心配無用
〜〜1時間前〜〜
「イーザイド帝国は今、かの国の魔法小隊によってボロボロである!そしてもし此処で帝国を落とせば、新体制派における我が国の株は一気に上がる!吾輩の言いたい事が解るかね?」
各国がイーザイド攻略の為に、第二管区のあちこちにテントを建てている。
これは、そんなテントの中の一つで起こった出来事である。
「出撃命令って事で良いんすか?」
グローブを履いた男が、かなり恰幅の良い司令官に質問する。
彼は武器を持っていない間は遠距離攻撃が無効化される魔法《公平なる戦士》を使い、拳で敵を殴り倒すその様から“エルネのボクサー”と呼ばれている。
「失礼ですが司令官殿。相手は魔法小隊を単身で撃退する程の能力の持ち主。この程度の戦力で挑むのは、少々無謀と考えますが。」
そう言ったのは、スーツと眼鏡が目を惹く青年。
彼は近距離の物体を強力な拘束力で扱う事が出来るサイコキネシス、《見えざる手》を使うが、通り名は彼の人間としての能力に因み、“エルネの謀略家”と呼ばれている。
「てゆーかー有給の話どーなったわけー?もうカレッピーと約束取り付けちゃったんだけどー」
金色のツインテールの、チアリーダー衣装を纏った少女がぼやく。
彼女は回復を始めとした様々な補助魔法を扱う事もさる事ながら、覚醒時に出現した蝙蝠の羽が有名となり、付いた通り名は“エルネの小悪魔”。
「どうせ終わりかけの戦だ、休暇なんて、終戦したら幾らでもくれてやるわ!」
司令官は快活に言い放つ。
「つまりー今日も出勤って訳ー?」
「ま…まあ、そうなるが…」
「サイアクーアタシもう帰るー」
「わわ分かった!終わったらもう帰って良いから!な?な?」
「ホントにー?」
「ホントさ。5000人の軍も一緒に派遣するんだ、直ぐに終わるよ。」
「パンピーじゃ数にならないって…ま良いけどさぁ。」
国の軍事力は、魔法使いの量と質の評価が最も影響する。
大した取り柄の無い小国でも、良い魔法使いが居れば列強国に物申せる立場になる事も出来る。
魔法使いが国力の全てたる国も、少なからず存在する。
エルネ共和国も、そんな小国の一つだった。
そしてそういった小国の殆どは、国と魔法使いの立場が逆転していた。
軍服すら着せられない程には。
〜〜現在〜〜
「おらぁ!」
グローブ男のコンビネーションパンチが、ランスロットの目掛けて放たれる。
ランスロットはそれをひらり、ひらりとかわし、槍の柄で男の腹を突く。
「がはぁ!」
後退するグローブ男。
ランスロットはそこに、槍での追撃を試みる。
「ボクサー!こっちこっち!」
「あぁ?」
ボクサーは小悪魔の方を見る。
これが、小悪魔の魔法の対象となるトリガーである。
「《硬化》!」
ランスロットの槍が直撃する。
が、槍はボクサーの腹に突き立てられるばかりで、それ以上の事は何の起こらなかった。
「からの《治癒》!」
小悪魔は地面から少し浮遊しながら、黄色いポンポンを振るう。
その姿は、愛らしいチアガールそのものだった。
彼女の魔法は《鼓舞せし偶像》。
自身の姿を見ている者しか対象に出来ない代わりに、《治癒》《硬化》《攻撃増強》《俊敏化》の4つの魔法を使う事が出来ると言う、強力な魔法である。
彼女が軍服では無くこの格好なのは、魔法使いだからと強制徴兵した軍への反抗心もあるが、人の目を惹き易くする為でもあった。
「今だ、止まれ!」
ボクサーが交戦している間にランスロットの背後に回り込んだ謀略家が、それに手をかざす。
ギシギシと金属の擦れ合う音をたて、ランスロットは拘束状態となった。
「ナイス謀略家!」
小悪魔が感嘆の声を漏らす。
「よっしゃあ!こうなりゃこっちのもんだぜ!小悪魔!」
「分かってるっての!《攻撃増強》!」
ボクサーの体に赤いオーラが纏わり付く。
彼はその状態で、ランスロットに殴り掛かる。
ランスロットは不意に、謀略家の襟を掴みボクサーの前に出す。
「何!?」
「うお、止まらねえ!」
ボクサーの渾身の一撃を受けた謀略家は、そのままノックダウンする。
拘束から抜けたランスロットは、そのままボクサーの頭に手刀を当てる。
鋼鉄の一撃を食らったボクサーもまた、意識を失う。
「ひ…!?」
残った小悪魔を、ランスロットはゆっくりと睨む。
「こ…降参!降参だから!ね?」
小悪魔は両手をあげる。
ランスロットは彼女に駆け寄ると、ボクサーと同じ方法で彼女を昏倒させた。
〜〜〜
「終わりました。」
ただぼんやりと摩天楼を見つめていたメルティが、唐突に言う。
「何がだい。」
眠っていたヘルドは目を覚まし、メルティに聞き返す。
「先遣部隊の3人を捕まえました。魔法は有りましたが、そこまで強くも無かったです。」
「そうか。君は本当に、強いのだな。」
複数の魔法使いを相手に立て続けに勝利する魔法使い。
常識的に考えれば異常存在そのものであったが、ヘルドは両手を挙げて歓喜する訳でも無ければ、両肩を抱えて恐怖に震える訳でも無かった。
ただ、事実として淡々と受け容れるのみである。
何故なら、彼はかつて一度、同じ様な人物と出会い、共に戦い、目の前で散って行く様を見届けた事があったからである。
強き者はそれだけ目立つ。
目立つ者はそれだけ狙われる。
狙われる者の最期は早い。
「私を、心配してくれているんですね。」
「…参ったな。私はそんなに読まれ易い人間だったのか。」
「大丈夫ですよ。お父様とお母様が繋いでくれた命、天寿を全うするまで手放すつもりはありませんから。」
メルティはただ、事実を述べていた。
と言うのも彼女の本体は、絶対安全な別世界に存在する。
しかし今のヘルドには、その言葉が気休め以上の物として届く事は無かった。
限られた者、主にヘルドとメルティの2人の生体反応しか認証しない筈の自動ドアが、静かに開く。
「何だ!?」
これには流石のヘルドも警戒する。
部屋の外には、背の高い人型機械が屈んでいた。
「大丈夫です。私です。」
メルティが説明する。
ランスロットがほぼ四つん這いで部屋に入ってくると、扉は再び閉じた。
「メルティ、これは一体何なんだ。何故ドアが開いた。」
「こうして話している私と、今そこにある物は、見た目と機能が違うだけで本質的には同じ存在です。どちらも、私の傀儡でしか無いんです。」
「傀儡…だと?しかしメルティ、今そこにいる君は間違い無く本物で…」
メルティがヘルドの方を向く。
その瞳は発光しており、要所を隠す鉄の布は一体化でもしているのかと言うレベルで皮膚に張り付いている。
リンカネイションは生きた人間と言うよりも、生きた人間を真似る機械と言う方が正しかった。
「…つまり、本物の君が何処かに居ると言う事かい?」
「私と言う概念と一体化した別世界の中にある…らしいです。」
ランスロットが光の粒子となって、メルティの言った別世界へと帰って行く。
「別世界で機械を作り、現世に送り出してそれを操作する魔法。それが私の魔法、《蒼光の創造主》です。」
「………!」
ヘルドは、絶句していた。
メルティの身体はちゃんと聖域で存在しているのだが、それを観測する術すら持たない者にとって、それは概念と同じだった、
そしてどんな魔法使いでも、概念を殺す事など出来ない。
メルティは、本当の意味で不滅。
ヘルドはメルティの本質に辿り着き、静かに震えていた。
「この事は、私達だけの内緒ですよ。」