逢敵
「………?」
メルティは恐る恐る振り返る。
車内には、先程までアハデンだった物が転がっていた。
今度は、アハデンを貫いた凶弾の弾道を目で追ってみる。
辿り着いたのは、時計塔の屋根の上。
黒いジャケット。
黒い短髪。
スマートで、それでいて筋肉質の体。
その顔を見たメルティは、かっこいいと言う感想を抱いた。
「……」
狙撃手はメルティからの視線を察知した瞬間、その場から姿を消した。
布に弾丸が当たり、弾かれる。
「馬鹿者!布にも効かないと言っただろ!」
敵軍の誰かが言ったそんな声で、メルティは我に帰る。
「ひぃ!」
(ど…どうしよう!)
メルティは、何処か隠れられそうな場所を探す。
堕とされたと言う割には、町は比較的綺麗な状態を保っていた。
メルティは凶弾となりえる弾を腕で弾きながら、一先ず、路地裏のゴミ箱の裏に隠れた。
「はぁ…はぁ…」
此処は敵地の真ん中。
自身を狙うは、総数不明の敵と凄腕の狙撃手。
対して自分が今使えるものは、この身一つと、
「…あ。ハウンド。」
ボムハウンドの事を思い出した瞬間、メルティの腕に小さな魔法陣が展開される。
魔法陣からは、先程作った奇妙な円盤が現れた。
「もうこれしかない!」
メルティは、円盤を軍勢に向けて投げ付ける。
円盤は、十字の部分を敵に向けた状態で空中で静止する。
円盤が十字の部分からハッチの様に開き、それは小さな青い光を湛える小さなポータルに変わった。
そしてそのポータルから、漸くメルティのお望みの物が出てくる。
体は、三角錐二つを底面で繋げた形の、浮遊する水色の発光する石。
足は、四本の銀色の金属製の円柱。
頭は、銀色の三角柱。
手足も頭も直接繋がっておらず、メルティの四肢と同じく独立したユニットになっていた。
矢継ぎ早に出現するボムハウンド達は、生誕して早々敵に向けて突進を始める。
「うわ!なんだこいつら!」
「気を付けろ、データにない魔法だ。」
銃弾が、ボムハウンドに向けて放たれる。
銀色の部分に当たった物は弾かれたが、ハウンドの核である胴体に当たった物はめり込んだ。
彼等の速度には、一切の影響は出なかったが。
最初に生成され先頭を走っていた個体が、敵軍に飛び付く。
そのボムハウンドの胴体は閃光を放ち、熱によりその使い捨ての四肢と頭は溶ける。
「何だ!?」
次の瞬間、ボムハウンドの胴体だった小型爆弾が爆発した。
爆風により、敵兵は建物ごと吹き飛ばされる。
爆心地近くにあった賓客護送車は衝撃で大きくへこみ、爆風によって融解した。
(凄い…対戦車砲みたい。いや、もっとかも。)
ゴミ箱の裏から、メルティは事の成り行きを観察する。
ボムハウンドは次々と爆ぜていき、メルティ達を包囲していた部隊は壊滅へと近付いていく。
最後のボムハウンドを生成し終えたポータルは消滅する。
建物は壊れていき、最後のボムハウンドが爆発する頃には、そこは溶けた瓦礫の山になっていた。
「ほ…」
一難去ったと思い込んだメルティは、ゴミ箱にもたれかかって座り込む。
すると斜め上から大きな銃弾が飛んできたので、メルティはそれを慌てて腕で受け止める。
「!」
ライフル弾は貫通こそしなかったものの、メルティの機械腕に深々と突き刺さった。
メルティが弾を引き抜くと、傷は直ぐに修復された。
(どうしよう…きっとあの狙撃手だ…)
メルティは、弾が飛んできた方を見る。
射位は教会の屋根の上の十字架の上という事は分かったが、そこに人は居なかった。
「!」
今度は、その反対方向から狙撃される。
メルティはそれは、身を躱すことで対処する。
建物の隙間に居るにも関わらず、メルティは全く別々の方向から二度撃たれた。
(一体どこ…?)
メルティは、真上で何かが抜ける様な音を聞く。
弾丸が、メルティの脳天めがけて飛来する。
「うわ!」
メルティは、反射的に両腕を重ねる。
細長い銃弾はメルティの両腕を串刺しにすると、破裂する。
メルティの両腕は吹き飛ばされ、ただのスクラップになってしまった。
「そこだ!」
黒髪の狙撃手が、ナイフを構えて真上から降ってくる。
両腕の無いメルティは、身を転がして急降下に対処する。
狙撃手は、ゴミ箱の上に着地した。
「兵器の如き戦闘能力。コンピューター並みの思考速度。操作盤無しでの機械の操作。成る程、それが“機械の体を得る”魔法の本質か。」
メルティの腕だったスクラップが、腕の部分に集結していく。
変形した破片は元の形に戻り、消失した部分は再生し、メルティの腕はパズルの要領で再出現した。
「あの、私は本拠地に帰りたいだけなんです。通して下さい。」
ゴミ箱の前に立ち、男を見上げる。
否、彼は狙撃手と言うよりも、狙撃銃を持った戦士と呼んだ方が正しかった。
「させるかよ。俺達にだって、絶対に失敗できないミッションがあるんだ。」
男が引き金を引くと、狙撃銃は変形し剣となる。
剣とナイフを構え、彼はそのまま臨戦態勢に入る。
「とにかく、お前を此処から逃がしはしない。この命に代えてもな。」
「た…戦うしか、無いんですね。」
次の瞬間、メルティはその場から姿を消す。
(速い!)
メルティの拳が、男の腹に直撃する。
男は吹き飛び、路地裏を構成していた建物の壁にめり込み、そのまま建物を次々と突き破る。
「ぐ…がはっ…がぁ!」
最終的に、男はスクランブル交差点に放り出される。
男が腹を抱えながら立とうとしている間に、大通りからゆっくりとメルティが歩いて来る。
「魔法使いじゃ…無いんですか…?」
「………」
男の額から、血が流れている。
コートやコートの中から覗く防弾チョッキからは青い稲光が漏れ出ており、チョッキにできたひび割れからも血が流れている。
もしも猟犬や銀蛇がこの男と同じ装備を纏っていれば。無傷で済んだだろう。
「…俺の名前はレイ。無保有者のレイだ。」