来訪
ゲルナシャ王国へ向かう道中。
「ふうぅ♪凄い馬力ね!これもメルティちゃんが作ったの?」
ジェニファはご機嫌な様子で言う。
そう言う彼女の服装は、いつものぴっちりタイトな戦闘服ではなかった。
シャープなデザインのサングラス。
薄緑色のシャツは豊満なバストによって引き伸ばされ、引き締まったお腹が露出している。
ズボンは体のラインがくっきり浮き出る様なジーンズで、膝の辺りにはファッションとしてのダメージが入っている。
靴はスネが出るデザインのスニーカーである。
「この車は地下街の路地に捨ててあったのを、拾って修理したんだって。」
メルティは、そんなジェニファの質問に答える。
生身で生活を始めたメルティもまた、その格好はよそ行きの物になっていた。
様々な小型機械の付いた、分厚い蒼いマント。
その下には純白のシャツ。
ボトムスは紺色のミニスカート。
華奢な足は、白い極薄のタイツで包まれている。
靴は脛の出る、スリッパの様な形状のスニーカー。
「前々任の皇帝が軍拡を推し進めていたらしいんだけど、その時に用途のよく分からない兵器が沢山生まれた。この、長期軍事作戦用居住機能付随重装甲戦術車両も、その中の一つ。らしい。」
「ええっと、何て?」
ジェニファは聞き返す。
メルティは、少しも揺れない車内のテーブルで、コーヒーを一口含んだ後に答える。
「要するに、ミニガン付きでちょっと丈夫なだけの装甲車は、戦争じゃ使えなかったって事。」
メルティはそれだけ答えると、再びコーヒーを一口。
彼女のテーブルを挟んだ向かえ側には、アレックスがとても気まずそうに座っていた。
「ね…ねえメルちゃん。どうしてボクだけ、その、この格好なのかな。」
アレックスの格好は、いつも通りの下着同然の戦闘服だった。
「別にいつも通りじゃん。何が起こるとも解らないし、アレックスは身軽に動けた方が良いかと思って。」
「いや、いつもはその…メルちゃんもジェニファさんもその…あれだったから大丈夫だったけど…その…」
アレックスは改めて、二人のモダンストリートファッションに目をやる。
「二人がおしゃれでボクだけこの服じゃ、まるでボクが恥ずかしい女の子みたいじゃないか!」
「もしかして…」
「そうだよ!羨ましいだけだよ!」
その時、3人が乗った車が急停止する。
「「ん?」」
メルティとアレックスは、車内唯一の窓であるフロントガラスの方を見る。
「着いたの?」
メルティは聞く。
「いや、その…着いたって言うか…」
ジェニファは、窓の外を指差す。
2人は立ち上がり、外の様子を確認する。
「はぁ!?」
アレックスは驚愕する。
「…なんだかそんな気はしてた…」
メルティはため息を漏らす。
積み上がった瓦礫。
そこら中から立ち上る黒煙と火炎。
そこは最早、街と呼べる状態では無かった。
『目的地周辺です。運転お疲れ様でした。』
無機質なカーナビの声が、不条理な現実を突き付ける。
「2人は此処で待ってて。ちょっと様子を見てくる。」
メルティはそう言って下車する。
「ひ!?め…メルちゃん、不死身お姉さんならまだしもボクまで置いてけぼりにする気!?」
「大丈夫。」
メルティがそう言うと、アレックスの肩にとまっていた機械の小鳥がステルスを解除する。
「何かあったら光速で駆けつけるから。文字通りね。」
メルティはそう言い残すと、瓦礫の街に繰り出していった。
「えあ、ちょ!…行っちゃった…」
「んじゃ、ちょいとあたしも出掛けてくるから、留守番よろしくねー。」
次いでジェニファも車を降りる。
「は…はい!?ボク達は留守番の手はずでしょ!?」
「まあそうなんだけど…」
ジェニファは、メルティが向かっていった方とは別の場所を向く。
「感じるんだ…あたしを楽しませてくれそうな、強者の気配をね。」
ジェニファはその手の中に、黒鎌を召喚する。
「じゃ、そう言う事で…」
「ストーップ!」
アレックスも降りてくる。
「じゃあもうボクも行くよ!こんな場所に居るよりも、お姉さんに付いてった方が絶対安全だろうし!」
「え?ええ、分かったわ。じゃあ、」
不意に、ジェニファはアレックスの方まで近寄り、親指でアレックスの口の下辺りを撫でる。
「!?」
「たまにはデートといきましょう。アレックスちゃん。」
〜〜メルティ〜〜
(…空爆…それも特大のかな。)
メルティは地面に落ちていた金属片を拾い上げ、自論を組み立てていた。
(これ程までに大規模な破壊となると、無数の戦闘機での絨毯爆撃か、魔法か。)
前者の場合はこの国の空軍の方に問題があるが、街は近代化が進んでいたので、その説は容易に潰せる。
必然的に、残った説は後者である。
「そこを動くな。」
不意にメルティは、上から声を掛けられる。
メルティが気付いた時には既に、全方位を兵士に囲まれていた。
「一般市民には見えないな。何者だ。」
「私はメルティ・アーネス。イーザイド帝国の現皇帝です。」
「メルティ・アーネス?彼女は機械を操る魔法使いと聞く。もし自らがメルティと言うのであれば、証明してみせろ。」
(まあ、当然の返しだよね。)
メルティはこの兵士を信用する事にした。
ーーーーーーーーーー
【虚淵より伸び這い憑る】
虚園より伸びる
身は朽ち骨は還り
残るは肢
或いは落し子
或いは盾
或いは刃
虚を踏みし主を落とそうと、或いは落ちぬ様に、這い憑る
※これは本体専用の装備型構築物です
ーーーーーーーーーー
メルティのマントの中から、6本の大きな機械の触腕が生えてくる。
その動き方は生物そのものだったが、その滑らかな動きを実現しているであろう無数のジョイントパーツも視認する事が出来た。
「こ…これは!」
先程まで高圧的だった兵士の態度が一転、皆一様に困惑し始めた。
兵士の1人が、メルティの前まで来る。
「大変申し訳ございませんでした!メルティ女帝陛下!どうか、先程までのご無礼をお許し下さい!」
「いえ、良いんです。どんな相手でもまず疑うその姿勢は、祖国の守人として必要な物ですから。」
メルティは機械の触腕を仕舞うと、兵士に立ち上がる様促す。
「所でお聞きしたいのですが…」
メルティはそう言って、周囲を見回す。
「“誰”にやられたんですか?」
「…!」
兵士は一瞬驚いたが、直ぐに質問に答える。
「主犯は、エルドゥバエ連合軍の魔法使い、ドーナンです。奴は無生物を複製する魔法を使い、それでミサイルを…」
その時、遠くの方で爆発音が鳴り響く。
不発弾が爆ぜたのだ。
「未だに不発弾や伏兵も多く、今のこの国は大変危険な状態です。生存者は現在、比較的被害の少ない郊外に避難しています。此処は我々に任せて、陛下も御避難を。」
「有難いお言葉ですが、ご遠慮します。」
メルティのマントの中から、再び触腕が現れる。
「大事な同胞の大事を、後方から指を咥えて見ている訳にはいきません。私もお手伝いします。」
「な。陛下!それは流石に!」
「私の力が信用できないのであれば、今此処で試して見ますか?」
メルティの触腕が変形し、鋭利な刃の様な形態に変化する。
その触刃の一本が宙に向けて斬撃を放つと、少し離れた場所にあった瓦礫が両断された。
「何処か、人手の足りない場所はありますか?」
メルティの背後に4枚の魔法陣が出現する。
そこから、四機の人型機械が召喚された。
ーーーーーーーーーー
【オジェ】
その剣は、主を守りし剣
その劔は、主の敵を屠し劔
その身は、主を守護せし鎧
かの者の名はオジェ
四十と六の国の王と、百と九十七柱の神より祝福されし聖騎士なり
かの者の名はオジェ
それは主により創造されし新世界の踊り手なり
ーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー
【ラハイア】
研究記録13
やはりアンクトン教授は正しかった。特定の波長の電荷さえ加えれば、ブラフニウムは生物組織すらも創造する事が出来るんだ。この実証実験を審問会で成功させれれば、きっと元老院も研究費の提供を考えてくれるはずだ。
アナスタシアは昨日倒れたきり起き上がれていない。医者によればもう末期らしい。
時間なんかに負けてたまるか。俺は必ずやり通して見せる。
研究記録28
やった!とうとう上手く行ったぞ!元老院の認可も通ったし、青図さえ使えば既に完成しているブラフニウム構造体すら再生させられる事も発見したぞ!
アナスタシアを蝕んでいた病魔さえ駆逐できた!もう憂いなど何も無い!
研究記録57
転移同調制御サーバーを搭載した事により、機体の重量が一気にオーバーだ。
次は影響範囲の広範囲化だと?ふざけている。軍部の奴も元老院のジジイ共も、もう少し素粒子物理学を学んだ方が良い。
研究記録205
おかしい。話がどんどん妙な方向に進んでいってる。祝福?世界包括?良き死者の復活?俺はただ、こいつの多細胞生命体に対する治癒能力の説明を論文に綴って提出しただけだぞ。機械が主を超える?機械が神になる?死を克服する?一体全体この国はどうしちまったんだ。
研究記録306
主の転移の範囲を、主の脳波を読み込んだAIが自動的に指定できる様にした。
治癒と再構築に関しては最早一つの機能で両方行えるので、“リジェネレイション”と言う機能に纏める事にした。
上二つを搭載したせいで使用可能重量の殆どを使い切ったが、流石に自衛機能は必要なのでサイコフィールドの展開機能も入れておいた。
《オジェ》と言う名を与え、明日、満を持して戦線に投入する。
研究記録---
主は少し前にこの世界を見放されたらしい。
幾ら傷付いても、兵士達に待つのは救済では無く機械仕掛けの再誕。その影響範囲は今も広がり続け、戦争はかれこれ100年は続けている。
この世は地獄に変わった。あそこで銃を構えている者は、もう右目以外の全てがぶよぶよとした肉塊へと変わっている。あそこには人指し指と、その爪に挟まったかつてはナイフだったであろう鉄片だけの兵士も居る。
この人の地獄の中で、機械だけがそのままの姿で戦線を闊歩している。此処はじきに、機械の世界になるだろう。
此処ももうすぐリジェネレイションの範囲内に入る。これが最後のチャンスだ。
教授、リコ、エーベル、アンソン、ジェリーマー、みんなごめん。俺はもう行くよ。救ってやれなくて、解放してやれなくて、ごめん。
さあ行こうか。アナスタシア。左手だけになっても暖かく、俺の手をずっと握ってくれている、俺の大切な恋人。心配しないで。何度生まれ変わっても、君をまた見つけるから。
ーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー
【ヘクトール】
攻防一体となった重装兵です。
攻撃力と防御力に優れていますが、装備が重たく機動性に難を抱えています。
運搬型のギミックと共に採用するか、機動性を補える装置やスキルとの併用が望ましいでしょう。
ーーーーーーーーーー
「おお…」
メルティを囲んでいた兵士達は、その瞬きの間に出現した無機物の小隊の放つ威圧感に圧倒される。
「この先に、敵のキャンプ地が展開されています。複数の魔法使いが駐屯している上、こちら側のは今重傷を負っており、手が付けられない状態でいます。もし宜しければ…」
「分かりました。」
メルティは、指し示された方へと歩き始める。
マントの下から出る触手がメルティ本来の足を隠し、その様子はさながら、触手で地を這っている様に見えた。
4機の機械兵もそれに続く。
「…あれは人間なのか…?」
「し、無礼だぞ!」




