本身
(そこら中が敵だらけだ…でも…)
メルティは建物の陰に隠れ、銃形態のライフルソードを構える。
射程範囲に確認できる敵は13人。
先ずは、一発撃つ。
青色の弾丸は水色のネオンを描きながら、道を歩く兵士の後頭部を貫く。
倒れる彼を見た3人の兵士が臨戦態勢に入るが、それも立て続けに屠る。
位置を特定され隠れての狙撃が出来なくなったメルティは、遮蔽より躍り出る。
それと同時に、狙撃銃は青いホログラムの刃を持った剣へと変わる。
弾丸が襲い来るが、魔法も帯びていないただの弾丸に、メルティの腕や装備を貫く力は無い。
メルティは射手に至近距離まで高速で接近すると、その胴体を真二つに切り裂いた。
その人物が絶命する前に、メルティは次の標的へと向かう。
今度は、右肩から左腰まで断ち切る。
硬い骨などを切っているにも関わらず、メルティの手には何の感触も伝わってこなかった。
「ま…魔法使いだ!」
「この国にはもう居ない筈なのに…」
「とにかく撤退だ!この情報を本国に持ち帰るのだ!」
残りは、メルティが手を下さずとも勝手に撤退した。
「…ふぅ…」
メルティは剣を地に刺す。
剣は蒼い光の粒子となって消散した。
次使われる時は、これは再び魔法陣から出現するだろう。
「やっと辿り着いた…」
メルティは見上げる。
そこには、巨大な塔が聳え立っていた。
それは、鋼鉄と機械で出来ている。
ちょっとした突起物の先や壁面には、ゆっくりと点滅する赤いランプが灯っている。
あちこちに様々な形状の重火器が備え付けられており、全方位に同時に攻撃できる設計になっていた。
此処は第三区画、又の名をイーザイド帝国最終区画、鎧の塔である。
メルティは、鎧の塔の前まで行く。
鎧の塔は、登録された者が近付く事で出入り口が出現する仕組みになっていた。
「あれ?」
しかし、メルティの前に入り口は現れなかった。
メルティは、鋼鉄の壁の前で途方に暮れる。
「ま、そうなる気はしてたぜ。」
彼女の左隣に立っていたジッドが、呆れた様子で呟く。
少なくとも1秒前までは、そこに彼は居なかった。
「うわひゃ!?」
「いい加減慣れろよ、相棒。」
「す…すみません。それでマスター、こうなる気はしてたって言うのは…」
「だってそれ、本物のお前の体じゃねーもん。」
「え?あ…」
メルティは、【リンカネイション】の説明文を思い出す。
「確か、私の意識は聖域にあるとか何とか…」
「ああ。その身体は、聖域に居るお前が遠隔で操作してるロボットに過ぎない。」
「じゃ…じゃあ、一体どうすれば…」
「取ってこい。聖域に行って、お前の本体の欠片をな。大丈夫だって、お前自身には害は無い。ただ、このちゃちな生体認証をパスできる程度の“生きたお前”があれば良いんだ。」
「何だか怖いんですけど…それで、聖域にはどうやって行けば良いんですか?」
「簡単さ、お前がいつも武器や防具をしまう時にやってる事を、自分にすれば良い。」
「え?えっと…」
メルティの体が、蒼い光の粒子となって消散する。
「こう、ですか?あれ?」
次の瞬間、メルティは聖域に辿り着いていた。
そこは、闇の代わりに濃い青が広がる宇宙の様な場所。
メルティは、そんな宇宙に浮かぶ浮島の上に立っていた。
浮島には、メルティが今立っている場所から続く一本道と、その道を囲う様に小さな池がある。
一本道の終端には大きな木があり、その前には機械仕掛けの椅子があり、その椅子には
「わ…私…?」
椅子から伸びる無数の電極に繋がれて眠る、人間のメルティが座っていた。
二の腕の一部と太ももが少し、再生していた。
断面もただの切り口では無く、ぼこぼことした皮膚で覆われている。
「あの、マスター、これは一体…」
ーーーーーーーーーー
新着メールが届きました。
件名:悪い。流石の俺でもそこには入れねぇ
本文:そこは、お前が作った物と本物のお前が安置されている、固有の別世界だ。そこには何があってもお前以外は入る事は出来ねえ。正しくお前の為だけの世界だ。外の世界で幾ら化身が死んでも、本体がそこに居る限りは絶対に安全だし、化身だって幾らでも作り直せる。で本題だが、今から本体の元まで行って、お前自身に触ってきてくれ。そうすりゃ解決だ。
end
ーーーーーーーーーー
「私に、触る…」
メルティは、自身の手を見る。
どんなに感覚を研ぎ澄ましても、自分の体が偽物だと言う自覚は感じられない。
あそこで眠る本物に会ったら、何かが判るのだろうか。
メルティはそんな事を考えながら、ゆっくりと歩み始めた。
静かな水音が、メルティの心を安らがせる。
この場所であれば、眠り続けるのも悪くは無い。
そんな事を思っている間に、メルティは本体の元に辿り着いた。
「………」
鏡以外で自分の姿を見るのは初めてだったので、メルティは至極不思議な気持ちに陥る。
自分を握り潰してしまわない様に、メルティはそっと、自身の頰に指で触れる。
ーーーーーーーーーー
細胞採取完了。
生体波のトレースを開始…完了。
これより【リンカネイション】Bは、本体の生体反応と同期します。
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「…!」
メルティは、長らく存在しなかった鼓動を感じる様になる。
血流が全身を駆け巡り、暖かな外気に包まれる感触も。
これが、今の本体が感じている全ての感覚だった。
「…あ。」
メルティの本体が、眠たげな眼を開ける。
その瞬間、二人は目が合った。
「………」
「………」
どちらも同じメルティ。
そこにはメルティしか居ない。
故にメルティは、二人の姿を同時に見つめている状態だった。
(あ…動く…)
メルティは、本体も自分の意思で動いている事に気付く。
なので、本物の体は引き続き眠らせておく事にした。
(これで良いんだよね…)
メルティは武器を呼び出すときの様に、自分を呼び出すイメージをする。
「お、戻ったか。」
次の瞬間には、メルティは元いた場所に戻っていた。
鎧の塔の鋼の壁には、小さな入り口が出来ていた。
「あの、マスター。次はどうすれば。」
「ん?ああ。一先ず明日に備えとけ。」
「明日?」
「俺の知る限り、明日にこの国は終わる。些細な情報過ぎて、詳細は判らないが。」
「へえ。この国が…っええ!?それって一体どう言う…」
「そのままの意味さ。ま、頑張れ。」
「マスター、その、もっと詳しく…」
メルティの意識が一瞬乱れる。
次の瞬間ジッドは消え、世界は再び動き出した。
「おい、何やってる。入るんだったら入れ。危ないだろ。」
メルティは、入り口の奥で待つ兵士に急かされたので、鎧の塔に入る。
塔の入り口は、メルティが入ると直ぐにただの壁に戻った。
これも魔力の為せる技である。
「久し振りだねメルティ。皇帝陛下がお待ちだ。アハデンの事は…残念だったよ。」
メルティは、先導する兵士に付いていく。
辿り着いたのは、この塔で一番豪勢な作りの部屋だった。
ダンスフロアの如く大きな部屋。
立ち並ぶは国旗。
中央にはデスク。
デスクには、一人の男が着いている。
短い髪も、眉も、僅かに生えた顎髭も、全てが加齢によって白く染まっている。
だが、青い瞳から放たれるその凍て刺す様な眼光は、彼が軍人として初めて銃を持った日から少しも変わっていない。
手は、机の上で固く組まれている。
彼こそが、イーザイド帝国現皇帝兼最高司令官、ヘルド・イーザイドである。
「君が我が国二人目の覚醒者、メルティか。」
「お初にお目に掛かります。皇帝陛下。」
次の瞬間、メルティは途方も無い力で後方まで吹き飛ばされる。
それはヘルドを発生源としていたが、空間の歪み以外で目視する事は出来ない力だった。
「!?」
メルティは体勢を崩すが倒れる事は無く、立ったまま後退する形となった。
「あの気弱な衛生兵が、随分と見違えた物だよ。」
ヘルドは、ゆっくりと立ち上がる。
「来い。君に戦場での魔法使いの在り方を叩き込んでやろう。」