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動揺

「貴方が勝ったらあたしの素性を明かすとして、あたしが勝ったら貴方は何をしてくれるのかしら?」


「そんな事が起こる可能性は、万に一つもありはしない。」


「あら、随分な自信ね。」


ジェニファとウェスィルは、スクランブル交差点を挟み、向かい合う様に立っている。

付近の建物は崩れていたが、信号設備は吹き飛んだか歩道側に倒れるかのどちらかだったので、交差点自体は、横断歩道の模様までほぼ完全な状態で残っていた。


「行くぞ侵入者。」

「お手並み拝見ね。」


その瞬間2人は同時に走り出し、交差点の中心でぶつかる。

先にジェニファを間合いに収めたウェスィルが、彼女の右肩を狙い半月型の剣を振るう。

彼女はダッシュの為の前傾姿勢を咄嗟に直すと、振るわれた剣を右手の爪で掴んで受け止めた。


「ん?なんだかピリピリするわね。電撃かしら?」


「《命運選択》!」


次の瞬間には、ジェニファは再び駆けていた。


「あら?」


違和感にジェニファが立ち止まる


「そこだ!」


その首目掛けて、ウィスィルの剣が振るわれる。

ジェニファが身を逸らすと、その渾身の一撃は空ぶる。


「貴方、中々面白い魔法を使うわね。」


完全に体勢を崩したウィスィルの無防備な腹に、ジェニファのひと蹴りが入る。

腹部を防護していたカーボンプレートすら粉々に砕いたその蹴りによって、ウィスィルは遥か後方まで吹き飛ばされた。

崩れた建物の外壁に叩きつけられたウィスィルは、噛み潰す様に言う。


「《命運…選択》…」


次の瞬間、ジェニファは再び走っていた。

間も無くウィスィルとかち合うと言うところで彼は、今度はジェニファから見て左に身を逸らし、彼女の背後をとった。


「はあああ!」


ジェニファを上半身と下半身に分断しようと、ウィスィルは渾身の一振りを繰り出す。


「しつこいわね。」


ジェニファはしゃがんでそれを回避し、そのまま360度を描く回し蹴りを繰り出しウィスィルを仰向けに転倒させる。


「ぐ…命運…選」


ウィスィルの口が、ジェニファの左足で踏みつけられる。


「はぁ…がっかりだわ。」


次の瞬間、無傷だった筈のウィスィルの腹部のプレートが勢い良く弾け飛び、剣にはめり込んだ様な小さな爪痕がつき、ウィスィルはジェニファの靴裏に吐血した。


「うわぁ!?急に出さないでよ、びっくりするじゃないの。」


ジェニファは靴を退けたが、もう時が巻き戻る事は無かった。


「はぁ…はぁ…ゴッホッゴホッ…く…もっと良い運命を選び取りさえしていれば…」


「…はぁ。魔法が強いだけの小物だったみたいね。本当に残念だわ…」

(心なしか、さっきまで感じていた強者の気配も消えてしまったみたい。きっとただの気のせいだったのね。)


「小物…ゲホッゲホ…この俺が…」


「ええそうよ。武器と防具と魔法に頼って、良い結果を探してばかりで、自分の力では運命を切り開かない。貴方がやっている事はただの、“豪運な人”の真似事よ。」


ジェニファは、アレックスの待つ方へと歩み出す。


「あたし達は魔法使いである前に人間なのよ。貴方も、運命を選べる魔法に見合う様な人間に、自分で運命を決められる人間になりなさい。それが、勝者としてのあたしの要求よ。」


倒れるウィスィルの脇を通り過ぎ、ゴミ箱の裏に隠れていたアレックスの元まで来る。

アレックスは、静かに泣いていた。


「ジェニファさん…ボク…」


「貴女の箒は何処までも自由で、とっても素敵だわ。だからあたしは、それに跨る貴女もまた、自由であるべきだと思うの。」


ジェニファは、涙で濡れるアレックスの頰にそっと両手を添える。


「彼が切り開くべきは運命である様に、貴女が切り開くべきは自由よ。何か憂いがあるのなら、この年長者なお姉さんが幾らでも話を聞くわ。」


ジェニファは、アレックスの背をとんと叩く。


「貴女は貴女が思っているよりも、ずっと素敵な女の子よ。だからもっと、堂々としてて良いのよ?」


「うわああああああん!」


アレックスは、ジェニファの豊満な胸の中に飛び込む。

ジェニファは、そんなアレックスの背をそっとさする。

その姿は、子をあやす慈母そのものだった。


「もし辛いことがあったら、お姉さんの胸なんて幾らでも貸すから。だから、何事にも遠慮なく挑戦なさい。お姉さんはいつまでも貴女の味方よ。文字通りね。」


「うう…ぐっす、ジェニファさん…」


由緒正しき王国の王女は、いつでも強く気高くあるべき。

最後に心から泣けたのはいつだっただろうかと考えながら、アレックスはそのまま、暫しの眠りについた。


「さ、盛った男の子には退いてもらったし、デート続行と行きましょう?」


「…うん…!」



〜〜〜



闇では無く蒼い光で満たされた宇宙の真ん中。

その玉座の様な形状の椅子は、メルティの体が当たる部分には最高級のクッションが設えてあった。

然しそれ以外の場所は冷たい鋼で、地面や、空よりも高い場所の見えない何かと、無数のコードで繋がっていた。


「ふぅ…」


腕を失ったメルティは、その椅子にゆっくりと腰掛ける。

彼女が座った瞬間、椅子の背後から更にコードが伸びてきて、メルティの体に繋がった。

コードは特に、彼女の腕の切り口に密集して接続され、傷に繋がったそれらは蒼い光を放ち始めた。


(暫くはまた、化身の体で行動する事になりそうね。)


メルティは残っている方の手で、額を抱える。


(それにしても、あれは一体何だったの?魔法を使いこなしていると言うよりも、むしろゲームのバク技に近かったけど。)


メルティは、綺麗に切断された右腕を見つめながら、先程の戦いを振り返る。

あれは魔法を使っていると言うよりも、どう考えても魔法の悪用に近い。


(そもそも魔力って、魔法って、一体何なの?)


暫く思慮を巡らせた結果、彼女は全ての根底にある問いに行き着いた。

しかし、今のメルティが答えに辿り着くことは無かった。



〜〜〜



瓦礫と化したコンクリートジャングルの真ん中、ほぼ無傷の状態で立つ高層ビルの麓に、それはあった。


「見てアレックスちゃん。真新しい壁があるわよ。空爆の後に出来たみたい。」


「うぇ、絶対敵の本拠地じゃん。ここは一旦迂回して…」


「行ってみましょう!」


「やっぱりそうなるよね…」


ジェニファに手を引かれ、アレックスも渋々バリケードの方へと向かっていく。

出入り口とは反対方向だったが、ジェニファがその突貫工事の防壁をひと蹴りで破壊する事で、そこに新たな侵入口が出来た。

中には、化身のメルティが佇んでいた。


「メルティちゃんだ!」


「ジェニファ?やっぱり来てたんだ。それとアレックスも。」


「いやぁ、あのまま車に居るより、ついてった方が安全かと思ってさ。」


敵軍の基地だった場所で、3人は身を寄せ合う。

元々3人は我が家と言う概念に疎かったので、皆が揃えばそこが安心できる場所だった。


「この町の鎮圧が住んだら2人を呼ぼうと思ったんだけど、手間が省けた。付いてきて。」


メルティはそう言って、ジェニファが開けた方の出入り口へと歩いていく。


「何処か目的地があるの?」


ジェニファは問いかける。


「郊外。生き残った人はそこに避難しているらしい。」


「吾輩を探しているのであれば、その必要は無いよ。」


次の瞬間、3人は一瞬凍り付く。

ジェニファのでもメルティのでもアレックスのでも無い声が、足元から聞こえてきたのだ。


「うわぁ!?」

「ひゃう!?」


アレックスとジェニファは、いつの間にか足元に居た少女に驚いて飛び上がった。


金髪の長いツインテール。

鳶色の瞳。

ぶかぶかの白衣を身に纏い、背丈はメルティよりも更に小さかった。


「トーワ氏が言ってたのは君達の事だね。吾輩の名はリースヘレン。100年に1人の天才外科医リス様とは、吾輩の事であるぞ。」

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