健闘
「あう…ああ…」
シーラは待合室の椅子に座って、何かを喋るかのように口をパクパクさせている。
「こりゃ酷い…一体この子に何があったんだい?」
リスはシーラの"診察"を終え、続いてドン引きする。
「伝統と言う名の錆びついた慣習と、それを利用しようとした汚い大人の思惑に巻き込まてしまったみたいなんです。」
「そ…そうなのか…」
その時、外へと続くドアが開かれる。
急患を警戒したリスはドアの方を見るが、直ぐにその表情は解ける。
「何だお前か。」
診療所に入ってきたのは、一人の白衣の青年だった。
「可愛い小間使いに向かって、何だお前か、とは何ですか先生。」
黒い長髪。
四角い眼鏡。
その顔立ちは、理知的で整っている。
「避難所の方は粗方片付いて…ん?ロリが3人に増えてる。先生の仲間ですか?」
「吾輩はまだしも、客人と患者をロリ呼ばわりは良くないぞ。ガート君。」
彼の名前はガート。
リスに診療所を貸したり、資格が無いリスの代わりに医療処置を行ったりする、リスの助手である。
「成程、今日も急患ですか。症状は。」
「危険薬物による重度の脳損傷、放っておいたら死亡間違いなしの奴だ。それとビタミンD不足だね。」
「はぁ…こんな日に限って一番面倒な脳ですか。で、処置は。」
「此処は定石通り、再生医療の力を借りようか。シリンダーの起動を済ませておいてくれ。」
「はいはい。あ、僕は夜に別な仕事があるんで、付き合えるのは午後までですよ。」
「構わんさ。一通り済ませれば、後は待つだけだからね。」
死と言う言葉が出たにしては、2人のやり取りは妙に落ち着いていた。
衛生兵としての経験もあったメルティには、それが不気味に見えた。
~~~
雨が降っている。
大理石の巨大な墓石が濡れている。
墓石の前には、男が一人。
「…アハティー…」
メルドリウスは、墓石を読み上げる。
「覚えてるか…お前が二つ目の魔法に目覚めた日の事…」
メルドリウスは、コートの内ポケットから小さな十字架を取り出す。
十字架は金で出来ていて、赤や緑の丸い宝石が所狭しと埋め込まれていた。
「あの日、お前が最初に顕現させた法具だ。今思えば、俺達はあの日が出発点だったよな。」
メルドリウスは、皺の刻まれた顔で微かにほくそ笑む。
「人買いの温床になってた国叩いて、そこを最初の俺たちの国にして。少しづつ少しづつ領地を広げてって、最初は俺たち二人だったのが、気付けば14人にまで増えてたよな。
…いつからかお前は聖王って呼ばれるようになり、その家来の俺達は枢機十三卿とか呼ばれる様になった。」
メルドリウスは目を閉じる。
瞼の裏は闇では無く、かつて友と共に見た戦場の明星があった。
「あの時は楽しかったよなぁ。毎日毎日戦いに明け暮れて。いつの間にか国は勝手にでかくなってく様になってな。」
記憶を辿り続けるメルドリウス。
その、雨音の中続いた追憶の旅は、ある一点に引っかかる。
「そういえば、あいつは今どうしているだろうか。覚えてるか?あの14人揃った俺達に唯一圧勝した、あの何やっても死なない女。流石にもう婆さんかね。ははは。」
1人で喋り続けるメルドリウスの背後に、1人の女性が現れる。
女性は黒いローブを纏っており、口元以外は全て黒で覆われていた。
「鉄壁卿、そろそろお時間です。」
「ああ。もう夕方か。済まないね、手を煩わせてしまって。」
「いえ、これも私の仕事です。」
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暗い部屋の中。
「まさか、本当にこの世界に存在するなんてね。」
アレックスは、エメラルド色の光に照らされながら率直な感想を述べる。
「ええ。あたしも本かアニメの中だけかと思ってたわ。」
ジェニファは、立ち上る蛍光緑の泡を目で追いながら続ける。
「兵士の切断された四肢をくっつけるときに似た様な物を使ったことがありますが、まさか…」
メルティは、蛍光色の培養液に浸されたシーラを見ながら唖然とする。
「それの全身バージョンがあったなんて。」
シリンダー。
それは蛍光緑色の液体で満たされた、円筒形の巨大な容器だった。
上下は重厚な機械で蓋をされており、時折空気を吸い込んだり吐き出したりしている。
それが木の壁に据え付けられた割れたコンセントの穴と、細いケーブル一本で繋がっていた。
「あの…」
メルティが不安げにリスに質問する。
「大丈夫なんですかこれ…もし停電でもしたら…」
「その時は中の液体が勝手に排出される。だから、溺れちゃうなんて事は起こらないよ。」
リスは自慢げに答える。
彼女の発明と言う訳でも無いが。
「それにしても、こいつが一日稼働しても、先生のポンコツドライヤー1分に電力消費で負けるの普通に凄いと思いますよ。」
ガートはシリンダーを見上げながら、感慨深そうに呟く。
「ふっふっふ。そうだよガート君。吾輩のこの美貌はとーってもお金が掛かってるんだ。だから、そんな可愛い師匠をもっと敬って可愛がってうーんと甘やかしなさい。」
「じゃ、僕は遠くで別な用があるんでこれにて失礼。」
「あ、ちょっと!ガート君!」
「お土産にコンビニパフェでも買ってきますよ。それで良いっすね。」
ガートはそう言い残し、暗く広い暗室から出て行った。
「んもぉ、ガートったら、ツンデレなんだからぁ。」
リスは嬉しそうに、両の頰に手を当て体を揺すっている。
その様子を微笑ましく思ったメルティは、くすりと笑う。
(私もいつか…こんな夫婦になれたら良いな。)
異性との出会いには全く恵まれていないメルティだが、ふと心の中でそんな事を呟いた。
〜〜〜
暗い、ホール型の巨大な部屋の真ん中に、円卓が一つ。
円卓を囲むのは、それぞれ違った文様があしらわれた13席の玉座。
天井は遥か高く、本物の夜空の星々が投影されている。
「やっと来たか。“久遠候”ガート。老人の時間は高くつくぞ。」
円卓を囲う中の1人、目元以外の全てが白い雲の様な髭で覆われた小柄な老人が文句を言う。
「すまん。急患で遅れた。」
ガートはその中の一つに座る。
これで、円卓を囲う13席の全てが満たされた。
「さて、10年振りに十三候全員が揃った訳だが、今の我々に友を懐かしんでいる余裕は無い。急で悪いが、早速議題に移らせてもらう。」
メルドリウスは発言する。
「待ってくれ。久遠候の代替わりは聞いていたが、俺の隣のこの小娘は誰だ。」
メルドリウスから見て斜め右の席の男が遮る。
服は、無数の勲章で覆われた緑色の軍服。
背には銃。
筋肉質の体は僅かに日に焼けている。
無敵候ディードリッヒ、それが彼の名だった。
「ふむ、そうだな。せっかくの機会だ、紹介ぐらいはした方が良いな。君、私の隣へ。」
メルドリウスはディードリッヒの言い分を汲み、“隣の小娘”を自身の近くまで来させる。
「紹介しよう、彼女は“烈火候ジャスピア”。貴殿らの察しの通り、昨年逝去した烈火候ビラデンの後継者だ。」
赤色で、髪は耳が隠れる程度。
体は小柄で、胸や右腕の肩と言った急所は革製の部分鎧で守られている。
瞳は美しい青色。
笑顔が眩しい、元気な少女だった。
「初めまして!あたしジャスピアって言います!趣味はスポーツ、好物は焼肉っす!これからお世話になる事になりました!どうぞよろしくお願いします!」
ジャスピアはホールに響く程元気な声で、簡単な自己紹介を済ませる。
大半の参加者は何の反応も示さず、至近距離で大声をくらったメルドリウスは耳を塞いだ。
「こんばんわぁ。ジャスピアさん。」
そんな中、参加者の一人がジャスピアに挨拶をする。
ショートボブの黒髪。
ジャスピアよりも更に小柄な体躯。
大きな黒い瞳。
人形の様に愛らしい顔立ち。
右目の目じりには、とても小さく、しかし何故か目を惹く涙ぼくろがあった。
「こんばんわ!えっと…貴女は…」
「初めまして。私の名前はメーラ。年が近い子が来てくれるなんて嬉しいわぁ。」
「初めまして!メーラ先輩!」
「ふふふふふ。これからよろしくねぇ、ジャスピアさん。貴女とは気が合いそうだわぁ。」
今が好機と言わんばかりに、メルドリウスが咳ばらいを挟む。
「私は堅苦しい会議が嫌いだ。出来るだけ早く終わらせたいのだが、良いかな?」
「あ、す、すいませんメルドリウス先輩!」
「ごめんねぇ。少しはしゃぎ過ぎたわぁ。」
2人はメルドリウスに謝罪し、ジャスピアは元の席に戻る。
「では、今回の議題だが…」
「ならん!」
メルドリウスの台詞を、ディートリッヒが断ち切る。
ジャスピアの自己紹介では無反応だった他の参加者達の中からも、これにはため息が漏れた。
「ならん!ならんぞメルドリウス!この様な小童があのビラデンの後釜などとは!」
「はぁ…何が望みだ。ディートリッヒよ。」
「そんなの決まっておろう。すうぅ…ジャスピアあああああああああああああ!!!!!」
ディートリッヒの叫びに、ホール全体が振動する。
「はひいい!?」
ジャスピアは勢い良く立ち上がる。
「お前が枢機十三卿に相応しい者か、此処で証明してみせよ!」
ディートリッヒの要求に、メルドリウスは頭を抱える。
「はぁ…これだから脳筋は…」
「いやでも、今回ばかりは僕もディートに賛成ですかね。戦闘力が買われたとはいえ、彼女は殆ど飛び入り参加って感じだし。それにディート程顕著でなくても、同じような考えの人も少なからず居ると思いますよ。」
そう言ったのは、ガートだった。
「確かに、戦闘力としての彼女を評価するには、書類よりも実際にこの目で見た方がより適切な判断を下せる。それにこうして十三候全員が揃う事もそう無じゃろうし。メルドリウスよ、わしもディートに賛成じゃ。」
次いで、ちょうどメルドリウスから見て反対側に座っている参加者も進言する。
白く長く細い髪。
纏っているのは、着古されくたくたになった着物。
顔も手も皺だらけだったが、座る姿勢は完璧だった。
彼は武王候、伊右衛門である。
「はぁ…こうも賛成者が居るとなると無下には出来ないな。仕方無い。分かった、ジャスピアの親善試合を認める。正し、相手はお前じゃないぞディートリッヒよ。」
「何?」
「お前が戦うとこのホールが無事では済まない。それに此処には、戦闘向きで無い者も居る事を忘れないで頂きたい。」
「ぐぅ…では誰がそいつと戦うのだ。まさかお前とは言うまいな。メルドリウスよ。」
そう言われたメルドリウスは、ゆっくりと視界を逸らす。
その視線の先には、メーラが居た。
「まぁ、私ですか?」
「君はこの中で唯一、手加減の言葉の意味を理解しているからな。頼まれてくれるか?」
「勿論ですともぉ。」
「ふむ、ではよろしく頼むぞ。"無垢候"メーラよ。」




