強制終了
戦火で焦げ、兵器と死体で汚された草原の片隅で、一人の少女が、全身に重傷を負い仰向けに地に伏していた。
メルティ・アーネス。
それが少女の名前だった。
銀糸の様に長く艶やかな髪は、雨と泥により汚れている。
その澄み切っていた青い瞳は、苦痛と絶望の涙を湛えている。
14歳と言う年齢を考慮するにしても小柄な体のあちこちに裂傷や銃創が開き、血を地に流している。
服は、明らかにサイズの合っていない、深緑色の軍服。
傍らには、医療用品の詰まった携帯用コンテナが転がっていた。
そんなメルティの足側に立ち、死に行く少女の顔を見下ろす一人の男がいた。
メルティの着ている物とは、全く違う作りの黒い軍服。
背にはライフル。
軍帽から覗く赤色の瞳は、凶星の如き眼光を放っている。
「アーズガルムの…猟犬…」
メルティは、男の通り名を呼ぶ。
大光歴2007年。
聖王アハティーの暗殺事件を皮切りに始まった世界恐慌は悪化の一途を辿り、やがて世界大戦を勃発させるに至った。
世界は新体制軍と連合国軍に二分され、日々、泥沼の争いを繰り広げていた。
メルティは連合軍に属する小国、イーザイド帝国の衛生兵だった。
「名前は。」
アーズガルムの猟犬は問う。
「…メル…ティ…」
メルティは死を覚悟する。
「治療師メルティよ。既に摩耗しきった自軍を、治療のみで此処まで持ちこたえさせた君の手腕、実に見事であった。」
猟犬はベルトよりハンドショットガンを抜き、弾を込め、銃口を彼女に向ける。
狙うは頭。
「汝に、栄誉ある死を。」
ショットガンが放たれる。
「ひぐぎゃ!?」
右肩に激痛を受けたメルティは、声にならない叫び声をあげる。
「なんて言うと思ったかよ!バーカぁ!」
「ひぃ!?」
ショットガンが5発放たれる。
その全てがメルティの右肩に命中し、彼女の右腕は別離してしまった。
「よくもまあちまちまちまちまとぉ!」
メルティの左手が踏みつけられる。
猟犬の銃口が、彼女の左肩に向ける。
「嫌…いやあああ!」
この人にだったら殺されても良い。
メルティは、一瞬でもそう思った事を後悔した。
ショットガンが6発火を噴く。
その全てが彼女の左肩に命中し、今度は猟犬が引きちぎる事で彼女の腕は別離する。
「後ろでこそこそこそこそ治療しやがってよぉ!お前ひとりのせいで、俺様の時間がどれだけ無駄になったか分かってんのか!」
ショットガンの銃蔵が交換される。
その銃口は、今度はメルティの右太ももに向く。
「ビリーも、アンジーも、レイもジャックも、みんなてめぇが治療した兵士に殺された!」
12発の高熱の散弾が、彼女の右足を襲う。
最後は猟犬に踏み折られ、彼女の右足はあえなく取れる。
「ひぐっ…ぁぁぁ…」
メルティの精魂は、既に尽き果てていた。
「ぎゃははははあはははははは!無様だなぁ惨めだなぁ!どんな気持ちだ?なあどんな気持ちだぁ!?」
ショットガンに新たな12発が装填される。
狙うは、彼女の最後の足。
「俺はなぁ…一度出来た傷を治しちまう様な卑怯者は、大っ嫌いなんだ!」
ショットガンは、再び全弾打ち尽くされる。
しかし、度重なる酷使によって、それは最後の一発を撃った瞬間に爆散してしまった。
「衛生兵とか言う最低最悪の卑怯者は、惨めたらしく地面に這いつくばる姿がお似合いだぜ。」
背負っていたライフルを構え、メルティの露出した左太ももの骨に狙いを定める。
既に彼女はぐちゃぐちゃになっていたが、生きてはいたし痛みも感じていた。
「楽には逝かせねぇ。せいぜい最期の瞬間まで、もがき苦しんでろ。おまえが味方にそうした様になぁ!」
ライフルは高威力で、彼女の骨を一撃で砕いた。
「…嫌だ…」
しかし、メルティは先程よりも生気を取り戻していた。
最期を悟った彼女の本能が、痛覚を遮断しありったけのドーパミンを彼女に与えたからである。
「あ?」
「…死に…たくない…」
「は…ははは。あっはっはっはっはっは!」
猟犬はメルティのもぎ取られた四肢を拾い集め、右肩に担ぐ。
「この状況でそんな口きく奴は初めてだ!あっはっはっはっは!気に入った!」
猟犬はポケットから、淡く発行する藍色の液体が入ったガラス瓶を取り出す。
「喉は潰れるが取り合えず生きれはするぜぇ!」
力なく開いたメルティの口に、液体が流し込まれる。
「ぉご!?げほっ!ごぽっ!?」
じゅうっと言う音をたて、彼女の喉は焼き潰されていく。
「じゃあな。雑魚。せいぜい最期の時間、ゆっくり楽しめ。」
猟犬は、硝煙の匂いのする方へと去っていく。
(…これが…戦争…)
薄れゆく意識の中で、メルティは思考の世界に入る。
辺境伯の家で生まれたメルティは、12歳の頃までは普通の少女として育った。
13歳の誕生日を迎えたころ、彼女の元に徴兵令が届いた。
理由は単純、魔力を持っていたからである。
国の命令には辺境伯とて逆らう事は出来ず、メルティは涙ながらに家族に別れを告げた。
そこから、彼女の人生は地獄に変わった。
女性や子供の魔力保有者は珍しかったが、日を追うごとに劣勢になっていく連合国軍には待遇を分けている余裕など無い。
彼女は毎日、体が壊れるまで訓練に励んだ。
誰にも祝われない14歳の誕生日を迎えた頃、彼女は戦線に放り出された。
回復や後方支援を行う衛生兵が致命的に不足していた連合にとって、回復の属性を持っていたメルティを訓練不足と言う理由で抱えている暇などなかったからだ。
メルティは戦線を回っては、衛生兵としての責務を果たし続けた。
明日死にに行かせるために今日重傷を負った兵士の傷を縫い、力が及ばなければその仲間から手酷く責められ、それでも次の場所に向かう為に、眠らずに移動をする。
いつか報われる、いつか帰れるという希望だけが、彼女を動かしていた。
(お父様…お母様…ごめんなさい…私…だめだったよ…)
「本当に諦めるのか?」
(…え…?)
「だから、本当に諦めるのかって聞いてんだよ。」
メルティの見る灰色の空は、酷くぼやけていた。
にも関わらず、自身を覗き込むその姿だけははっきりと視認できた。
それはまるで、一つ上のレイヤーに存在するかの様だった。
パサついた茶髪に、あちらこちらで光り輝く高価そうな装飾品。
茶色いジャケット。
使い古されたであろうジーンズ。
黒くゴツついた質感のスニーカー。
背中を覆う程度の大きさの、迷彩柄のバックパック。
サングラスで目を隠しているが、その顔立ちはさながら、ダーティな美青年である。
「最初に言っておくが、お前が飲まされたのは回復薬なんかじゃ無く、ただの死体処理薬品だ。傷口は強制的に塞がるが、治ったわけじゃ無え。じきに全身の筋組織は硬直し、最後は心臓が止まってお陀仏さ。」
(い…嫌だ!そんな死に方はあんまりだよ…!)
「だよな。だから此処で、俺から一つ提案がある。」
メルティを覗き込む男は、にやりと笑う。
「正常な歴史においては、連合軍は2年後に大敗を喫する。5年後には、世界を支配していた新体制は内部分裂でバラバラになり、内乱内戦パーティーが始まる。20年後、最終戦争が始まる。27年後、とあるアホが作った最終兵器で人類文明は滅亡する。この歴史、ちょっと変えてくれねえかな?」
(………?)
何もかもがおかしかった。
未来の事をまるで見てきたかの様な口ぶりで話し、目を閉じていても男の姿は瞼を透過して写り、先程まで遠巻きに聞こえていた戦火の音がピタリと止んでいた。
「勿論お前の望む報酬をやろう。ただ、どんな仕事も健康な体が資本だ。俺の仕事を受けてくれたら、お前に健康で強靭な体と、ささやかなチートをやる。どうだ?悪くない話だろ?」
気の知れた友人に、悪い商売を持ちかける時の様に、男は妖しい笑みを浮かべたまま提案する。
その間にも、メルティの体はゆっくりと死へ向かって行っていた。
(…生きられるんだったら…何でもいい!)
既にメルティの理性は飛んでいた。
故にこれは、彼女の本心の叫びだった。
「いい返事だ。」
次の瞬間、男はメルティの首に注射器を突き刺す。
既にメルティの痛覚は機能していなかったので、彼女からの反応は無かった。
注射を終えた男は、何の光も音も残さず消える。
瞬きで一瞬世界が暗転する時の様な、そんな静かな消失だった。
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ジョブが[下級治癒魔導師]→[蒼光の創造主]に変更されました。
既存の全てのステータスがリセットされ、失われた能力値分のボーナスとして以下のアイテムを受け取りました。
【ブラフニウム鉱石】500個
[蒼光の創造主]Lv1に到達しました。
解放する設計図を選択してください。
・【リンカネイション】
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