無保有者
「ノービスって…」
メルティは、手を口元に当てる。
その仕草は、指を咥えている様にも見える。
「俺は貴様に勝てないかも知れない。だが、それで良い。今こうしている間にも、俺の任務は達成され続けているのだから。」
レンの靴の機械部品が二度点滅した後、白い光を放ち始める。
「無保有者の俺が、魔法使いのお前をこの場に留め続けて居るんだ。努力と、装備だけで、人は此処まで辿り着けたんだ!」
レンは剣とナイフを構えると、先程のメルティとほぼ同速で駆け出す。
「俺は証明してやるんだ!」
メルティを間合いに収めたレンが、剣を振るう。
メルティが少し身体を逸らすと、剣は彼女の腕と肩の間を通り過ぎた。
「無保有者でも、いつか魔法使いと肩を並べる日が来ると!」
レンは振り下ろした剣の向きを変え、メルティの腰を断ち切ろうと再び振る。
メルティが少し飛ぶと、剣は腰と太ももの間を通る。
「いつか、魔法使いを超える日が来ると!」
剣が、メルティの太ももと腰の間で狙撃銃に戻る。
そしてそのまま、狙撃銃の先に着いているサイレンサーの部分でメルティの足を引っ掛ける。
「…!」
「そこだ!」
狙撃銃を引っ張りメルティを僅かに前傾姿勢にし、その柔らかくて綺麗な腹にナイフを突き刺した。
「ふぎゅぐ!」
赤と水色のマーブル模様の油が、ナイフを伝って流れる。
レンの手袋と袖の間から覗く手首がその液体に触れると、“ジュウッ”と言う音を立てて焼け爛れた。
「くぅ…!」
レンはナイフをそのままにして、バックステップで後退する。
メルティは肩で息をしながら、乱暴にナイフを抜き、握り潰した。
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構造解析完了
設計図【メニーダガー】が解放されます。
【メニーダガー】
量産性、効率性に優れた小型の殺傷武器。
ウヌドスの王は千の兵士と共に、イーザオスオの城を目指した。哀れなるイーザオスオの王は、哀れなる全ての家臣と、全ての家族と、全ての奴隷と、全ての国民の背の骨から研いだ12万と5528の短刀を献上し、エヘド海の果てへと逃げ延びた。
材料(100本)
【ブラフニウム】1個
規定数の設計図を手に入れました。
Lv1→Lv2に上昇しました。
スキル《回帰分解》を習得しました。
《回帰分解》
物体を量子分解し、対応する数の【ブラフニウム】を生成します。
【ブラフニウム】
純朴なブラフニウム。
かつてのイダの一族は、1つを取り出すのに100の鉱石を要した。
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粉々になったナイフが、メルティの機械腕の中へと染み込む様に消えて行く。
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【ブラフニウム】2個を入手しました。
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「創造!」
「食らえ!」
レンは懐から黒い球体を取り出し、宙に投げる。
球体は、人間の目を潰すのに十分な強さの閃光を放つ。
「今の内に…」
レンは閃光から避けるために、メルティに背を向ける。
閃光の中から三本のナイフが飛来してきて、三本ともレンの体を貫通する。
「がっは…!?」
ナイフの青く光る刀身が、ネオンの様に軌跡を描く。
肉骨を断った事で推進力を失ったナイフは、レンの正面の地面に深々と突き刺さった。
「私に光は効かない。みたいです。」
胴体に三つの穴が開いたレンは、そのまま前のめりに倒れる。
メルティは少し駆けてレンの元まで辿り着くと、彼を仰向けになるようめくる。
「どうして、こんな無謀な事を…」
「………」
メルティは、付近に転がっていたレンの剣を取ると、それも握り潰す。
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【ブラフニウム】28個を入手しました。
構造解析完了
設計図【ライフルソード】を開放しました。
【ライフルソード】
剣モードと長銃モードの、二種の形態を切り替えて使う武器です。
英雄ロハンは、二千の戦士と荒野にて相対した。二千の兵士は笑いながら、ロハンを叩き切らんと進む。背に国を背負ったロハンもまた笑い、妹のイデが作った剣を握った。翌朝にロハンは死んだ。千の兵士は斬られ、千の兵士は体に穴が開き、二千一人は永久にそこに留まる事となった。
素材
【ブラフニウム】100個
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「お前も、魔法使いじゃ無いんだろう。」
「え?」
レンは、焼け爛れた左手を少し持ち上げる。
「いくら身体変形が起こっても、血が人間にとっての有毒物質に変わるなんて在り得ない。」
メルティの血で溶けた手を、レンは力無く降ろす。
「それに、さっきから俺の魔力計がうんともすんとも言わない。その手足はどうやって、ピン止め効果を受けたようにそこに留まっていられるんだ。」
「えっと…それは…」
「人体実験か。それとも誰かの魔法を受けてそうなったのか。どちらにせよ、代償は高かっただろう。」
レンは目を閉じる。
「…俺の国でも似たような事をやっててな、人造魔法使いって言うんだ。人の体に無理矢理魔力を流して、強引に魔力回路を彫り込むって奴だ。実現までに大勢死んだし、適合できるのも一握り。」
レンは一つ、大きく息を吐く。
「俺は証明したかったんだ。そんな物が無くても、人は魔法使いと対等に渡り合えると。魔法使いは、人の延長の一種でしか無いと。…皮肉だな。そんな俺が最後に戦った相手が、似た様な奴なんて。」
「…レンさん。」
メルティの手に小さな魔方陣が展開し、青く発行するナイフが一本召喚される。
「貴方の祖国への厚い思い、戦いの一手一手から伝わってきました。嫌々戦っている私とは大違いです。」
メルティは、ナイフを構える。
「…待て…機械肢の少女よ。最後に、名前を教えてくれないか。」
「め…メルティ…です。」
「メルティ…か。優しそうな名前だな。…君に、武運を。」
「えっと…その、さようなら。」
メルティは、刃先を地面に付けレンの首へと進める。
石床の地面には、一直線の溝が出来た。
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敵を倒しました。
魂は昇華し、残泊はブラフニウムへと帰りました。
【ブラフニウム】230個を入手しました。
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(…おやすみなさい。レンさん。)
石をバターの様に切るナイフの前では、骨肉の感触など無に等しかった。
メルティは立ち上がり、第三区画の方へと走って行った。
その速度は、大体自動車並みだった。
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「よしよし、良い子だ。」
暖かな火を宿す、レンガ造りの暖炉。
壁には剥製、床は熊の毛皮の絨毯。
家具はどれもヴィンテージで、使い込まれあめ色に染まった帽子掛けが、暖炉の炎を反射して光っている。
ソファに座る猟犬の足元では、二匹のドーベルマンが骨をかじっている。
「ん?また新しいのを手に入れたのかい?」
キッチンから、二杯のコーヒーを持った銀蛇が居間にやってくる。
「あの機械のガキのだ。」
「えっと、どういう事かな。」
「覚醒する前のあいつとも、俺は一度戦った。で、手足吹っ飛ばして強制止血材飲ませて放っといたら、戻ってきやがったってだけだ。」
「あんた本当に馬鹿だね。保有者を半殺しにしてどうすんのよ。」
覚醒は、保有者が極限状態に陥る事で起こるらしいと言う事は判明していた。
「ッチ、いつもだったら保有者だろうとくたばってたんだよ。」
「はぁ…あんたの医者嫌いも、どうにかならないものかね。」
銀蛇は猟犬の隣に座ると、コーヒーを一杯、彼に渡す。
猟犬は、冷めないうちにそのコーヒーを飲み干す。
「で、次ぁいつ出発なんだ。」
「全員が揃ってからよ。聞いてなかったの?」
「たく、俺一人で十分だっての。」
「まあまあ、今は堪えろって事ね。」
銀蛇は、足元のドーベルマンを撫でる。
「明日で、イーザイド帝国を終わらせるのだから。」