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順応

「あの、良いんですか?戦場ではまだ戦いが…」


「あの地区は放棄する予定だ。一般兵には侵攻作戦とされているが、実際は威嚇しつつ後退しているだけだ。」


「それは…」


「耐えてくれ。魔法使いよ。この国にはもう余裕が無い。虚栄を貼るだけで精一杯なんだ。」


メルティは今、重役を護送する為の装甲車の中に居た。


クッションは何処までも沈み込み、雲の上に居るかの様である。

窓が無い代わりに車内は小さなシャンデリアで照らされており、軽食を楽しむ為のテーブルも用意されている。

傍らには、小さな冷蔵庫が二本の赤ワインを冷やしていた。


メルティの隣には、軍服姿の小太り男が座っている。


名前はアハデン。

イーザイド帝国参謀副長官にして、メルティ達の参戦していた侵攻作戦の最高司令官を務めている男だった。


「………」


メルティはただ黙って、ガラステーブルを眺める。

アハデンはその隣で、赤ワインと葉巻を嗜んでいた。


「ただ、新たな覚醒者が現れた時点で、当初期待されていた作戦効果を軽く超える成果を得た。今から作戦を打ち切っても、十分お釣りが来るくらいにな。」


余裕が無ければ、戦場で戦っている兵士達を放っておいても良いのか。

私が手に入っただけで、彼らにはもう何の価値も無いのか。

喉の奥から込み上げてくるそんな言葉を、メルティはそっと押し込んだ。


「ワイン…は無理か。だがチョコもあるぞ。本場ギーデンから取り寄せた最高級品だ。要るかい?」


「結構です。」


「ふむ、そうか。」


アハデンは、テーブルの上で箱を開ける。

薄い箱の中には、マス目で分けられた9つの部屋があり、それぞれの部屋に一つづつ、形もデザインも全く異なる小さなチョコが入っていた。


アハデンはそれを三つほど取ると、同時に口に放り込んだ。


「ん?どうした?欲しくなったなら遠慮無く言ってくれ。君はもう我が国の重要人物だからな。」


前線では、圧倒的に医療用品が足りなかった。

指揮官には、国の財政難が原因と説明された。

目の前に広がるこの光景に、メルティの心はキリキリと絞められた。


「副長官殿、そろそろ到着です。」


「おお。流石は賓客用護送車だ。相変わらず早いな。」


少しすると、車は停止する。

スライド式ドアが開かれ、外の生暖かい空気が車内に流れ込んでくる。

アハデンが下車する前に、外から手榴弾が投げ込まれた。


「なんだ!?」


手榴弾が足元に転がってきて、狼狽えるアハデン。

メルティはそんなアハデンを押しのけて、爆発する前の手榴弾を握り潰した。


手榴弾からは、刺激臭のする桃色の液体が滲み出てくる。

それには、少なくとも殺傷性は無かった。


ーーーーーーーーーー


構造解析完了

設計図【ボムハウンド】が解放されます。


ーーーーーーーーーー


「え?」


ーーーーーーーーーー


【ボムハウンド】

自爆機能を持った自走式小型機械。

主の使徒たる忠犬は、己が身を捧げ主の特益へと還る。それが道具の道理たりや。それが使徒の宿命たりや。


材料(20基)

【ブラフニウム】10個


ーーーーーーーーーー


「ああそうだ。さっき、何でお前んとこに顔出したかやっと思い出したぜ。」


「うわひゃあ!?」


先程まで何も居なかった筈のメルティの左隣に、ジッドが座っていた。

周囲から音は消え、アハデンもピクリとも動かないし、メルティも口以外は全く動かせなかった。


「あの、御用とは…」


「チュートリアルだよ。お前のその“スキル”のな。」


「ちゅーとりある…?」


ジッドは車の冷蔵庫からワインを取り出すと、素手でコルクを開ける。

葡萄の芳醇な香りが、車内一杯に広がる。


「先ずお前のそのスキルは、かつてとある世界で創造主と呼ばれていた男の物だ。常にチェレンコフ光を放ち続ける謎の超硬質量物質、“ブラフニウム”を材料にしてな。」


「あの、スキルって何ですか?」


「え?ああ、お前んとこの魔法みたいなもんだと思ってくれて差し支えはねえぜ。もっとも、実際は全くの別物だけどな。」


ジッドはワインをラッパ飲みし、ものの数秒で空にしてしまう。


「ブラフニウムは全能の物質だ。加工次第でどんな性質にも変わるし、一定量であれば無から有機物を生み出す事だって出来る。正しくブラフマー、宇宙の根源だ。」


「凄い…んですね。」


そのスケールに、メルティの理解は追い付かなかった。


「ただお前も知っての通り、ブラフニウムから何かを作るには設計図が必要だ。」


ジッドが指を鳴らすと、次の瞬間にはメルティもジッドも全く別の場所に居た。

その場所では、メルティも自由に動けた。


床は薄く水が貼った石畳。

上は満点の星空。

周囲には所々に遺跡の一部が建っているが、それ以外は何も無い。


「ふわぁ…此処は?」


「俺の固有空間だ。中々イカしてるだろ?」


ジッドがそう言うと、メルティの目の前に四角い油粘土が出現する。


「なあメルティ。早速で悪いが、それで“星”を作ってみろ。」


「え?星…ですか?」


「ああ。」


メルティは粘土を手に取り、徐に捏ね始める。

その握力は小さな重機にも等しく、粘土はメルティの思い通りの形に変わっていった。


「で…出来ました。」


メルティの作った星は、五つの尖角を組み合わせて作った、所謂星型だった。


「おいおい、それの何処が星なんだよ。」


ジッドがそう言うと、引力によって粘土が彼の手に吸い寄せられる。


「星ってのはな、」


ジッドはメルティの作品を握り潰し、じゃがいも型の物体を作る。


「こうだろ。」


「ええ…」


「粘土と同じく、ブラフニウムにも無限の可能性がある。だが可能性があり過ぎるが故に、そのままじゃ何にも使えねぇ。」


メルティの目の前に、青色の光を放ち浮遊する物体が現れる。

それはガラスよりも透き通っており、一切の凹凸の無い立方体をしている。

これが、ブラフニウムである。


ーーーーーーーーーー


以下のアイテムを入手しました。


【ブラフニウム】10個


ーーーーーーーーーー


「さ、やってみな。」


「えっと…《創造・ボムハウンド》?」


ブラフニウムの表面に、青色の光る直線がマス目状に浮かび上がる。

直ぐにブラフニウムはその線の通りにバラバラになり、10個の小さな立方体になる。

立方体達のうちの9個は縁を描く様に並び、最後の1個がその中心に移動する。

陣形が完成した瞬間ブラフニウム達は形と色を変化させて行き、一つの機械に姿を変えた。


「これが…ボムハウンド?」


それは、十字の切れ込みが入った水色の円盤である。

切れ目の奥からは、青い光が漏れ出ていた。


「さっきのボムハウンドみてえに設計図は物をぶっ壊したりしても手に入る事が有るし、リンカネイションみてえに聖域に残ってたのがデータとしてお前に流れ込んでくる事もある。ま、滅びまではまだ長いし、気長に集めりゃ良いさ。」


「………」


メルティは、出来上がった円盤を不思議そうに眺める。

素材はガラス質で、裏側には一切の凹凸すら無い。


「クソ、運転手もグルか!」


「…!」


アハデンの忌々しそうな声で、メルティは正気を取り戻す。

ドアは全て閉められ、運転手はアハデンの持つピストルで撃ち殺されていた。


「あの、一体何が。」


「おお、催眠液を至近距離で嗅いだと言うのにもう起きたのか。流石は魔法使いだ。」


メルティは周囲を見回す。

鉄くずと桃色の液体が少量残っていたが、手榴弾は何処にも無かった。


「さて、我々は今」


アハデンが話し始めると、車体が一度大きく揺れた。


「かなりまずい状況にある。どうやら私が留守の間、デチルト王国とは別勢力から本土へ攻撃があった様だ。既に第2区画まで堕とされたらしい。」


「それってつまり、私達は戦争に負けちゃったんですか?」


「いや、まだ我らが本拠地、第三区画が残っている。一先ずそこを目指す。」


アハデンはピストルに弾を込め、呼吸を整える。


「私はかつて、司令官に三度見捨てられた。そして三度とも自力で帰還した。だから今此処に居る。」


アハデンは、メルティの方を向く。


「魔法使い。君が弾除けになってくれ。敵は私が何とかしよう。」


「わ…判りました。」


メルティはそう言うと、ドアの取っ手に手をかけて、勢い良く開け放つ。


“バンッ!”


その瞬間弾丸がメルティの頭の横を掠め、アハデンの額を貫いた。

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