撃滅
「テメエええええええええええ!!!」
「待て猟犬!落ち着け!」
戦乙女の静止も振り切り、猟犬はメルティに向かって行く。
「よくも…よくもシンシアおおおおおおおお!!!」
「………」
猟犬のガン・カタは、荒々しくなっていたが正確さも保っていた。
しかし、その攻撃もメルティには届かない。
振るわれる銃、放たれる弾丸。
その全てをメルティは、ひらりひらりとかわしていく。
時々思い出した様に、拳での攻撃をあてながら。
「ガハッ…ぅ…まだまだぁ!」
無傷のメルティに対し、猟犬へのダメージは蓄積する一方。
このまま続けばどちらが敗北するかなど、一目瞭然だった。
「猟犬!…くっ…諸君、あいつを援護するぞ!」
戦乙女がそう言った矢先だった。
「建門師!」
騎士が叫ぶ。
「へ?」
建門師は騎士に突き飛ばされる。
直後にランスロットの槍が、騎士の胸を深々と突き刺す。
「がっは!?」
超合金の鎧が紙切れの様に突き破られるその様は、一行に絶望を与えるのには十分だった。
「く…フォーメーションデルタだ!急げ!」
戦乙女は、険しい表情で指令を飛ばす。
(こんな人型兵器、新体制軍の資料には無かった。連合軍にこんな技術が存在するとも思えないし。と言う事はオリジナルか?鎖をトレースした様に見えたのは、単純に塔を引き込む為に必要な物の材料確保を行なっていただけか。だとしたら鎖から鎖を作ったのはブラフか?それとも偶然か?)
戦乙女は味方と敵の状況を見ながら、仮説の補正に入る。
仮にこの場で敗北しても、情報という名の戦果を持ち帰られる様に。
「デルタ…て事は、僕も距離を取らないと。」
建門師は自身の背後にゲートを生成し、メルティから離れた場所へと移動する。
「よし、此処なら…」
次の瞬間、ゲートから飛び出してきたメルティの右腕によって、建門師の首はガッチリと掴まれた。
「はぐ!?」
ゲートは閉じるが、メルティは相変わらず猟犬と大立ち回りを演じている。
ただ、右腕が無かった。
「な…建門師!」
感覚の一部を共有しているので、戦乙女は直ぐに彼の異常に気付く。
(まさか最初からあの義体は独立しているのか?いやしかし、手足の形をした自立兵器と考えれば、今までの挙動の説明もつく。いやしかし、だとすると頭に電極でも付けない限り、あれ程精密な操作は出来ない筈。まさか、それが奴の魔法なのか!?く…情報が少な過ぎる!)
「がっは!?」
そうこうしている間に、猟犬が腹に蹴りを食らって怯む。
「猟犬!おのれ…薬師と花火屋は何をやってる!」
戦乙女が見た先では、騎士を抱えた薬師とかなりの傷を負った花火屋が、ランスロットと戦っていた。
「ああもう!どうしてこう毒が効かなそうな相手ばかりなの!」
「文句言ってないで、あのナントカボンドで奴を拘束しろ!」
「強力接着剤よ!それに、出来てたらとっくにしてるわよ!と言うか、そんな事が出来るならあんたの攻撃も当たるわよ!」
状況は劣勢。
花火屋の攻撃も、薬師の拘束も、その速すぎる身のこなしの前に為すすべも無かった。
『ずみまぜん…戦乙女さん…これが僕の、最後の力です!』
無線機が唐突に、建門師の声でそう話す。
すると戦乙女の前に、一つのゲートが現れた。
『本土までづながる門でず…はやぐ…撤退を…!』
「!」
それを見た戦乙女は、撤退の命令を告げる為に直ぐに無線機を取る。
「総員、撤退だ!何の策も無い我々に、奴に勝てる見込みは無い!建門師の意思を、銀蛇の無念を無駄にするな!」
「!」
それを聞いた薬師と花火屋は、すぐさま戦乙女の元まで戻る。
「騎士は大丈夫か?」
「重傷だけど急所は外れてるわ。ただ早く治療しないと。」
薬師はそう言って、門の中へと消えていった。
ランスロットは足を接着剤に捕らえられていたが、その身は僅かな煤汚れ以外何とも無かった。
「おい猟犬!何やってる!帰るぞ!」
花火屋が大声を上げる。
猟犬はそんな花火屋の声も無視して、メルティと戦い続けていた。
「何で当たんねえんだよ!クソがああああああ!」
猟犬は完全に暴走していた。
「く、おい銀蛇!とっととあの馬鹿を…」
戦乙女はそう言おうとして、直ぐにそれが失言だと言う事に気付く。
そう言えばいつも、暴れる猟犬を止めていたのは銀蛇だった。
「頼む猟犬!戻ってきてくれ!」
戦乙女は叫ぶ。
「これ以上、私は部下を失わさせないでくれ!」
しかし、猟犬には届かない。
門は僅かに縮み、ランスロットは少しづつ拘束から抜け出そうとしていた。
「死ね!死ね!死ねえええええ!」
猟犬のガン・カタは確かに洗練されていたが、最早完全に見切られている。
あのままでは、猟犬が銀蛇の元に行ってしまう。
戦乙女は、意を決する。
「お前は銀蛇などと言うあの出来損ないの馬鹿とは違う!此処で死ぬには惜しい人材だ!だから早く、戻ってきてくれ!」
戦乙女はそう言った後、鼻から胸一杯に息を吸い込む。
猟犬の眼光は既に、戦乙女に向かっていた。
「テメエに…シンシアの何が解るってんだああああ!」
猟犬の矛先は、一気に戦乙女に向いた。
戦乙女は、そのまま門の中へと消える。
猟犬は獲物を追い掛ける様に、それに続いた。
その直後、門は搔き消える様に閉じた。
「………」
メルティの元に、右腕が戻ってくる。
そこには、絞め殺された建門師がぐったりと眠っていた。
メルティがそれを離すと、建門師は地面に取り落ちる。
火は、少しずつ消えていた。
〜〜〜
「もう直ぐ着くはず…」
「うわぁボロボロだぁ…」
瓦礫の中を双子のメイド行く。
目指すは、鎧の塔があった場所。
二人はメルティと別れた後、各地の住宅街を回って避難誘導に徹した。
道中何度か敵襲に遭ったが、幸い魔法使いには出くわさなかったので、その場で“対応”できた。
ただそれでも、二人も結構ボロボロだった。
「…はれ?」
トーワは周囲を見回す。
「ねえお姉ちゃん…塔が無いよ?」
「まだもう少し先にあるんでしょう。」
「だってこれ…塔を囲ってたバリケードでしょ…?」
「え?」
シーハは、妹が指す方を見る。
熱と衝撃で歪み原型すら留めていなかったが、僅かに残っていた有刺鉄線と金網から、それがバリケードの残骸だと言う事が分かった。
「でも塔が無…わぁ♪」
次の瞬間、トーワが駆け出す。
「メルティ様ぁ♪」
トーワは、塔があった跡形に佇んでいたそれに飛び付く。
死角から急に抱き着かれたランスロットは、僅かに姿勢を崩した。
「ちょっとトーワ!それ、どう見てもメルティ様なんかじゃ…」
「だってメルティ様だもん♪」
双子が来た方とは反対側から、メルティがやって来る。
「あ、メルティ様!」
シーハは、リンカネイションの方へと走る。
メルティは軽く両手を広げ、飛び込んできたシーハを優しく抱擁した。
「メルティ様、大丈夫だったんですか?」
「うん。まあ、何とかね。」
メルティは背後に視線を向ける。
そこには、急ごしらえの小さな墓が二つ出来ていた。
「あ、そうだ。敵は今何処ですか?直ぐに交戦を…」
「もう帰ったよ。」
「え?」
「7人も居て大変だったけど、何とかなった。猟犬と決着を付けれなかったし、一人能力を見れてないのはちょっと残念だけど。」
「まさか…新体制軍の魔法小隊に勝ったんですか!?」
「勝ったというよりも、5人も残っちゃったし撃退って感じかな。」
シーハは、メルティから二、三歩後退して尻餅を付く。
「と言う事は、2人倒して…」
魔法使いとは本来、殆ど互角関係にある。
1対1であれば実力差や様々な要因で勝敗は決まるが、1対2以上になって来ると、数の勝利が確定事項だった。
「メルティ様…凄いです…凄過ぎますよ!」
「え?そうかな…」
「凄いですよ!貴女はもしかしたら、ジョーン・レビンすらも超える魔法使いかも知れません!」
「じょーん…誰?」
「とにかく、一緒に地下防空壕まで来て下さい!皇帝陛下にこの事を報告しないと!」
そう言ってシーハは、メルティの腕を引っ張って歩き始めた。
役目を終えたランスロットが、光の粒子となって現界から立ち去る。
「ああ…メルティ様…あ、メルティ様〜♪」
トーワは一瞬だけ悲観した後、直ぐにリンカネイションを見つけ、駆け出した。
「まさか魔法小隊を撃退する程だったなんて。直ぐに報告しなきゃ。」
メルティを見ていたそれは、朝焼けがやって来る前にそこから消えた。