブの黒髪も全く同じ。
背も全く同じで、メルティより少し小さい程度。
その大きな黒い目まで、虹彩まで同じではと疑うレベルでそっくりである。
勿論の事、人形の様な愛らしい顔も二人全く同じに見える。
唯一違うところがあるとすれば、左に立っている少女の左目尻には涙ボクロが付いている事くらいだった。
「こちら、特殊戦闘員メルティ様のお宅で宜しかったでしょうか。」
右の少女が喋り始める。
「え?は…はい…」
「初めまして。私達は、今日付けでメルティ様の身の回りのお世話を任させる事となりました、専属メイドで御座います。私の名前はシーハ。そしてこっちが…」
涙ボクロのある方が、シーハに促され自己紹介をする。
「トーワ…なの。」
「はぁ…すみません、妹は少し話すのが苦手で。」
そんな二人の様子を、メルティはぼんやりと見つめている。
「つまり、貴女達は私のメイドさん…なんですか?」
「はい。何なりとお申し付け下さい。」
「頑張る…なの…」
「………」
メルティは困った。
正直、要らない。
しかし途轍も無く断り難い。
なのでメルティは早速、今の自分にとって最も役に立つ仕事を言い渡す事にした。
「じゃあ、私の家族が無事か、確かめてきて欲しい。」
「ああ、メルティ様のご家族はご無事でしたよ。なんと言いますか、特に気に留められてないって感じでしたね。」
「え?」
「私達、こう見えて諜報機関の人間でもあるんですよ。」
「エージェント…なの。かっこいいでしょ…」
数分前まで、彼女達の到来を厄介事として捉えていた自分が恥ずかしくなった。
「本当に、無事だったの?」
「はい。今の所は。と言いますか。あの様子じゃ暫くは安泰だと思いますよ。」
「平和…でも…ご両親はずっと辛そうだった…可愛そう…」
心につかえていたやっかみが取れ、メルティは晴れやかな気分になる。
「あ…じゃあ、これから宜しくね。シーハちゃんと、トーワちゃん。」
「これからお世話になります。」
「宜しく…なの…」
〜〜〜一時間前〜〜〜
「メイドですか?私達が?」
「メイド…?」
皇帝のデスクの前で、二人は今先に皇帝に言い渡された突飛な任務に戸惑っていた。
「メルティと言う魔法使いのだ。この国では私以外の唯一の魔法使い、失う訳には行かない。」
「成る程。監視任務と言う事ですね。」
「それともう一つ、彼女が触れる情報の、継続的な統制も行って貰いたい。」
「情報統制…ですか?」
「ああ。強制徴兵された彼女は、実家に帰る日をずっと心待ちにしているらしい。」
「成る程。しかし失礼ながら、それと情報と何の関係が。」
「徴兵…と言う事は…」
「流石、IQ200の妹さんは話が早くて助かる。」
ヘルドは、一つため息を吐く。
「我々に出来る事は、徴兵と言う形でメルティを救ってやる事だけだったんだ。」
ヘルドは目を閉じる。
彼の瞼の裏には、あの日のイルドゥとシアの姿がまだ、ありありと残っていた。
せめて娘だけでもと自分に向かって懇願する、あの何処までも哀れで、立派な姿が。
「…奴らの狙いは、辺境伯夫妻そのものだった。国交の要を潰して、この国を孤立させようと言う魂胆だったのかも知れない。」
「じゃあ、何でメルティ…様?にはその事を…」
「………」
その時、珍しくトーワから最初に言葉が出た。
「不甲斐ないんだね…?」
「…あの日の真実はいつか、私の口から話す。それまでは、頼むぞ。」
「了解。」
「頑張る…なの。」