包囲
エルドゥバエの軍は、ゲルナシャ王国の街の区画一つを丸ごとバリケードで囲い、そこを占拠していた。
「ふわぁ〜…今回も呆気なかったっすね。」
「そうだな。それもこれも、我が国の誇る魔法部隊のお陰だがな。」
「いやー魔法使い様様だな。もう魔法使いだけで戦争すれば良いのに。」
見張りの兵士が3人、バリケードの内外を唯一繋ぐ出入り口の前で歓談している。
「…ん?」
兵士の1人が、遠くから歩いてくる少女を見つける。
水色の長い髪。
その顔立ちは優しそうで、触れれば壊れてしまいそうな程に儚げで愛らしい。
無数の電子部品が付いたマントで体を覆っていたが、その下からは機械の触手が漏れ出ており、それがドレスの様だった。
その周囲には他に誰もおらず、少女は1人だった。
「何だ?一般人の魔法使いか?」
「何言ってやがる、連合国じゃどこも、魔法使いって分かった瞬間に徴兵だよ。」
「俺、上に知らせてきますね。」
門番のうちの1人が、事象を報告する為に陣内へと消える。
少女は特に怪しい動きも見せぬまま、出入り口前まで徒歩で辿り着いた。
「そこを通して下さい。」
少女は、粉雪の混じったそよ風の様な優しく静かな声で告げる。
兵士は直ぐに銃を構える。
警戒していない者を最も警戒しろ。
これは軍の教えだった。
「そこを通して欲しいです。」
少女は再び言う。
「どうして見ず知らずの魔法使いを入れなきゃいけない。此処は軍の駐屯地なんだ。」
「中にはおっかない魔法使いがたっくさん控えてるんだ。死にたくなかったら大人しく帰んな。」
「………」
触手のうちの二本が持ち上がり、変形し、刃の様な形状へと変わる。
「通して。」
少女は3度目の要求をする。
「ダメだ。」
「…解った。」
次の瞬間、2つの刃が2人に斬りかかってくる。
門番はそれをライフルで受け止めたが、そのライフルは呆気なく両断された。
「な…魔導合金が!?」
「先輩!こいつやば」
次の瞬間には、2人は刃化していない触手にうなじを強打され意識を失った。
「この占拠の方式、流行ってるの?」
バリケードで囲い、入り口を絞り、そこを簡易的な要塞に仕立て上げる。
これは多数の魔法使いを有する部隊にとっての、最も汎用的な戦略だった。
出入り口を少なくする事で人の出入りの管理を容易化し、主な監視対象を空と地中に絞る事が出来るからだ。
メルティはそんなバリケードの内部へと、普段行かない街にでも行くかの如く足取りで、易々と中に入って行く。
(成る程。バリケード全体が多要素センサーになってたんだ。これで、越えようとする人は直ぐに解る、と。)
敵陣内は広く、比較的無傷のまま残ったビルを中心に構成されていた。
周囲には野営の跡や積み上げられた物資が散在し、複数のテントもあった。
しかし、人の姿は見受けられない。
「…逃げたのかな。」
メルティがそう呟いた瞬間だった。
「《フレアバレッド》!」
「《ボルケイノ》!」
積み上げられた荷物の陰から、炎の弾丸と扇状の火炎が放たれる。
彼等は、魔銃士と溶岩王と呼ばれている。
「!」
メルティの触手が全て持ち上がり、それぞれの先端が花のように展開される。
開かれた触手からは超音波が放たれ、空間の歪みがメルティを包む。
音波の膜に触れた炎は、たちまち搔き消える。
残った弾丸は、メルティによって易々と躱された。
「く…アンチマジックシールドか?」
炎の砲弾を放った男が、物陰から言う。
応答は、別な荷物の上に立つ少女から来た。
彼女は、操縦士。
「魔力を消してるんじゃ無くて、単純に音波でエネルギーの流れを乱しているだけ。よってうつべき手は…物理部隊!」
操縦士がそう言った瞬間だった。
「行くぜミョルニルハンマー!」
「《断盾斬》」
大鎚と大剣を持った戦闘員が、メルティの真上から降り掛かる。
どちらも魔法は《怪力》だが使っている武器に因んで、巨槌使いと巨剣使いと言う二つ名が付いた。
「!」
メルティを包むシールドは解かれ、先端の閉じた触手が2人を受け止める。
「く…なんてパワーだ!」
大槌使いの青年が、苦しそうに言う。
「落ち着け。俺たちはこれで良いんだ。魔法部隊。」
巨剣使い落ち着いた様子で言う。
「分かってる!《ボルケイノ》!」
「《ライジングバレット》!」
扇状炎と雷を帯びた弾丸が、守備を失ったメルティを襲う。
「…仕方無いかな。」
次の瞬間、メルティは消えた。
「な!?」
巨剣使いは困惑する。
「危ない!」
巨槌使いは、魔法部隊からの攻撃を間一髪でガードした。
「クッソ、何処に消えやがった!」
巨槌使いは叫ぶ。
「此処だよ。」
メルティは、荷物の上に居た少女の真後ろに居た。
「ひ!?瞬間移動!?」
操縦士は慌てて荷物から降り、仲間と合流する。
彼女は無線機を取り出し、受話部に向けて叫ぶ。
「包囲陣形は中止!ベースフォーメーションに移って!」
操縦士がそう言うと、付近に立っていた2つのテントが吹き飛ばされる。
「全く情けないねぇ。魔法使いがこんなに沢山居て、子供1人躾けられないなんて。」
「いやでもドーナン先輩、相手も結構やばそうっすよ。」
テントから現れたのはドーナンと、背にダガーを背負った少年。
指揮官の少女とダガーの少年は、爆撃の時にヘリコプターに乗っていた2人である。
ダガー持ちの少年はまだ実績が足りない故にその二つ名はただの、暗殺者だった。
「さて、爆ぜてあそばせ!」
ドーナンがそう叫ぶと、メルティが乗っていた荷物が膨張する。
メルティはバックステップで荷物から降りた1秒後に、荷物もといコンテナに詰め込まれた爆薬が全て爆発した。
その隙に、ドーナンと暗殺者は仲間と合流する。
「やったか?」
暗殺者は呟く。
「判断が早く身のこなしも軽い。まるで歴戦のスプリンターだな。」
ドーナンは感慨深そうに言う。
彼の見立て通り、メルティは爆発を無傷で逃れていた。
「異常事象は分析できるけど、それを発生させている魔力の観測が出来無い。注意して。」
操縦士は仲間に警戒を促す。
土埃が晴れ、7人の前にメルティが再び現れる。
彼女の放つ威圧は、数の不利など微塵も感じさせなかった。
「褒めても何も出てきませんよ。」
メルティの触手の先端が、7人に向けられる。
今度は触手の先端が二つに割れて変形し、蛇か竜の様な形態に変わった。
かつて触手だった蛇達には、青く輝くガラス質の瞳が付いていた。
「早く来て下さいよ。でなければ、」
メルティの両手に一丁づつ、大振りなハンドガンが召喚される。
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【シャランガ】
超高威力リボルバー。
ウォールブレイクアシストを搭載。
一対多数の戦闘にも対応。
オートエイム及び精神同調機能は撤廃されている為、扱いには非常に高い技能が必要。
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黒く細長い銃身。
銃口からは、青い光が漏れ出ている。
「こちらから行きますよ。」
メルティは、両手で1発づつ発砲する。
「《ボルケイノウォール》!」
溶岩王が地面に手を着くと、彼の前方からは壁状の溶岩が噴き出した。
青く輝く弾丸は、そんな溶岩の壁を易々と貫通した。
「な…金属じゃ無いのか!?」
戸惑う溶岩王。
「危ない!」
巨剣使いが、その巨大な刀身で防ぐ。
弾丸のうち1発は弾かれ、もう1発は刀身にめり込み、刀身全体に稲妻状のヒビが入った。
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ウォールブレイクアシスト発動
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巨剣使いの刀身に、メルティだけが見える青い点が浮かび上がる。
メルティは、防御の構えを撮り続けている刀身に向けて更に2発発砲する。
今度は両方の弾丸が刀身にめり込み、巨剣は砕け散った。
「何!?コスモメタルだぞ!?」
巨剣使いは叫ぶ。
「早く散らばって!」
操縦士がそう叫ぶと、固まっていた7人はメルティを取り囲む様に散らばる。
「…勧告する。」
メルティの蛇が広がり、全方位を睨みつける。
「此処は我が帝国の誠実なる同盟国たる、ゲルナシャ王国の国土。この土地の侵害は我が国への、ひいては私に対する挑戦と同義である。今此処で降伏し、即時撤退するのであれば命までは奪わない。だが、尚も私に武器を向けると言うのであれば、生きて帰れぬ物と思いなさい。」
雪の様に儚く優しい声で紡がれるは、一国の君主としてのメルティの言葉。
彼女の放つ冷たい圧力も相まって、数の利を得ている筈の魔法使い達は、思わず恐怖した。
「…へ…へへ、上等じゃねえか。やってやるよ!」
巨槌使いは武器を上げる。
「マグマで溶かせぬ物質か。これは久々に“熱く”なれそうだぜ!」
溶岩王の足元から、溶岩が噴き出してくる。
「じゃあこっちも一つ警告してやる。この駐屯地じゃ弾薬切れなんて事象は起こらねえからな。覚悟しとけよ。」
魔銃士は手に持っている長銃に、カチャカチャと1発づつ弾を込めながら言う。
「もしかして君、どっかの皇帝だったりする?はは、実力主義もここまで見境ないとなると笑えてくるね。」
暗殺者は構えていたナイフを捨て、背負っていたロケットランチャーを構える。
肩書きが必ずしも、その者を正確に表現しているとは限らない。
若ければ尚更である。
「悪いけどね。アタシ達にもアタシ達の守るべき物があるし、こっちの陣営にもあんた達と同じくらい重い正義があるの。おいそれと退くわけにはいかないのよ。《契約物召喚》!」
操縦士がそう言うと、彼女の真上に魔法陣が展開され、そこから二機のミニガンで武装したヘリコプターが召喚される。
ヘリコプターには誰も乗っていなかったが、安定した姿勢でのホバリングを独りでに行なっていた。
「ふっふっふ。良いでしょう、道具の道化よ。貴女がどれ程の武装で身を隠そうとも、この爆発が全てを剥ぎ取り、血と炎で美しく彩ってあげましょう!」
ドーナンは両手に爆発物を持ちながら、声高らかに叫ぶ。
「ふ、冗談じゃない。武器を失ったんだ。俺は抜けさせて貰う。」
元巨剣使いはそう言って、1人メルティ包囲陣から抜けて行った。
「…他に抜けたい方は?」
メルティは問いかける。
残った6人は、その場から少しも動こうとしなかった。




