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顛末

「う…うう…」


メルティの足元で、大地の大天使を名乗っていた中年の男が悶えている。

翼を模したオブジェを背負い、神々しい衣装に身を包んではいたものの、この男の魔法は普通の土属性だった。


「どうやらこの国では、魔法使いを大天使と称して崇めていたらしいね。」


「ひゅう〜過去形〜メルちゃん怖〜い。」


トファルエルの事もあったので、メルティは大天使を殺める様な事はしなかった。


「それにしても大部屋を四つ抜けた先が教皇の部屋って、何だが安直過ぎるし不便な気がする。」


「それね。聖堂って言ってるのに、作りは魔王城そのものだよね。」


「魔王城?」


「何でも無い。こっちの話だよ。」


メルティは首を傾げつつ、最後の扉をボムハウンドで爆破する。


そこは、巨大な礼拝堂だった。

天井は遥か彼方にあり、石柱はあっても左右の壁は目視出来ない程遠い。

正面には巨大な祭壇があり、そこに据え付けられた大きな椅子に、教皇が1人座っていた。


「《楽園化》」


次の瞬間、地面は白く輝く草原で覆われた。

所々から小さな白い花が咲き、綿埃に小さな羽が生えた様な精霊が現れ、周囲を飛び交い出す。

此処が天国だと言われても、疑う事など出来ないだろう。


「ああ…メルちゃん…ボク…悟ったよ…」


「?」


メルティが振り返ると、アレックスは尖った瓦礫を首に当てていた。


「この世に生きている限り、救いは訪れない…本当の楽園に至るには…この重たい体を捨てなければいけないんだって…」


「ま…!?」


メルティは、慌ててアレックスから瓦礫をはたき落とす。

アレックスは微笑んでいたがその顔には中身が無く、見方を変えれば虚な表情にも見えた。


「まさか、これ?」


メルティはアレックスの胴体を持ち、持ち上げる。


「っは!ボクは何を!?」


「やっぱり…」


メルティは手をアレックスを持ち上げた状態にし、教皇の方を向く。


「随分と素敵なお出迎えですね。」


「やはり、魂無き機械人形(オートマトン)は救われないのか。」


「他人の分際で、私の魂を気安く語らないで下さい。」


メルティは銃剣と、20頭のボムハウンドを召喚する。


「行け。」


メルティが呟くと、ボムハウンドの群れは一斉に駆け出して行った。

対する教皇は、椅子に腰掛けたまま、弓を構える動作をする。


「《神弓》」


教皇の身につけている装飾品が輝き出すと、その手に光の弓矢が現れた。


教皇が弓を引いている方の手を離すと、光の矢が放たれる。

矢は一定距離進む度に枝分かれする様に増えて行き、20本に増えた矢はボムハウンドの胴体を正確に射抜いた。


矢を受けたボムハウンドは爆ぜる事無く、蒸発する様に消滅した。


次いで、メルティの方からは無数の蒼いナイフが放たれた。


「《聖盾》」


教皇の正面に光の盾が現れ、それに触れたナイフもまた、蒸発する様に消滅した。


「この魔法は迷える子羊の肉体を消散させ、その魂を昇華へと導く天啓に同じ。無機物が抗える物ではありませんとも。」


「………」


メルティは攻撃を加えつつ、教皇を観察していた。

その結果彼女は、ある事に気が付く事が出来た。


「どうして立ち上がらない。」


「ん?」


「それ程強力な魔法なら、私やアレックスを一瞬で消しさせるくらいに強力な魔法なら、どうして立ってこっちに来て戦わないの。」


「貴様ら相手に、この腰を上げる事すら勿体無…」


教皇の背後の、かつてステンドグラスが貼られていた穴から、一頭のボムハウンドが飛び込んできた。

ボムハウンドの胴体が、輝き出す。


「な…《聖盾》!」


教皇のその声とボムハウンドの爆発は、ほぼ同時だった。


祭壇の装飾の大部分が吹き飛んだが、教皇は無事だった。


「はぁ…はぁ…っぐ…貴様…!」


否。

頭部からの流血を伴う程度には、重傷を負っていた。


「貴方の魔法、座っている状態で無いと使えなかったりします?いや、と言うよりも、」


次の瞬間、教皇の目の前にランスロットが召喚される。


「あなた、本当に魔法使いですか?」


ランスロットの一振りが、教皇を椅子諸共薙ぎ払う。

教皇は、椅子の残骸と共に吹き飛ばされた。


その光景を見たメルティは、一瞬ランスロットの目を疑った。


「んぐ…ん”ん”ん”んん!」


それは鋼鉄の小さな部屋、又は椅子の下に組み込まれた小さな棺だった。


そこには1人の、12〜3歳程度の少女が閉じ込められていた。

全身を鋼鉄の枷で拘束され、枷と枷の間から僅かに覗く白い肌には、細い管がいくつも繋げられていた。

殆どの管には赤色の液体が流れていたが、何本かは透明な物が流れている。

少女の口は鋼の枷で塞がれ、頭にはヘットギアが取り付けられている。

ヘットギアから漏れる薄金色の髪は、バサバサに伸びきっていた。


「んぐ…ぶ…んん…」


少女は殆ど死んだ様に動かなかったが、時々苦しそうに悶えた。


「………」


メルティはその光景を、ただ黙って見つめていた。


「く…斯くなる上は…」


地面に投げ出された教皇は、懐から小さなリモコンを取り出す。

しかしそれをメルティが目撃しており、すぐさまランスロットが槍を投げ、教皇の手からリモコンを弾き出す。


メルティは地面が元に戻っているのを確認すると、アレックスを下ろし、その腕はリモコンの元まで飛んで行く。

一方教皇は、ランスロットによって槍を喉に当てられ、身動きを封じられていた。


「“あれ”を正当化できる言い訳は、ちゃんと用意してあるんでしょうね。」


メルティはそう言いながら、ゆっくりと教皇の元へと歩み寄る。


「待て!悪いのはあいつだ!あれは当然の報いなのだ!」


「お気に入りのお皿を割っちゃったんですか?それとも勉強の成績が芳しくなかったんですか?」


「違う!奴がが今受けている受難も、この戦争も、全て奴のせいだ!」



〜〜〜



聖イスマダラーム共和国は、建国当初より教皇と呼ばれる者が統治していた。

“聖血”と呼ばれる起源不明の特殊な一族の中から、凡そ50年周期で生まれる《教皇》の魔法使い。

それが教皇の正体だった。

《教皇》は、《神託》や《楽園化》《六神器》言った強力な起動型魔法がセットになった物で、国防の全てを担うのに十分な性能を持っていた。

だが、教皇を中心とした政権が現代まで続いていた理由はそれだけでは無かった。

《教皇》が人を選ぶのか、はたまた《教皇》故に人が変わるのか、それを受け継いだ者はみな賢く、心優しかったからである。

そんな《教皇》の力と教皇の手腕により、イスマダラームは建国以来一度も戦争を起こす事も無く、貧しいながらも充実した平和を謳歌していた。

しかしそんな平和も、地球の裏側で果てた聖王アハティーの生涯と共に、幕を閉じる事となった。


「もう魔導協会による世界統治の時代は終わった!これからは国々が独立する時代となる!入るのであれば新体制派だ!」


「何を言う!陣営に組み入ると言う事は即ち、これから巻き起こるであろう世界大戦に参加予約をする様な者であるぞ!断じて認められん!我々は中立を維持するべきだ!」


「それこそ認められん!世界全てが戦地となるのだぞ!中立などとのたまっていれば、両陣の衝突に巻き込まれた事による国家の破綻が関の山だ!此処は今後の安定が見込める連合に入るべきだ!」


「あんな矮小国共の集まりにか!?冗談じゃない!」

「冗談を言っているのはそっちであろう!世界中全てが戦地?そんな馬鹿げた話があってなるものか!」

「お主ら、少しは現実を見たらどうだ!新体制軍の連携など、いつまで持つか分かったものじゃない!」


皇室内もまた新体制派、中立、連合軍派の三つに分かれ、最終判断は教皇に委ねられた。


「誠に僭越ながら、我が国は連合に入るべきと考えております。」


少女の名前はシーラ。

齢10にして国の全権を握る、現教皇である。


「理由は二つあります。

先ず、連合軍は新体制軍と違い、然程繋がりが強い訳ではありません。あくまでも、同じ目的を持った此処の軍と言う色の方が強い陣営が連合です。手の内を全て仲間内に晒す事となる新体制軍よりも、戦中、戦後における安定性が高いと判断しました。」


「しかし教皇殿!現時点で連合と新体制の力の差は歴然でありますぞ!どんなに戦後が有利に立ち回れるとて、そもそも敗北してしまっては意味が…」


「それが、二つ目の理由です。

連合軍は新体制の100分の1の戦力も持ち合わせておらず、恐らくは敗北するでしょう。そこが狙いなのです。戦争が直ぐに終わると言うことは、それだけ損害を少なく抑えられるという事。それに出兵を渋りながら戦争をやり過ごせば、新体制軍からの事後制裁も軽い物となるでしょう。」


「つまりそれは、戦勝を捨てて属国に成り下がると言う事でしょうか。」


「今の世界情勢から見ても、これ以外の選択肢はありません。しかし、滅ぶ訳ではありません。ただ国の形が変わるだけで、祖より受け継がれし我らが信仰までは侵されません。」


「そんな甘い話があるわけ無いでしょう!教皇殿は、宗教弾圧と言う言葉をご存知無いのでしょうか!」


「ですが他に道もありません。上老殿、どうかご容赦を。」


教皇の一声により、聖イスマダラーム共和国は連合軍への加盟を決定し、準備を進めていた。


「あり得ん。肩を並べて戦うと言う選択肢があると言うのに、わざわざ属国に成り果てるなどと…!」

「教皇と言えど、所詮は世間知らずの子供。そろそろ“あれ”の使い時かも知れん。」

「くっふっふっふっふ。あの小生意気なクソガキに、解らせてやろうじゃ無いか。」


連合加盟の公表を予定していた日の前夜に、国中を教皇の急死の通達が駆け巡った。

犯人は連合軍から送り込まれた刺客とされ、イスマダラームは国民の総意により新体制軍への加盟が決定した。


「まざっくり説明しますと、この椅子に座ってる間は、この装飾品型の魔力検知式端末と本体が通信して、素体の脳に自由に電気信号を送って魔法を使えるっす。まあ一応十年は保証しますが、メンテは欠かさないで下さいよ。あとこれ、有事の際にはこのリモコンで(しめ)ちゃってくだせえな。じゃ無いとボクん首まで危なくなるんで。」


新たな教皇はものの数時間で決定した。

新教皇も《教皇》の魔法は使えたが、前任の10分の1程度の力も発揮できていなかった。

それでも人々が教皇に積み上げてきた信頼は厚く、戦争の開始を宣言しても、誰一人として反対意見を呈する者は居なかった。


最初の内は良かった。

神託により翼を授かった兵士達による“天使軍”は新体制軍の制空権確保に大いに貢献し、聖イスマダラーム共和国の自陣内での存在感はみるみるうちに大きくなっていった。

だが、直ぐにボロも出始めた。


本来の天使は、自我の一部を教皇の中に集結させる事による抜群の連携能力が長所とするが、教皇の崩御より間も無くして彼らは茫然自失状態となり、自身で何かを考える事も、通常の人間とのコミュニケーションもとる事の出来ない、心無き廃人と化してしまっていた。



〜〜〜



「我が国には、天使の代替えとなる戦力と、それを生み出す為の新たな土地や資源が必要だったのだ!仕方が無かったんだ!全ては、そいつが連合軍に組み入るなどと言う愚かな選択をしたのが悪い!」


「………」


メルティの元に、アレックスもやって来る。


「ねえメルちゃん。どう思う?」


「同情の余地無し。」


ランスロットは現教皇を踏み抑え、槍を振りかぶる。


「ま…待て!全てはあのガキが招いた事だ!死ぬべきはあいつの方だ!」


次の瞬間、教皇は喉笛を串刺しにされて絶命した。

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