相対
「何だ!?」
アーズベルトが振り返った瞬間、二度目の爆発が起こる。
コンテナや物資が巻き上げられ、乱雑に破壊されていく。
爆破は何故か、人気のない場所を中心に起こっていた。
「空爆でしょうか!?それとも地雷!?」
「馬鹿者!どう見ても魔法だろうが!」
(しかし、これ程までに大規模かつ攻撃的な魔法を使う者であれば、少なからず軍のリストには入っている筈…まさか、これも例の機械の魔法使いか。)
帝国に突如として現れた第二の魔法使いの名については、半日で新体制軍全土に知れ渡った。
材料を合成して兵器を作ると言う戦争の為に作られたかの様な魔法は、連合軍が持てる中で最も強大な脅威と認識されているからである。
「アーズベルトさん!あれ!」
ニケが指差す場所に、爆破の主犯がいた。
(どうしよう…本当に来ちゃった…)
メルティは体を縮こませながら、2人の魔法使いの前に現れる。
彼女の足元には、2体のボムハウンドが追従している。
トーワが書いた作戦報告書によると、今回の作戦の流れはこうだった。
先ず、魔法部隊が敵拠点に配備されている魔法使いを撃破、後に通常戦力により制圧。
文面だけ見れば、ごく一般的な拠点制圧作戦だった。
魔法部隊がメルティ一人なのを除いては。
「やはり来たか。“イーザイドの機械人形”。」
アーズベルトが、メルティに付いた二つ名を呼ぶ。
その名は的を射ている様で、絶妙に外れている。
「オートマトン…ですか…」
しかし、魔法使いのみが持つ事を許される二つ名で呼ばれたメルティは、まんざらでも無かった。
「…なさい…」
ニケが、アーズベルトの前に立つ。
彼女の周囲からは、赤黒いオーラが吹き上がっている。
「…ニケ?おい待て落ち着け!」
アーズベルトの制止も聞かず、ニケは己の魔法を発動する。
ニケの魔法は《双極の聖女》。
補助や回復に特化した《聖者》形態と、戦闘に特化した《執行》形態を切り替えて戦う、分類としては自己強化系魔法だ。
「アーズベルト様の前で、その破廉恥な姿を晒すのを今すぐお辞めなさい!」
ニケの赤い目が見開かれる。
魔法の代償としては、モード切替がホルモンバランスをトリガーとしている為、暫し感情をコントロールできなくなる事である。
「は…破廉恥…!?」
少し有頂天だったメルティは不意に我に返り、自身の格好を見る。
今まで誰からも指摘されず、特に気にされた事も無かったから気付かなかったが、確かに露出度は高かった。
「仕方無いじゃ無いですか!リ…私の体に合う服が無いんですから…」
「問答無用!失せなさい!」
ニケは、メルティ目掛けて右ストレートを放つ。
メルティはそれをひらりと躱し、ニケの腹に右フックを入れる。
「ごはっ!?」
エビの様に腰を曲げて怯むニケ。
メルティは、そんな彼女の腹に回していた腕を抜くと、その背に左足での回し蹴りを繰り出した。
重機の如き足から放たれた揚力に任せて、ニケはメルティの背後へと吹き飛び、そのまま建物へと激突し瓦礫に埋もれた。
暫くは戦闘不能だろうが、魔法使いなので流石に死ぬ事は無い。
「ニケ!あの役立たずが…」
残ったのはアーズベルト一人。
今や彼にとってニケは、ただの足手まといでしか無かった。
「降参なら、受け付けますよ。」
「く…」
メルティは、アーズベルトが今まで出会い、倒してきた、“魔法だけ”の魔法使いとは明らかに違った。
戦闘形態のニケに速度で優っているにも関わらず、彼女と完全な交戦状態に入るような事はせずに撃退に留めた。
(状況判断が速い…見た目以上の年寄か、それなりに戦闘経験を積んでいるな。)
「面白い…《武神化》!」
アーズベルトの体が、赤い光と水蒸気に包まれる。
その目は橙色に輝き、太刀は赤熱する。
彼の魔法《武神化》もまた自己強化魔法で、身体能力を上昇させると共に、肉体を近接武器での戦闘に特化させると言った物だった。
近接が絡む魔法なので例の如く遠距離武器に完全耐性を持ち、戦場では“ハルクエレインの武神”と恐れられていた。
「…」
メルティが手を掲げると、足元に居た2体のボムハウンドが駆け出す。
2体が武神を間合いに収めた瞬間、彼は両方を一刀両断した。
ボムハウンドは外傷によって自爆するが、武神には傷一つ付かない。
「その程度か!」
武神がメルティに駆け出す。
メルティはすかさず剣形態のライフルソードを取り出し、その一太刀を受けようとする。
武神の太刀は、メルティのライフルソードを両断した。
「…へ?」
「そこだああああ!」
メルティが慌てて回避行動をとると、太刀は彼女の左腕と胴体の間の隙間を見事に通り過ぎた。
「く…面倒な体だな!」
武神が切り返しを繰り出すが、今度は彼女の両足と胴体の間を通り抜けた。
メルティはただでさえ小柄な上に、その少し変わった体によって更にヒットボックスが小さくなっている。
彼女の体に刀を当てるのは、特に人間慣れしている武人にとっては至難の業だった。
「く…!」
又しても空振る武神。
メルティはその隙に、武神の真上に魔方陣を展開する。
「ランスロット!」
真上から、ランスロットが槍を構えて降ってくる。
武神は間一髪でバックステップにてその場から離れた為、脳天から串刺しになる事は無かった。
「うりゃあああああ!」
「!?」
いつの間にか復活していたニケの拳が、メルティの脇腹に直撃する。
メルティは足をつけたまま、ズササササと左に移動する。
「…な。」
ニケのシスター要素は、靴と帽子だけになっていた。
その服装は端的に言えば、黒いビキニだった。
「貴女も十分破廉恥じゃ無いですか…」
「黙りなさい!アーズベルトさんが見ていい肌は、あたしのだけなんだから!」
「あ…はい…」
かくして、拠点制圧を掛けた2対2の戦いが始まった。
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「此処に居たのね。猟犬ちゃん。」
雨の降る墓地の片隅。
猟犬は真新しい墓標に背を預けながら、赤ワインをラッパ飲みしている。
そんな猟犬と墓を挟んで立つのは、薬師。
「俺を笑いに来たのか。薬師。」
「いいえ。新しい指揮官が決まったから、伝えに来ただけよ。貴方、携帯まで置いてくんだもの。」
「戦乙女は。」
「あの子は軍から出ていったわ。ま、責任をとっての辞任って所かしらね。」
「…そうか。」
薬師はポケットから種を取り出し、そこに緑とピンクのマーブル模様の液体を数滴垂らす。
種は瞬く間に成長し、淡い桃色の花束になった。
「銀蛇ちゃんも事も、建門師クンの事も、本当に残念だったわ。」
薬師は、出来立ての花束を墓にそなえる。
「弱い奴は死ぬ。それが戦場の掟。それだけだ。」
「んもう、相変わらず冷たいんだから。気にしなくて良いわよ。銀蛇ちゃん。」
銀蛇の魔法は、他の魔法を補助するのにとても適していた。
建門師の魔法は、発見された時は新体制軍の戦い方に革命を起こすと言われた程である。
違う。
「私がもっと、対兵器用のお薬を持ってきていたら、何か変わったかも知れない。騎士ちゃんを花火屋ちゃんに任せて建門師クンを助けに行っていれば、何かが違ったかも知れない。時々そう思うのよ。」
薬師は、静かに目を閉じる。
「あの日の事は、今でも悪夢に見るわ。
「うわあああああああああああ!!!」
次の瞬間には、猟犬は薬師に拳銃を向けていた。
その銃には、赤黒い煙と赤い稲光が纏わりついていた。
「テメェはもう黙れ!過ぎた事に何言っても、死人は戻ってこねんだよぉ!」
「…」
猟犬はあの時、懐にピストルも持っていた。
もし、距離があればある程指数関数的に威力が減退していくショットガンで無く、中距離にも対応しているピストルを使っていたら、銀蛇を死へと引きずり込むあの鎖を断ち切れたかも知れない。
一番後悔していたのは、あの日の悪夢に一番強く囚われていたのは、猟犬だった。
戦場で死ぬのは、弱い者では無い。
守る事が出来なかった者である。
「クソがあああああああああああああ!!!」