改装
天使がまるで、ガスを吸った鳥の様にボテボテと落ちて行く。
すでにその身に生命は無く、吹き出した血液は、傷んだ大地に乱雑な絵を描いた。
数秒遅れて、ジェニファも地面に着地する。
「ふぅ。一丁上がり。」
ジェニファは鎌に付いた血を払いながら、満足げに呟く。
その傍に、動揺した様子のメルティがゆっくり降りてくる。
「あ…あ、あ、あの…」
「どうしたんだい?空飛ぶお嬢さん。」
メルティの翼は光の粒子となって消散したが、メルティの抱える疑問までは消えなかった。
「どうやって飛んだんですか?」
メルティは、ジェニファの服を注意深く観察する。
目を凝らせば見えてくる、素材の違いが織りなす近未来的な模様はあれど、何か人の助けになる様な外部武装の類は見当たらない。
「ああ。」
そう言ってジェニファは、その場で跳躍する。
軽く5mは飛んだ。
「よっと。不死身の体を利用してちょっと鍛えた体を、このボディスーツで強化しただけだよ。やっぱりあたしみたいな人間は、体が資本だからね。」
ジェニファは、手を頭の後ろに組んで軽くポーズを取る。
「………」
少しして、基地の正面入り口側から見て10km先の空から、アレックスが降りて来る。
彼女は一直線の焼け焦げた轍を描きながら、二人の前丁度で停止した。
「敵は大分下がってったよ。どうやらこの拠点を落とせばザルヒム戦線完全制圧だったみたい。で、誰だいそのお姉さん。」
「アレックスさん、お帰りなさい。こちらはジェニファさん。貴女が配属される予定だった基地の人です。」
メルティのその言葉に、ジェニファの方が喰いつく。
「え?もしかして新人ちゃん!?」
ジェニファは嬉しそうに、アレックスの観察を始める。
焼け石の様に煙を上げる素足。
すらりと綺麗な足。
烏を連想させる様なパンツ。
程よく括れたお腹。
パンツと同じ素材の胸当てに包まれた、少し控えめな胸。
胸の間で輝く金色のネックレス。
僅かに覗く八重歯。
銀色の少しパサついた前髪の間から覗く、ルビーの様な瞳。
そして、何よりも目を惹く尖った魔女帽子。
「うんうん良いね良いね。これは将来有望だ!」
「え?ボクの事?何の話?」
「とにかく、先ずはあたしの基地においでよ。新人歓迎パーティーだ。」
ジェニファはそう言うと、意気揚々と基地の方へと駆けていった。
「ねえメルちゃん。あのお姉さん何?」
「すみません…私もさっき会ったばっかりで…」
メルティは責任に似た何かを感じ、アレックスについて行く事にした。
〜〜〜
「ちょっと汚い所だけど、ゆっくりして頂戴。」
そこは基地と言うよりも、壁と天井があるだけの廃墟だった。
窓の代わりに四角い穴が空いているだけで、壁も天井も土で出来ているのかと言う程の茶色に染まり、床に至ってはただの地面。
「う…嘘でしょ…ボク…今日から此処に住むの…?」
メルティの右手が、アレックスの肩をポンと叩く。
「あの…ジェニファ…さん?他の方は…」
「此処はもうずっとあたし一人よ。ずっと前にあたし以外みんな全滅したって言うのに、新しく兵士がやって来る訳でも無く、此処の防衛任務が解かれる訳でも無く…」
「お風呂…とかは…」
「ん?雨水を貯める為のドラム缶がそこに…ああ、あれも前壊れちゃったわ。暫くは我慢して頂戴。」
「寝る場所とかは…」
「適当に床で済ませちゃって良いわよ。」
「何か食べる物は…」
「食べ物?ああ、普通の人は必要だったわね。殺した兵士は自由に食べて良いわよ。」
「………」
アレックスは後退し、メルティの傍に来る。
「ごめん…メルティちゃん…ボク…こんな場所で暮らしてたら3日も持ちそうに無いや…」
「それは同感です。じゃ。」
メルティはそう言って、基地を立ち去ろうとする。
「待ってよメルちゃああああん!お願いだから見捨てないでええええ!」
「ふふ。冗談ですよ。」
メルティはそう言うと、光の粒子となって消散した。
「うわあああ!冗談なんかじゃ無いじゃああああん!ああ…終わりだ…ボクは此処で…飢えるか病気になって死ぬんだ…」
その時、ただ四角い穴が空いているだけの基地の出口が歪み、外では無い別の場所へと繋がる。
「新手かしら?」
ジェニファは落ち着き払った様子で鎌を召喚する。
「待って。多分、危険じゃ無い気がするんだ。」
アレックスがそれを止める。
外に繋がっている筈の出入り口は蒼く深い霧で綴じられており、向こう側から強い人口光で照らされている。
霧の奥に、影が現れる。
影は近付いて、人の形に変わる。
「メル…ちゃん?」
むき出しの地面を踏み締める、小さな素足。
蒼色の無地のワンピース。
足で踏んでしまえそうな程長い、真っ直ぐとした銀髪。
澄み切った青い眼。
霧の向こうより現れたのは、爪の先まで完璧に再生したメルティ本人だった。
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フルクリエイトは、現バージョンでは化身機を介した遠隔行使に対応しておりません。
お手数では御座いますが、顕現での行使を行なってください。
ご迷惑をお掛けして、大変申し訳ございません。
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「メルちゃん、これってどう言う事?どうして手足が…」
「でも何だか、貴女の魔法の本質を知れる気がするわ。」
「………」
メルティは、喋り出そうと口を開く。
「ゲッホッ!ごめんなざい…喋るのは久し振りで…」
メルティは暫く咳き込んだ後、漸く話し出す。
「では改めまして。“初めまして”。お二方。私が本物の、メルティ・アーネスです。」
「???」
「?」
それからメルティは、自身の魔法について話した。
「つまり、メルちゃんは普段、この世界からは一切干渉できない場所に居て、そこで作ったロボをこの世界に送り出してるって事?」
「はい。」
「凄いなぁ…まるで神様だ。」
アレックスはまだ、スケールの大きさを飲み込めていなかった。
「にわかに信じられない話だわ。実際にこの目で見ていなければの話だけど。」
「結果的には、今まで騙していた形になってしまい、すみませんでした。」
「そんな事は気にして無いわよ。それにしても何?幾らそのロボが壊されても何度でも作り直せるし、いつでもしまったり、好きな場所に出せたりするって言ったかしら?完全にあたしの上位互換じゃ無い。羨ましいわぁ。」
不滅が身近にあるジェニファは、飲み込みが早かった。
「で、メルちゃん。どうしてその、せいいきって場所から出て来たの?」
「貴女を助ける為ですよ。アレックスさん。」
メルティはそう言うと、壁に手をついた。
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廃墟Lv0
【ブラフニウム】2000個でアップグレードが可能です。
アップグレードしますか?
〈はい〉〈いいえ〉
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「はい。」
メルティがそう呟いた瞬間、彼女が手を付いている場所から、“侵食”は始まった。
遺跡同然の土壁は深い紺色の艶々とした材質に変わり、窓には極薄のガラスが貼られ、通路には自動ドアが嵌められ、天井も床も壁と同じ物に置き換わった。
建物は独りでに増築され、何の機能も無かった部屋には次々と備品が生成される。
最後に、それぞれの部屋の天井に細長い筒状の照明器具が生成された所で、変化は終了した。
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基地Lv1へのアップグレードが完了しました。
カスタム内容
・《マッハマジシャン》専用設備【滑走路室】
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「ふぅ…」
疲労したメルティは、床にへたり込む。
するとメルティの真下に空間の穴が空き、彼女はその中へと落ちていった。
元いた場所に帰ったのだ。
「凄いじゃんメルちゃ…あれ?」
「こっちですよ。」
声を掛けられ、アレックスは振り向く。
居間に、彼女のよく知るいつもの“メルティ”が居た。
「凄いじゃんメルティちゃん。リフォームまで出来るなんて。正直、前の内装は貧相であんまり好きじゃ無かったのよね。」
ジェニファも賞賛を述べているが、彼女にとってはせいぜい、“内装が変わった”、程度の認識だった。
「お二方。これから内覧会を始めます。」
〜〜〜
シーハが食器を洗い、トーワが書類で紙飛行機を作っては飛ばしている。
それぞれが全く違う折り方で、全く違う軌道を辿ったが、最後は吸い込まれるようにゴミ箱へと入った。
シーハの元にやってきた一つだけを除けば。
「トーワ。これは?」
シーハは食器洗いの手を止めないまま、トーワに聞く。
「お手紙…なの。」
「誰から?」
「イスマダラーム共和国…」
「先方は何て?」
「皇帝を処刑しないと…この国を全力で滅ぼす…ってさ。」
「へぇ。」
不意に、シーハの手がピタリと止まる。
トーワは紙飛行機作りに戻った。




