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天空

「…は?」


それが、放たれた弾丸の弾道すらもコンマ1秒以内に処理しきるメルティの頭が、10秒かけて弾き出した言葉だった。


「ああ、勘違いしないで。あくまでも体裁的な話さ。」


「は…はぁ…その、体裁的な恋人になるにしても、先ずは事情を説明して頂ければな…と。」


「うん。良いよ。」


アレックスは、卓上で湯気を立ち上らせるティーカップを手に取り、遥か南よりやってきた茶を、ゆっくりと飲み干す。


「先ずは、ボクの身の上について話さなきゃね。」


アレックスは元々、アルベンシル王国と言う由緒正しい国の王女だった。

彼女は生まれる前から、何処で何をしてどう生きるかが決定しており、10歳の頃に保有者である事が判明するまでは、その人生のレールを辿るだけの日々を過ごしていた。

戦争が始まり、例の如くアレックスは徴兵された。と言っても、強制徴兵では無いので、そこにはちゃんと本人の意思もあった。

連合軍の令状に本人の意思が乗った物に、国の伝統と威光など通用しなかったので、彼女はめでたくレールから降りる事が出来た。

その後魔法使いへの昇華も果たし、彼女は戦闘機を落としながら、与えられた屋敷の中で順風満帆な生活を送っていた。


「でも、それも戦争が終わるまでの話。この戦いが終われば、ボクはまた箱入り王女様に逆戻り。帰ったら直ぐ顔も知らない王子様と結婚させられる事になってるし。しかーし!ボクの国には大変便利な法律がありる!それは、“二婚禁止法”!一度結婚した人間は、例え離婚しようとも死別しようとも二度目以降の婚姻を結ぶ事は出来ない!」


「…は…?」


「だってそうでしょ?いつ無くなるとも知れない小国の王子様よりも、将来有望な魔法使いちゃんの方が絶対良いって向こうも解ってくれる筈だから!」


「はぁ…」


面倒臭いが、断る理由も思い付かない。

それが今のメルティが抱いた、率直な感想だった。


「判りました。それで来てくれるんですね。」


「勿論だとも!マイハニー!」


「………」



〜〜〜



空は、青を超えて深い紺色をしている。

此処は成層圏上空、通常の戦闘機では辿り着くことすら出来ない領域。


「ひゃっふー!」


アレックスは、箒に跨り音速で進んでいる。


彼女の魔法には、まだ名前が付いていない。

箒によって音速での飛行が可能で、熱や無酸素状態や高速で衝突する微粒子に絶対の耐性があり、


「おや、あれはもしや敵軍の戦闘機かな?よし、《ソニックブラスト》!当たったぁ!」


音周波を圧縮した衝撃波を、レーザー状に放つ技を使うことが出来る。


彼女の魔法は、ゲーム風に言うなれば、ユニークスキルだった。


『もしもし。聞こえる?』


アレックスの耳に入っていた小型無線機が喋り出す。


「うえ!?メルちゃん!?此処成層圏なんだけど、何で繋がんの!?」


『衛星電話って奴かな。それも私達専用の。』


「良いねぇ。で、何だい?」


『そろそろ降りて来てくれる?』


「え?まだ基地は先だよ?」


『こっちの方が安全だから。』


「わ…解ったよ。」



〜〜〜



背の高い木々が、濃い緑色の葉を茂らせている。

此処は、ザルヒム戦線より西に50km程離れた場所にある、小規模な森の中。


メルティは森の端の方で、木に隠れながら外の様子を注意深く観察していた。


“ガガガガガガガガガガガガガガ!!!”


木々をなぎ倒して減速しながら、アレックスはメルティの背後に着陸する。


「うえ…ぺっぺ。木の葉が口に入っちゃった。」


アレックスは文句を言いながら、メルティの傍にやって来る。


「で、何してるの?」


「あれを。」


メルティは、森の外を指差す。

森の外は広い平野になっており、50km離れた戦場から立ち上る黒煙もはっきりと視認する事が出来た。


「あれ?もしかして、あの煙を上げてる場所って…」


「連合軍の前線基地。貴女が今向かおうとしていた場所です。」


「ひぃ!」


次いでメルティは、地面を指差す。

よく見ると、無数の靴跡が敷き詰められていた。


「きっと背後からも敵の手が回り、挟み撃ちにあったのでしょう。貴女を基地へと護送すると言う当初の目的は、残念ながら果たせそうにありません。」


「じゃあ、どうすれば…」


「………」


不意にメルティは、アレックスの耳から無線機を取り出し、魔法陣の中へと放り込む。


「貴女には、上空から戦線の状況を教えて欲しいです。一応私にも空に目がありますが、こう雲が多いとあまり役に立ちません。」



ーーーーーーーーーー


【ホルスデバイス】

衛星ホルスと連携する事により、遠隔でのホログラム通信を始めとした様々な機能を実現する小型端末。

従来の製品に多数寄せられた、小さ過ぎて失くしやすいと言う意見に対応し、今モデルより待望の、保有状態維持機能が追加された。


ーーーーーーーーーー



無線機が消えた魔法陣から、一匹の小鳥が飛び出して来る。


光る青い目に銀色の体毛を持った、雀型のロボットだった。


小鳥はアレックスの右肩に止まると、ぼやけて消えた。


「貴女が私に伝えたいと思って話した事は、全てその小鳥が拾ってくれます。思う存分、飛んでって下さい。」


「君の魔法は本当に凄いねぇ。設計図とかってあるの?」


「人工物を取り込むと勝手に出来ます。」


「わぁ!凄いねぇ!まるで海の上のポセイドンだ!」


アレックスはそう言うと、再び箒に跨り一気に浮上した。


(…飛ぶ時は垂直なんだ。)


「…ん?」


不意にメルティは、遠くで人が倒れているのを見つける。

メルティは好奇心のままに、その人物の方へと向かった。

敵兵であっても味方であっても、何かしらの収穫がある事は確かだったからだ。


「ん…うん…っく…」


その人物は女性で、新体制軍の紋章は何処にも無かったので取り敢えず敵では無いらしかった。

と言うのも、女性は肘や膝と言った関節部分を土塊の様な物で固められており、それで動けずに、うつ伏せの状態のままもがいていた。


「…あの…手を貸しましょうか?」


「く…誰だか知らないけど、お願い。」


メルティは依頼を受けると、拳で土塊を叩き割った。


(硬い…まるで砂岩みたい。)


メルティはそんな感想を抱いたが、それも鋼の拳に粉々になった後の話だった。


自由になった女性は、ゆっくりと立ち上がる。


「ふぅ、ありがとう。貴女は…良かった。新体制軍では無いみたいね。」


高身長。

僅かに藍色がかった、黒いサラサラの髪。

その瞳も黒く、その顔立ちは東洋美人と言う言葉がよく似合った。

服装は、身体のラインがこれでもかと言う程強調される、黒いぴったりスーツを着ていた。実際には頭しか露出していないが、殆ど下着姿のアレックスよりも数倍は煽情的に見えた。


「ほ…」


女性の見事に発達した胸部に、メルティは思わず目を奪われる。

女性もその視線に慣れているのか、飄々とした様子で返す。


「お嬢さんもちゃんと食べてよく寝たらこうなれるわ。あ、別に変な意味じゃ無いわよ?」


不意に女性の背後から爆発音が響き、女性は自分が今戦場に居ることを思い出す。


「ああ、そうだ。こんな事してる場合じゃ無かったわ。じゃあね、お嬢さん。またその内会え…」


次の瞬間、女性は煙を上げる前線基地を視界に収める。


「うわああああ!あたしの基地があああああ!」


「え?」


「貴女も魔法使いなんでしょ?ちょっと手伝って!」


「え?あ…はい。」


女性はメルティの手を掴み、手だけを引っ張り、腕だけを持って行って走り出した。

なのでメルティも、慌ててその女性を追いかけた。



〜〜〜



「にしても、どうして戦場ってのはこういつも曇ってるんだろうねぇ。」


一方その頃アレックスは、雲の中を突っ切りながら、雲間から戦場を覗いていた。

雲の中であれば、見つかるリスクは最低限に抑えられるからだ。


「うわぁ。やっぱあそこの地形変わってるなぁ。…ん?」


上からのモーターの音を聞き、アレックスは上昇する。


成層圏上空に、V字を組んで飛行する5つの物体があった。

それは銀色の機械の武装に身を包み、背中から白い翼を生やした5人の人間だった。


(あれってまさか、聖イスマダラームの天使軍!?何でこんな所に!)


アレックスが天使軍を視認したのとほぼ同時に、天使軍もアレックスに気付いた。


「敵兵を確認。分析結果、“音速の魔女”と断定。これより排除を開始する。」

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