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陥落

「メルちゃん…」


アレックスはランスロットの傍ら、囚われの教皇の前に立つ。

ランスロットは、槍先が赤く染まった槍を本物の教皇に向けて構えている。


「本当に、殺しちゃうの…?」


「……」


一方のメルティは、教皇に背を向け、少し離れた場所に佇んでいる。


「私達の力じゃ、この子を救ってあげる事は出来ない。」


「でも、だからって!」


アレックスは教皇を見つめる。


「あまりにも、可愛そすぎるって…」


槍を握るランスロットの手は若干震えている。

メルティもまた、迷っていた。


その時、礼拝堂のドアが勢い良く開かれる。


「今の音は一体…」


そこには、トファルエルが居た。

背に炎の翼は無く、走ってきたので息を切らしていた。


「教皇様!…ああ、そんな。負けちゃったんだ。」


トファルエルは偽教皇の亡骸を見て、一瞬肩をすくめる。

そして直ぐに、椅子があった場所に捕らえられていた本物の教皇を見つける。


「…え?」


彼女は死んだ筈の教皇の方に、一歩近ずく。


「シー…ラ…?」


「んふぐ…ぶ…ぐ…」


シーラは、トファルエルの言葉に呼応するかの様に悶える。


「シーラ!シーラ!」


「ぐ…」


トファルエルは半泣きになりながら、シーラの元まで駆け寄る。


「シーラ!生きてるの!?一体どう言う事!?」


トファルエルはランスロットを跳ね除け、変わり果てたシーラと対面する。


「シーラ!待ってて、今直ぐ助けてあげるから!」


トファルエルはそう言うと直ぐに、シーラの繋がれている機械を注意深く観察し、操作を始めた。

チューブを一本ずつ引き抜き、チカチカと点滅する光を纏った機械を叩き壊し、拘束具は指先から伸ばしたバーナーの様な炎で溶断した。


「シーラ、大丈夫?」


トファルエルはシーラを抱き上げる。

シーラは口をパクパクさせていたが、特に何も話さなかった。


「…行こっか。アレックス。」


メルティはそっとそう言う。


「うええ?あれ放っておくの?」


「良いから。ランスロットも此処に置いておくし。」


メルティはアレックスの手を引くと、そのまま部屋を後にした。



〜〜〜



「あら?もう終わりなの?」


ジェニファの鉾と鎌が、それぞれ青い光と黒い塵になり消えて行く。

周囲には血の海が広がり、そこには無数の天使と兵器の亡骸が浮いていた。


「やっぱり、メルティちゃんの用意してくれた模擬戦闘場の方が楽しいわね。」


ジェニファは壁の前に立つ。

国を守り抜いたと言う年季の入った純白の壁は石英製で、傷らしい傷も修繕跡も見当たらない。


「本当に威光だけで守り抜いてたみたいね。だったらどうして喧嘩を売ってきたのかしら。」


ジェニファは右手の指を鉤爪状に折り曲げ、全てを壁に突き刺す。

彼女は左手も同じ様に壁に刺すと、そのまま腕力だけでよじ登り始める。


「んー。爪が剥がれない。力が精確に分散するのかしら?メルティちゃんの服、本当に凄いわね。」


疲労と言う概念の存在しないジェニファはあっという間に登りきり、街を睥睨できる場所まで辿り着く。

古代で文明が止まった様な街は、殆ど無傷で残っていた。


「ふふーん。メルティちゃん達はきっとあそこね?」


ジェニファは軽く後退すると、軽く助走を付け壁から飛び降りる。


「神の敵…」

「神の敵を殺せ!」

「神の敵を街に入れるな!」


農具や料理道具を持った市民達が、家屋からぞろぞろと現れる。


「ふぅん。貴方達もあたしをヤる気?」


ジェニファの手に、黒い鎌が召喚される。


「ごめんね。邪魔する物は何でも始末する言いつけになってるんだ。…もう一回聞くけど、本当に戦う気?」


「死ねえええええ!」


襲い掛かる市民達。


「ふ…」


ジェニファはその様子を見て、鼻で笑った。


「良いわ。やってやるわよ!」


それから行われたのは最早、戦闘では無く虐殺だった。



〜〜〜



ジェニファにとっては同じ事だった。

人を殺す為だけに生まれた兵器と戦う事も、決意と武器を胸に戦う兵隊の相手をする事も。

歪んだ信仰とプロパガンダによって操られた市民達を、一人残らず叩き斬る事も。


「やっほー。メルティちゃん。」


メルティはその事に、気付くべきだった。


「あ…え…?」


男も、女も、老人も、子供も、皆一様に惨殺されていた。

血溜まりの中で、赤子が泣いている。


「どうだった?教皇だか恐慌だかは倒せたのかしら?」


「…はい…まあ…」


メルティの傍に居たアレックスは、口を手で抑えて数歩後退する。


「ん?どうしたの?そんな辛気臭い顔して。」


「…彼らは、ただの市民だったんだよ。」


「でも武器を持ってこっち来たもの。」


「彼らはただ騙されてただけなんだよ!それをどうして!」


ジェニファは、地面で泣いている赤子を抱き上げる。


「じゃあ、自分の命を顧みないくらいにこの国を愛していた人達を生かしておいて、はいこの国は滅びました。って言うの?」


泣きじゃくっていた赤子は、ジェニファの胸の中で穏やかな眠りに着く。


「そんな事をしたって、みんなで自決を始めるのがオチよ。もしそうなったら、この子だって助かっていなかったかも知れない。」


ジェニファは、腕の中で寝息をたてる赤子を撫でる。


「武器と決意を持てば、誰だって国の為に戦う兵士なのよ。だから彼らの犠牲によって、彼らの中のイスマダラームは永久に守られたのよ。」


一度死にかけたメルティと、死とはかけ離れた存在のジェニファでは、死生観に大きなズレが存在していた。


「…では貴女は、もしその子が将来、絶対に大悪党になると知ったら殺すの?」


「いいえ?だって、今武器を持って向かってきた訳じゃ無いもの。」


そこまで来て、ジェニファは漸くメルティの心中を理解する。


「あ、その、ごめんなさい…」


「…良いの。邪魔する者はみんな敵って言ったのも、私だし。」


メルティは改めて、戦争と言う物を理解した。

些細な行き違いによって、多くの人の命が失われる。

それが戦場と言う場所だと言う事を、それが不死者の友人を戦場に駆り出す事だと言う事を。


少しして、イスマダラームの国門が開かれる。

しかし、そこから入ってきたのはイーザイド帝国の兵士達だった。


『イーザイド帝国第四兵団。只今到着致しました。メルティ陛下、御命令を。』


「生存者の保護と公共施設の制圧を行なって下さい。…ごめんなさい。手間を掛けさせてしまって。」


『何を仰いますか。これが我々の仕事です。』


「安心して下さい。直ぐにその労働からも解放してあげますから。」


そう語るメルティの瞳は、ジェニファには鋼の様に冷たく見えた。


「メルティちゃん…本当にごめんって。」


「良いの。私も大切な事に気付けたから。」


メルティはそう言うと、蒼い光の粒子となって散る。

粒子は消えずに収束すると、そこに楕円形の空間の穴を形成する。

そこから現れたのは、メルティ本人だった。


「え…メルティちゃん?」


「戦争は、土地と命を奪い合うもの。私だけが安全な場所に籠っているのは少し不条理過ぎると思うの。」


本物のメルティの隣に、瓜二つの容姿を持った化身と、ランスロットも現れる。


「私は今日ここに、イーザイド帝国の機械化を宣言します。」


メルティ達の周囲に無数の魔法陣が展開され、そこから幾つもの鎖が放たれる。

鎖はかつてのイスマダラーム国民達に巻き付き、聖域の中に引きずり込んで行った。



ーーーーーーーーーー


【ラハイア】を解放しました。


【オジェ】を解放しました。


【ヘクトール】を解放しました。


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