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不動

「ある時は進行軍を自国の領地諸共吹き飛ばし、ある時は複数人の魔法使いを相手に正面から勝利を収め、ある時はほぼ単身で一国を制圧。そして今、8人の魔法使いを同時に相手に勝利を収めようとしている。」


メルドリウスは目を細め、僅かにほくそ笑む。

こんな事を言うのは何年ぶりだろうか。

彼は心の中で、これから放つ台詞をゆっくりと噛み締める。


「お前は、連合の小国なぞで燻っていていい人材では無い。イーザイド帝国よ、新体制軍に入らないか?」


メルドリウスはメルティの方に手を差し伸べ、ジェントルな微笑みで彼女を誘う。


「…」


メルティはそんな手を、冷めた目で見つめる。

3機は既にメルティの背後に戻り、ランスロットの頭はラハイアの杖から放たれる蒼い光により再生していた。


「気持ちは有難く受け取らせていただきます。ですが、遠慮させて頂きます。」


「ふむ。」


メルティの返事は、メルドリウスにとっては大変予想外の物だった。

戦勝が確定している陣営が、敗戦目前の国を引き入れてやろうと言っているのに、断る理由が何処にあると言うのか。


「もしや考える時間が必要かな?であれば、別に今返事をくれなくても結構。返答はいつでも受け付け…」


「貴方達の道の先には、滅びしかありません。」


「…」


「一枚岩の連携と言うことは、互いが互いの手の内を完全に理解していると言うこと。仲間内でやるなら結構ですけど、それが国境を跨ぐとなると話は別です。もしそんな場所に入ってしまったら、自分の首が心配で夜も眠れません。」


メルティは新体制軍に未来が無い事は知っていたが、具体的には何がどうなるのかは解っていなかった。

この言い訳は、今さっき考えた物だ。


「成る程。君の意見も、もっともだ。」

(随分と痛い所を突いてくる。まるでこちらの内情を把握しているかの様だが、恐らく推測で辿り着いた結論だろう。)


メルドリウスは、メルティを過大評価した。


「君の様な人材が敵に回るのは実に惜しいよ。しかし、それが君の意思だと言うのであれば、仕方無い。」


地面からまるで幽霊の様に、分厚く大きな6枚の鉄板が、メルドリウスを守る様に浮かび上がってくる。


「では君と私はもう、敵同士だ。」


鉄板のうちの3枚が倒れ、見えない力によりメルティめがけて射出される。

メルティは身構える。

が、メルティに当たる直後、鉄板はそれぞれ彼女の左右と上を通って彼女を通り過ぎ、後方のラハイア目掛けて更に加速した。


鉄板の暑さは、物が置けるほどの厚さだった。

にも関わらず、ラハイアは“切断”された。

1枚目で頭が切り飛ばされ、縦方向に飛んできた2枚目で胴体が破壊され、3枚目はラハイアを縦に一刀両断した。

役目を終えた鉄板はすぐ様主人の元へ戻っていき、再び彼を囲う状態に戻った。


「………」


メルティがメルドリウスに手をかざすと、待機していたランスロットが飛び出す。

音速を超える槍撃が彼に向けて放たれるが、重苦しい金属音と共に全て鉄板で防がれる。

鉄板は攻撃を防ぐ度に、少しずつ赤熱していった。


「《等倍返し》」


メルドリウスは指を弾く。

赤熱した鉄板から高温の衝撃波が放たれ、ランスロットは勢い良く遥か後方まで吹き飛ばされた。

衝撃波を放った鉄板は、元の艶のある鉄色に戻る。


「中々の槍捌きだ。では次は、こちらの番ですな。」


今度は、メルティの周囲から5枚の鉄板が浮かび上がってくる。


「《監禁の葛》」


5枚の鉄板は隙間無く組み合わさり、メルティを閉じ込める箱に変わった。


「中の酸素が尽きるが先か、君が降参するのが先か…」


メルドリウスを囲う鉄板のバリケードの内側に空間の裂け目が現れ、そこからメルティが現れ、メルドリウスの首を掴む。


「な…瞬間移動だと!?」


「まさか私が、あの大きな龍をバックパックに入れて運んできたとでも思っているのですか?」


「ほう…もう魔法の解釈を広げられるレベルだったとは。驚きだよ。」


メルティの足元の地面から、新たな鉄板が浮かび上がってくる。

とっさに身の危険を悟ったメルティは、直ぐにメルドリウスの首から手を放つ。


出現時は霊体だった鉄板が実体化する瞬間に鉄板の中に物体があった場合、そこにはある種のバグが発生する。


「ふぎゅ!」


メルティは、右の二の腕から下を失った。

よく研がれた工具で断ち切られたかの様に、断面はとても綺麗だった。


「オートマトンと揶揄されている割には、その叫びは年相応の物なのですね。」


メルドリウスは自身の頬に付いた血を、ハンカチで上品に拭き取りながら言う。

その足元には、メルティの右腕が転がっていた。


「はぁ…はぁ…はは…貴方も馬鹿ですね…」


鉄板のバリケードの外までひいたメルティは、切断面を抑えながら言う。


「ほぅ?」


「無防備な場所に“ビーコン”を残すなんて。」


メルティの右腕付近に魔法陣が展開され、そこからボムハウンドが召喚される。


「ん?」


メルドリウスが反応する前に、ボムハウンドは爆発した。


「…く…外傷を与えられるなんて、何年振りでしょうか…」


鉄板により衝撃の大部分は吸収されたが、それでもメルドリウスはボロボロになっていた。

服は若干破け、所々から流血している。

一番酷いのは左足で、骨まで焼け爛れていた。


「まだまだ…」


メルティが再び手をかざすと、今度はヘクトールとオジェが進行を始める。


「…ふぐっ!」


傷の痛みにメルティがよろめくと、2機は歩み出す姿勢のまま停止し、そのまま前のめりに倒れる。


「どうやら貴女は、私の予想以上だった様です。次はもっと、時間のある時に戦いましょう。」


メルドリウスはそう言うと、1枚の鉄板の上に乗り、魔法の絨毯の要領でバリケードの向こう側へと消えていった。


「…先ずは、ラハイアを直さないと…《再創造》…」



〜〜〜



「もー。どこもかしこも瓦礫ばっかりじゃない。」


「いや、当たり前でしょジェニファさん…」


ジェニファとアレックスは、一つとしてちゃんと立っている建物が無い街道で“デート”していた。

ジェニファが前を歩き、その後ろをアレックスが行くと言う具合で。


“カチッ”


地面に埋め込まれていた地雷が、ジェニファによって踏みしめられる。


「お。またあった。」


ジェニファは少し愉快な気分で言う。

地雷が爆発し、火と火薬と鉄片が、彼女を傷つけようと勢い良く弾ける。


「うーん…今回のは小さいわね。流石に湿気り始めてるのかしら。」


ジェニファは全身に穴や火傷や引っかき傷が出来たが、直ぐに再生していった。


「むぐむぐ…ペッペっぺ。」


体内に入り込んだ鉄片は、血液とリンパ液の流れ、それから筋肉の動きによってジェニファの口の中まで運ばれてくるので、それを吐き出してしまいさえすれば彼女は完璧に無傷の状態に戻る。


「ふぅ、アレックスちゃんは大丈夫だった?何処か怪我は無い?」


「まあ、お陰様で…」


流石にこの流れに慣れていたアレックスは、頰をぽりぽりと掻きながら答える。

その頰には、痒みを発生させる程度の微かな切り傷が出来ていた。


「まあ、怪我してるじゃ無いの。」


ジェニファはその傷に気付くと、アレックスの元まで駆け寄る。


「いや、こんなの大した傷じゃ無いから、大丈夫だって。」


「ダメよ。女の子は顔が命なんだから。跡が出来たら大変だわ。」


ジェニファはそう言うと、アレックスの頰の傷をぺろりと舐めた。


「ひゃいっ!」


くすぐったさと冷たさで、アレックスは変な声が出る。

一方ジェニファに舐められた傷は、僅かに白い煙を出しながらゆっくりと塞がっていき、跡も残さず完治した。


「これで良いわね。他にも痛いところがあったら言って。お姉さんが治してあげるからね。」


「は…はぁ…」

(本当に凄い魔法だなぁ…軍人なんてしなくても、傷ペロだけで一攫千金出来るって。絶対。)


ジェニファはそれだけ言うと、再びアレックスの前を歩き出す。

いつも地雷を、アレックスでは無く自分が踏む為に。


(はぁ…ジェニファさんが羨ましい。とんでもない魔法をもってて、スタイルも良くて、何よりいつも自分を貫ける強さも持ってる。婚約が、王位継承が怖くて、お父様やお母様とろくに話もしないで、逃げる様に軍に入ったボクなんかよりも、ずっと強くて、ずっとかっこいい。)


思えば、戦場に来てからはずっと護られてばかりだった。

メルティと出会う前は定期的に領空のパトロールを行なっていたが、本格的な戦闘になる事などごく希。

アレックスは軍の魔法使いと言う立場を祖国の為では無く、その祖国から逃れる為に使っていた。


(はぁ…ボクはなんて情け無い人間なんだ…)


アレックスは、前が見えるギリギリまで俯く。

アレックスに背を向けているジェニファでは、彼女のそんな様子に気付く事は出来ない。


「…あら?」


しかし、強者の気配には至極敏感だった。


道の反対側から、男が1人歩いて来る。


パサパサの短い金髪。

あちこちがカーボンプレートで防護された戦闘服。

右手には、彼の上半身と同じ長さの半月型の剣が握られていた。


「その妙な格好。さてはお前も伏兵だな。」


男は言う。


「伏兵?何の話かしら?」


ジェニファは立ち止まる。


「とぼけるな。さっきお前達の方角から爆発音がしたんだ。さてはあの爆弾魔野郎の手先だな。」


「あれはただ地雷を踏んだだけで…」


「じゃあ何故無傷なんだ。」


「無傷じゃ無いわよ。見てよこの服。結構高かったのに、もうボロボロだわ。」


「…もう良い。こっちも茶番に付き合ってる暇は無いんだ。」


男は剣を構える。


「アレックスちゃん。ちょっと…いえ、すごーく離れてて。でも飛んじゃだめよ。あまり目立ち過ぎても良くないから。」


「わ…分かった。」


アレックスは、ジェニファの通った道を辿って遥か後方まで下がり物陰に隠れる。


「さて、血気盛んなお兄ちゃん。そのおっきなのであたしの事をいじめるつもりでしょうけど、せめて何者かだけでも教えてくれない?」


「…ウェスィル・サルーメ。ゲルナシャ王国、国王親衛隊隊長、運命戦士ウェスィル・サルーメだ。」


「あたしの名前はジェニファ。何者かは、あたしに勝てたら教えてあげるわ。」


そう言うとジェニファは、両手を握りしめる。

その様子を見たアレックスは驚愕した。


(まさかジェニファさん、素手でやるつもり!?)

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