破土
「はっ…はっ…はっ…はっ…」
茶けた空の下、肌に吸い付く様にぴったりとしたラバースーツの女性が、炎を上げる前線基地へと走っている。
基地は大きな一階建てで、周囲を有刺鉄線付きの石壁が囲っている。
「…あ。」
女性は不意に立ち止まり、メルティの方を向く。
「お嬢さん。何か武器を持ってたりしない?」
「え?えっと…」
女性が持っているメルティの腕に魔法陣が現れ、そこからライフルソードが出現する。
「銃剣か。良いね。」
女性はライフルソードを持つと、再び走り出した。
「ん?あれはまさか…!」
「総員構えろ!“レオンブルグの不死者”が復活したぞ!」
「何!?見張りはどうした!」
「つい先程、南東地区への援護に向かったと連絡が…」
「あの馬鹿者共が…総員!撃てぇ!」
基地の屋根の上を陣取っていた敵兵が、女性に向けて一斉に発砲を始める。
弾丸は、防御力など四の次の女性の服を容易く貫通した。
「あらあら、レーンブルグの武器はその程度なのかしら?」
服に開いた穴は一瞬で塞がる。
女性の体は、傷を負った端から一瞬で再生していった。
「奴を殺す事は出来ない!剣を狙え!一瞬でも動きを止め、老師が到着するまでの時間を稼ぐのだ!」
「あら、じゃあその前に終わらせてあげるわ。」
女性は立ち止まり、ライフルソードの銃口を基地の上の敵兵に向ける。
銃撃が女性の手首に集まるが、彼女の手から銃を取り落とさせる事は出来なかった。
“バシュン!”
ブレは無し。
リコイルもゼロ。
弾速は速いが反動は無し。
メルティから提供されたそれは、ライフルとして最上級の物だった。
「何よこれ。中々凄いじゃない。」
女性はそう言いながら、基地を取り囲む有刺鉄線付きの壁を垂直に走って登る。
足裏部分は頑丈に出来ており、基地を守る為の鋼の針は、呆気なく踏み潰された。
女性は壁の上まで辿り着き、そこからひとっ飛びで基地の上まで移動する。
「き…来たぞ!」
「老師はまだか!」
指揮官を撃ち殺され、統率が取れなくなった兵士達。
女性は彼らの慌てふためく様子を眺めて、にぃっと笑る。
「さてと。」
女性はライフルソードを落とし、手を、何かを抱える様に構える。
「《デスサイズ》!」
女性の手に、2mはあろうかと言う黒い大鎌が現れた。
「怯むな!持ち堪えるんだ!」
勇気ある兵士の一声も虚しく、
「ひいいい!」
人並みの度量しか持ち合わせていない者達は、次々と逃走を図ろうとする。
「安心して。一瞬で終わらせてあげる。」
女性は鎌首を地面に下ろし、姿勢を低くし、クラウチングスタートの様なポーズを取る。
「《ブラックリング》」
大鎌は、兵士達の首を次々と刈り取っていった。
それを操る女性の動きは極限まで無駄が省かれた、ただ対象の下まで移動し、攻撃をかわし、鎌で首を狩る為だけの動きを繰り返していた。
その筈が、壁の外から見上げるメルティの目には、それがある種の舞踏にも見えた。
「これで全部かな?」
基地の屋根の上が16人分の首無し死体と生首だけになるのに、10秒かかった。
少し遅れて、よちよちとメルティが登ってくる。
「ふぉ…」
「あたしの魔法は“リーパー”。不死身の体に、殺した人間が今まで生きた時間とこれから生きる予定だった時間をそっくりそのまま寿命に足せる鎌が付いてくるやつさ。」
「す…凄いですね!」
「ああ。何を隠そう上位魔法認定を…」
付近で大爆発が起こる。
「ああそうだった。早くこの戦場を片付けないと。」
女性は鎌を消し、再びライフルソードを構える。
「よし、そろそろ行こうかな!」
女性がそう言って、地面に飛び降りた瞬間だった。
基地の入り口に積まれていた土嚢の上から、茶色く歪な形をした魔法弾が放たれる。
弾は女性の左足に直撃し、彼女の足は硬い土塊で覆われてしまった。
「な…」
「ふぉっふぉっふぉ。同じ手に二度も引っ掛かるとは、情けないのぉ。」
土嚢が、意思を持っているかの様に独りでに退いて行く。
その後ろから現れたのは、小柄な老人だった。
緑色のローブと三角帽子。
顔の殆どを覆い隠す、白雲の様な白髭。
右手には、石を削り出して作った杖。
この男こそ、敵軍から“老師”と呼ばれていた魔法使いである。
「また貴方なの!?でもどうして…」
「お主が首を刎ねたのは、土で作った分身じゃわい。」
女性は老師に銃を向けるが、老師の杖から放たれた土塊によってその銃も硬められる。
「っく…」
「ふぉっふぉっふぉ。不死身だからとタカをくくり、機動力を最優先したツケが回ったのぉ!」
老師は土塊を連射し、女性をそのまま砂岩で埋めてしまう。
「その中で己の魔法が与えた永遠に苦しみ続けるがよい!ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ!」
土塊の横に、メルティが降りてくる。
「あれ…?私の武器…」
老師は杖を構える。
「我が軍にお主の様な魔法使いはおらぬ。新手かの。」
「え…?あ、はい…」
メルティがそう答えた瞬間、老人は土塊を放つ。
メルティはそれを右腕で弾こうとして、右腕が土塊の中に埋まってしまう。
「わ!」
「お主…さてはイーザイドの自動人形じゃな?じゃがこのわし、“トヘムの土牢師”の前には、防御力など無為!さあ、お主も生き埋めにして…」
メルティが左腕で土塊を殴ると、拘束は実に呆気なく砕け散った。
「なんじゃと!?」
「硬く凝縮されてますが、要するにただの土…ですよね。」
「く…水をかけられるならまだしも、純朴に硬度で負けるとは…」
「お水?」
「しまった!」
「まあ、此処にそんな物は無いんですけどね。」
そう言ってメルティは、隣にあった大きな土塊に思い切りパンチを入れる。
土塊は砕け散り、中から銃を構えた女性が出てくる。
「っぷは!もう許さないからね、お爺さん。」
「あああり得ん!わしの土を破壊するなど、重機でも無ければ…」
次の瞬間、老師は思い出す。
兵器を召喚すると言うメルティの魔法と共に囁かれる、もう一つの特性。
「重機並みの力…まさか、比喩では無く事実!?」
「本当にぬかっているお爺さんですね!」
女性はライフルソードを構えながら、老師に向けて走り出す。
「く…まだまだ!」
老師は土塊を放つが、弾道を見切られており、もう女性には当たらない。
「チェスト!」
女性はライフルソードの銃口を老師の額にぴったりとくっつけ、引き金を引く。
石が砕ける音と共に、老師だった物はただの土となって崩れた。
「はぁ…またなの?でもまあ、魔法使いの身であの歳まで生きていられたのには、それ相応の理由があるみたいね。」
「でも、かなりぬかっていましたね。」
「ええ。本当に。」
老師が消えた影響で土嚢の中身も消散し、そこには麻袋だけが残された。
「居たぞ!情報にあった魔法使い達だ!」
「不死者の魔法は既に割れている!総員、対不死者兵装を展開しろ!囲んで拘束するのだ!」
基地は既に、敵に包囲されていた。
「あら。少し時間を食い過ぎたかしら。」
「この程度の数なら、大丈夫です。」
メルティは魔法陣から無数のナイフを召喚し、周囲に浮遊させる。
「お嬢さんの魔法、本当に便利だね。兵器を召喚して操るんだ。」
「貴女の不死身程ではありませんよ。」
「ふふ、ありがと。」
女性は右手にライフルソードを構え、左手に鎌を出現させる。
「そうだお嬢さん。自己紹介がまだだったね。あたしの名前はジェニファ。ジェニファ・ベイブリス。貴女は?」
「メルティ・アーネス…です。」
「メルティ。ふふ、良い名前ね。お姉さん、気に入ったわ。」
「………」
どうやら自分は同性にモテるタイプらしいと、メルティは薄々感づいた。
「さあメルティちゃん。始めるわよ。」
「はい。ジェニファさん。」
その次の瞬間だった。
『メルちゃん!ちょいヘルプお願い!割とガチでまずい事になった!』
「!?」
メルティの頭に直接、アレックスの声が届いた。




