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就任

「どーすんのよー!これじゃーカレピの約束に間に合わないー!」

「んな事言ってる場合か!捕虜だぞ捕虜!いつ殺されてもおかしく無い身の上なんだぞ!なあ謀略家、お前も何か考えろよ!」

「俺達はもう負けたんだ。今出来る事と言ったら、潔くその事実を受け入れるくらいだな。」


エルネ共和国の3人は、地下都市外れの同じ牢に収容されていた。


その様子を、鉄格子越しにメルティとヘルドが眺めている。

ヘルドの傍には、ランスロットも居る。


ヘルドは一晩で回復し、立って歩ける程度には復帰した。

これも魔法使いとしての恩恵だった。


「………」


ヘルドは唸る様に喉を鳴らすと、ゆっくりとその場を立ち去る。

それに気付いたメルティも、彼に続く。


「どうかしたんですか?」


「君が居なければ、あの様な者達でさえ国難になり得たのだと考えると、少しな。」


今の所、エルネ共和国からは何の連絡も無い。

しかし彼らにとっては魔法使いが国の全てであることを、ヘルドは知っていた。


不意に、ヘルドのポケットから着信音が鳴る。


彼はポケットより腕時計端末を取り出し、応答する。


「ニーヴェルズか。」


『皇帝陛下。エルネ共和国の使者を名乗る者が、謁見を求めています。如何なさいましょう。』


「………」


ヘルドは、暫しの間思案を巡らせる。


「メルティ。」


「何ですか?」


「君が皇帝代理として行ってきて欲しい。今の私では、突然の交戦までは対応出来無い。」


「わ…私がですか!?」


「私は魔法と武によってこの場所まで来た。今やその私おも超える君にこそ、この肩書きが相応しい。否、代理と言う言葉が余計であれば、今この場で本物の皇帝にする事も出来るが。」


「代理のままで良いです!」


かくしてメルティは、エルネの使者との謁見に臨む為地上へと戻った。



〜〜〜



それは、辛うじて建物としての原型を保っているだけの瓦礫だった。

天井は無く、石レンガを積んで作った壁も半分崩れており、床は最早地面と同化していた。


メルティは今、その石レンガの囲いの中に、入り口とは反対側の壁に背を付けるように据えられた真新しい赤い椅子に座っている。


鎧の塔を失った今、イーザイド帝国は完全なる地底国家へと成り果てた。

謁見の場にこの場所が選ばれたのも、ただの適当である。


(やっぱり、他の物を材料にした方が良かったかな…)



ーーーーーーーーーー


現在の所持素材

【ブラフニウム】×10056個


ーーーーーーーーーー



メルティがそんな事を考えていると、約束の時間ぴったりに客人がやってきた。


黒スーツ。

痩せこけた頰に、血色の悪い肌。

頭髪は薄く、残っている物もとても細く力無い。

丸眼鏡の奥から覗く瞳は完全に生気を失っている。


やってきたのは、見ているだけで惨めな気持ちになる様な30代半ばの男だった。


「失礼します。皇帝代理殿。」


「ど…どうも…」


使者はメルティと向かい合う様に用意された、土埃を纏ったパイプ椅子に腰掛ける。

ギイィっと言う不愉快な音が響いたが、男はそれを気にも留めていなかった。


「早速ですが自己紹介から。私の名前はエルネ共和国財務部長兼経済長兼軍事部最高顧問兼外交管理責任者兼国家生産管理官兼輸入出最高監督官兼魔法部隊軍曹兼国家首脳の、ハムモトと申します。」


「初めまして。私は、その、皇帝陛下代理を努めさせていただいております。メルティ・アーネスって言います。よろしくお願いします。」


メルティは既に、ハムモトの肩書きを忘れてしまった。


「早速ですが今回は、御察しの通り今回の捕虜の件についてのお話し合いを今回はさせて頂ければなと思い、今回はこうした機会を設けさせて頂く形となりました。今回はお忙しい中お時間をとらせてしまい、今回は誠にご迷惑をお掛けしました。」


「いえいえ、そんな…」


伝えたい事は解るが、絶妙に文脈がおかしい。

ハムモトの言葉は、そんな言葉だった。

まるで、遥か昔に事前に用意していた台詞を、そのまま継ぎ接ぎにして使っているかの様な、そんな薄気味の悪さがあった。


「早速ですが、今回は捕虜交換交渉に臨みたいと思っております。魔法使い3名の身柄と引き換えに、今回は我が国、エルネ共和国そのものを差し出したい所存で御座います。」


「…はえ?」


「今回は捕虜3人の身柄と引き換えに、我がエルネ共和国は貴国イーザイド帝国の傘下に入らせて頂ければなと考えております。」


メルティは皇帝から、君の判断に任せると言い渡されていた。

果たして皇帝は、こんな大ごとになると想定していたのだろうか。


「あ…あの、えっと…」


メルティは考える。

考えても解らない事だが考える。


戦った感じ、捕虜3人は然程強くない。

そして、その大して強くの無い3人を国を挙げて取り戻そうとしている限り、その国も大した事は無いのだろう。


「こ…国民は、納得しているんですか?」


「今回の交渉は、国民には秘匿されております。」


「そんなの駄目ですよ!」


メルティは勢い良く立ち上がる。


「我が国では不服と。」


「違います!国民の意思を無視して、勝手に国を交渉の材料にする事がです!」


「…!」


不意にメルティは、自分が感情的になっている事に気が付き、慌てて座り直す。


「では、不可侵条約にしましょう。捕虜は返します。なので、今後はもう攻め込んで来ないで下さい。」


入り口からランスロットが入って来る。


ランスロットは両手に持っていた、蒼い鎖で縛られた3人を男の背後に置く。

3人が地面に付いた瞬間、ランスロットも鎖も、光の粒子となって消散した。


「ハムモトっちじゃん!」

「やっぱあんたがきてくれたか!」

「だから言っただろう?変に行動を起こさずとも、事態は好転すると。」


「おお…お前達。無事で良かったよ。表に迎えの車があっただろう。それに乗りなさい。」


ハムモトはそう言って、3人をその場から退かさせた。


「…判りました。では此処に、イーザイド帝国とエルネ共和国の不可侵条約締結と言う事で。」


ハムモトのネクタイピンから、紙を模したホログラムが2人の間に投影される。

そこには不可侵条約の文言としては一般的な文書の羅列と、国家首脳でもあるハムモトのサインが予め記載されている。

ホログラムがメルティの前まで移動し、空欄へのサインを求める。


「え?あ、はい…」


メルティはどうして良いか分からなかったので、一先ず指で自分の名前を書く。


彼女がサインを書き終えると、書類は静かに消える。


「皇帝代理でありながら皇帝でもある、とは。お互い大変な身の上ですね。」


「え?」


「では、私はこれにて失礼します。」


ハムモトは思わせ振りな台詞を残し、廃墟から去って行った。


「クソ…また駄目だった…」


去り際にハムモトは、そんな台詞も残していた。



〜〜〜



メルティが自身の過ちに気付いたのは、地下都市に帰ってきてからだった。


「その気があるのならば、最初からそう言ってくれれば良かった物を。ともかく、これで私もリタイアか。これからのこの国を頼んだぞ。メルティ。」


「え?」


メルティは国家間の条約書類に、自身の名前を書いてしまった。


「凄いですよメルティ様!まさか…まさかこんな事になるなんて!」

「…おめでとう…なの。」


「ええ?」


「君の能力ならば何も文句は無い。内政で行き詰まった時は、いつでも私に声をかけてくれ。」


「えええええええええ!?」


メルティは、知らない内に皇帝になっていた。

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