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手を開いたり閉じたりして、メルティは再生したばかりの腕がちゃんと動くかどうかを確かめる。

仕上がりに満足した彼女は玉座から立ち上がり、聖域を後にした。



〜〜〜



昼下がり。

診療所の裏庭で、アレックスとシーラがかけっこをして遊んでいた。


「タッチ!次はアレックスさんが鬼だよ!」


「ああ!不意打ちなんて卑怯だぞ!」


「不意打ちじゃ無いもん♪戦略だもん♪」


そんな2人の様子を、青色のワンピース1枚だけを着たメルティが、壁にもたれかかりながら見ていた。

メルティの直ぐ横にある窓からは、リスが顔を出している。


「いやはや、まさかあそこまで回復するとは。驚きだよ。」


「………あの。」


「ん?何かねメルティ君。」


「彼女は何処から、あんなに沢山の言葉を覚えたんですか。」


「ああ。言語野を再生した時に、一緒に人造記憶もインストールしておいたからね。何処かおかしかったかい?」


「いえ、何でもありません…」


そもそも記憶など、脳が構築するシステムに過ぎない。

もしも脳を細胞単位で作り変える事が出来れば、どんな記憶でも植え付ける事が出来る。

メルティ自身も、頭ではそう理解していた。

ただ、どうにも釈然としない。


「まあ君の気持ちもよく分かるよ。メルティ君。」


リスはそう言いながら、メルティの方に眼をやる。


「……?」


腰の下まで伸びた白青色のガラス細工の様な髪は、陽光を浴び、透き通る様に煌めいている。

一方でその瞳は、光を浴びているにも関わらずその色味は暗闇で見る時と何ら変わらず、深い蒼色を湛えている。

蒼いワンピースは日光を透過し、彼女の身体のシルエットが透けて見える。


「あはは。成る程。まさか吾輩もそっち側だったとは…いやはや…いや、単に君が魅力的過ぎるだけかな?」


リスはそう言いながら、不思議そうに首を傾げるメルティを見つめる。


その時、診療所の出入り口のドアが開かれる。


「おーいリス―。戻ったぞー。いつも通りのプリン1ダースで良かったかー?」


「おおガート!お帰り!」


リスは母親が帰ってきた時の子供の様に、トテトテと助手の帰りを迎えに行く。


「………」


メルティは再び、庭に視線を移す。

シーラに捕まったアレックスはそもまま押し倒され、くっつかれていた。

戦争中とは到底思えない、平和的な光景である。


シーラの脳には治療の一環として、予めメルティとアレックスに面識を持つ様な記憶が微かに埋め込まれている。

可能な限り、元から健常だった人間を装える様に、食べ物の好き嫌いや性格まで設定されていた。


「…気持ち悪い…」


再生医療の一環である事は、軍でも習ったし、リスの説明で十分理解している筈だった。

しかしそれでもメルティは、そんな事が当たり前に行われている事が、どうしても受け入れられなかった。


「………」


シーラは権力を狙う大人達の為にその人生を失った。

この点に関して言えば、自身も決して他人事では無い。


「ねえねえアレックスさん!私、記憶を無くす前はどんな人だったの?」


「ええ?えっとね…今と変わらない、可愛くて元気な子だったよ。」


「そうなの?じゃあ私、今のままでも良いよね?」


「まあ、過去の為に今の自分を偽らなくても良いと思うよ。」


「もぉ、難しい事言われても解んないよ。」


「あはは、ごめんね。」


言葉を交わしたのは今日が初めてだと言うのに、アレックスとシーラは、まるで姉妹の様にも見えた。

アレックスはかなりおどおどとしているが。


(少なくとも私の国では、シーラの様な目に遭う人は出さない。絶対に。)


そう決意するとメルティは1人、自国に帰るべく背後の壁に聖域への門を開く。


「何処行くの?」


いつに間にやらメルティの真横に来ていたジェニファが、悪戯な笑みを浮かべ彼女に問い掛ける。


「帰る。」


「あたし達を置いて?」


「じきにトファルエルが迎えに来る予定だから。安心して。」


「ふふふ。全く、貴女は本当につれない女の子ね。」


「…ごめんね。いつまでもトーワに任せきりじゃ行けないから。」


メルティはそう言い残し、聖域の中へと消えて行った。



〜〜〜



広い屋敷は、使われていない部屋の隅々までピカピカに磨かれていた。

食器は大きさ順に整理され、庭の植物は剪定し尽くされていた。


「…暇だね、トーワ。」


思いつく限りの全ての仕事を終わらせたシーハが、ソファに寝転がってうとうとしている。


「…なの…」


トーワは、コピーしたての暖かい書類を積み上げて作った布団の上で寝ている。


「…もう仕事は終わったの?」


「…なの…」


「…ご主人様はいつ帰ってくるんだろうね。」


「…なう…」


「?」


突如居間と玄関を繋げるドアが、独りでに勢い良く閉まる。

ドアが再び開かれるが、その向こうは玄関では無く蒼い光で満たされる別の空間。


「ただいま。」


はるか遠くの異国より数秒で、メルティは屋敷への帰還を果たした。


「うわぁ!?」


シーハは驚いてソファから転げ落ちる。


「お帰り…なの…」


トーワは書類の上で猫の様に丸くなったまま言う。

メルティは帰ってきて早々、そんなトーワの前までやって来る。


「………」


自身の出番を察したトーワは、書類を1枚足りとも崩さずに、その山の上に座り直す。


「ねえ、トーワ。」


「…何?」


「正直、まだ実感があるわけじゃ無いけど、私も一応は皇帝…なんだよね。」


「…うん。でも、此処は実力の国。誰もご主人様に疑念を持ったりなんてしてないよ…みんな見てるし。知ってるんだから…」


「ありがとう。そう言ってくれて、嬉しいよ。」


「もしかして…何かしたいの?」


「…流石トーワだね。うん。折角だし、そろそろ皇帝らしい事をしたいんだ。」


「ふーん。」


そう言うとトーワは、書類の山から飛び降り、とてとてと二階へと消えて行った。


「…?」


数分後、メイド服から着替えたトーワがリビングに戻ってきた。


オリーブ色のジャケット。

ジャケットの下から覗くは、赤色のミニスカート

黒く目の詰まったタイツ。


トーワのその格好を始めて見るメルティにも、それが彼女のよそ行きだと言う事が理解出来た。


「可愛い…どうしたの?急に着替えて。」


「先ずは形から入らなきゃね…なの。シーハ、シーハのあれも借りるね。」


トーワは書類の山の中から、ハンカチとティッシュを取り出しながら言う。


「まさか、私なんかの服をご主人様に着せる気なの?」


「…一回だけだよ…」


トーワはそう言うと、メルティの手をひく。

トーワはいつでも無表情だが、その時は何だか楽しそうに見えた。



〜〜〜


診療所の待合室。


「ねえ…」


ジェニファは、それを指差す。

指の先には、棒立ちのまま放置された【リンカネイション】があった。


「これ、メルティちゃんに届けた方が良いのかしら。」


ジェニファの隣では、アレックスが腰に手をあててそれを見ている。


「いや、こう言うのは下手に弄らない方が良いって絶対。」


アレックスの足元には、困った様子のリスも居る。


「これそろそろ退かしてくれないか?朝に検診に来た人が怖がってたのだが…」


ジェニファとアレックスの間に、ガートが押し入って来る。


「いやでも、重いのか固定されてるのか解んないすけど、全く干渉できないんですよね。」


ガートはそう言ってリンカネイションを抱き上げようとして見るが、文字通り少しも動かない。

手足から分離され体は宙に浮いている状態であるにも関わらず、まるで空間に固定されているかの様にビクともしなかったのだ。


その時、不意にリンカネイションは目を開ける。


「来る。」


その言葉に呼応するかの様に、地響きが巻き起こった。

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