要件
「どうも、リスさん。私の名前はメルティ・アーネス。そこの大きい方はジェニファで、寒そうな方がアレックスって言います。」
「うむうむ。流石は一国の君主、敬うべき者に対する礼節がしっかりしているな!あのトーワ氏を小間使いにしているだけある!」
リスは、メルティの実体付きホログラムの手と握手を交わす。
先に邪魔に入ったのは、アレックスだった。
「ちょちょちょい!メルちゃん、まさか本気で信じるわけ!?この子が本物のお医者さんな訳無いでしょ!きっとこの子のお父さんかお母さんか…それか兄弟か親戚が、ボクらの探してる人だって。」
それを聞いたリスは、顔を赤くして膨れる。
「そこの寒そうな君。魔法は飛行系で、よく夜更かしするだろ。」
「え?まあ…」
「全身の筋肉量が平均以下だ。特に足、大腿二頭筋が退化寸前まで委縮しているぞ。君はもっと甘いものと野菜だけじゃなくたんぱく質の取れる物を食べて、飛んでばっかりいないでジョギングも始めろ。あとそこのお姉さんみたいになりたかったら、早寝早起きも心掛けるんだ。良いな。」
「へ?は…はい…え?」
リスは1分前に出会ったアレックスに、付き合いの長い主治医相当の問診を行った。
「へぇ。凄いじゃない。どこからが魔法でどこからが眼識なのか、見当も付かないわ。あたしも見てくれる?」
ジェニファは、好奇心に満ちた目でリスを見つめる。
「キミは…凄い。癌細胞一つ無い完璧な健康体じゃないか。吾輩の1年間の医者人生で、これ程までに完璧な肉体は初めてだよ。」
「《透視》?」
「おっと、流石にバレてしまったか。」
リスは気まずそうに後頭部をかく。
《透視》は、効果のシンプルさとは裏腹に、非常に報告例の少ない魔法である。
その理由としては二つあり、先ず、透視は何のエフェクトも無く行えるため外部からの観測が非常に困難な事と、持っていたとしても自分から公言する者が殆ど居ないからである。
「綺麗なお姉さん。出来れば、吾輩の魔法の事は秘密にしてて貰えるかね。」
「ええ。解っているわ。変な人たちに変な勘違いをさせてしまっては大変だもの。」
「助かるよ。」
リスはそう言いながらメルティの方にも目をやったが、直ぐに逸らした。
透視などしなくても、彼女が医学を必要としない種の存在である事を直ぐに理解したからだ。
不必要な透視は可能な限り行わない。
これが彼女のポリシーだった。
「コホン、これで吾輩を信じるつもりになったかい?アレックス君。」
「す…すみませんでした…」
尊厳を回復したリスは、満足そうに頷く。
「っと、立ち話もなんだ。一先ず吾輩の家に来ておくれよ。直ぐ近くなんだ。」
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第百七十四哨戒基地。
そこはほぼ全てが煤で黒く染まった鋼で出来ており、そこら中に溶けた金属が流れるパイプが張り巡らされていた。
「く…誠に申し訳ございません…メルドリウス卿…このような手間を掛けさせてしまい…」
メルドリウスの足元には上半身だけの溶岩王が居る。
溶岩王は、メルドリウスから提供された上質な岩石から、新たな体を作り直している最中だった。
「いや、良いんだ。彼女は魔法、実力ともに我々に匹敵するレベルの傑物だ。気負う事は無い。暫くは君の部下共々後方支援に回す故、ゆっくりと傷を癒すといい。」
「ありがとうございます…」
メルドリウスはコートの裏から更に岩石を取り出し、溶岩王が乗っている岩石の山に追加すると、その場を後にした。
(様々な兵器を召喚し、無尽蔵にけしかける魔法か…まるで戦争の為に生まれた魔法の様だ。)
彼が緑色の薄暗い照明で照らされた、鋼の廊下を歩いている時だった。
「おい。」
彼は背後から、声を掛けられた。
溶岩王の声では無かったので、メルドリウスは振り返った。
「誰だね君は。新兵がこんな所に来てはいけないよ。」
「おい爺さん、お前メルティと会ったって聞いたぞ。何処にいた。」
男の左の壁から幽霊の様に鉄板が浮かび上がり、男を突き飛ばす。。
男は右側の壁にめり込み、割れたパイプからは低温の水蒸気が噴き出す。
蒸気の気温差によって、周囲には霧が立ち込めた。
「急に出てきたかと思えば、何だねその態度は。」
「ってえなぁ…」
男はポケットからハンドガンを取り出す。
そのハンドガンは、赤い稲光を纏っていた。
「いきなり何しやがるテメェ!」
「その魔法…君が噂の猟犬か?」
猟犬は発破する。
メルドリウスの目の前に新たな鉄板が出現し、赤い光を放つ銃弾は呆気なく弾かれる。
「君の噂はかねがね聞いているよ。喧嘩っ早く短気。敵は勿論、時には気に食わない上官や味方まで手に掛ける狂犬だと言う話じゃないか。」
猟犬の両側の壁から鉄板が浮かび上がり、猟犬をサンドイッチの様に挟む。
「ぐ…」
「いやはや実に残念だ。しょうもない主人を持ち、君の魔法も泣いているぞ。」
猟犬を挟んでいた鉄板が、赤い光を帯び始める。
メルドリウスの魔法にこの様な力は無い。
「《特価強化・攻撃性》!」
「ほぅ。」
猟犬は攻撃力と引き換えに耐久力が大幅に下がった鉄板を、拳で砕いて破壊する。
この鉄板に、攻撃力は意味の無いステータスだ。
「ただの馬鹿かと思ったが、意外にやるじゃないか。」
メルドリウスの目の前に新たな鉄板が現れ、縦方向に変わり猟犬の方へ突進する。
猟犬はそれを跳躍して躱す。
直後、真上に新たに現れた鉄板によって猟犬は地面に叩きつけられ、その鉄板でそのまま圧し潰された。
「上司への態度はなっていないが、そのセンスは評価しよう。」
その場にあった全ての鉄板が、蜃気楼の様に消える。
メルドリウスの足元には、地面にめり込んだまま気を失っている猟犬が伏している。
「今回の事は不問とする。何処から紛れ込んで来たのかは知らないが、同じ方法で帰ると良い。」
メルドリウスはそう言うと、猟犬に背を向けて再び歩み出す。
不意に彼は、反射的に背後に鉄板を出す。
"カキンッ!"
「?」
鉄板が弾いたのは一発の弾丸、それも固まった水銀で出来た物だった。
メルドリウスは猟犬の方を見てみるが、彼が目覚めた形跡はない。
次にその奥を見てみたが、他の誰かが居る訳でも無い。
「…まさかな。」
メルドリウスはそう呟くと、霧に沈む廊下の奥へと消えていった。
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「着いたぞ。ようこそ我が診療所へ。」
メルティが通されたのは、ふかふかなソファを完備した待合室。
リスの診療所は、ちょうど市街地と郊外の境界に建っていた。
一階建ての木製の建物で、小さいながらも病床や、簡易的ではあるが手術室も完備していた。
「ってあれ?メルティ殿、他の2人は?」
「ジェニファはアレックスとでーと?とかいうのに出かけて行きました。」
「あ…あの二人はそんな関係だったのか…まあ良い、狭いところだがゆっくりしていってくれ。急患が来ない限りは今日は暇の予定だからな。」
「暇、ですか?」
メルティは聞き返す。
「街が爆撃を受けたというのに、医者の貴女が暇なのですか?」
「まあ、な。」
リスは、気恥ずかしそうに頬をぽりぽりとかく。
「実は吾輩、医師免許を持っていないんだ。」
「…は?」
「まあまあまあ言いたいことは判るがとりあえず最後まで聞きたまえ。」
リスはそう言って椅子に座ったので、メルティもその隣に腰掛ける。
「免許を取るには大学の医学部を出なければいけないんだが…生憎吾輩はまだ小学生でな…」
「………」
「だから此処も、名目上は吾輩の助手の診療所になっているんだ。吾輩が暇なのも、その助手が避難所に赴いているからなんだ。」
それを聞いたメルティは、静かに立ち上がる。
「そうですか。では。」
「ち…違うぞ!今はまだ駄目だが、吾輩もそのうち…」
「患者を連れてきます。それが今回の、私の要件ですから。」




