8.魔力
木を爆発させた後、剣で殴られた跡がまだ痛む。
一晩経って腕を見ると、痣ができていた。
ググンが昨夜、キリーナに指示されたそうだ。
毛皮を干してから、キリーナの部屋に向かう。
「ハイヤーン」
国語の授業が終わった後、キリーナに呼ばれた。
2人は俺を置いて広場に向かった。
ググンは「「がんばれ」と耳打ちしてくる。
「あなたの秘術、あれをどう思いますか?」
どうとは、どういう意味だろうか。
下手なことを言ったら、また殴られそうな気がする。
「あれはただ、温度を変える魔法です」
「いえ、あれは温度を"維持"するのが目的の魔法です。それを使える訓練生は、皆そうしていました。あなたはなぜ、熱を加えることに拘るのですか?」
それは知らなかった。
でもウンマーさんは温度を変える魔法だと言っていた。人によって目的が違うのかもしれない。
「温度が上がれば、凍えずに済むからです。
それに、私はあの魔法で大きな岩を吹き飛ばしたことがあります。
そのせいでここに連れてこられました。あれで、モンスターを倒すこともできるはずです」
「あなたはモンスターと戦ったことがあるんですか?」
見たことすらない。
だが、カグンからモンスターの話はよく聞いた。
雲より大きな怪鳥、ロックバード
尻尾の生えた怪力の巨人、シンオーガ
魔法を使う犬、スノーフェンリル
戦士は、主に剣や弓を武器にしてこれらと戦う。
当然、死亡した戦士達の話も聞いた。
突風に吹き飛ばされて死んだ。
大きな足に踏みつぶされて死んだ。
体を氷漬けにされて、かみ殺された。
剣や弓よりも、この魔法なら安全に戦えると思っている。
「戦ったことはありません。ですが、戦えると思っています。そのために練習しています!」
――これを戦いに使えると思ったのは、今さっきが初めてだけど……
キリーナは顔を下に向け、しばらく黙った。
「……そう、なら付いてきなさい」
キリーナが向かった先は屋上だった。
屋上に着くと足元を指さしながら指示を出す。
「ハイヤーン、ここの空気を温めなさい」
「はい!」
言われた通りに空気を温める。ほとんど魔力を使わずに温度が上がっていく。
「では次に、私を温めてみなさい」
いやいや!急に何を言い出すんだ!
「危ないです」
「大丈夫です。私の全身を温めなさい」
キリーナは俺に命令する。
――知りませんよ
呪文を唱えて、ゆっくりゆっくりと魔力を送る。
しかし、キリーナの体温は全く上がらない。
「不思議でしょう」
「なんで温まらないのですか?」
「魔力や気力の量です。これが上回っている相手には、直接魔法は作用しません。
相手が持っている魔力と気力に抵抗されるんです」
「えっ」
「生き物は全て、魔力と気力を持っています。強い生き物ほど大量にです。人よりモンスターの方が強いんです。つまり、モンスターにその魔法は効かないんですよ」
この魔法で直接、モンスターを倒せないってことだ。
「それでも、その魔法でモンスターと戦いますか?」
キリーナは試すようにこちらを見る。
目を合わせながら、しゃがみ込む。目線を合わせてきた。
キリーナが、何かを望んでいると思った。
「はい」
決心はせず、声が出た。
「よろしい! わかりました!」
キリーナはパンっ!と膝を叩いて立ち上がった。
「あなたの魔力が、モンスターを超えればいいのです。これから厳しくしますよ!」
キリーナは笑顔でそう言った。
====
1か月後、キリーナに言われたことを繰り返していた。
朝起きて、自分の毛皮を外に干す。
外に出て、遠くの空へと秘術を使う。
温度は急に上げ、急に下げ、とにかく緩急激しくする。50度を超えた後は、-20度まで一気に下げる。
使う高さはできる限り高く、場所は遠く。
魔法の発動場所が、術者より遠ければ遠いほど、より多くの魔力が必要になるからだ。
自分の魔力が枯渇する寸前まで追い込み、休憩する。
休んでいると皆が起きてくるから、一緒にキリーナの部屋に行く。
授業を受け、走り込み、体を洗ってまた秘術を使う。
授業では、魔法陣の実践も始まった。
キリーナは俺の様子を見て、魔力を流すように指示をしてくる。
走りながらも、秘術を使って体温を維持する。
常に魔力を使い、追い込まれる。
そのあとは、魔法の授業だ。
風を作る魔法、水を生成する魔法、火を起こす魔法。
傷を治す魔法、毒を消す魔法、物を宙に持ち上げる魔法。様々な魔法の呪文を習った。
キリーナから、それぞれの呪文には意識しなくてはならない項目があると教わった。
風を作る魔法の場合は、"起点"と"終点"の位置、風の"流れる場所"と"速さ"を決めなければならない。
起点を決めずに風を作ると、体の中から風が出てくること場合もあるという。
その場合は、体が破裂する。
秘術と言われている呪文は、その項目が分からないから、秘術だと言われているらしい。
これが伝わっている一族は、なんとなくの感覚で、その呪文が使えるとのことだ。
俺もそうだ。仮に教えてと言われても、言葉では言い表せられない。
また、稀に項目を理解していても失敗する、その呪文に適性のない人もいるらしい。
その場合はアベコベな魔法が発動するらしく、たいてい悲惨な結果になるらしい。
適性者が少ない魔法は有名なので、それらは避けなさいと教えられた。
1か月も経つと、徐々に魔力が増えていくのが実感できた。
「ハイヤーン、今日から俺たちも混ぜて」
ググンとセミラも魔法を使えるようになったので、朝と夕の訓練に参加するようになった。
最近は、口を開けずに呪文を詠唱できるようになったので、秘術を聞かれる心配もない。
毎日3人で魔力を使い切り、ただひたすらに魔力を増やした。