大天使
大聖堂の天井より、6枚の炎の翼を背負った天使が舞い降りる。
赤く長い髪。
翡翠色の瞳。
二十代半ばの、美しい女性の容姿。
頭以外は白銀の鎧に包まれており、右腕にはボウガンを装備している。。
「ひい!?あ…新手!?」
アレックスは、すかさずメルティの後ろに隠れる。
「ようやくまともなのが来ましたか。」
メルティは右手に銃剣を召喚する。
「神の敵、不浄なる侵入者よ。教皇より賜りしこの浄炎にて、一切の苦無くして、常世より一片の跡形も残さず消し去らん。」
トファルエルがボウガンに矢を装填すると、ボウガンは白い炎に包まれ燃え上がる。
矢は一瞬で焼き尽くされ、矢の形をした炎だけがそこに残る。
炎の矢が、メルティ目掛けて放たれる。
「【エグズィンクション】」
メルティの目の前に3機の蜂型機械が出現し、そこに蜂を頂点にした三角形の障壁が展開される。
矢は障壁に命中するが、その透明な壁の中へと染み込む様に吸収されてしまう。
障壁はガラスの様な透明から、閃光を放つ白色へと変わる。
矢は純朴なエネルギーへと変換され、白色の光線と衝撃波として持ち主へと打ち返される。
「な…!?」
光線にこそ当たらなかったものの、衝撃波に煽られたトファルエルは空中で体勢を崩して墜落する。
光線は、天井に直撃した。
天井を彩っていたステンドグラスが壮麗な破砕音を立ててガラス屑へと変わり、天井は崩落する。
「ひやあああ!」
パニックになるアレックス。
「伏せて!」
メルティはそんなアレックスを押し倒して覆い被さり、自身の背中をエグズィンクションで守る。
大きな瓦礫がその障壁に9度ぶつかったが、そのたびに真上へと弾き返さて砕かれ、2人は何とか無事に済んだ。
「アレックス、大丈夫?ケガは無い?」
「キミのお陰でね。」
「まあ、崩れたのも私のせいなんだけど…」
2人は立ち上がる。
天井は無くなり、壮麗だった講堂は瓦礫が散乱するただの広場となっていた。
「ねえメルちゃん、あいつはどうなったかな?」
「分からない。だけど…」
部屋のあちこちに、メルティの魔方陣が展開される。
「この程度で倒れる様な方でも無いでしょ。」
次の瞬間、瓦礫の山を突き破り火柱が上がる。
炎の中からは、負傷したトファルエルが出てきた。
鎧は半壊し、その下の黒いインナーも少し破れ、さらにその下には傷が出来ている。
身体のあちこちには、瓦礫が溶けて出来た溶岩がこべりついている。
その瞳は、忿怒に燃えていた。
「その程度か?」
トファルエルは言う。
一方、魔法陣からは鎖が伸びて、瓦礫を巻き取っては聖域へと引きずり込んでいた。
「私はただ貴女の攻撃を跳ね返しただけです。貴女が“その程度”と評価するのであれば、そうなんでしょう。」
瓦礫は片付けられ、天井を失った講堂は円形闘技場へと姿を変える。
「く…ほざけ!四大守護天使の名にかけて、貴様を聖教皇陛下に近付かせはしない!」
「つまり、その奥には教皇とやらが居るのですね。」
「……!」
トファルエルは、炎の翼を広げて浮上する。
「《浄炎・連火》!」
彼女の背後から、六つの火球が現れる。
白色に輝く火球は円形に並び、数度回転した後、それぞれが特有の軌道を描きながら2人の方へと向かって行く。
「アレックス。」
「何?」
「安心して。貴女は私が、絶対に守るから。」
「あ…」
アレックスは一瞬惚ける。
メルティはアレックスの前に立ち、両手を顔の前で組む。
火球はメルティに当たると解け、炎となって彼女の体を撫でる。
布は解け、金属の手足も表面が若干溶ける。
「“この程度なの?”浄化の炎が聞いて呆れますね。」
「く…まだまだだ!」
地面のあちこちに、円形の赤熱地帯が現れる。
メルティとアレックスの真下も、赤熱地帯となった。
「アレックス。走るよ。」
「え?あ、うん!」
メルティはアレックスの手を取ると、赤熱地帯同士の間に存在する、色が変わっていない部分を目指す。
「消え失せろ!この世から一片残らず!」
トファルエルがそう言うと、赤熱地帯からはそれと同じ直径の火柱が上がる。
「ひぃ!」
一寸左から上がった火柱に髪の毛を僅かに焼かれ、アレックスは小さく悲鳴をあげる。
「大丈夫だからね。」
メルティはそれを、優しく諭した。
「ちょこまかと…これならどうだ!」
今度は、部屋一杯が赤熱地帯に変わる。
浄化の炎はトファルエル自身にもダメージを与える物。
決死の一撃だった。
「ど…どうしようメルちゃん!これじゃあ逃げ場が…」
アレックスがそう言った時にはもう、彼女の傍からはメルティは消えていた。
「させません。」
メルティはトファルエルの真下に回り込み、魔法陣が展開された掌をトファルエルに向ける。
魔法陣からは鎖が伸び、炎の天使の体に巻き付いた。
「こんな物!」
トファルエルが自らの体を炎で包むと、鎖は早速融解を始めた。
なのでメルティは、鎖が完全に溶けきる前に鎖を思い切り引いた。
千切れるか、天使を地に下ろすかは五分五分。
ちょっとした博打だった。
「ぬあ!?」
結果は、メルティの勝ちだった。
トファルエルは思い切り地面に叩きつけられ、炎の翼は鎮火し消えて無くなった。
地面いっぱいに広がっていた赤熱地帯も、ゆっくりと冷めていった。
「天使じゃ無かったんですね。」
メルティはそのまま、トファルエルの背を踏み付ける
「く…」
トファルエルの背から炎がバーナーの様に吹き出るが、彼女を再び浮上させるには至らない。
「成る程。それが貴女の制約なんですね。」
メルティは、更に強く踏み付ける。
「うぐあああ!」
トファルエルの骨が、ミシミシと音を立てる。
しかし、背より伸びる6本の翼予備軍は消えない。
「先ずその翼は、貴女の意思とは関係無く展開される物。そして貴女が貴女の意思で操れる魔法は、空中に居る時にしか使えない。違いますか?」
「………」
メルティは銃剣を構え、トファルエルの頭に向ける。
「その魔法に目覚めた時から、貴女は天に縛られていたんですね。でも大丈夫。もう、終わらせますから。」
「うわああああああああん!」
次の瞬間、トファルエルは大声で泣き出した。
それと同時に、背から吹き出す炎は鎮火した。
「!?」
「だからやだって言ったのにいいいいい!やっぱりウチに兵士は無理だよおおおおお!」
手や足をばたつかせながら、トファルエルは駄々をこねる。
「うっわぁ…そっち系か…」
アレックスはそんな事を呟いたが、メルティには意味は良く分からなかった。
「ほら殺すんでしょ!とっととやってよ!もう人のいいなりになるだけの惨めな人生は嫌なんだよぉ!」
「………」
メルティは、引き金にかけていた指から力を抜き取られた気分になった。
「あの…その…なんかすいません…」
メルティはそっと足を退ける。
トファルエルの背には痛々しい痣が出来ていたが、重傷と言う訳でも無かった。
「…降参って事で良いですか?」
メルティは問い掛ける。
「…どうせウチなんか…料理一つまともに作れた事も無い不器用な田舎娘…なんで親衛隊なんか…て言うか…どうして親衛隊に台本が用意されてるのよ…」
しかし、トファルエルはぶつぶつ独り言を呟くばかりで、応答は無かった。
「ね…ねえ、メルちゃん。」
アレックスがメルティの方へと駆け寄る。
その距離は、いつもより若干近い。
「ん?」
「これが終わったらさ。その、一緒にどっか出掛けない?」
「え、まあ、良いけど。」
メルティはそう言いながら、周囲に10頭のボムハウンドを召喚する。
「じゃあ早く終わらせなきゃだね。行くよ。アレックス。」
「うん!」
2人の前にはその後、水、風、地の大天使を名乗る魔法使いが現れたが、全て部屋ごと爆破して突破した。




